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未知を啓く

───ミリアム、アジーと別れ、ゴウカフ一行がダンジョンに入る数日前





「……」



 ガチャガチャと響く自分の足音だけが響く通路は、なんとも寂しい。

 プルも今は寝ているみたいで、一人でいるのはやはり静かだ。

 この静けさもたまにならいい。でもやっぱり誰か、一緒に歩く人がいて欲しいと思ってしまう。

 僕が地上に出られるか、あるいは地下暮らしの人が出ない限り無理だろうけど。


 二人と別れた後、僕は迷うことなく下の階層に向けて歩き始めた。

 目的は7階。僕が生まれてから彷徨い続けたあのカビくさい場所。

 二人の口ぶりでは僕が生まれたらしい7階の殆どはまだ未解明の領域らしい。探索は可能な限り慎重に行われていると。

 この世界はファンタジーだが、ゲームのように簡単に命の取り返しが利く世界じゃあないようだ。

 つまり二人に限らず、地上の人達にとって7階の情報はとても価値がある。

 ならまずはそれを集めよう。今の僕なら、それが出来る筈。







 モンスターになってからふと、記憶の淵に残る学生だった過去が蘇ることがある。

 お世辞にも特徴的な生徒とは言えなかったと思う。

 先生からすれば、僕はどこにでもいる普通の生徒で。

 友達からすれば、沢山いる友達の内の一人。


 普通に学校に通って、普通に授業を受けて、普通にクラスメイトと喋って、普通に部活をやって。

 それが終わったら帰って、宿題をやってお風呂に入って、ご飯を食べて睡眠をとる。

 休みの日には友達の家に行ったりゲームをしたり。それを毎年繰り返す。

 今になってみれば、それはなんて幸せだったんだろうと思う。

 生きてる限り、当たり前のように法や倫理で守られていたことを改めて思い知った。



(いきなり剣を振って、生き物を殺して生きろなんて出来る訳が無い。今だってできればしたくない)


(けど……しないと殺される。ここはそういうところなんだ)



 ただ歩いているだけで腕を斬り落とされそうになることもない。

 少し動きを止めただけで、身体が溶ける程の強酸をぶちまけられたりしない。

 行き止まりの通路を引き返そうとしただけで、武器を持った怪物に殴られたりしない。

 急な行き止まりに突き当たって、そこに身体を溶かす程の酸が降ってくることも無い。

 足取りを取られる泥濘が出来ても、晴れた次の日には無くなってることなんてない。

 欠けた手足を取り戻そうともせず、命尽きるまで殺意を剥き出しに襲い掛かる怪物もいない。


 理不尽に誰かを傷つける誰かがいない。

 それだけで前世で過ごした前世で見たあの世界はきっと、とても幸せな場所だった。

 それを思い出してしまう度に、心の中に冷たく鋭い棘が刺さったみたいに苦しくなる。


 関心を向け合わない冷たい空気、血生臭い土の通路、殺気を込められた睨み。

 それら全部から逃げてしまいたくなる心と、それをさせない身体。

 吐いても出てくるのは鉄臭い淀んだ溜め息か、たまに誰の物かも分からなくなった血液で。


 この世界でようやく出会えた()も、自分の手で握りつぶしてしまった。

 小さな希望すらも、自分には持つことは許されないんだろうか?

 掌に掬い上げた小さな小鳥に心の中で陽だまり(プルメリア)の名前を付けたのは、そんな自分へのささやかな慰め。


 時折何もかも、投げ捨ててしまいたくなる。

 怪物として、何もかもを受け入れて無感情に血溜まりを啜って生きてしまえば……そう思うことは、何度もあった。







 それでも諦めたくなかった。

 僕が人であったことを忘れたくない。誰かと普通に、出来れば仲良くして生きていたい。

 たとえ僕が怪物になったとしても、それは思いやりを失くしていい理由にはならない筈だから。


 ……この身体があの人(ミリアムさん)を斬った時、僕は折れかけてしまった。

 希望の糸に縋ることすら許されないんだと。この薄暗がりで名も知らない誰かに殺されるの待つ以外僕に未来は無いんだと。

 僕にはもう、誰かと手を取り合って生きる未来なんて無いのだと、そう感じてしまったから。



「───2週間ぶりの邂逅よ?言いたいことがあるなら聞くけどぉ?」



 あの人が、もう一度目の前に現れるまでは。









「……ヴゥ」



 あの二人との話は僕の中に、暖かな灯のように熱をくれた。

 彼らの為に何かがしたい。僕は独りではないのだと教えてくれた二人の為に。


 二人にとって僕は、間違っても会おうなんて思うわけがない存在なんだ。

 腕を、命を奪われそうになった相手なんて普通会いたいわけがない。一生のトラウマものになったかもしれない。

 ミリアムさんには何か僕に会える確信があったようだけど、アジーさんは違った筈だ。

 自分達を皆殺しにしようとした強くてデカい恐ろしいモンスターに会うなんて、普通に考えれば恐かった筈。

 だというのにそれを押し込めてミリアムさん、あるいは僕、あるいは自分自身の直感を信じて会いに来てくれた。

 なんで会いに来てくれたんだろうと考えると……それは分からないけど。


 ならばそれに応えたい。僕が持ってるもの全部使って、このダンジョンの事を出来る限り解明してみたい。

 俗に言う転生……なのかはまだ分からない程不安定な身体だけど、この身体で出来ることを探す。

 それが今の僕に出来る精一杯の『探索』だ。



「ピィ!」



 プルもそう言ってる。いや言ってないかもしれないけど、きっと言ってくれてる。

 どうも人懐っこすぎるのか、二人にもあっという間に懐いてしまったあたりそういう生き物なのかな。

 人への警戒心が極端に低い鳥類(キーウィ)というのを聞いたことがある。あれと違って空も飛ぶけれど。



「……?」



 その時ふと思った。どうして鳥型のモンスターというものがダンジョン内には存在するのだろう。

 今の身長がおよそ2メートル。通路の高さはそれよりもっと高くその倍以上はあるように見える。

 通路の幅や高さが一定ではないとはいえ、飛ぶことが有利になる鳥類にはかなり不便な構造のような気もする。


 肩に止まってキョロキョロと周りを見渡すプルが、これからどれ程大きくなるかは予想できない。

 だがこの子も、いずれはこのダンジョンに適した姿になって飛ぶ時が来るのかな。

 ちょっとだけ楽しみだ。










 道中然して苦労することも無く、戻ってきた7階。

 ここでの目的はまず、情報収集だ。とにかく色んなものを見て回る。

 虚ろにただ歩き回るのではなく、見て認識して理解する

 意思疎通の手段はミリアムさんを通すことでしか出来ないけど、この場所を無事に歩き回れるだけでも大きなメリットの筈だ。

 どうせ今は地表に出るなんて叶わない。なら多くの情報を上の人達に共有する。それがまず、僕の考える第一歩だ。

 信頼を、積み上げよう。失ったものを取り戻す為に。


 まずは周囲の特徴からだ。

 6階以上と7階からは明らかに雰囲気が違う。それをしっかりと確認していきたい。


 まず通路の素材が違う。ここより上は石畳や固められた土のような材質で、少なくとも歩くのに不都合は無かった。

 ここは違う。地面が土なのはともかく、僅かに湿り気を帯びて柔らかくなっている。

 迂闊に体重を乗せて踏み込めばバランスを崩してしまいそうになる。

 戦う時は上手く順応しているようだが、自分の意思で歩く時うっかり滑りそうになる。

 ただ歩くのも難儀する場所だ。これだけでも伝える価値がある。



 そして光源が少ない。6階までは通路横に壁掛けされた松明が等間隔に挿さっていた。

 ここはその本数が半分程だ。松明と松明の感覚が倍近く広い。

 明かりの届かない場所はとても薄暗く、この小さな暗がりの隙間から奇襲を仕掛けるモンスターがいてもおかしくない。

 小さな動物や蟲、背景と同化できるような色合いのモンスターなら可能だろう。

 この階を探索するなら明かりは必須だ。上の階は無くても十分注意すればいいかもしれないけどここはダメだ。




(どれも興味深いけど……一番はこれだ)



 そして3つ目、7階には植物が生えている。

 通路脇には名も知らない雑草らしき物、時には通路のど真ん中を見張るように大きな花が咲いていることもある。

 これは上の階では一度も見られなかったものだ。通路に植物は一切存在しなかった。

 石畳がある上層はまぁ、分かる。けれど土の通路の場所でも植物は見られなかった。

 それにどの植物もまったく見覚えが無い。異世界のダンジョンの中で育つ草花なんだから当然と言えば当然なんだけど……。


 いずれにしても、これらがどういった植生なのかは誰かに『鑑定』してもらわないと分かりそうもない。

 けど一番不思議なのは、どうやって『成長』、あるいは維持しているのかという点だ。

 少しうろついた感じ周囲に水場はない。ならば枯れるのが自然の理。

 しかしこれらの草花は活き活きとしている。放置して枯れる姿が想像できない程生命力に満ちている。


 いくつかの植物は採取して沼の中に放り込んでおく。

 ここには未解明の物がたくさんあるだろう。情報源はいくつあってもいい。

 二人の懐を潤す結果になってくれれば、尚のこといい。




「ピピ……」



 いくつかの草を抓んで観察していると、プルが興味深そうに匂いを嗅ぎ始める。

 試しに顔に近づけてみると、やはりスンスンと鼻を近づけて眺めている。

 拾ったものをいくつか()てがってみると反応を示さないものもある。

 食べるの?と思っていたのだが、しばらく匂いを嗅ぐと途端にそっぽを向いてしまう。

 なんなのだろう。とりあえず一通り匂いを嗅がせておいたのだが、どれも最後には興味を失くしてしまう。



(よく分からないけど……好みじゃないのかな)



 お目当ての物じゃなかったのか、あるいは匂いを嗅ぐのが目的だったのか?

 そこは分からないけど、食べなかったことは覚えておこう。パンは食べても草は食べないみたいだ。

 この子の食性も良く分かってない。鳥は雑食だったと思うけど、モンスターの食料はなんだろう。

 普通に食事を取っているのか、あるいは魔力をダンジョンや他の生き物から得て補っているのか。

 パッと考えるだけでも中々、調べるのが面白そうなテーマじゃないか?

 陰鬱な空気を紛らわせるにはちょうどいい。



(後は、僕自身のこと)



 今だからこそ冷静になって考えられる僕の、ひいてはこの身体のこと。

 戦いの時だけ自由の利かなくなるこの身体ではあるが、こうして歩いたり周りを見たりすることは自分の意思で出来ている。

 なら気になるのは、ミリアムさん達を前にした時のことだ。

 あの時は制御が利かず襲い掛かり、腕を斬り落とすという最悪の事態を招いた。

 けどもう一度会ったときは何も起きなかった。自分の意思で接することが出来たんだ。

 初めて会った時とついさっき会った時で何が違うのか。その辺りの考察を深めたい。

 その為にはやはり、()()()()()()()のことをもっと知らなくてはいけない。



(何故僕は意思を持っている?彼ら(モンスター)と僕で何が違う?)



 ご都合主義的に考えるなら、このモンスターに僕という魂が宿ったからという話だが、どうにもそれだけじゃない様な気がする。

 だとしたらこの身体が行う戦い方は誰の物だ?モンスターがどうして人間が扱う武器をそのまま使えるんだろう?

 僕はこの先知らなくてはいけないような気がする。

 この身体を()()()()()()()()()()()誰なのかを。



(しかし……気が滅入るよ、ここは。もう少し探索したら一度6階に戻ろう。あっちはまだここよりは明るい)



 暗がりが鬱蒼とした通路を見る度に、げんなりとした気持ちが胸の内から零れた。






『ダンジョンの植物』



 ダンジョン深層の一角には植物が生えていることがあり、その多くはダンジョン外で見かけられるものと大きくは変わらない。

 しかし極稀に非常に強力な毒性や薬効を持つ植物が生えることがある。その為研究職の人間が冒険者を雇って調査に出向くこともある。


 日も無く水も無いダンジョンという環境で何故植物が生えて育つのか。

 地下水脈をダンジョンが引っ張っているという説もあれば、全てはダンジョンを造りし神の戯れであるともされるが、真実は誰にも分かっていない。

ある学者は『モンスターの血をダンジョンが作れるなら、水を栄養にする植物だって育つだろう』と言った。

 ダンジョンに植物が根を張れる理由など、神でさえも知らないのだ。


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