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逃走経路

 5名がジェグイに続いて部屋を出ていく。そしてその直後であった。

 ダンジョンが小さく揺れた。



「……この揺れ、『再生成』か!なんと間の悪い!」


「めんどくさっ!倒した奴ら皆元通りじゃん!」


「想定より時間をかけてしまいましたね……。普段より慎重に進んで参りましたからね、致し方ありません」



 皆の発言を聞きながらガロンは冷静に自分の残り魔力を測る。

 彼の担う回復系の『奇跡』は一日で施せる回数が決まっている。

 探索者達にとって聖職者は文字通り、最後の命綱である。



「まだ大丈夫だ、少なくとも6、5階を抜けるまではもつぞ」


「6階を抜ける頃には地上では日が変わる頃だろう。用心の為5階の安全地帯に入ったらすぐに休息を取る、そのつもりでいてくれ」


「あいよ。出し惜しみは無し、安全第一」



 動揺も束の間、すぐさま平静を取り戻して彼らはまた上層に向けて歩き始めた。

 ジェグイはほんの少しだけ笑いを浮かべながら、それに続く。



(人の形をしていない凶暴なモンスター()。彼らが落とす慈悲(アイテム)、複雑に入り組んだ迷宮。しかもまだまだ()は遠いと来た)


(ここは面白い、最高だ。まだまだ楽しめるじゃないか。くっ、何とかして駐在する許可を得られないものか)



 乾いた心の内が何かで満たされていくのを感じ、僅かに浮足立っていることにジェグイは驚いていた。

 戦場で浮かれる等新兵でもやらないことだと自省しつつも、自分もここでは新兵のようなものだからいいのだと僅かに言い訳して反省の色を誤魔化す。

 そんな風に考え事をしていた時だった。6階の帰路をしばらく歩き、広い通路に出た時だ。

 来るときには間違いなくなかった木製の扉が見える。

 


「ゴウカフさん、あの扉は……」


「来る時は無かったものだな。リュカ、覗けるか?」


「おっけー……うわーお。なんてこったい、宝箱だ!」



 構造の解明が進んだとはいえ、6階を自由に歩き回れる者はまだまだ少ない。

 当然ながら6階の構造が明らかになったとはいえ、この階で手に入る『道具』まで全て収集したとは言えない。

 複雑怪奇に変化するダンジョンには未だ見ぬ不思議な道具など数えきれないほどある。それはここより上の階層ですらそうだ。



「待て、罠かもしれん。今は護衛もしている。……リスクが大きすぎる」


「だが6階の宝箱にはリスクを負う価値がある。千載一遇だ、俺はいくべきだと思うぜ」



 その中でも探索者達の眼に一際輝く存在が『宝箱』だ。

 ダンジョンを造りし神が与えた慈悲とも、あるいはその欲深さに釣られた者を喰い殺す罠だとも言われるそれは、探索者達にとって無視できるものではない。

 なにせ『宝箱』から出る物は唯一無二と言われ、深層になる程その価値は上がる。

 初めて人々が6階に踏み入ってから全貌解明までの今日まで、()()()()()

 見つかって無事に持ち帰ることの出来た宝箱の数はなんと3つ。彼らの目の前にあるこれが4つ目だ。


 偶然拾った何かの『牙』がオークションで豪邸が立つ程の金になる。

 そんなシンデレラストーリーが起こり得るのがダンジョンだ。それが現行最深階層の宝箱ならば?

 それは言葉以上に魅力的、そして蠱惑的に映る。口では先を急ぐゴウカフですら後ろ髪引かれる思いを隠せない。

 命あっての物種。しかしこれはただの『宝箱』ではない。

 目の前にあるのは人生で一生に一度見るか否かという現行最深部の宝箱だ。持ちかえれば国が動く規模の物かもしれない。

 ともすれば、今国を揺れ動かしているモンスター漏出問題。それすらも遥か彼方に吹き飛ばすレベルの話題を呼ぶかもしれない。


 パーティと国の使者を預かっているゴウカフにとって、一人で決断するには余りに手に余る問題であった。

 その場で採った多数決では部隊長のゴウカフ、神官のガロンは反対。斥候のリュカ、戦士のヴァズは賛成。

 ジェグイは判断基準となるものが少ないため除外。そして残るネイの意見に皆の視線が自然と集まる。

 魔女であるネイの整った顔の眉が困ったように寄る。少しの間考えた後発言した。



「私は……全体の消耗を鑑みて、行くべきかと思います。負傷も損害も0に等しく、私もガロンさんもまだ余力が十分ある。持って帰れるものは持って帰りたいです」


「賛成多数だな、それに従おう。リュカ、細心の注意を払って進んでくれ」


「オッケー。うぅ、震えてきたよ」



 6人が部屋の中をつぶさに確認しながら、先頭をゴウカフが務めて進む。

 周りを見渡しても何もない。広いがらんどうの部屋の真ん中に一つ『宝箱』があるだけ。

 何もない広い空間がますます不安を煽る。しかし部屋に入っても、宝箱に近づいてもうんともすんとも言わない。

 物言わぬ『宝箱』がぽつんと座しているだけだ。この中で初めて宝箱を見たネイとガロンはしげしげと眺めている。



「おぉ……宝箱見んの、俺ぁ初めてですよ」


「私もです」


「そりゃあそうだろうな。最後に発見されたのは5年前だ。確か4階だったか?」


「俺も知っています、『湖龍珠(こりゅうじゅ)』ですね。あまりに価値が高すぎて、最終的に他国の姫が莫大なお金で買い取った品だ」


「これもそういった類だといいがな」



 そうこうしている間にもリュカによる入念なチェックが行われる。

 蝶番に不自然な意図や棒は挟まっていないか。鍵穴内部に不自然な突起は無いか。

 口は薄く開いていないか。蓋と本体に不自然な色の塗目が無いか。

 毒による浸食が箱本体に及んでいないか、毒針の射出口、警報器への接続は無いか。

 中から動作音、何かが這いずり回るような音はしないか。

 慎重に、一つ一つ確認していく。



「……僕が見る限り、周辺に罠は無いと思う。ネイ、モンスター反応は?」


「確認しました、これはモンスターではありません」


「見た限りじゃ罠は無いね。これは……もしかするかもねっ!」


「その、大変恐縮なのですが……」



 周囲の警戒をしていたジェグイが恐る恐る二人に声をかける。

 初のダンジョン、その一回で一生に一度見られるかという奇跡を前にした感情は計り知れない。

 その気配を察したのか、二人は苦笑いしながらも宝箱の前を譲る。



「開閉型の罠は無さそうだし、開けるとこまでならいいよね?」


「大丈夫かと。何かあってもスレイさんなら避けられるでしょうし」


「信頼して頂けているようで何よりです。では……僭越ながらこのジェグイ・スレイ、宝箱を開けさせていただきます」


 

 周囲が見つめる中、ジェグイが宝箱の蓋の縁に手を掛ける。

 木箱に金具をあしらっているだけでなく、精神的なものから見た目以上に重い蓋をギギ……と開ける。

 それを見つめる5人にも緊張が走る。万が一への備えもあるが、その中身への期待や興奮が隠せない。



「さぁ、中身は一体……これは、『宝石剣』?」



 全開まで開いた宝箱の中身には、鞘に収まった一振りの宝石剣が収められていた。

 全体の刃渡りは短く、刃物として戦闘に用いるにはかなり短く見える。

 (ガード)部分に紅、碧、藍、乳白色の宝石。更に刃の胴部分の中心には紫の美しくカットされた宝石が5つ、計9つの宝石が埋め込まれている。

 戦士、騎士であるゴウカフ達は、これは刃物として戦闘に用いる物では無いとすぐに気づいた。



「むぅ……確かに儀礼用の宝石剣は高価な物であるが」


「人間の手で造れない物ってわけじゃねぇ。そう言いてぇんだろ?そりゃ見通し甘いぜ、なんせここは……」


「ダンジョンで手に入った宝石が、ただ高価な石ころの筈がない。そうですよね?」


「分かってるじゃねぇか坊ちゃん。おいネイ、多分こりゃあお前の専門だろ」



 魔法使いであるネイはあまりの驚愕に大きく目を見開いている。

 その額には汗が流れており、正しく奇跡を目の前にした人間のそれであった。



「こ、これは恐らくですが、宝石に魔法が込められています。それもただの魔法ではありません、一つ作動すれば何か……とてつもないことが起こる類のものです」


「とてつもないってぇと?そこは分からんのですか?」


「わ、分かりませんよ。その……宝石一つ一つに込められた魔力が尋常ではなく。例えば私がこれから生涯飲まず食わず眠らず魔力を溜め続けて、ようやくその宝石一つ分溜まるか、という程でして」


「とんでもねぇ爆発物じゃねぇか!!オイこれ持って帰る方が危ねぇんじゃねぇのか!?」



 ネイは優秀な魔法使いである。攻撃、補助、妨害のどれをとっても高水準な魔法を自在に操る。

 まだ探索者としては年若い身ではあるがその練度は同世代の中でも抜群に秀でており、並ぶものは国中探して数人いるかどうかだ。

 そして魔法使いの寿命は長い。身体の内、特に劣化する臓器や細胞を魔力が取って代わり補うようになるからだ。

 魔法の道を究めた者は多かれ少なかれ長寿へと至る。エルフ種に長寿が多いのは、魔力の扱いに長ける種族特性を生まれ持っているからだとされる。

 そうして得られる寿命がおおよそ300年。見た目からは分からないがネイの年齢が40代であることを鑑みて、およそ260年分の魔力が形を成した魔法。

 それが9つ収められている。その財物としての価値、魔法の威力。それが及ぼす規模はとてもではないが、今のネイには計り知れない。



「何が起こるかまでは地上の専門家に見てもらわなくては……すみません、これ以上のことは分かりません」


「6階の宝箱でこれか。ここから下ともなればどれ程の危険物が出てくるのだろうな」


「ゴウカフ、ちょっとワクワクしてんの分かんだからね」



 リュカとゴウカフのやりとりに張り詰めていた空気が僅かに緩み、小さな安堵が場を流れる。

 長く探索者をやっている二人は相棒というには短く、友人と呼ぶには長い付き合いでもあった。

 彼らに共通するのは人に対する『審美眼』。ゴウカフは言葉の虚実を見抜き、リュカは善悪を見抜く。

 そんな二人は互いの存在を知ってからというもの、見知らぬ探索者達よりも話す機会は多い。



「バレたか。流石に長い付き合いであるな。さて……」


「一先ず持っていきますね。ふふ、初のダンジョンアタックで宝箱とは、いい土産話だ───」



 ジェグイが中の宝石剣に手をかける。

 しかしそれは過ちであった。


 ジェグイ・スレイはここに至るまで獅子奮迅の働きを見せた。

 多少の演技が含まれるとはいえ人当たりはよく、その誇り高さは見紛うことなき騎士のそれ。

 戦闘においては正面から挑む敵の尽くを長剣一本で切り伏せ、敵が背後から忍び寄ればいとも容易く察知して先手を打つ。

 道具の扱いにも長け、傷ついた武具の修繕すら自身で行ってみせた。

 耐久力は最前線を張るゴウカフに並び、初のダンジョン探索にも関わらず難なくついてくる底知れない体力を持つ。

 今回は使っていないが、長剣以外の武器で戦えと言われれば容易くこなすだろう。


 そんな武芸百般を修める男が、唯一持ち得ないものがあった。

 全ての者が持ちうる素質。もしこの世界に生きる人間全てをランキング化したとしたら、ジェグイ・スレイは間違いなく下から数えた方が早い。

 この『ダンジョン』という場所においてあまりに致命的。たったそれだけのことであるが、それ故に彼と組もうと願い出る者が皆無となる。


 『それ』はカチリ、という音と共にやってきた。

 宝箱の中、置かれていた宝石剣で隠れた底板から紫色の煙が勢いよく噴き出した。




「スレイ殿ッ!?」


「ゲホッ、しまっ……!」



 リュカは間違いなく完璧な仕事をした。

 宝箱の外装、外付け罠、開封機動式罠、モンスター擬態、潜伏、あらゆる可能性を想定した。

 その上で、()()()()()()()()()安全だと踏んだのだ



「バッ、まだ確認終わってないっ!!不用意に手に取る奴があるかよっ!!」


「重量感知式、しかもこの甘い匂いは『眠り』かっ!クソッ、おいしっかりしろ!!」



 宝箱を開けてから、誰もその慎重さを失っていなかった。

 全員の共通認識として、宝箱は開けてからも油断してはならないと理解していた。

 ただ唯一、ジェグイだけはその存在を知らなかった。そのことが全員の知識からすっぽりと抜けてしまっていた。

 彼はダンジョンに不慣れであり、詳細な知識など持ち合わせていない。数年に一度しか見ない『宝箱』を開ける際の作法など知っているわけもない。

 『再生成』によるランダム要素、不意に訪れた幸運による舞い上がり、『宝箱』に対する情報共有漏れ、警告遅れ、そしてジェグイ自身の不注意。

 それらが重なって起きた被害、あまりに巡り合わせが悪かった。


 ジェグイ・スレイは致命的に()()()()側の人間なのだ。

 しかも彼のそれは日ごろからのものでなく、ここ一番で肝心な時にババを引くタイプの運の悪さであった。



「……どうやらそれだけでは終わらんらしい」



 不運の波は畳みかけるように襲い来る。

 先ほどまで何もいなかった空っぽの部屋だった。しかしそれは先程までの話である。

 そこには既に獲物を前にした怪物で埋め尽くされていた。




「ギチチチ……」



 宝箱から出口の方向を除いて3方向、各4匹、計12体。

 正面と左右の床からズルリと這い出るように巨大な蜘蛛が現れる。

 その体毛は赤黒く、口元からは緑色の液体が流れ落ちる。


 彼等は忘れてはいけなかった。

 宝箱があり、周囲に誰もいなくとも、そこは『安全地帯』ではないのだと。



「デッドスパイダーっ!?バカな、あれは7階のモンスターの筈!」


「言っている場合ではない!ガロン、スレイを担げ!総員撤退だッ!」



 ゴウカフの合図に全員が一斉に部屋の外へと走り出す。

 普段ならば反攻も視野にあっただろう。だが今の状態では戦えない、戦ってはならないと全員が理解していた。

 戦力が1人減って5人。しかもその1人が護衛対象である為それを庇う為に1人。

 敵を叩けるのが実質的に前衛2人と後衛2人の計4人。回復役も手がふさがった今、この6階において戦闘は自殺行為である。



(くっ、『宝を追う者は試練を負う』か。今になってダンジョン協会教訓を思い出すとはッ)



 もっと早く思い出していればよかった、ゴウカフが内心で嘆くが全ては遅い。

 大盾を振りかざし背後に仲間達を逃がすも、その向こう側からはとても抑えきれない量のモンスターがひしめいている。

 部屋を出てからも全員の足は止まらない。敵味方の区別なく、一斉に走り出す音が通路に響き渡る。



「こんなところで死ぬのかよ、クソッ。俺も焼きが回ったぜ」


「呪詛は呪う舌が残ってからにしてくれ!今は生き残ることだけを考えたまえッ!」




 一斉に撤退を始める6人ではあったが、あまりの数にその足取りは著しく悪い。

 盾役のゴウカフが一瞬でも気を抜けばその猛攻が背後の仲間達に押し寄せる。

 ネイとヴァズによる苦し紛れの反攻も、デッドスパイダーの重厚な体毛と肉質に覆われて致命傷とならない。


 そして不幸は畳みかけるように押し寄せ、波のように全てを飲み込む。



「ッ!?ダメだぁ!リュカ、ネイ!道を変えてくれぇ!!」


「ごめんよガロン、そんな余裕は……っ!なっ、ここに来てあの野郎……!」


「あぁ、そんな……()()()()()()()……っ」



 忌まわしきあのモンスター、『血みどろ甲冑』が立ち塞がっていた。



『湖龍珠』



 『湖龍珠(こりゅうじゅ)』、後に『湖龍珠(フーロンジュ)』と呼ばれた水晶。

 ほんの少しずつ色の違う青を幾重にも重ねた球体の宝石。

 その内側には龍の眼を彷彿とさせる煌めきを灯す。光を蓄える性質があり、暗闇にあってもしばらくの間輝き続ける。

 龍の瞳は未来を見通すとされ、晴れ渡る空のように青く澄んだ色は縁起のいいものである。


 異国の姫君は王である父に連れられ文化交流をした際、この宝珠に一目惚れした。

 それを見た当代王妃と姫君が意気投合し、売買契約と友好条約が同時に成されたという。

 王は『娘は国の未来より宝石に目が輝いていた』と苦笑しながら調印したとされる。

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