先導の騎士『ジェグイ・スレイ』
「調査官を連れて6階の脅威調査、であるか……」
「はい。他ならぬゴウカフさんならばと思いまして」
探索者協会の広い応接室で男が二人、顔を突き合わせて難しい表情で話し合っている。
協会指定の制服で身を飾った年配の男。もう一人はそれより年若いが、顔に刻まれた皺と鍛え抜かれた身体の男。
しかし二人の表情は険しい。たまに笑顔が出てきたとしても、苦笑いかそれに準ずるものばかりだ。
テーブルの上に散らばった書類、そして新聞に掛かれた文字に目を通しつつゴウカフは話す。
「言いたくも無いおべっかはよしたまえ。健康を害するぞ」
「お気遣い痛み入ります。……お上は探索者を子守りと勘違いされているようですな」
「『漏出した怪物、逃亡。恐れるに値せず』か。現場を知らない連中が好き勝手言ってくれる」
「どんなパワーゲームがあったか知りませんが、どうやら開放派が制したようで」
侮蔑の言葉など滅多に吐くことの無いゴウカフをもってしてすら、この国の首脳への印象は悪い。
確かに前例のない未曽有の事態であるとはいえ、いやだからこそ慎重に対応すべきであるというのに。
理想としては次の『再生成』まで機を待つべきなのだ。『再生成』が起きればダンジョン内の配置物やモンスター全てが一度リセットされる。
運が良ければ《《奴》》の存在そのものがリセットされるかもしれない。
しかしそれでは遅い。それは分かる。ならばせめて一か月、ないし半月の間だけでもダンジョンは封鎖されるべきだ。
上層に襲うべき人間がいないと判断すれば、奴も7階へと戻るかもしれない。
そうなればせめて探索者成り立てへの被害は抑えられる公算が高くなる、だというのに。
「……仕方あるまい、引き受けよう。メンバーの選定はこちらでしていいかね?」
「もちろんですとも!ハァ、苦労をかけます」
「構わんよ。あなた方にはいつも世話になっているのだ。それに、私が受けんと知ったら誰も受けまいよ」
ゴウカフはこの街の『エリート』に属する探索者、その最前線を張る人間である。
第6階層へ自力で到達出来て『エリート』と呼ばれるのが探索者の習わしだ。
だが彼は人々が6層に到達した最初期から戦い続け、その全貌解明に一役も二役も買った最前線の英雄である。
彼が越えてきた修羅場は一つや二つではない。文字通りの死線を何度も踏み越えて生き残ってきた万夫不当の男。
そんな男でも、受けたくない仕事はある。その最たるものが護衛依頼だ。今回の任務などがいい例である。
国から直々に来る調査官を連れ、人間が到達しうる現行の最下層である6階まで案内。
そこまでの安全性を確保出来てからダンジョンの全面的な解放とする、というのが国の出した結論であった。
6階まで行くのならそれ相応の実力ある者が来るだろう。
ここで問題になるのは国の首都にはダンジョンが無く、つまり国が持つ常備軍の内それなりの階級の者が来ることだ。
当然ダンジョンアタックの経験者などいる筈もない、言うなれば全員がダンジョンの素人である。
登山に覚えが全くない人間と共に、その国最高峰の登山に挑むようなものだ。当然達成難易度は跳ね上がる。
ゴウカフは自分の行動が周囲に与える影響というものを重々承知している。
もしこの依頼を「同行者を死なせるだけだ」と断れば、絶対に誰もこの依頼を受けないだろう。
この街一番の盾役を誇る騎士が断る依頼だ、誰が受けても失敗に終わるのは想像に難くない。
誰も依頼を受けないまま断れば国の面子を潰し、関係性は悪化することになる。
それがどれほどの範囲で影響を及ぼすかは、ヘレスにしか見通せない程広大であることは間違いない。
「先が思いやられるな」
騎士の独り言に、憂いの重みが重なった。
そうして、6人の探索者達がダンジョンの入口へと集められた。
「皆、よく来てくれた。改めて自己紹介をしておこう、盾役を務めるゴウカフである」
「リュカだよー。弓と斥候は僕、よろしくね!」
「ネイです。魔法による火力支援を務めさせていただきます」
「ガロンって言います。こんなデカいなりでも神官ですんで、どうぞよろしく」
「ヴァズ。前線火力は俺だ」
集められた探索者達は皆、精強な顔付きである。
ゴウカフの呼びかけに応じた探索者達、それらはいずれも『エリート』に類する者達。
見る者が見れば「ついに7階を本格的に調査するのか?」と疑問に思ってもおかしくない構成だ。
「……んで?そいつが例の?」
「うむ。本日6階調査を担当される査察官のジェグイ・スレイ殿である。さ、どうぞ」
「ご丁寧にありがとうございます。ご紹介に与りました、調査騎士隊長兼査察官を務めておりますジェグイです。どうぞ、よろしくお願いします」
しかし最後の一人、その男の風貌は探索者達のそれとは異なる。
ダンジョンタウンにとって最前線とも言える6階、その調査をする以上それなりの役職と力量が問われるのは言うまでもない。
だが実際に来たのは金髪を僅かにたなびかせた、泥臭いダンジョンには似合わない程の好青年であった。
更にかなり若い。歳の頃で言えば20を少し過ぎた頃のように見える。
ダンジョンに潜る人間に年齢など関係ないが、国仕えの兵士ともなれば話は別だ。その若さはあまりに異質であった。
「思ってたよりかなり若ぇな。いくつよ?」
「今年で22です」
「若っ!!え、それで役職付きなの!?」
「はい。恐れ多くも国家所属、調査騎士隊の第2隊長を戴いています」
「凄ぇですねぇ、大したもんだぁ」
身軽な装備を纏ったリュカ、柔らかな雰囲気を纏うガロンよりもかなり若く、むしろ幼く見える。
探索者の中ではそれなりに年長であるゴウカフから見たジェグイはあまりにそつがなさすぎると印象付けた。
ゴウカフはこの物腰柔らかな青年から、何らかの厄介事を含んでいる可能性を強烈に感じ取っていた。
そしてそれを感じ取っていたのはゴウカフだけではない。その隣、ヴァズが小さな声でゴウカフに耳打ちする。
「おいゴウカフ、こいつ気味が悪いぞ」
「分かっている。無いとは思うが4番で《*1》あることも視野に入れておく」
「もしそうなら最悪だぜ……恨むぞ」
「無事帰れたなら、いくらでも」
騎士鎧がキチリと着込まれているのはゴウカフと同じだが、肩に国を示す『鷹の羽』の紋様が刻み込まれているのが見て取れる。
この紋様は彼が直接所属する国が抱える兵隊、即ち常備軍が装備する鎧に施される意匠であり、その所属を明らかにするものである。
若くして部隊長、馴れ馴れしい探索者達への気さくな態度、確かな腕前。
これがただそうであるだけならばいい。しかしそれはあり得ないと二人の直感は示した。
だからといって何が出来るということも無い。
二人に出来ることは、彼を無事地上から6階へ、そして6階から地上へ送り返すことだ。
「さて、今回の査察はダンジョン第6階まで実際に調査に向かい、脅威は去ったのだと大々的に喧伝することにあります」
「い、いいんですかいスレイの旦那。そんなこと言って?」
ジェグイの明け透けな発言に一同は面食らってしまう。
前線で命を張る兵士だというのに、体裁も気にせず腹芸の一つもしない。
このような人間が来るとはゴウカフも予想していなかった。そして益々きなくさいものを感じさせた。
そんなことは気にせず、ジェグイは正直こそが美徳!と言わんばかりに次々と発言を続ける。
「本音も話せないで、どうして命を預けると言えますでしょうか。今回の件でダンジョンタウンを抱える国の多くが、明日は我が身と揺れています。早めに手を打ちたいのでしょう」
「……不躾な質問ですまんが、貴公はダンジョンアタックにどのような心持でいる?」
「調査騎士隊の一人として事態収束の為、厳格に業務を取り行うつもりです。ですが実際にダンジョンアタックを行うのは初めてということもあり、未知への期待が無い、とは言い切れませんね」
「そうか……すまない、兵に覚悟を問うなど愚問であったな」
「気にしないでください、現場知らずがいきなり来れば疑いたくもなるでしょう」
まるで優等生の模範解答のような受け答えにゴウカフは背筋がむず痒くなるのを感じた。
本気で言っているのだとしたら、今時珍しいバカが付くほど真っすぐな好青年だ。そして変わり者である。
だからこそ、どうしてこんな気持ちのいい男が危険極まる6階調査等という任務を当てられたのか。
それ程までにこの男が優秀なのか、あるいは思惑あっての事なのか。
いっそ全てが自分の疑心暗鬼であってほしい。そう願ってしまう程に彼はあまりに都合が良すぎる。
「まーこっちとしても、今回の騒動には早くケリをつけたいっていうのもあるしねぇ。渡りに船なんじゃない?」
「どういう意味ですか?」
「ほら、アイツって人型な上に戦い方もそうじゃん?なら万が一遭遇した時、対処は私達よりスレイ君の方が適任まであるでしょ」
「おぉ!確かに」
「あいつ……報告にあった階層越えのモンスターですね。武を修める者としては中々興味深い相手です」
リュカの妙案にガロンが拍手を重ね、ジェグイがニコリと笑って応える。
早くもよくない展開となりつつある状況に、ゴウカフは内心頭を悩ませる。
「バカを言うな。今回の目的は6階までの安全性確保であり『血みどろ甲冑』の討伐は含まれていない。……ダンジョンでは無用な交戦は徹底して避けるのが鉄則。スレイ殿、リュカの口車に乗せられんよう願い申し上げる」
「ハハハっ!もちろん理解しています!」
ゴウカフにはこの高潔で真面目な騎士が、ダンジョンという場所には適していないように映った。
ヴァズにはこの気さくな騎士は目を離してはいけない存在だと認識し始めていた。
二人の直感はある確信を持って一致した。
彼は『冒険』を喜んでしてしまう人間だと。
『国』
ダンジョンが生まれる前、首都があった街が主にそう呼ばれる。
古くは『〇〇という街を中心に栄えた地域』の呼び名であったが、ダンジョンの所有権を巡る幾年月の末に『国』という概念が生まれた。
探索者の多くはその歴史に大した興味を持っておらず、殆どが『ダンジョン経済を円滑に回す偉い人間が集まる場所』という認識を持っている。
国に住む多くの人間はダンジョンタウンそのものには無関心であり、興味があるのはその産物のみである。
その点で言えば国とダンジョンタウンの関係性はそう悪いものではないのかもしれない。
国民の多くにとって、自分と関係ない命懸けの現場は関心の向くものではない。
*1一部の探索者にのみ伝わるスラング。4番は『失敗前提の依頼』




