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『繋がり』と『予感』

「これから俺が言うことは頷くか、首を振るかで答えてくれればいい。……質問させてくれるか?」



 質問に対し、『血みどろ甲冑』は小さく頷くことで返事をした。

 アジーはこの時、このモンスター(?)はあまり気の強いタイプではないと推測していた。

 ミリアムへの対応、自分の言葉への反応がその思考へと至らせた。

 戦闘こそ苛烈、鮮烈極まるがそれはあくまで戦いの場のみのこと。切り替えが上手いタイプなのだろう。

 


「ありがとう。まずお前は……外に自由に出られるのか?」


「……ヴゥ」


「じゃあ、他のモンスター達はどうだ?あいつらも本当は自由に外に出られるのか?」



 甲冑はこの時点で一つ目の質問にはイエス、二つ目の質問にはノーと返した。

 つまりこのモンスターが外へと出てきたのはあくまでこれ自身に強い自我があるからであり、その他のモンスターはそうではないということを裏付ける。

 もちろんこのモンスターの言うことを信じるならという前提だが、アジーはそれをほぼ信用していた。



(街に現れた時に人間との力量差を理解したはず。もしこいつが積極的に人間を殺す気なら、今頃あの街はこいつが頂の地獄だ)


(ミリアムの話じゃあこいつは人間の血を啜るって話だ。食料確保は当然、外の方がやりやすい。いや外でなくても上の階でも、それこそ俺達相手にやればいい。だがそれすらしていないってことは、こいつに対話の意思があるってことを証明してる)



 そこまで考え質問を続ける。

 続けて聞くのはアジーが今一番気になってることだ。

 これはイエスノーで答えられる質問ではない、ある程度の妥協は必要だろう。



「どうやらミリアムはお前と何かのやり取りをしてからとんでもねぇ力持ちになったらしい。心当たりはあるか?」


「ヴゥ……グゴ……」


「あるにはあるが、あんまりいい方法じゃねぇって感じか。そりゃどんな……っと、これじゃ答えづれぇよな。それって俺にもできるのか?」


「……」



 そこまで来て静かに沈黙してしまった。

 アジーの眼にはそれが、深い後悔と謝罪の感情を滲ませて苦悩しているように見えた。

 それは何に対してなのか?行った手法なのか?それとも経緯か?

 その答えを出したのはミリアムであった。



「多分なんだけど、私の腕斬っとばした時にそいつが吸収した血で補ったのよ」


「……はぁ!?じゃ、じゃあ何だ?お前の血の中には……」


「ヴゥグァ!ヴゥ……ギ……」


「自分の血じゃないはずって。そいつが一度飲み込んで、取り込んだ血をそのまま私に返したって感じかしら。あーなるほどね、スッキリしたわ」


「俺は何もスッキリしてねぇが。ミリアム自身の血を利用した輸血ってことか……器用なことできんだなお前。あぁ、ついでにちょっと血液も採取させてくれるか?」



 そこまでしてアジーはこの甲冑が苦悩している理由に察しがついた。

 出会い頭に斬りかかり、殺しかけた相手に『輸血』をした結果本人が強くなったと言われる。

 確かに、それに対して「よかったな」と言える下手人がいたら神経が図太いなんてものではないだろう。

 なるほど、初めての対話であるが、不思議とアジーは()()()()()()と感じた。

 同意を得つつ、試験管二本分の血液を採取し終え、考察が続く。



「モンスターの中には同族で群れると一個体ずつ強力になる『群体』っていう『特性』を持つやつがいる。ひょっとしたらこいつにも、そういうのがあるのかもしれねぇな」


「5階の蟲ね。あいつらほんっと嫌い」


「おめぇの好き嫌いは聞いてねぇよ。しかしまぁ、『輸血』かぁ。ミリアムは強化に繋がったがどんなリスクがあるか分からねぇし……迂闊に俺も頼むとは言えねぇなぁ」



 アジーは自分が何か大きなことを成せる器ではないというのも自覚していた。

 ミリアムやゴウカフが持つような矜持も腕力も無ければ、ケインのように窮地で輝く素養も無い。

 クローカのように魔法を使う才も無く、『血みどろ甲冑』が持つような武器も無い。

 危機に立ち向かうのではなく、危機を避けるように生きてきた。

 弱い自分と何度も向き合い、身の丈にあった生き方を選んできた。

 ミリアムが殺されそうになった時も、その前も。当然、後悔も多くしてきた。


 それでもアジーは、闇雲に力だけを追い求めることはしなかった。

 自分は手先は器用だし、危険を察知する鼻も利く。剣の振りだって我流ながらそう悪くない。

 『罠探知』や『罠解除』も得意だし、気配を隠して『隠密』に『ピッキング』だってこなせる。

 ペラを回して人を『言いくるめ』る術も知っている。



(こいつから『輸血』してもらえば、きっと俺は強くなれる。けど……そりゃあまりに()()()()()()()()()()()



 弱い自分は嫌いだが、それを有効に活用する方法もある。

 己は弱くあるが無手ではないのだ。そこを履き違えてはいけない。

 アジーはこの時、多くの人間にとって抗い難い力への欲望を、無意識とはいえ退けた。

 誰が見ていなくても、知らなくても、それは大いなる偉業だ。



「しっかしそうなるとますます分かんねぇな……なんで俺達を襲ったんだ?」



 そして最後の質問。アジーが最も聞かなくてはならないと感じていたこと。

 即ちミリアムに斬りかかるという凶行に及んだ理由だ。



「お前の為人(ひととなり)……人じゃねぇけど、そういうのは何となく分かった。だからこそ腑に落ちねぇ。俺達を襲った時、地上にいた時、そして今。全部人格が違うとかじゃねぇと納得できねぇもんが多すぎる」


「戦ってる時も違うように見えたわよ。戦闘中とその後で雰囲気が全然違うもの」



 ミリアム曰く、戦闘中の合理的な選択、瞬時の判断力を持って時の気配と、今のそれはまるで別人のように違うとのことだ。

 戦い続ける人生を選んだミリアム独自の判断基準に、アジーは少し引いていた。



「……いやまぁ、気配とか雰囲気ってのは分かんねぇが、とにかくそういうこった。なぁ、俺達を襲ったのは本当にお前の本意だったのか?」


「……」



 そう聞くと甲冑は顔を伏せ、じっと下を向いて沈黙してしまう。

 その点からアジーは必死に思考を回す。きっとこの行動にも何か意味がある。



(こいつがモンスターなのに人間らしい感情があることと、俺達を襲ったことは多分別な理由だ。前者は今考える必要はねぇから問題は後者なんだが……)


(襲っておいてこの反応。襲ったのは自分の意思じゃねぇ可能性が出てきたな。となるとこいつは誰かに操られていた?)


(まさか深層には7階の怪物を1階まで送れる()()がいるのか?再生成で生まれた可能性……いや、それが出来るなら被害は俺達じゃ済まねぇはず。6階から1階にかけて未帰還パーティーが複数出ているなんて聞いてねぇし、その線は薄いな)


(なら……こいつの中にはモンスターとしての意思と、人間らしい意思の二つがあり、それが何かの拍子に切り替わっている、ってのはどうだ?)



 そう考えてから思う。意外とこれは悪くない考えなのではないだろうか。

 意思に限った話じゃなくてもいい。あの時は何かの()()()()があり、俺達を襲った。

 そして今はそのきっかけがない。ただそれだけのことなんじゃないか。



「もし『戦闘』がお前の意思じゃないっていうなら、そうなるきっかけが何かって話になるな。だがこればかりはお前じゃねぇと分からねぇよな……」


「ちょっとちょっと、自分ばっかり納得してないで説明しなさいよ」


「待て、整理させてくれ……」



 ダンジョン内外の状況とも照らし合わせ、少しずつ可能性を狭める。

 探索前に必ず目を通す未帰還者リスト、賞金首リスト、職員達の会話、ミリアム達の言葉。

 聞き及んだ全てから一度情報を並べなおし、今の状況に当てはめる。

 その中で一つ、アジーの中で引っかかるものが存在した。ゴウカフが言っていたことだ。



『真っ二つだ。速やかにダンジョンを封鎖しなければ溢れたモンスターで世界が亡ぶと論じる封鎖派と、経済が成り立たんから開いておけという解放派でな』


『封鎖派の意見では上層のモンスターが出てこない理由に説明がつかん。解放派は一般人や探索者の犠牲を考えない阿保が多すぎる。頭が痛いよ』


『ダンジョンが大きな収入源となっているこの街でこれは痛手となるであろうな』



 この言葉が致命的に、あまりに今の状況と合わないのだ。



(おかしい。もしこいつが1階に居座って探索に出た奴らが皆殺しになったらどうなる?それを防ぐなら即刻封鎖か、腕利きを集めてこいつを殺すべきだ。なのに()()()()()()()()()()()()()?)


(まるでこいつが危険ではない、あるいは手を出すべきじゃないと国が知っているみてぇじゃねぇか)



 こいつ(血みどろ甲冑)自身の事情からは逸れるが、やはり妙だ。

 今探索に出れば『血みどろ甲冑』と出会う可能性が極めて高いというのは全員が理解している筈。

 にも関わらずダンジョン探索には規制も敷かず、入場者は希望すればいつでも入れるようになっている。

 今のダンジョンの開閉状況は、まるで誰かが意図して『血みどろ甲冑』に接触するものが現れるよう誘導しているのではないか?そう思わせてしまう程に杜撰だ。

 自分達は達は今、ひょっとしてマズい状況にいるんじゃないか?

 アジーの額に冷や汗が一つ流れる。なるべくそれを悟られないようミリアムに行動を促す。



「まぁ、纏めた話は帰り際にでもしようや。おら、そろそろ帰してやれや」


「えぇー!あああぁぁぁ……じゃあね、プル……」


「人様のペットに愛称つけんじゃねぇよ……」



 一しきり撫でられてから満足そうな顔で、主人の元へ帰ろうとプルメリアが飛び立つ。

 そのまま主人のへと飛び立ち、肩に止まった小鳥は誇らしげだ。

 その時まですっかり甲冑から視線を外していたが、改めて『血みどろ甲冑』を見た時、二人は大いに驚くことになる。



「ギ……グヴ……」


「お、おいおいなんだそれ……まさか、涙か?泣いてんのか……?」



 泣いている……のだろうか?

 人間の眼程精巧なそれではない光る眼、騎士兜の奥からは赤い液が絶え間なく流れ続けている。

 ボタボタと地面に落ちては沼の中に沈み、それがまた循環して目から流れる。

 小さなうめき声をあげて血涙を流し続ける姿は、物悲しさよりも若干の恐さを連想させる。



「……ずっと寂しかったんだって。意識はあるのに周りはモンスターだらけ、コミュニケーションなんか望めない。そんな中もう……どれほどの間歩き回ったか分からないって」


「そりゃあ……苦しいわな。よく耐えたもんだよ」



 ダンジョンに産まれ、自我と感性を持ち、しかしそれを誰とも分かち合えない。

 長い孤独を一人、この薄暗く得る物もない場所で過ごし続けてきたのがこいつなのだろう。

 半日ダンジョンにいるのも苦痛なアジーにとって、泣きたくなるその気持ちは強い共感を思い起こさせるものだった。



「……まぁなんだ。お前が衝動的に行動を起こさねぇなら俺らはまたダンジョンに来るだろうし……また会った時は挨拶くらいすっからよ」


「随分絆されてるじゃないの。ここに来る前とは大違いね」


「うっせ、ここまで話しが出来て、モンスターだからって一方的に切り捨てるなんざそれこそ情がねぇだろ」


「まぁね。思ってたよりずっと話が分かるやつで助かったわ」


「くくっ、それはお前だけだよ」



 二人が笑い合う姿を、『血みどろ甲冑』はぼんやりと眺めて、また涙を流していた。

 今この瞬間、アジーは漠然とした『予感』を感じていた。

 このモンスターを起点に、この街は、ダンジョンは何か大きな変化が起きる。

 それが何かなど知る由も無いが、『幸運』の結果得た『予感』なら悪いことでは無いだろう。

 そう結論づけられた自分に、アジーは驚いていた。

 そんな二人と一つの他愛もない話はしばらく続き、聞きたいことも無くなったタイミングでアジーとミリアムが席を立つ。



「悪ぃがそろそろ地上に戻るぞミリアム。もう聞きたいことは聞けたろ」


「そうね……うん、ちょっと名残惜しいけど、帰りましょうか」



 別れの言葉を告げられた甲冑はさほど動揺することも無く、二人と同じように席を立った。

 肩の小鳥もピィピィと鳴いて別れを惜しんでいるようだ。



「エスコートはいらねぇよ。随分休んだ、『戦闘』を回避して地表に出るくらい訳はねぇ」


「ついでに稼がせてもらった、でしょ」


「ま、まぁそれもある……いや分かんねぇならいいんだ」



 モンスターである以上、道中拾ったモンスターの亡骸が金になると言われても分からないだろうし、分かっても気分を良くするとは限らない。

 そう判断して早々に話を切り上げてしまい、うやむやにしてしまおうという魂胆がアジーにはあった。

 一方ミリアムは、モンスター同士での喰らい合いがある以上そこまで気にすることも無いと考えている。

 アジーは小心者で、気にしいな男であった。



「それじゃ、行くとするか。お前はどうすんだ?」



 そう言うと、『血みどろ甲冑』は下を指さした。

 どうやら下の階に降りて何かしたいことがあるようだ。



「そうか、まぁいらねぇ心配だろうが……気を付けてな」


「いつか地上で会えたらいいねっ。それまでは、ダンジョン(ここ)でまた会いましょ!」


「くくっ、モンスターと約束なんざ、長いダンジョン歴でもきっと俺達が初めてだぜ」



 楽しそうに自分を見る二人を、甲冑はじっと眺めている。

 その視線にはどのような意味が込められているのか、二人は知る由も無い。

 しかし、あまり長く見続けることもせず、ゆっくりとダンジョン奥の方へと歩き始めた。



「またな」


「またね!」



 その言葉に少しだけ振り返り、軽く手を振り返して『血みどろ甲冑』は部屋の外へと歩き去っていった。

 それを見届けてから二人も部屋の外へと歩き出す。



「連れてこられた時は冗談じゃねぇと思ったが……ひょっとしたら俺達は歴史の転換点に立ち会ったのかもしれねぇなぁ」


「そんな大層なもんじゃないでしょ。でも面白いやつだったわね」


「楽しそうにしやがって、おめぇのその肝の太さはどうなってやがんだ?まぁいい奴そうではあったが」



 未知との遭遇や発見に胸を躍らせない探索者はいない。

 二人の頭の中には様々なリスク、リターンの可能性が浮かんでいる。


 もしあれが本当()自分達の味方()だったら?

 人類史上初の友好的な(擬態できる)モンスターだったら?

 人間を強化する(蝕む)かもしれない血の有効性は?


 それはあまりに、探索者の本懐であった。



(また会えるかしら……いや、必ずまた会うことになる。文字通り、私達は()()()()()()しまったんだから)


(これからどうなるんだかねぇ……俺としちゃあ、あいつには長生きしてほしいもんだが)



 二人もまた、自身の大きな変化を感じ取っていた。

 方や己の身体に、方や己の精神に。

 それが良いものであるか、あるいは破滅を齎すのか。

 それは神も、ダンジョンですらも知りえない。












「……で?地表に帰って来て早々なんで俺達は牢屋にぶち込まれてんの?」


「あんたは略奪強盗の疑い。私は……なんでだろうね?」


「なんで俺がこんな目に合わなきゃなんねぇんだよぉ……!!」



 そんな地表に戻った二人を待っていたのは、冷たく狭い牢屋だった。




『モンスターの特性』



 モンスターは固有の『特性』を持つものがいる。

 群れの個体数が多い程強くなる『群体』、指揮下にいるものを強化する『指揮』や『応援』、そして『血の沼』。

 『特性』は弱点と表裏一体となることが多い。『群れ』ならば分断、『指揮』は特性持ちを直接叩くなどが有効である。

 初見のモンスターは如何にしてそれを早く見破るかが生死を分ける。


 モンスターはそれらを逆手に取った行動を取らない。

 知性を持たず、本能的にそれらの『特性』の有効な使い方を知ってはいる。

 だがそれに対応するもの、つまり対策の対策行動を取ることは無い。


 モンスターは成長せず、学習せず、ただあるがままに生きる。

 少なくとも、今は。




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