第8話 『掌中で動く』
『予想通り』など、運が少し自分の方を向いていただけに過ぎない。
情報で自分に有利になることはあったとしても、その情報に『絶対』は無い。
しかし、もし未来を自らの手で動かせたら?ほんの数分、数秒先が思い通りになるとしたら?
―――数秒先を作ることで形が見えてくる数ヶ月先や数年先。その人の未来を決める瞬間は、常日頃、どこにでも漂っている。
第8話 『掌中で動く』
走行時間も残り10分。3台はホームストレートに帰ってきた。
シビレを切らせた悠は、ついに本気に。ワンエイティのフロントライトが点滅した。
(仕方ありませんね、少しお相手しましょう。ですが・・・・・)
ハザードを出す圭太。3回点滅後、セカンドにギアを入れ、目一杯アクセルを開けた。
RB25がそれに答える。1600kgの車重をものともしない加速力。
(このバトルは最初から、全て僕の掌中で動いています・・・・!!)
「そうよね、そうこなくっちゃ!!」
(おいおい、いきなり始まるのかよーー!!)
つられるように翔太も加速を始める。
RX6タービン仕様の悠に対し、翔太のワンエイティはブーストアップ程度の車なのでどうあっても本気で踏む悠との差が生まれる。先頭でスタートしたことが唯一の救いか。
車の性能だけでいえば、一番有利なのは悠。シルビア系の車種はそのバランスの良さから『ドリフトのために生まれた車』といわれることもある。
1コーナーから圭太は実力を見せ付けた。アウト側に1度ステアを切り、ノーズがある程度アウト側を向いたら反対に切り返す。テールが流れ、そこからは踏みっぱなし。会場一帯にレッドゾーンを頭打ちするエキゾーストが響く。
(な、何だこれ、この威圧感・・・普通の走り屋じゃねぇ)
一歩間違えば押しつぶされるような威圧感?圧迫感?
とにかくその感情の類が翔太を一挙に襲う。自分を見失いそうになってしまう。
(こんなときこそ自分をしっかりキープするんだ、――俺にはこの頭と車からの情報がある!!)
『おい、あれ野村じゃねぇか?』
『間違いねぇ、白い34スカイラインだろ?』
『すげぇ、あれだけ上手くて何で全国戦で勝てねぇのかな・・・?』
『バカ、ただマシントラブルが起きちまうだけなんだよ、間違いなく全国トップの実力だろ』
真人にそんな声が聞こえる。
白煙を撒き散らす、などといえば汚らしいイメージを植えつけてしまいそうだが、その走りにカッコ悪さなどどこにも無かった。
(ついて来れますよね、これくらい・・・・ですがどこまで続くでしょう?)
圭太の口元が軽くつり上がる。そう、事は全て圭太の掌中で動いているのだ。
(そろそろですね、荒瀬君は)
圭太がそう考えていた頃。
翔太は懸命に前を守っていた。
(ダメだ、まったく離せねぇ、20分も全力で走ってたおかげで冷却系も苦しんでる・・・・なによりタイヤだ、もう2周ももたない、クールダウンに入るしかないな・・・・)
仕方なく、そして悔しそうに唇を噛み、翔太はハザードを出した。
その真横をまったくスピードを落とすことなく2台は通り抜けていった。翔太はそれを見て余計に悔しい気持ちでいっぱいになる。
ここで圭太が悠に前を譲る。何のためらいもなく前に出る悠。
「もう終わりなの!?じゃあ一発見せ付けてやるわ!!」
前に出て思い通りの走りができるようになったと思うと、悠は感情を抑えられなかった。
90キロを超える車速からの2発進入。圭太に負けず劣らずの深いアングルとハイスピードでクリップをとって見せた。
「どう?手も足も出ない・・・・嘘っ!!!?」
進入からクリップ、そして立ち上がりまで完璧な仕事・・・・・のはずだった。
しかしドアのウィンドウに写るその車は、間違いなく圭太の34スカイラインだった。
(上手ですね、少し後ろから見てみたくなりました)
「そんな・・・・・でもまだ終わっていないわ!!」
落胆の心境をごまかすかのように、アクセルを目一杯開ける悠。テールスライドが起きてもお構いなしだった。
「お前、まだ走っていたのか」
真人が声のする先を見ると、そこには司がいた。ショップのロゴ入りの黒いつなぎは、どう見ても似合っていなかった。
驚きや戸惑いの混ざった感情を必死に隠し、司と向かい合う。
「うるせぇ、俺が走るかどうかをお前に決める権利はねぇよ」
「現にお前は俺に負けている――」
「だから何だ、次は負けないさ」
「フン、俺も野口に認めてもらえる勝ち方をしないと意味がない。いつでも受けて立つ」
「ケッ、次はその自信完膚なきまでに叩き潰してやる」
少しの間の沈黙が流れる。2人の視線の先には、悠と圭太の追走。
「野村圭太・・・・さすがの走りだな。完全に主導権を握っているのが分かる」
「お前が来なけりゃあいつは今もOVER FLOWのメンバーだったんだよ」
・・・・・・といいたくなる気持ちを抑える真人。
「分からねぇなぁ、前で走ってるのは里原じゃねぇかよ」
「違う。里原の意思でああ走っているんじゃない、野村が走らせているんだ」
キッと真人を睨みつけて、司は言う。
「もっとも、里原は引っ張られて走っているとは思っていないだろうがな」
「ふぅん、どうせ勝ち負けなんて関係ないけどな」
終了8分前。クールダウンを考えると、あと3分で勝負は終わる。翔太はすでについて行けなくなり、自分のペースで軽く流している。
黙って2人の走りを眺める真人、司、野口、鬼頭。
ギャラリーは2台の走りに釘付け。コーナーに入るたびに歓声が上がる。
そのときだった。圭太のバックミラーに写る、猛烈な勢いで追いかけてくる1台の車。
(このペースについてこれるんですか、相当の腕ですね)
余裕の表情の圭太。しかし見据える先は、悠のワンエイティのテール。それとも、もっと先に見えるであろうものか。
第8話 終わり




