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第15話 『相棒』

うわぁ、1年以上経ってる。


お気に入りに登録してくださってるあなただけのために、この1話をアップします。


では、第15話、アップしますww



『すべて思い通りに事が運ぶ』。これほど気分のいいことはそう無い。

しかしそのためには、それなりの代価が必要になる。カネや物資、時間など、一筋縄では手に入らないものがその代価となる場合が多い。そういった価値の高いものをたくさん失ってから得る、『自分の理想』というパズルの1ピース。



―――だがいつか、どんな奴だって気づくのだ。『理想』というのは、死ぬまで満たされることが無いということに。




第15話 『相棒』




「―――うるさい、これからも小高で行く。私が決めたんだ、たかがコドライバーが偉そうな口を叩くな」



「・・・・っ!!」

開き直ったかのようなオーナーの口調に、篤志はブチ切れる。真っ白になった拳をぶつけるように、オーナーを殴り飛ばした。

「てめぇ、それでも1チームの指揮官かよ!?ドライバーの意志も放ったらかして、俺達はお前の名声のための道具ってことか!!」

「チームの方針は俺の一存だ。高いカネ払ってお前らをわざわざ呼んだんだ、俺の言うことぐらいおとなしく聞け」

血のにじむ唇を親指で拭い、さらにエスカレートするオーナーの暴言。

「本性出しやがったなクソ野郎、前からお前のことは気に入らなかったんだ」

「それは残念だな」

「もう交渉も相談もねぇな。お前が小高にこだわるならそれでも構わない。優秀なメカマンもドライバーもお前の栄光のためにカネでこき使われるただの道具の一部だ、その扱いも好きにしろ。だけど俺は・・・」

そこまでまくし立てると、篤志は一旦言葉を切った。



「俺はこのチームを抜ける。こんなくだらねぇチームでドライバーの補佐なんてできるか。ってか、お前らの最強の障害になってやるよ」



思いっきり啖呵をきって、ショップをあとにした篤志。奈津美にも何も言わず、とにかく気に入らなかったという心情だけで飛び出した。が・・・・・

「俺、これからどうすりゃいいんだ??」




その夜。

「―――っ!!・・・・・そんな・・・・・」

奈津実はオーナーからじかに、篤志がチームを去ったことを聞かされた。膨らむ不安。それ以上に、代表がその事実を表情も変えずにさらりと言い放ったことが、奈津美には一番衝撃的だった。

紹介された新しいパートナーには、篤志のような安心感をどうしても抱けなかった。

無理も無い。いくら優秀だと言われたところで、ドライバーとコドライバーも結局は人間関係だ。見ず知らずの人間を信頼できるほど、奈津実も鈍くはない。


奈津美は篤志に社長に掛け合ってくれるように頼んだが、喧嘩してくれとは頼んでいないし、篤志にチームを抜けてくれとも頼んでいない。

「どうして・・・・・っ!!」

誰もいない自分の部屋で、こらえきれずに彼女は涙をこぼした。支えがいない人間は、はっきり言って弱い。

考えば考えるほど、泣けば泣くほどスランプに陥っていく自分を恨むことしかできなかった。




1ヵ月後、北海道 某山中


「小高、今日も勝て」

相変わらず、というよりこないだよりも冷たくなっているオーナーの口調。

新しいコドライバーとも馬が合わず、ますます奈津美の不安は増大していく。篤志の存在の意味を改めて感じる。



「よぉ、小高ぁ」



「ぜ、善田君!?」

聞きなれた、誰よりも安心感のある声と一言。

奈津美の前に現れたのは、レーシングスーツを着た篤志だった。

「何で・・・チームは抜けたはずじゃ・・・??」

「違うんだ、俺はお前の敵だ」

「え?」

目を丸くする奈津美。一体何があったというのだろうか??

「俺、チーム抜けたあと、俺また走り屋に戻ろうと思ったんだ。そん時、偶然車探しに寄った中古車屋のおっちゃんがラリーチーム組もうとしてるって聞いたから、走らせてもらえないか頼んだんだ」

「・・・・・・バカ」

「え・・・・?」

今にも溢れ出しそうなくらい目に涙を溜めた奈津美が、両手のこぶしを真っ白になるまで握りしめ、顔を真っ赤にしていた。

「善田君のバカぁ!!あたしがどういう思いで・・・・どういう思いで今日ここに来たか分かるの!?今まで信頼してた人が、ずっと一緒だった人がいきなり目の前からいなくなって!!あたしがどれだけ不安だったか!!喧嘩したですって!?ふざけないでよ!!ふざけないで・・・・っ・・・・・」

こらえ切れず、また涙がこぼれる。どれだけ手でぬぐっても、それが止まることはなく。

気がつけば、篤志は奈津美を抱きしめていた。

「一緒にいたいよぉ・・・・ひっく・・・・・ひとりは、嫌なのぉ・・・・・」





「なぁ、お前も来ないか?」




「えっ・・・」

そういえば、走ることが『楽しい』と思えなくなったのはいつからだろうか?そんなことを考えてしまう。

「出来立てのチームだし、決して資金力があるとは言えねぇ。クルマだって廃車からパーツを引っ張り出して組んでる部分もあるからな。だけどそんなのを育てていく楽しさも感じてるんだ、今までと違って、こういうプロ競技にもチームで頑張るって所にもやり甲斐はあるんだって、おっちゃんに教わったんだ」

自信に満ち溢れた篤志の表情。たった1ヶ月で、篤志が自分では全く届かない遠くへ行ってしまったようだった。

「だから、今日は本気でお前らに挑んで、勝って見せる。おっちゃんヘのせめてもの恩返しだ。じゃあな」


篤志が去った、KOOL CAR STUDIOテント。

それまで、自分の身の回りに不満足を感じていなかったはずの奈津美の心に、大きな穴が見つかったようだった。

今さっきに出来たのではなく、それまであったのに気がつかなかったような気分。物足りなさを強く感じていた。

(かっこ悪いわね・・・・)

相手が篤志だったからとはいえ、敵の前で大泣きして、自分の弱さをさらけ出した自分がひどく情けなく感じた。

勝つことが当たり前で、そのために自分を追い込み続け、それを辛いと声を出せば大切な存在も失うことになった。

だがそれだけ篤志が好きだったのだ。人として、異性として。誰よりも相棒として、互いを認め合っていた彼のことが。

無情にも、時間は彼女に感傷にひたる間も与えてくれない。



「小高さん、準備始めてください」

複雑な感情を抱きながら、奈津実がコースに出る。人々から見れば彼女は、名真市が生んだ日本トップクラスの女性ラリースト。だがその中身はこんなにも脆く、普通の年相応の女性。きっちりと気持ちの切り替えもできなくても、今はただ走るしかなかった。たった一人で、逃げ場の無いコースで。

トミ・マキネンよろしく、三菱のWRCカーによく似たカラーリングのエボ6の性能を余す所無く使い切るその走り。

篤志の声が聞こえない車内で奈津実は、コース、自分のクルマ、コドライバーなど、目に見えるすべてを敵に回しているようだった。



――――そんなことない。



そう言い聞かせるように、アクセルを適度に開けていく。代表が大金をつぎ込んで仕上げたそのクルマは、周囲の状況を無視するように奈津実の言いなりとなる。カネに人の声や情は届かない。



――――はいはい、あんたの言うとおりにね。そうすれば勝てるもんね。



クルマからそんな声さえ聞こえてきそうだった。素直すぎるその挙動さえも、奈津実の不安をさらに増大させていく。

事故なくコースを走りきれたことが、自分でも奇跡としか思えないほどだった。

『よくやった』 感情のこもっていない代表の言葉。キャンプ用の椅子に深く腰掛け、余裕の表情で後続のタイムを聞き流す。

大金をはたいて優秀なドライバーを雇い、優秀なメカニックを他店からヘッドハンティングし、設備も極力メーカーワークスに近づける努力をした。どこもかしこも優れたもので固めて、気分は完全無欠。

負ける気などさらさら無かった。メーカーワークスほどの相手でなければ、自分の作り上げた体制に本気で挑むやつなどいないとさえ思い込んでいた。




――ー『外山中古車店 オジサン達の金欠インプレッサ初号機(GC8)』 善田篤志・宇佐美うさみ さとる




走行会か何かでふざけてつけたような名前のそのクルマが、奈津実のエボ6に5秒という大差をつけて勝利するその瞬間までは。

                                                          第15話 終わり




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