第1話 『ルージュ・ノワール』
本州の東あたりにある地方都市、名真市。
人口は4万人程度。自動車メーカーの本社や工場があるわけでもないのに、自動車関連の企業が街の経済の半分以上を担っているという少々変わった街。
山、市街地、海岸線など、様々な場所に敷かれた道は将来のレーサーを育みつつある。
どういう意味かって?
つまり、『走り屋』が多いのだ。住民の多くは市内中心に集中し、市街地から10分も走れば民家は極端に少なくなる。
埠頭や峠、自動車専用道路。様々な場所で迫力のエキゾーストが響く。
今回は、そんな彼(彼女)らにスポットを当てた、アンダーグラウンドでスピーディなお話。
今夜も、各々自慢のチューニングを施した愛車が、真っ暗闇を切り裂かんばかりに駆け抜けていく・・・・・・・・。
走り屋系(?)小説(??) 「D’live」 第1話 『ルージュ・ノワール』
夕飯を済ませた朝田 真人は、愛車の真っ赤なNB8C型、マツダ ロードスターに乗り込んだ。
イグニッションをひねり、アクセルを2、3度あおる。
「絶好調」
そう嬉しそうに呟き、クルマを発進させた。
10分も走れば、ロー〇ンが見える。そこにいる、黒いRPS13、180SX。
「遅いぞ朝田、津木はもう始まってる」
その180SXのオーナー、荒瀬 翔太。真人の友人で、走り仲間だ。
2人ともクルマにかけたお金は同じくらい、技術的にもそれほど差は無い。
「今日は走りたい、水越に行くぞ」
「はいはい、じゃあ行こうか」
この街の走り屋スポット水越と津木、2つの説明をしよう。
彼らが向かっているのは、水越の峠。街の北西部にある。道幅が非常に狭く、レイアウトは複雑な方。おまけに勾配もきつく、テクニカルで死亡事故が多かったため、最近では誰一人走ろうとしない。もちろん本人達は知らない。
そして、津木峠。
街の北に位置し、昔からドリフト派、グリップ派を問わず人気のステージ。道幅が広いがレイアウトは複雑。今も昔も人気は全く衰えない。この地方の走り屋3大勢力の1つ『OVER FLOW』の本拠地。
いつも通り、水越の峠に人は居なかった。
「本当にわけがわからんな、これほどの場所に人がいないなんて・・・・・」
「どうだっていい。人がいなけりゃ好都合だ」
「そうだな、じゃあ行こうぜ」
2人はクルマを発進させた。
誰もいない、誰も来ない場所で、2人はずっと2人っきりで腕を磨いた。
ただ楽しく、上手に自分のクルマを走らせたい。その一心で互いに高めあってきた。誰かに認めてもらうつもりも毛頭無かった。
2台が水越の急勾配を駆け上がっていく。道幅が狭いため抜き合いをするのには向かないが、後ろを走る翔太も、前を走る真人も遠慮はしなかった。一定の車間で、翔太はきっちり真人に合わせる。
前と後ろを入れ替えても、その状態に変化はなかった。
コーナーが迫る。ガードレールの向こう側にいる、白い車と黒い人影。それを真人は見逃さなかった。
(何だアレ・・・・・・)
次の瞬間には意識をコーナーに傾ける。
思いっきりステアをこじれば、慣性でテールは流れる。
流れていくテールを、真人はアクセルワークで、翔太はフットブレーキで上手くコントロールする。
パワー的には翔太が勝っているので、軽さを生かした真人の進入で生まれる差は立ち上がりで無くなる。
それを眺めていた、一人の男。彼は2人がいなくなるのを見計らって、クルマを動かした。
横に並んだルージュ・ノワール|(「赤と黒」)。
あれから往復で5本は走っただろうか、2人は麓から10分ほど走ったところにあるファミレスにいた。
2人ともアイスコーヒーを注文し、いつも通りの愛車の妄想チューニングが始まるはずだった。
しかし、翔太の一言目は違った。
「俺たち、上手くなったのかな・・・・・・」
「さぁな、俺たちは他人の評価を知らないからな」
「朝田は気にしないのか?」
「・・・・・・・・」
真人に返す言葉は無かった。全く同じことを考えつつあったのだから。
「俺は気にしてるんだ。同じことをしているやつなら他にだっている、俺と他の奴とどちらが優れているかくらいは知ってみたいんだ」
「そうか・・・・・」
「俺たち、どこかチームに入らないか?」
「は?」
突然の翔太の提案に、真人は言葉を失う。
「俺、『OVER FLOW』に入りたいんだ・・・・・」
この地方の走り屋3大勢力の1つとは、さっきも書いただろうか。
真人の戸惑いをよそに、翔太は話を続ける。
「あそこにいれば、いずれは全国レベルでの俺の実力も分かる。今の俺たちの腕なら、いや、足りなくても磨けばいい、一緒に行かないか??」
「馬鹿言え、実力差があり過ぎ――――」
「それが見たいから俺は言ってるんだ!!」
「ちょっとアンタたち、迷惑が過ぎるんじゃない?」
2人の席の前に立つ女性の顔には、あからさまな嫌悪の色。
「す、スイマセン・・・・・・」 慌てて謝る翔太。
「それとアンタたちどこのメンバーなの?」
「どこのメンバーか?」と聞かれるだけで、「どこの走り屋チーム所属なのか?」という風に瞬時に変換できるのは、この地方だけだと思う。
「俺たちはチームには入ってない。フリーだ」
「ふん、尻振りごっこも満足に出来ないド素人が、偉そうにウチのチームの陰口叩くわけ!?」
「「は!?」」
真人達は身に覚えの無い言いがかりをつけられたのだ。
「何の話だ?俺たちは誰かを怒らせるような話をしたつもりは無い」
「とぼけたって無駄よ、私が全部聞いてたんだから」
さっきから聞いてれば・・・・と、真人の頭で、何かスイッチが入る。
「この辺で1,2を争う実力を持つチームのメンバーなら他人の盗み聞きもOKとは、この街では大きなチームに入ってりゃいくらでも好き勝手出来るんだな」
「おい朝田ぁ・・・・・・」
「な、なんですって!!?」
女性の興奮が頂点に届きそうになる頃、一人の男性が止めに入る。
「悠さん、いい加減にしなさい」
「野口さん・・・・」
悠と呼ばれた女性と、野口と呼ばれた男性のやり取りを見て思わずキョトンとしてしまう翔太。
「すまない、驚かせてしまったようだ」
「いえ・・・・・」
「まぁいきなり言いがかりをつけられるとな」
「でも、野口さん・・・・・」
「悠さん、物事には順序がある。ここは津木ではないんですよ?」
「はい・・・・・・・」
そのまま悠は自分のテーブルへ戻っていった。
「あの、野口って『OVER FLOW』のリーダーの・・・・・」
翔太は野口にたずねた。
「ああ、と言っても名前だけのものだけどね」
カラカラと笑いながら野口は答えた。
「そういえばさっきの方は・・・・・」
「ああ、悠さんか。彼女についても追々紹介していこう」
「追々??」
「君たちを、『OVER FLOW』に迎えたい」
真人は気づいた。さっきの水越にいた男。
「あんた、さっき水越で俺たちを見てただろ?」
「な、何言ってんだよ朝田?誰もいなかっただろ?」
「よく見てたね、その通りだ。メンバーが少なくなってきていて、良かったらと思ったんだが。土曜に津木でミーティングを開くので、返事はそのときにでも」
と言い残し、野口は自分の席に戻る。
「朝田、これってチャンスじゃねぇか?」
嬉しそうに翔太は話す。
「・・・・・・入ったからって有名になるわけじゃない」
「そうじゃない、俺、野口さんに憧れて走り始めたんだ」
「初耳だな」
「17の時に津木でギャラリーして、その時に野口さんの走りを見たんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「他の人も凄い上手かったけど、野口さんの走りが飛びぬけてたんだ・・・・・・」
「良かったじゃないか」
「俺の中じゃ人生初まって以来のチャンスだと思う」
「じゃあ、今週の土曜日」
―――そのとき2人は気がつかなかった。2人を睨みつける、冷たい目の存在を。
第1話 終わり