第30話:キョーカ=ナバタメ
エセルナート王国首都トレボグラード城塞都市の下町に近い一角に店を構えるクレープの店で王女アナスタシア達は話に花を咲かせていた。
“憎悪の戦方士”コールドゥの母と姉も戸惑いながらも笑顔を見せた。
「ホークウィンド様達は何処でお知り合いになったのですか?」緊張がほぐれてきたコールドゥの姉が尋ねる。
「最初から知ってたのはキョーカだね」エルフの女魔法戦士を見ながらホークウィンドは答えた。
「前の冒険者パーティがワードナの迷宮で全滅して、故郷のスカラ=ブラエの森に戻った時に彼女から新しいパーティに入りたいって言われたんだ」
キョーカが頷く。
「私とホークウィンド姉様は——」キョーカが語り始めた。
* * *
不老不死エルフの女忍者ホークウィンドとエルフの女魔法戦士キョーカはエセルナート王国近くのスカラ=ブラエの森エルフの居住地で姉妹の様に育った。
エルフ族の成人年齢——齢一五〇歳になったキョーカを祝うべく森エルフ達は盛大な宴の準備を進めていた。
エルフ族は三~四、五歳迄は人間族とほぼ同じ速度で成長する。
その後は反比例曲線を描く様に急激に成長速度は遅くなり、最終的には人間族の十分の一程になる。
年齢は千歳を超える者もいる——流石にそこまでくると白髪になるものが殆んどだった。
旅に出ている事が多かったホークウィンドだったが、キョーカの成人祝いには駆け付けた。
エルフ族は人間に比べてはるかに少産少死だ——それだけに子供は大事にされる。
まして成人を迎えたなら尚更だ。
氏族総出での宴席には蜂蜜酒やイノシシや鹿の肉を香草で焼いたもの、河で取れた魚を蒸した物やデザートに細かく振るった小麦粉を使ったケーキ迄有った。
「成人おめでとう」白髪に長い白髭を生やした族長に大人の証の魔法の首飾りを掛けられる——。
「おめでとう。キョーカ」黒装束に身を包んだ長身のホークウィンドも祝福の言葉をくれた。
「全知全能の唯一絶対女神リェサニエルにかけてなんでも一つ願いを叶えよう——。キョーカ=ナバタメ」族長が笑みを浮かべる。
父と母がキョーカを見て頷いた。
「私は——」キョーカはずっと胸に秘めていた願いを告げる。
「ホークウィンド姉様の様な冒険者になりたいです。お許しいただけますか」真っすぐ族長の目を見た。
拒否されたらどうしよう——そんな思いが頭をよぎる。
しかし族長は破顔した。
「お前がそう言うであろうことは分かっていた——もういいと思う迄存分に外の世界を見聞してくると良い。スカラ=ブラエの森エルフとしての誇りを忘れるな」
「出立するのは何時でも良いわ——今すぐという訳でも無いのでしょう。氏族はお前を応援します、唯一女神も自然達も私達も味方ですよ。何時でも私達はお前の帰還を歓迎します」脇に控えていた齢五〇〇歳を超える女巫術師もキョーカを祝福した。
「それに——」族長は笑みをたたえたまま言った「止めた所で聞くお前ではあるまい」
キョーカは予想以上に自分が理解されていた事を改めて神に感謝した。
エルフ達は自然を神格化した神とエルフ達の祖先神、そして全てを創造した唯一無二の母なる絶対女神を信仰している——唯一女神の信仰と他の神々の信仰は一見矛盾する様だが、エルフ達は全ては一体であるとの教えのもと、自然や祖先は偉大なる唯一女神の一部であると解釈していた。
有るのは唯一の神だけでそこに含まれないものは何も無い——それがエルフ達の宗教観だ。
エルフ達はその教えに忠実である事で平和な世界を創れると信じていた。
各地に散ったエルフ達の精神的支柱となる教えだ。
かつて——一万年を遥かに超える昔にはエルフ達は王国を作って生活していた。
しかし国家としてまとまる事は個々の人間の幸せを抑圧する——エルフ達はそう結論した。
——我々対彼らという分裂構造を作り出す国家主義は、全ては一体であるとの唯一女神リェサニエルの教えに反すると看取したエルフ達は国家を解体し、各氏族の共同体に分かれて暮らすことを選んだ。
当時の王家とエルフ民衆、貴族等全ての決断だった。
今では二年に一度、全氏族の代表達がかつて王国が有った西の大洋に浮かぶ島に集まって会合を持つ事によって、エルフ族の結束をまとめる役割を担っていた。
王国解体以前に堕落し分化した闇エルフ達にも集会への招待は送られていたがついぞ彼らが参加した事は無い。
一般のエルフ達は闇エルフの者達を“可哀想な人々”と呼んだ。
自ら光の当たる道を外れ他者を憎み怒る者——それは地獄の道にいるのと同じだと。
そしてその事ほど当の闇エルフ達の怒りを買う言葉は無かった。
闇エルフはダークランドと呼ばれる地方の地下に帝国を作り——他の所でも地下に国を作って住んでいる。
闇エルフに分化した者達を先導したのはエルフ王国の王族だった。
それ以来徹底して王族の純血主義を貫いている。
一方地上のエルフ達の間では王族の血をひく者は敬意は払われるがそれ以上の特別扱いは無かった。
スカラ=ブラエの氏族は千人以上のエルフ達が居留する一大集落だった。
しかしエルフ族の中では有数の大きさを持つ居留地に住んでなおキョーカは氏族を離れ世界に出ないと後悔すると思っていた。
大人しく手の掛からない子として育った彼女はしかし内に秘めた思いは父母にも語らなかった。
頑固で一度決めた事は譲らない——時折見せるそんな姿に両親はこの子は早くに自分の道を決めるだろうと思っていた。
「貴女が外の世界に出ていきたかったことは知っていたわ、キョーカ」母親が成人したエルフの愛娘を見る。
彼女を生んだ日の事が思い出された。
“定められた運命を持たぬ者”——それがキョーカが生まれた時に女巫術師に告げられた彼女の定めだった。
それ故に世界を大きく変え得る存在だと。
キョーカはエルフの実戦剣舞もたしなんだが自分の流儀には合わないと東方の剣技を学び、エルフの巫術師が使う魔法を学んできた。
成年になる頃にはいっぱしの魔法戦士に育っていた。
氏族は武器と鎧を贈ってくれたが、キョーカの望む日本刀は手に入らなかった。
今まで習った東方剣術にアレンジを加えて細見剣で戦う術を覚えてきた。
そしてエセルナート王国王女アナスタシアを救った事で遂に日本刀“天叢雲獅子堂”を褒美として与えられた——キョーカは存分に実力を発揮できる機会を与えられたのだった。
* * *
転生者無口蓮——元大日本帝国諜報機関特務少尉は復活こそしたが、実に惨めな状況に置かれていた。
魔法で囲っていた女達も高価な飛竜も失った。
女達は操られていたとはいえ悪事に加担させられていた事を恥じて庇護下に有ったガランダリシャ王国連合から姿をくらましていた。
後を追おうにも行方は杳として知れなかった。
“憎悪の戦方士”と呼ばれたコールドゥ=ラグザエルが死んだ事だけが留飲を下げる出来事だった。
しかし、それも絶対ではないと無口蓮は薄々感づいていた。
あれ程の力を持つ<憎悪>の神ラグズがコールドゥが秩序機構総帥ゲルグを殺すと預言した事を聞いて、独自に情報を集めた結果だ。
自らが“死んだ”大陸南端の王国連合首都ガランダルで復活した無口蓮は魅了の魔法で高い能力を持つ冒険者を味方にしようとしていたが上手くいかなかった。
それも“敵”のせいにしていたが、自分の“スキル”が幼女神エリシャに取り上げられたのではないかと恐怖を覚えているのも事実だった。
先の大戦で負けた事が無口蓮に敗北への拭い難い恐怖を植え付けていた。
全面戦争が駄目でもゲリラ戦が有る——自らを奮い立たせる為にそう言い聞かせて復讐の機会を伺っていた。
如何なる手段を用いても生き残って戦え——特務時代に叩き込まれた教えを坊主の経の様に繰り返しながら王女アナスタシアとその直属護衛騎士カレン——最早自分のものにするより復讐の対象となっていたが—―とその仲間達に一矢報いる事に遮二無二なっていた。
貧民窟に潜伏して街のチンピラを脅しつけて当座の部下とし、情報を集めさせた。
王女達は既にトレボグラード城塞都市への帰途についており、後を追おうと路銀を集めさせている最中に思わぬ所から救い——王女達にとっては災厄——が訪れたのだった。




