第7話 楽しいお茶会へ
建国記念日パーティがあった数日後、私はある侯爵家が開催したお茶会に来ていた。
連日届くお茶会の招待状、公爵家の令嬢としていくつかは出た方がいいと思って参加したのだ。
回帰する前は本当に荒れてたから全然出てなかったし、私の評判も悪かった。
だから今回はその評判を上げるためにもお茶会に出たのだが……。
「んー、美味しいわ! これはなんというお菓子なんでしょう?」
「アサリア様、そちらはマカロンというお菓子です」
「名前も見た目も可愛らしいわ。それにとても美味しくて素晴らしいわね。どこのブランドのお菓子なのでしょう?」
「あっ、そちらは私の家が経営しているお菓子店です。よければ今度、スペンサー公爵家にお菓子を贈らせていただきますが」
「お願いするわ! お返しになんでも用意するから!」
「は、はい! 光栄でございます!」
すっごく楽しい!
えっ、お茶会ってこんなに楽しかった?
回帰する前はお茶会なんてつまらないものって思ってたけど、心に余裕があっていろんな令嬢と話すとこんなにも楽しいものだったのね。
今回のパーティは立食のような形を取っているから、食べ物がいろいろと置いてあり好きなものを取って食べていいというスタイルだ。
お茶もお菓子も美味しいわ、用意してくださった方々には感謝しないと。
「ふふっ、アサリア様って可愛らしい方なのですね」
「んっ……可愛らしい?」
周りにいた令嬢の一人がにこやかに笑いながら言ってから、少しハッとして申し訳なさそうな顔をした。
「あっ、失礼しました。公爵令嬢であるアサリア様にご無礼なことを……」
「いいえ、全然大丈夫よ。むしろなんで可愛らしいって思ったのか聞かせてもらえないかしら? 綺麗って言われることは多いけど、可愛らしいって言われたことはあまりないから」
自分でも整った顔立ちをしていると思うが、目尻は上がっていてキツい印象を与えることが多い。
黙って真顔でいると怒っていると勘違いされてしまうくらいだ。
「その、お菓子を食べている姿を見ていたら、とても美味しそうに幸せそうに食べていらしたので。失礼ながら、愛らしいと思ってしまいました」
「うーん、そうなのね。だけど好意的に見てもらえるなら嬉しいわ、ありがとう」
特に意識はしてなかったけど、意識してない振る舞いが好意的に捉えられて、それが悪い噂を払拭してくれるなら全然問題ないだろう。
「わ、私も失礼ながら、アサリア様を可愛いと思いました!」
「私もです! よければお菓子はまだまだあるので持ってきます!」
「ふふっ、ありがとう」
こうして同年代の女性と楽しく話すというのも、回帰する前はあまり出来なかった。
皇妃になるための勉強に追われ、ルイス皇太子の浮気に振り回され、婚約破棄された後は魔獣と戦うための魔法の訓練をしていた。
なんだかいろいろと取り戻している気がして嬉しいわね。
本当に楽しいだけれど……一つ、気になることが。
「オリーネ様、聖女に選ばれたのですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
あの女、男爵令嬢で聖女に選ばれたオリーネもいることだ。
今回は建国記念日パーティのようなかしこまったパーティではないので、男爵令嬢でも招待されるような場だ。
だから前のように難癖をつけて追い出すことは出来ない。
まあだけど……私がオリーネの方を見ていると、オリーネが私の視線に気づく。
するとビクッとしてから身体ごと視線を逸らした。
ふふっ、あんな態度を見るだけでも面白いものね。
でも少しだけ、貴族の振る舞いというものを教えてあげようかしら。
私は背を向けているオリーネに近づいていく。
「ご機嫌よう、オリーネ嬢」
「っ! ご、ご機嫌よう、アサリア様」
私が声をかけるとオリーネはビクッとして、引き攣った笑みをしながら挨拶をする。
「どこか体調が悪いのかしら? お顔の色が悪いわよ?」
「い、いえ、体調は大丈夫です。お気遣い感謝いたします」
「あら、そうなの? それならなぜ、私の方に挨拶がなかったのかしら?」
「えっ?」
「パーティが始まって数十分が経ちましたが、一向にオリーネ嬢が公爵令嬢の私に挨拶をしに来てくれないので、私の方から来てしまったわ」
「あっ……」
普通、こういう場のパーティでは爵位が低い方が、上の方に挨拶をしに伺う。
逆というのは、本来ならありえない。
私が少し大袈裟に声を張って喋ったので、周りの人々から視線が集まる。
「も、申し訳ありません、アサリア様。先日、アサリア様に対してご無礼をしてしまったので、挨拶に伺うのを躊躇ってしまって……」
「あら、無礼なこと? 何かしら?」
「その、それは……」
周りをチラッと見たオリーネ、さすがにここで無礼なことを説明するのは無理だろう。
だから私はやさーしく、助け船を出してあげる。
「私は無礼なことをされた覚えはないわ、オリーネ嬢」
「えっ?」
「だってあなたは先日の建国記念日パーティは、来てないのでしょう?」
「え……?」
「男爵令嬢のあなたは公爵家か皇室の方に招待されないと来れない。そこにあなたは、招待されなかったから来なかった……そうよね?」
私が笑みを作ってそう問いかけると、オリーネ嬢はビクッと震えた。
「は、はい……そう、です」
「そうよね。だから私は無礼なことをされてないから、そんなに怯えなくていいわ」
「お、怯えてなんかいません」
ようやく作り笑いをして私と視線を合わせたオリーネ。
その目にはまだ私に対抗心を持っているような雰囲気だった。
そうね、そうこうなくちゃ面白くないわ。
私はまだまだ足りないから……ふふっ。
「そう、それならよかった。一つ言っておくと、スペンサー公爵家の私が炎の魔法を使うのは、魔獣に対してか、私の邪魔をする相手か……それが子供であれ女性であれ、皇室であったとしても、私はこの力を使うことに躊躇いはないわ」
「っ……そうですか、勇ましくて尊敬します」
「ふふっ、ありがとう」
おそらくルイス皇太子とはもうすでに二人で会っているだろう、二人は回帰する前から逢瀬を繰り返していたから。
私がルイス皇太子に対して炎の魔法を使うことを知っているから、おそらくここまで怖がっていたのだろう。
いつかこの子にも炎の魔法を見せてあげる時が来るかもしれないわね。
私は笑みを浮かべながら、今まで周りに聞こえるように喋っていた声を落として、彼女だけに聞こえるように。
「だから――あまり私を刺激しないようにね、聖女オリーネ」
「っ……」
回帰する前はこの子が射程範囲に入った瞬間に、咄嗟に操って避けてしまったけど――次の機会があれば、直撃させるでしょうね。
私は最後にニコッと笑いかけて、彼女に背を向ける。
「今後、目上の人に対しての礼儀作法には気をつけるようにね、オリーネ嬢」
「……はい、ご忠告痛み入ります」
後ろで頭を下げるオリーネを見届けてから、私はパーティに戻った。