第38話 炎公爵
翌日、私とラウロは南の砦の城壁に立っていた。
今回は魔獣が押し寄せる前から準備しているので、初陣の時よりも多く魔獣を倒さないといけないだろう。
だけどあの時は東の砦を助けに行ったから、倒した数は結構多かったけど。
「アサリア、ラウロ、そろそろだ。準備はいいか?」
隣に立っているイヴァンお兄様にそう聞かれた。
「はい、いつでも大丈夫です」
「俺も、問題ありません」
「よし、ならいい」
お兄様がそう言って頷いた瞬間、遠くの方で地響きが聞こえてきた。
そして地面が微かに揺れている。
「来たようだな、魔獣の大群が」
砦の城壁から遠くを眺めると、まだ魔獣の姿は森に隠れて見えないが大群の移動で、空高く砂が舞っているのが見える。
その上には鳥の魔獣も多くいるので、今日の戦いが始まるようだ。
「ラウロ、お前はまた下に降りて前に出ろ。一体も後ろに逸らさないつもりでな」
「……アサリア様からまた離れるのですか?」
「そうだ。今後、お前を砦で使う時はアサリアが側にいることはほとんどないだろう。役割が違いすぎるからな」
確かに、私は魔法で遠くから魔獣を倒すけど、ラウロは近づかないと倒せない。
いや、多分ラウロなら大剣を持てば衝撃波とかで倒せるかもしれないけど、効率的ではない。
ラウロの強さを活かすなら、一人で前に出てもらうしかない。
「……かしこまりました」
ラウロはとても不服そうにしながらも、イヴァンお兄様の指示に従う。
なんか意外ね、ラウロがここまで気持ちを態度に出すのは。
なぜ前に出るのが嫌なのかしら?
私と離れるのが嫌……ってことはないわね、ラウロだし。
だけど私の側にいたら戦うことは滅多にないから、もしかしたらサボりたいのかしら?
それはダメね、しっかりラウロは戦ってもらわないと。
「ラウロ、あなたの力を信頼しているわ。今日も期待しているわ」
「はい、アサリア様。全身全霊で殺ってきます」
私の言葉で調子が良くなったのか、すぐに砦の城壁から飛び降りたラウロ。
ラウロを初めて見た人はいきなり飛び降りたのを見て「えっ!?」と言っているけど、何も問題はないでしょうね。
「アサリア、お前はラウロの扱いが上手いな」
「はい? 何がでしょうか?」
「……いや、なんでもない」
お兄様にそんなことを言われたけど、よくわからなかった。
下ではラウロが一番前にいて、その後ろに数百人の騎士達が準備している。
すでに魔獣は目視出来るところまで来ていて、あと数十秒ほどで下では戦いが始まるだろう。
「アサリア、飛んでいる目障りな魔獣をやれ」
「はい、かしこまりました」
しかし私は下の騎士達よりも先に、魔法を発動して攻撃を仕掛ける。
空中に一つ、大きな炎を作る。
私が作れる中で一番大きな炎を作り、それを圧縮して小さくする。形は球体に近いが大事なのは威力と範囲だ。
「え、まだ数百メートル離れていますが……!?」
近くにいた魔法使いがそう言ったのが聞こえた。
飛んでいる魔獣との距離は確かに数百メートルあるが、私やお兄様にとっては射程距離だ。
私が指を一本立てて前に指差すと、その小さな球は遠くにいる鳥の魔獣の方向へ飛んでいく。
ゆっくりと、ただ真っ直ぐ。
百体以上はいる鳥の魔獣、その先頭の魔獣にその炎の球が当たる。
「――『炎公爵』」
瞬間、空が真っ赤な炎で染まった。
鳥の魔獣が広範囲に百体以上いたが、それらを全て呑み込むほどの大きな炎と衝撃波。
炎がなくなると、魔獣は一体も残っていなかった。
「な、なっ……!?」
「い、一撃で……!?」
まだ新人の魔法使いなのか、今の魔法を初めて見たようでとても驚いた様子だった。
イヴァンお兄様もこの魔法が使えるので、長年ここで戦っていたら見たことがある人がほとんどだろう。
私とイヴァンお兄様は魔法を冷静に眺めて分析していた。
「悪くはないな、撃ち漏らしもなしだ」
「ありがとうございます」
今の魔法、『炎公爵』は家門の名が入っている通り、スペンサー公爵家が扱う魔法の中で最強の魔法だ。
だがやるのは別に難しくない、自分の出せる限界の炎を圧縮して、相手に当たった瞬間に消し炭にするだけ。
魔法使いなら誰でも出来るだろうが、その威力と範囲が違うだけ。
私の今の魔法は、ギリギリ『炎公爵』と称してもいいくらいの威力だろう。
「もう少し強く出来るはずだ。今回は飛んでいる魔獣が少ないが、二百体以上いたら今のでは一撃で倒せない」
「はい、精進します」
「ああ、魔力はまだ残っているか?」
「それは問題ありません」
「ふむ、魔力量は申し分ないようだな」
私は回帰する前もお兄様と同じくらいの魔力量を持っていた。
だけど魔法の威力とかはまだまだ勝てないので、やはりお兄様はとてもすごいわ。
「さて、あとは城壁から下の騎士を邪魔しないように魔獣を倒していく。まあ今回はラウロがいるから、そこまで援護しなくてもいいと思うが」
「そうですね、ラウロなら大丈夫かと思います」
上の魔獣がいなくなって、下で戦っている騎士達を見る。
城壁にいる魔法使い達も援護で上から魔法を放っているが、いつもよりも撃つ数が少ない。
「十時方向に援護で魔法を……」
「いや待て、もうそっちの魔獣は死んでるぞ!?」
「なに!? い、いつの間に!?」
そんな困惑したような声が聞こえてくるけど、それも仕方ないだろう。
ラウロがいつも以上にとても素早い動きで、戦場を縦横無尽に駆け回り、魔獣を倒し続けている。
動体視力を鍛えている私ですら黒い影しか見えないから、普通の人には影すら見えないのかもしれない。
本当にすごいわね、ラウロは。
そして、魔獣の大群がやって来てから三十分ほどで、千体以上いた魔獣の殲滅が完了した。
時間がかかる時は二時間ほどかかるようだから、今日は随分早く終わったわね。
私とラウロがいたから、当たり前だとは思うけど。
でもこれだけ早くても、過去最高に早いわけじゃない。
一番早い時は、お兄様とお父様が協力して、数分ほどで終わったようだ。
私とラウロも、二人でそれくらいの早さで片付けられるくらい強くならないとね。
だけど毎回そんなことをしていたら騎士達が強くならないので、私達は異変があった時くらいしか本気を出さないだろう。
東の砦で起きた異変くらいないと、私達が本気を出すことはないわね。
「さて、これで今日の押し寄せは終わったか。ご苦労だった、アサリア」
「はい、ありがとうございます」
「ラウロも、ご苦労だった」
「いえ」
「えっ、ラウロ来ていたの?」
いつの間にか私の後ろにいたラウロ。
さっきまで城壁の下で戦っていたはずだったと思うんだけど。
「俺はアサリア様の専属騎士ですから、可能な限りあなたの側にいるつもりです」
「そ、そう、いい心がけね」
別に砦には騎士しかいないし、魔獣も倒し終わったから危険なところはないけど。
とりあえず今日の仕事は終わった。
私とラウロはここから一週間ほど砦に滞在して、連日で魔獣の大群を狩っていくことになる。
毎日こうして全力を出すことはないけど、騎士達が崩れそうなところを見極めて助けるというのも大事だから、練習しないといけない。
「ここから一週間、砦に滞在して魔獣の対処をする。お前らならすでに実力はあるから、あとは慣れだ。気張れよ」
「はい、お兄様」
「わかりました」
私とラウロの砦での一週間の生活が始まる。
「えっ!? い、一週間もこんな危ないところに滞在するのですか!?」
「あら、マイミには言ってなかったかしら?」
「聞いてないですよ! さっきの魔獣の大群の呻き声とかでもすごく怖かったのに、それが一週間毎日って……!」
今回、私についてきたメイドのマイミが絶望的な顔をしていた。
そういえば一週間滞在することは言ってなかったわね、申し訳ないわ。
「ごめんなさいね、今度の特別給金、宝飾品を三個あげるから」
「……頑張ります」
まだ少し不満げだったマイミだが、気合を入れ直したようだ。
私もしっかりやらないと。
おそらくだけどこの一週間の間に、あの女……オリーネ・テル・ディアヌがこの砦に来ると思うから。
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