第32話 祝賀会
その後、私とラウロはモーデネス公爵家が主催した祝賀会に招待された。
とても盛大に開いてくれて、貴族の家門の全部に招待状を送っているらしい。
だからオリーネも来る……と思いきや、彼女は来ていない。
前のエイラ嬢との揉め事の時に、親のディアヌ男爵にこっぴどく叱られたようで、それからお茶会や社交界には一切顔を出していないようだ。
オリーネにもお褒めの言葉を頂きたかったけど、残念ね。
まああの子がお茶会などに出られずに苦しんでいるのならいいわ。
私とラウロは大きな会場の中、モーデネス公爵の当主と挨拶をする。
「ミハイル・ホロ・モーデネス公爵様、本日はこのような祝賀会にお招きいただき、ありがとうございます」
「モーデネス公爵様、ありがとうございます」
当主のミハイル様は濃い青色の髪を後ろに流していて、少し線が細い印象を受ける。
「アサリア嬢、ラウロ殿、礼を言うのはこちらの方だ。君達が来てくれたお陰で、モーデネス公爵家が担当する東の砦は守られた。君らが来ていなかったら、砦は破られてしまっていただろう」
ミハイル様は、戦場では見られなかった優しそうな笑みを浮かべてそう言った。
東の砦は破られていたと言っているが、おそらくそれは嘘だろう。
回帰する前、私が死ぬまでどこかの砦が一回でも破られたというのは全くなかったはず。
私とラウロが行かなくても、砦は破られていなかったと思う。
だけど……その代償に、何かを失っていたはずだ。
それを私とラウロが来たことによって防げたのなら、駆けつけて助けた甲斐があった。
「いえ、四大公爵家の者として、帝国の守護者としての責務を全うしただけです」
「アサリア嬢のような若くて美しい女性がそれほどの意識を持っているのであれば、スペンサー公爵家も安泰だな。同じ公爵家として嬉しく思うぞ」
「お褒めに預かり恐縮です」
ミハイル様と挨拶をした後、私とラウロはまた会場を回っていろんな方にお祝いの言葉をいただく。
この会場にはどうやらルイス皇太子が来ていない、というか呼ばれていないらしい。
多分、ミハイル様やアレクシス様が私と皇太子の関係を見抜いて、気を遣ってくれたのだろう。
そしてオリーネもいない。
あの二人が来ても特に問題はないけど、視界に入るだけで少し気分が落ちるかも知れなかった。
だからこの会場には私の気分を害する者が誰もいないから、何も気にせず祝賀会を楽しめる。
それに……私の好きなお菓子がいっぱいあるわ!
さすがモーデネス公爵家、私が好きなお菓子をしっかり調べて、そして珍しいお菓子も取り寄せている。
会場の中でも落ち着いて食べられるように席も用意されているし、私以外にも食べられるようになっていて、私一人が食べて目立つことはないようにもしてくれている。
主役で公爵令嬢である私がテーブル席に座れば多くの令嬢が集まるので、みんなでお菓子を食べ始めた。
はぁ、やっぱりお菓子は最高ね。
甘いスイーツもいいけれど、モーデネス公爵家が用意してくださった塩っ気が強いお菓子もとても美味しいわ。
周りの令嬢も食べているけど、見ていると少し遠慮しているのか、あまりお菓子に手を伸ばさない。
「あなた達も食べてもいいのよ? ここにある分がなくなっても、モーデネス公爵家が祝賀会中に在庫を切らすなんてことはないでしょうから」
「ありがとうございます、アサリア様。気持ちは大変嬉しいのですが、遠慮しているというわけじゃなくて……」
「? だったらなんで食べないのかしら? 美味しくない?」
「いえ、とても美味しいのですが……! これ以上食べると、太りそうで……」
少し恥ずかしそうに答えた令嬢に、周りの令嬢達も同意するように小さく頷いていた。
確かに、そういう心配はあるわね。
「アサリア様はとてもスタイルがいいですよね、顔も小さくてすごくお綺麗で、憧れます」
「そう? ありがとう」
「何かスタイルを保つ秘訣などはあるのでしょうか?」
「秘訣、ね……」
スタイルを保つ秘訣なんて、意識してやっていることは一つもない。
ただ私は魔獣を倒すために鍛えているし、魔法を放つのにもかなり体力は使われる。
だからお菓子とか少し食べたところで、太ることはないだろう。
「魔法をぶっ放すことかしらね」
「ま、魔法を……さすがアサリア様ですね」
正直に話したら、少し引かれてしまったようだ。
まあ普通の令嬢がやるようなものではないし、真似も出来ないだろう。
だけどこれほどお菓子があったら、私が食べ続けても余ってしまうわね。
「ラウロ、ずっと私の後ろに立っているけど、お菓子食べない?」
「いえ、俺は結構です」
……まあ、そう言うと思ったけど。
ラウロは甘いものが少し苦手なようで、私がよく食べるお菓子は食べない。
本邸で私がお茶をする時も、いつも私の後ろに立って座らずに護衛に徹している。
それが仕事だからと言われれば終わりなんだけど、少しは一緒にお茶を楽しみたい。
「このお菓子は甘くないもので、塩っ気があって美味しいわよ? 甘いのが苦手なラウロでも美味しく食べられると思うわ」
「いえ、俺はアサリア様の専属騎士ですので」
なんで私の専属騎士だったらお菓子を食べないのよ。
はぁ、なんだかしょうがないわね。
「ラウロ、私の隣に来てしゃがみなさい」
「はい」
私の言うことを素直に聞いて、ラウロは私の横で膝をついた。
座っていると私と、ほとんど同じ頭の高さになる。
「口を開けなさい」
「口を?」
「早く」
「……ふぁい」
不思議そうにしながら、ラウロは口を開けたまま返事をした。
ふっ、今ね。
私は手で取ったお菓子をラウロの口に運んだ。
甘いスイーツではなく、ちゃんとラウロが食べられそうなお菓子を選んだわ。
ラウロはとても驚いたようで、すぐに口を閉じた。
その際に私がお菓子を口まで運んでいたので、少しだけ私の指を咥えられてしまった。
「っ! も、申し訳ありません、アサリア様!」
「ん? 大丈夫よ、このくらい」
別に舐められたわけじゃないし、咥えられたのは私のせいだしね。
テーブルに置いてある手拭きで指を拭いて、頬を赤く染めているラウロを見る。
「どう? 美味しいでしょ?」
「……いや、その、ちょっとわからなかったです」
「えっ、なんで? 味覚失ったの?」
「いえ、そうではなく……いきなりでしたので、味わう間もなく飲み込んでしまいました」
「あら、そうなのね。じゃあもう一回口を開けて」
「っ! い、いえ、自分で食べられますから」
さらに頬が赤くなったラウロは立ち上がり、「失礼します」と言ってテーブルにあるお菓子を手に取り、一口食べた。
「っ……はい、とても美味しいです」
あまり顔色を変えないラウロが、お菓子を食べて少し目を見開いて驚いているようだ。
それだけ美味しいと感じたのだろう。
「そうでしょ? 今日はあなたと私のために開かれた祝賀会なのだから、護衛は少し休んで一緒に楽しみましょう?」
「……そうですね。ではアサリア様、横に座らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん」
ラウロは椅子を持ってきて、他の令嬢に「失礼します」と一礼してから私の隣に座った。
「ありがとうございます、アサリア様」
「お礼を言われるようなことなんて何もしてないわよ」
「……はい、それでもお礼を言いたくて」
ラウロはそう言って、嬉しそうに笑みを浮かべた。
顔立ちは整っているんだから、そうして表情を動かせばもっとカッコよくなってモテると思うんだけど。
「ラウロ様が笑ったわ……!」
「可愛くてカッコいい、素敵……!」
……いや、無表情でもカッコいいからモテていたわね、ラウロは。




