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飼い犬と結婚しました

作者: 猫蓮

「ただいまー」


パンプスを脱ぎ鞄を放り犬に抱きつく。


「玄、ただいま。疲れたぁ、癒して〜」


そう言って私は玄に抱きついた。

玄はイエローで青みがかったグリーンの目をしたラブラドールレトリバー。7歳のオスで賢く可愛い自慢の愛犬だ。


「あんのセクハラジジィまじ巫山戯んな!!なぁにが若くて可愛い子は素直でいいの〜だ。誰もあんたみてぇな禿ヅル頭相手にしねーよ」


私は佐々木美香。今年で34歳のしがないOLです。以上。


「一回り以上も下の相手に鼻の下デレデレ伸ばしてキモイんだよ。鏡で自分の顔面見てみろや」


愚痴っている間も玄をワシワシナデナデスリスリと手は忙しなく動く。


「お前は早く相手見つけた方がいいんじゃないか?とか余計なお世話だ!」


プルルルル…プルルルル…


「ん?電話、誰からだろ。…あー、お母さんか…出たくないな〜」


お母さんからの用件はわかっている。アラサーになってからずっとこの調子だから。親としては早く結婚して欲しいのだろうけど、こればかりはどうしようもないのだ。恋をしたことがない私は誰かと寄り添っている未来なんて想像できない。


「もしもし、お母さん―――」


ほら、やっぱりこの話題。私が1番わかっている。諦めているわけではないけど自主的に動こうとは思わない。


「―――うん、じゃあまたね。おやすみなさい」


電話を切れば画面は真っ暗になる。反射して映る自分の顔は良くも悪くも平凡だ。可愛くもなくブスでもない、どこにでもいるような顔。別に自分の顔が嫌いな訳でもないし、親には産んでもらって感謝している。ただまあ、これといった特徴がないのだ、全体的に。


「はあ、こうも周りから結婚結婚っていい加減嫌になる。…いっそのこと、お前と結婚出来ればいいのにな、玄」


明日は休みだ。今日はもう寝よう。


☆ ★ ☆


「おはよう、玄。今日は良い天気だし、少し遠くまで散歩しような」


朝食を食べて家事をして支度をすませリードをつけて外に出る。さあ、散歩だ。5年前に玄と暮らし始めてから運動するようになった。といっても散歩ぐらいしかしてないけど。それでも結構いい運動になっているのでウォーキングもバカにならない。玄のお陰だな。それに家の周辺にも詳しくなったしな。シャレた感じのバーとかふわふわパンを売ってるパン屋とかね。隠れた名店を発見した時にはテンション上がったわ。


散歩中はご機嫌な様子でチラチラ私の方を見てくるのがとてつもなく可愛くてな。なのに他の犬に会ったら素っ気なくなってね。吠えないのは有難いんだけど、明らかにアプローチ受けているのにガン無視だから、それはもう気まずい空気になりますよ。ブンブン尻尾振ってたのに他の犬が見えたらスっと尻尾下がるんだ。まあ、ツンデレなところも可愛いけど。


「玄、あそこに公園があるからそこで一旦休もっか」


公園に向かって歩いていると、遠くでクラクションが鳴った。


「っわ、ビックリした。なんだろ、なにかあったのかな」


顔を上げたときにはもう遅かった。目の前にトラックが迫ってきていた。


「え」


咄嗟に玄を抱き締め庇った。


☆ ★ ☆


「っ玄!」


ガバッと起き上がった。動悸が酷い。


「…っはぁ〜。またこの夢。いつになっても慣れない」


あの日、トラックに轢かれた私は目が覚めたら日本とは違う世界に生まれ変わっていた。今の私はエルトス伯爵家の長女ミカナリア・エルトス。攻略結婚だったが愛を育み今でも夫婦仲が良好な両親と6つ上の兄がいる。我が家は、それほど広くはないが領地を持っていて領民の税で暮らしている。領民との関係は悪くはないし、質素倹約な暮らしを送っているので安定して過ごせている。

4の頃、なんのきっかけもなくスっと美香の記憶を思い出した。初めの頃は違和があったけれどすぐに慣れた。茶髪黒目だった美香からライトブラウンの髪に榛色の瞳のミカナリアになった。顔はまあ…うん。


今日は私の16の誕生日だ。そして6の頃から婚約を結んだ婚約者と結婚する日。婚約者はグラナンド侯爵家の三男アルヴィゲン・グラナンド。私の10歳年上でなんでも相手方からの要望で婚約打診されたらしい。私は誰でも良かったので快く承諾した。相手がいないよりかはいいだろう。しかし、10年間婚約しているけどただの一度も会ったことがない。けれど誕生日は毎年プレゼントが届くのでよく分からない。そのプレゼントが全て私の好みの物なのがまた拍車にかけている。

16の誕生日とともに式を挙げ、嫁として嫁ぐことは決まっていたから、昨夜は家族で私の誕生日パーティーを開いてくれた。家族で過ごす最後の日。とても幸せだったな。


今は式の準備を終えて小休憩中だ。朝早くに起こされお風呂に入れられ体を揉まれ磨かれてマッサージされた。自分のことは自分でやるようにしていたので他人に洗われるのは恥ずかしかったが、とにもかくにも気持ち良かった。すっごく良かった。ウェディングドレスは前世も含め初めて着る。とてもキレイでつい見入ってしまうのは仕方ないだろう。


「キレイだよ、リア」

「ありがとうございます、お父様」

「早いな。…お前がいなくなるのは寂しいよ」

「私も、家族と離れることになって寂しいです」

「いつでも家に帰ってきていいからね。…幸せになるんだよ」

「はい、お父様。お父様の子に生まれてこれて良かったです」


お父様とともにバージンロードを歩く。歩いた先にいるのは婚約者であるアルヴィゲン様なのだろう。式当日のこの時が紛れもなく初対面だ。高身長のスラリした体躯で整った顔、プラチナブロンドの髪にグリーンの瞳でとてもモテそうな方だった。何故私を、と疑問に思う。その容姿なら選り取りみどりの選び放題だっただろうに。自分で言うのもなんだが私、生まれ変わっても平凡の顔でしたし。可愛くなってるとか期待はしてないよ。ええ、してないとも。


「…やっと逢えたね」

「えっ」


何かを小さく呟いてから前を向いたので私も慌てて前を向いた。なんて言ったのか聞き出そうにも式中なので聞き出せず、少しモヤモヤしながらも式に集中する。


「汝、アルヴィゲン・グラナンドはミカナリア・エルトスを妻とし、愛し慈しむことを誓いますか」

「誓います」

「汝、ミカナリア・エルトスはアルヴィゲン・グラナンドを夫とし、愛し慈しむことを誓いますか」

「誓います」

「これにて夫婦の契りは結ばれた。2人の新たなる門出に神の祝福があらんことを」


これで式は終わり、随分と呆気ない。この世界の結婚式は教会にて神に誓うだけなので指輪の交換とか人前でキスとかはしない。夫婦になった者はお互いの髪と目の色をしたピアスを両耳ともに付ける。


この後は身内だけの披露宴を行い、アルヴィゲン様の屋敷へ行く。話せるのは屋敷に行ってからかな。


☆ ★ ☆


やっと終わった〜。立ってニコニコするだけだったけどすっごい疲れた。素行崩したいけどドレスに皺がつくし、今馬車の中で目の前にアルヴィゲン様がいるからな〜。ていうか正面から見るのこれが初めてだ。


「大丈夫ですか?」

「はい、少々疲れましたが問題ありません」

「それは良かったです」


これは、今聞くチャンスかな?ずぅっと気になっていたから聞いてもいいよね?


「…あの、どうして私なんですか?」

「どうして、とは?」

「貴方ほどの美貌の持ち主なら三男といえど他にもっと良縁があったのではありませんか」

「僕は今も昔も貴方しか見ていませんよ、美香」

「え」


ガタンー


「着いたようですね。それではお手をどうぞ」

「ありがとう、ございます」


馬車を降りたそこには立派だが少し質素な屋敷がたっていた。ここが新しい家か。豪華絢爛だと物怖じしそうだから良かった。


扉が開かれエントランスには使用人が並んでいた。

「「「おかえりなさいませ、旦那様、奥様」」」


奥様…。慣れない呼び名にむず痒い気持ちになる。本当に結婚したんだって実感した。


「ただいま帰った」

「っ、これからよろしくお願いいたします」

「さあ、部屋に案内しよう」


手を引かれ連れられた部屋は私の好みドンピシャな内装の部屋だった。白と水色を基調とした物が少なくスッキリとした部屋。なんでここまで私の好みを知っているのか…。エルトス家の私室は違う色合いなのに…。

浴室で侍女に洗われラグジュアリーを身につけ寝室に入った。アルヴィゲン様はまだみたいだ。ベットに腰を掛けて待つ。彼には色々と聞きたいことがある。どうにも気にかかることが多過ぎる。今夜は初夜なわけだけど、話しが出来ないわけではない。


「お待たせ、美香」


ビクッと肩が上がる。寝衣を身にまとったアルヴィゲン様が入ってきた。彼は私の横に座り両手を取り、包み込むように握る。やはり美香と呼ぶ。何故、その名で私を呼ぶ。私の愛称はリアだ。


「幾つか質問をさせて頂いてもよろしいですか」

「もちろんいいよ。なんでも聞いて」

「では、貴方は何者ですか?」

「僕はアルヴィゲン・グラナンドだよ」

「そういうことではなくて!」

「うん、ごめんね。少し意地悪だったね。ちゃんと納得いくように説明するから怒らないで」


そう言った彼に耳と尾が生えた。


「どう?」

「…獣人だったのですか?」


この世界では人族と獣人族が共存して生活しているのでそこまで驚きは大きくない。獣人族であることになにか秘密があるのか?


「そうだよ。…これでも分からない?」

「何が」

「じゃあ大ヒントだよ」


見ててね、と言ってベットから腰を上げ、数歩離れる。瞬く間にアルヴィゲン様は獣化した。その姿は前世、玄の姿と同じだった。

そんな、そんなことが有り得るのか。目頭が熱くなる。喉が震える。まさか…。


「っげ、玄。玄なの?」


「そうだよ、ご主人」


人の姿に戻った玄の顔は喜悦に満ちていた。

私は堪らず玄を抱き締めた。玄もしっかり抱き締め返してくれたのがとてつもなく嬉しくて、ちゃんといるんだって実感出来て涙が溢れてくる。


「玄、玄、会いたかった!無事…ではないな。ええっと、とにかく、また会えて嬉しいよ玄」

「うん、僕もだよ、ご主人」

「どうして私だって分かったんだ?」

「分かるよ。僕がご主人を間違えるはずがない」

「う、うん。その、ご主人はやめてくれないか?今は飼い犬ではないんだし…。さっきは美香って呼んでくれただろう?」

「うん、美香。やっと美香の願いを叶えることが出来たよ」

「…願い?」

「うん、言ってたよね。玄と結婚出来たらいいって。生まれ変わって、人の姿になれて、美香を見つけて、これはもう運命だって思った。ね、これからはずっと一緒にいられるよ」

「玄」

「僕ね、ラブラ商会の商会長なんだよ。だから欲しいものがあったら何でも言って。美香のために立ち上げたんだから。」

「げ、玄?」

「ね、僕頑張ったよ!だから褒めて?」

「う、うん、頑張ったな!偉いぞ」


ヨシヨシと撫でながら思う。ラブラ商会は私のお気に入りの商会だ。私好みの品揃えが多いからね。犬だったのに5年間で私の好みを理解し、私のために動くとか…私の犬有能過ぎる!!撫でてほしいときの顔を差し出しての上目遣いとか犬のときと同じ仕草で可愛い!


「ありがとうな、玄。私とっても嬉しいよ!」

「うん!…あのね、美香」

「なあに?」

「こんな僕でも好き?一緒にいてくれる?」

「大好きだよ。犬でも獣人でも、玄は玄なんだから。私にはお前だけだよ」

「嬉しい!僕も美香だけだよ。だから、僕の愛、たぁーっぷり受け取ってね」


「愛してるよ、美香」

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