はつゆめ
一年の計は初夢にあり。
俺は去年、散々な初夢を見て、散々な一年を過ごした。
夢の中で見知らぬ女性と別れ、車をぶつけ、資格試験に遅刻して、財布を落とした。
2020年、俺は彼女を見つけることができず、愛車が故障し、昇給のチャンスを失い、損切のタイミングをミスった。
俺は齢29にして、初夢の重要性に気が付いた。
初夢はヤバイ。
初夢はスルーしてはならない。
初夢は必ずいいものを見なければまずい。
2021年は大台に乗る年だ。
なんとしてもいい初夢を見ておかねばならない。
俺は必死で夢を研究した。
一富士、二鷹、三なすび、四扇、五煙草、六座頭、七丁髷、八薔薇、九歌舞伎。
富士山に登った。
鷹匠体験に行った。
茄子を食いまくった。
暑い夏を扇で仰いで過ごした。
タバコを吸い始めてみた。
座頭市のDVDをすべて見た。
ハロウィンでちょんまげ侍の格好をして練り歩いた。
母ちゃんの還暦祝いに、60本のバラを渡した。
母ちゃんと一緒に何度も歌舞伎を見に行った。
ここまでやれば、俺は必ず!!!完璧な初夢を見ることができるはずだと信じ!
今日まで努力を重ね、辛い日々を送ってきたのだ!!!
辛いと言ってもさ、山に登ったら山登りの楽しさを知ったし、鷹のカッコよさにほれぼれしたし、料理の面白さに気が付いたし、古い映画の深さに陶酔したし、歌舞伎の世界にどっぷりハマることができたし、むしろ喜びを得ることの多い一年になったというか。…ま、タバコはひと箱も吸いきれずに後輩にあげちゃったんだけど。
ヒドイ夢をみて、散々な目にあった割りには、まあ、恩恵の多い年だったとも言える。…とはいえ、散々な目にあわないですむならば、あいたくないわけで。
「…大丈夫、俺は、福夢を…必ず、見る!」
俺は必ず福夢を見ると信じ、布団にもぐりこんだ。
・・・。
・・・・・・。
朝、起きた、俺は。
・・・。
確かに、夢を、見た。
・・・。
夢の中で、俺は、俺の行動を、振り返って、いた。
富士山に登った時の事、鷹匠体験に行った時の事、茄子を食いまくった日々、クソ暑い夏の日々、タバコを吸い始めてむせた日々、座頭市のDVDの感銘を受けたシーンに、ハロウィンではっちゃけた思い出、60本のバラの重さに、歌舞伎役者と握手した瞬間。
一年間かけて、この身に刻んだ、福夢を手に入れるための、努力は、実ったのだ。
無事初夢をゲットした俺は、晴れやかな気持ちで実家に向かった。
「あけましておめでとう!!!!!!!!!」
「はい、おめでとう。」
元気よく実家の玄関を開けた俺を、母ちゃんが出迎えてくれた。
・・・?
母ちゃんが一人しか住んでいないはずの実家が、何やら、騒がしい。
ここ数年、正月は俺と母ちゃん二人でおせちをつまみながら、静かに過ごすのが常だったのだが。
「…誰かいるの?」
「和紙工芸クラブの仲良しが来てるの。」
なんだ、誰もいなくて寂しかろうと、今年は少し遠出でもして初詣にでも連れていこうかと、いろいろと計画してきたんだけどな。
…知らない人たちの中に入るのは少し気分が乗らないな、どうしようか、せっかく来たけど、帰るか?
「じゃあ、俺は帰ろうかな、お邪魔すると悪いし…」
「あ!!!松子ちゃん!!息子さん?!あいさつしたい!!」
「息子さーん!!あけましておめでとう!!」
「みんないい人ばかりなの、ちょっと顔だけ、出していって、ね?」
俺は母ちゃんの申し出を断ることは、できなかった。
母ちゃんのお手製のおせちが並んでいるテーブルには、年配の女性が三人と、年配の男性が二人、あと若い女性が一人。
「どうもいつもお母さまにはお世話になってまして!!」
「「「どうも、どうも。」」」
「「はじめまして。」」
一通りの挨拶をし、母ちゃんのおせちをつまむ。
…相変わらずうまいなあ。ついつい、顔がほころぶ。
「お兄ちゃんはお母さん孝行してエライねえ!いろいろと聞いたのよ!!」
「バラはすごいね、高かったでしょ!」
母ちゃん、何を話したんだ。
…よく見ると、テーブルの上に俺の写真がたくさんある。
ああ、さてはこれを見せたな…。
「はは、僕もちょっと必死になってまして。初夢を見るためにね、頑張るついでというか。」
鷹と戯れる写真や富士山でポーズを決める写真に並んで、ちょんまげでおどける写真なんかもあってさ、気恥ずかしさを払拭したかったこともあって、ついつい、饒舌になってしまい…俺は初夢を見るために努力をし続けた2020年を、初対面の皆さんに語った。
「じゃあ、今日はばっちり初夢見れるね!」
「今日…?」
ちょっと待て。
今・・・。
何か、重要なことを、聞かなかったか。
「あの、初夢って、今朝の夢の事じゃないんですか。」
俺は、初夢を、見た、と。
「新年一発目の夢が初夢だと言われているね。」
「でもっ!寝てるうちに、年越してるから、今朝の夢も初夢って…。」
若い女性の、一言に。
「いやいや、昨日の夢は一年の締めくくりの夢さ。」
思わず、箸が、止まる。
「年間を通しての、思い出とか、心に残ったことなんかを見る、確認の夢になりがちかな?」
「ああ!あたしも今朝作品展の夢見た!!」
「八重ちゃん頑張ってたもんねえ…!!!」
「小木さんはもうちょっと頑張れ!」
「「「ははは・・・!!!」」」
盛り上がる母ちゃんの仲良しの会話が、愛想笑いしかできない俺の右耳から、左耳へと、抜けていった。
一月一日の、夜。
俺は。
なにも、夢を、見なかった。
「昨日は悪かったねえ。」
「はは、いいよ、騒がしくて楽しかったし、母ちゃんの交友関係も知ることができて…安心できたから。」
実家を離れて八年、毎日眠る自分のベッドで寝なかったのがいけなかったのか、昨日聞いた初夢の事実がショックだったのか。
初夢を見ることができなかった俺は、テンションの低さを母ちゃんに気取られないよう、勤めて明るく、笑って声を、返す。
「雑煮作ってよ、でさ、食べたら今日こそ初詣に行こう。」
「じゃあ、作るから、行くところ決めてくれる?どこでもいいよ。あ、おもち、いくつ入れる?」
「三個。」
母ちゃんがキッチンでうまいもんを作ってる間に、俺は初詣先を探る。
うちの近所には三つも大きな神社があって、地味に選択に迷うのだ。
一番近いのは歩いて十分の神社なのだが、買い物の度にいつも横を通る場所だし、恋愛祈願で名を馳せていたりするので、母ちゃんと行くのはいささか躊躇わないでも、ない。
二番目に近いのは車で十分の神社なのだが、ここは駐車場が少し小さくて、参拝までにいささか時間がかかり過ぎてしまうのがネックだ。
一番遠いのは車で十五分の神社なのだが、ここは規模が大きすぎて、人混みが強烈でいささか年配者を連れていくのに向いていない気がする。
子どもの頃は一番遠い神社一択だったんだ、出店も多いし。
一番近いところはさ、馴染み深すぎて…初詣というよりも、子供の頃の遊び場訪問のイメージが強い。
車で十分のところは、学業と健康に関する神様が有名な所で、父ちゃんがいた学生時代はいつも行っていたんだけどさ。
さて、どうしたものか。
―――ピンポーン
「ごめん、シュウちゃんちょっと出てくれる?今肉団子中で!」
「うん。」
俺が玄関を開けると…昨日見かけた、女性がいた、ええと、徳永さんの娘さんだったっけかな。
「あ!昨日はありがとうございました!いっぱいごちそうになったので、おすそ分け持ってきたんです!」
なにやらお重箱を差し出した、女性。
…ふたを開けると、うまそうな稲荷寿司と、俺の好物の伊達巻!
「こんなにいっぱい、いいんですか!!!」
「お口に合うといいんですけど、その、昨日すごくたくさん食べてたから、大丈夫かなって思って、たくさん作っちゃいました!」
美味しそうなにおいが、俺の鼻をくすぐる。ヤバイ、腹が鳴りそうだ!!
「何かお礼をしないといけないなあ、おーい、かあちゃーん!」
「あの!!だったら、富士山の写真、もらえませんか!私富士山好きなんです、いつか登りたいって思ってて!」
「あら!里香ちゃん!わあ、お寿司持ってきてくれたの?シュウちゃん、里香ちゃんのお寿司は本当においしいの、良かったね!!」
キッチンから母ちゃんがエプロンで手を拭き拭き顔を出した。…重箱から稲荷寿司をつまもうとしているぞ!
「母ちゃん!!座って食べようよ!!」
「あら、ごめんなさい。」
「ふふ!」
徳永さんの娘さんは、俺が送信した富士山の写真に大喜びして、帰って行った。
俺と母ちゃんは、雑煮と稲荷ずし、伊達巻を食べてマッタリとしている。
…少々食べ過ぎてしまったことは否めない。
どれもこれも、うますぎるのだ。
「里香ちゃんねえ、歌舞伎役者の亀之助すごく好きなのよ、シュウちゃん握手した人。」
「ああ、そうなんだ。」
「すごーく、お料理が上手でね、いつもおいしいもの差し入れしてくれるのよ。」
「確かに美味いもの食わせてもらったなあ。」
「…里香ちゃんに、お礼言った?」
「うん、今メールで。…富士山の写真も追加で送っておいた、・・・亀之助も送っておくか。」
メールを送信すると、ほどなくして、やけにかわいいお礼メールが、届いた。
「それで、このあとどこの神社に行くか…決めた?」
やけに、母ちゃんが、ニコニコしているような気が、しないでも、ない。
「ちょっと歩くけど、いい?」
「もちろん。」
俺は、一番近い、馴染みの深い、神社に行くことにした。
俺は、1月2日の夜、富士山の夢を見た。
空には、鷹が、飛んでいた。
…茄子は出てこなかったけれども。
俺の、大好物が。
嫁の、茄子の煮びたしになるってオチが、あったり、しないでも、ない。