第八話:ジャイコフくんに媚びない!
「――ほッ、本物とまったく変わらないコピー品が、我が領内に大量に出回っているだとぉおおッ!? なんだそれは! 意味が分からんぞッ!!!」
ダンッ! と机を叩きながら、壮年の大男が衛兵長に怒号を飛ばした。
彼こそはボンクレー領の領主『ジャイコフ・ボンクレー』である。
突如として持ってこられた信じられない情報を聞き、ジャイコフの顔は真っ赤に染まっていた。
「本物と変わらないコピー品などありえんだろうがッ! 何者かが在庫から盗んで売り払ってるんじゃないのかッ!?」
「いっ、いえ、それがそのような痕跡は全くなくッ! おかげでいくつもの名店の経営が傾き、中には廃業せざるを得ないところも……!」
「クソがぁあああッ! なぜもっと早く気付かんのだぁああああッ!!!」
ビクビクと震えながら報告する衛兵長の顔面に、ジャイコフの拳がブチ込まれた!
鼻血を吹きながら壁際に飛ばされる衛兵長の男。
――実のところ、彼は全く悪くないのだ。出回っているコピー品が本物と変わらない品質で、しかも盗難の痕跡もないとなれば、致命的な事態になるまで気付かなかったのも無理はない。
またコピー品を購入した者たちのほうも、最高級品が格安で手に入るとあらば通報するメリットなんて絶無だった。
むしろ一部の購入者たちがコピー品を転売し始めたことで、オリジナルの商品がまったく売れなくなるという地獄のような事態に発展。そこにきてようやく問題が浮き彫りとなったのだった。
「オラァさっさと立てぇッ! 早急にコピー品を作っている者を特定してこいッ!」
「そそっ、それが、転売している者があまりにも多くて、出所を特定にはかなりの時間が……!」
「我がボンクレー領を潰す気かァっ! いいからさっさとやれぇえええええ!!!」
大量の鼻血を流している衛兵長を、ジャイコフは激情のままに廊下へと蹴り出すのだった。
「ぐぬぬぬぬ……ッ! ただでさえあのゴミクズのような『ベイバロン』領が近く、外貨を落としてくれる観光客を獲得するのに苦心しているというのに……ッ!」
ギリギリと歯を軋らせながら、今一度机を殴りつけるジャイコフ。
――彼は未だに気付かない。
この異常事態を巻き起こしているのが、そのゴミクズのような土地の領主『リゼ・ベイバロン』であることに。
そしてこうしている間にも、“そうだっ! もっと安くしてもーっとたくさんの人たちに喜んでもらおうッ!”という悪魔のような計画を悪意ゼロでやらかそうとしていることに……ッ!
かくして数日後、ボンクレーに多額の税を納めていた老舗がついに看板を下ろすことになったのだった。
◆ ◇ ◆
「――ご主人様ッ! 何かお手伝いできることはありませんか!? 私たち、ご主人様のためなら何でもしちゃいます!」
「どうかご恩を返させてくださいッ!」
はっはっはっはっは! リゼくんってばモテモテで困っちゃうなぁ!
『良質なコピー品を安くばらまいてみんなに喜んでもらおう』作戦を発動してから、ボンクレー領から買ってきた元奴隷のメイドたちがさらに俺に懐いてくるようになった。
まぁ優しくて有能なところをたっぷりと見せちゃったから仕方ないねッ!
はぁ……それに比べて、最近のボンクレー領はどうにも景気が悪いらしいなぁ。
出稼ぎにきてコソコソ売ってるウチのところは儲かってるっていうのに、一体どうなってるんだよ! 真面目に仕事しろよなボンクレーの領主! お前のところの民衆も笑顔にしてやってる俺を少しは見習えってんだ!
と、俺が同じ領主として静かに義憤に燃えていた時だ。メイドの一人が改まって頭を下げてきた。
「あの、やっぱり今回のことって、私たちのためにしてくれたんですよね!? 本当にありがとうございますッ! おかげですごく気分がいいですっ!」
んん? ああ、まぁ確かにお金稼ぎはこいつらにたっぷりと給料を払うためでもあるな。
支払いをケチって手下に毒を盛られるのも嫌だからな。有能領主であるリゼ様は敵を作らないように心掛けているのだ。
「フッ、気にするな。俺はボンクレーの無能領主とは違うからな」
「うふふっ、その通りですね! やはりアリシア様が教えてくれた通り、ご主人様こそ『王』に相応しいお方です……!」
っておいおいおい、あの残念銀髪シスターってばそこまで俺のことを褒めてたのかよ! 照れちゃうなぁ~まったく!
でも民衆にそんなことを言わせてるのが他の貴族なんかにバレると、反逆の疑いありと思われちまうかもしれないからな。いい加減に釘を刺しておくか。
「嬉しい限りの評価だが……どうかアリシアに言っておいてくれ。くれぐれもそういう発言は、貴族や王族に聞かれないよう注意しろとな。大切な時期なんだ……今は『反逆者』と疑われたくない」
「ッ! 今は、ですか……! なるほど……やはりご主人様は……!」
う、うん? そりゃ今は領地を盛り立ててる重要な時だからね。
ベイバロン領を立派な土地にして王様たちに褒めてもらいたいから、変な悪評が流れるのは避けたいんだよ。
そこらへんよろしく頼むよメイドちゃんたちッ!
「お前たちも言動には注意してくれ。この俺が忠臣に見えるようにな」
「「「ハッ! この命に代えましてもッ!」」」
いや、命には代えなくていいからね!?
……まったく、超善良系ハートフル領主の俺に似て真面目に育っちまったもんだぜ! はっはっはっはっは! 平和平和ッ!
※このあと経済侵略にラストスパートかけました。