第六話:奴隷に媚びよう!
――家畜の量産に成功してから、ベイバロン領の雰囲気は輪をかけて良くなった。
やっぱり肉を食えば力が出るってもんだ。みんな元気に働いてくれて、領内は急速に発展していった。
俺もあの一件で『命を操作する』って感覚がなんとなく掴めたからなぁ。試しに農作物に活性化の魔力をつぎ込んでみたところ、なんと急成長させることに大成功ッ! こりゃぁもっと慣れれば生物の年齢も伸ばしたり引いたり出来るようになるかもな!
さらには家畜のエサとなる草も量産しまくって、今やベイバロン領は緑あふれた大地と化していた。
それに街の景観もガラリと変わった。
朽ち果てていた建物は次々と建て直されていき、各所には噴水なども設置され、剥き出しだった地面には立派な石畳が舗装されていた。
少し街を歩いてみれば、客引きをする商売人たちや元気に遊ぶ子供たちの声が溢れかえってくる。
「お前たち、調子はどうだ?」
「おぉ、これはリゼ様ッ! おかげで繁盛しておりますぜッ!」
「あ、領主さまこんにちはー!」
ああ、俺が領主になる前の陰鬱さが嘘みたいだ。声をかけてやると、みんな笑顔で応えてくれた。
――ふふふふ、ここまでよくやってきたなぁ俺ッ! 問題が山積みだったベイバロン領をここまで平和な土地にしちまうなんて、俺ってば王族から褒められるべきだと思うよ!
まぁイリーナの下に集まってきた獣人たちがついに千人を超えたけど平和平和! しかも回復魔法の影響で筋肉ゴリゴリモンスターと化したチンピラたちと何故か武装訓練してたりするけど全然平和!
あと命の創造をやらかしてからは銀髪シスターのアリシアがさらにハッスルして、全領民を『デミウルゴス教』の信者にしちゃった上に、“リゼ様こそが真なる王族ッ! 他の貴族は単なる俗物ッ! 奴らの血肉でこの地を聖地にしようぜファックッ!”とか謎のヘイトスピーチをかましまくってるけど余裕で平和だなッ!
だってベイバロン領って頭のおかしい奴らの集会所として有名だもんね。
この現状が他の貴族たちにバレたところで、『あ、領民たちが発狂してる! さすがベイバロン領だなぁ!』って感じで見逃してくれるだろ。たぶん。
それにだ。いざとなれば、唯一常識人にして超有能領主であるこのリゼ様が手綱を引けばいいだけだしな! はっはっはっはっは!
よぉーーーーし、最近は税収もよくなってきたし、俺も貴族っぽいことしてみますかぁ!
隣の領地の奴隷商から、奴隷をいっぱい買い漁っちゃうぞぉ!!!
◆ ◇ ◆
「うぅっ……どうしてこんなことに……っ!」
ガタゴトと揺れる荷台の上で、奴隷の少女たちは震えていた。
「わたしたち、あの『ベイバロン』領に売られるって……!」
「いやだよぉ……もうおしまいだよぉ……!」
ベイバロン領の劣悪さは全国民に知れ渡っていた。
土地はやせ細り、モンスターが溢れ、領民たちは頭のおかしい者ばかりなのだと。
行ったら終わりの地獄の領地。それが、ベイバロン領に対する少女たちの認識だった。
「あはっ、あははは……! わたしたち、どんだけ『女神ソフィア』様に嫌われてるんだろうね。ただでさえ、こんな身体だってのにさぁ……」
腕のない少女が漏らした言葉に、誰もがさめざめと涙する。
そう――彼女たちは奴隷の中でも格安にして最低の扱いを受ける、『傷病奴隷』たちだった。
誰もが身体の一部を欠損しているか、あるいは死病に侵されているのだ。
そうして少女たちは家族に売り払われ、奴隷に堕ち、ついには最悪の土地の領主にまとめて買われることになってしまったのだった。
「……貴族なんてみんなろくでなしだよ。それにベイバロン領の領主となれば、平気で命を弄ぶような頭のおかしい鬼畜野郎に決まってるッ! どうせわたしたち、いっぱい苦しめられて殺されるんだ……!」
「死にたいよぉ……誰か殺してよぉ……!」
死んだ魚のような瞳で、少女たちはむせび泣く。
ああ、このまま全員で舌を噛みきって死んでやろうか。そうすれば邪悪な貴族に最後に一泡吹かせてやれるだろう。
誰もが本気でそんなことを考え始めた――その時だった。
「よぉ嬢ちゃんたち。オレらの領地が見えてきたぜぇ」
ベイバロン領に続く丘を登り切った瞬間、荷馬車を操っていた強面の男が声をかけてきた。
ついに来てしまったのかと少女たちは死んだ瞳で前を見る。
すると――
「えっ……なにこれぇええええええっ!?」
そこには、うるおいに満ちた緑の大地が広がっていた――!
子牛や子豚が元気に野原を駆け回り、田畑は立派な作物で溢れ、多くの農民たちが笑顔で収穫作業をしていた。
その光景に奴隷の少女たちは呆然とする。
ああ……ここは本当にベイバロン領なのだろうか?
命の輝きに満ち溢れた様は、まるで絵本の世界のようだ。まさか自分たちは幻覚でも見ているのでは?
そんなことを思ってしまうくらいに、目の前に広がる光景は考えられないものだった。
だがしかし、これはほんの序の口。
馬車が街へと入っていけば、彼女たちはさらに驚愕することとなる。
「――おぉ、いらっしゃい嬢ちゃんたち! ベイバロン領にようこそだッ!」
「領主様が引き取るって言ってたのはアンタたちか! そんな身体になっちまって今まで大変だったよなぁ……っ! やっぱり『女神ソフィア』はゴミだな!」
「あの人に保護されたんならもう安心だぜ! なんてったってこの世界の『救世主』様だからな!!!」
何やらよくわからないことを言いつつ、ワッと出迎えてきた領民たち。その事態に少女らは慌てふためく。
この世で最低の地位にある『傷病奴隷』の自分たちが、どうしてこんなに歓迎されているのか――!
「えっ、あの、何なんですかこれは!?」
「わたしたちのこと、どこかのご令嬢と間違えてたり……っ!?」
満面の笑みで声をかけてくる人々に怯えすくむ少女たち。
一体何が起きているのか、自分たちはどうなってしまうのか……!
まったくもって今の状況が理解できず、再び泣き出してしまいそうになった――その時、
「――落ち着け、領民たちよ。彼女たちが困っているだろうが」
凛としたその声が響いた瞬間、騒いでいた人々が一斉に姿勢を正した。
「「「ハッ! 申し訳ありません、リゼ様ッ!!!」」」
声を揃え、恭しく傅く領民たち。その様はまさに王に仕える臣下たちのようだ。
かくして――数多くの民衆たちから尊敬と信仰の眼差しを浴びながら、彼は悠然と現れた。
「俺がこの土地の領主、リゼ・ベイバロンだ。……お前たち、今までよく耐えてきたな」
「っ……!?」
――情に満ちた言葉をかけられ、奴隷の少女たちはさらに困惑を深くする。
貴族なんてろくでなしの嫌われ者だと思っていた。特にベイバロン領の領主なんて輪をかけて酷い人物だと思っていた。
だが、目の前に現れたこの年若き領主は何なのか?
数多の人々から凄まじい熱量の尊敬を浴びながら、『傷病奴隷』の自分たちに温かい声をかけてくれるなんてありえない……!
「あっ、あの、えと……!」
わけのわからない現実に動転しながら、必死で言葉を返そうとする少女たち。
だが若き領主は小さく首を横に振るうと、平坦ながらも優しい声色でこう告げてきた。
「なに、緊張することはない。――それよりも、まずはその身体を治してやろう」
「えっ?」
その瞬間――少女たちの身体に奇跡は起きた。
まばゆい光が溢れかえるや、欠落した手足が、機能しない目や耳が、死病に侵された内臓が、全て回復を果たしたのだ!
光が淡く散っていく中、少女たちは長らく呆然とし――やがて、驚愕の絶叫を張り上げた。
「えっ、えええええええええええええええっ!? 事故で失くした、私の手がッ!?」
「足がっ! 足が生えてる!!!」
「う、うそっ、苦しさがなくなってる!? 血の混じった咳が出なくなってる!?」
驚きの声をあげる少女たち。決して広くはない荷台の上で、彼女たちは回復した身体を思い思いに動かし――やがて、歓喜にむせび泣いた。
「りょ、領主様……わたしたちのために、魔法を使ってくれたんですかぁ……!?」
「ありがとうございます……ありがとうございます、領主様……!」
彼女たちの胸の中は信じられない気持ちでいっぱいだった。
国教である『ソフィア教』の教えから、貴族たちは平民はもちろん、薄汚い奴隷のために魔法を使うことは絶対にありえない。
だがしかし、目の前の若き領主は惜しみなくその力を使ってくれたのだ。
そして――失くした手足が生えてくるほどの回復魔法など、少女たちは聞いたことがなかった。
この国一番の回復魔法使いでさえ、千切れた手足をつなげるのがやっとだと噂されているのだ。それに比べれば、まさに奇跡の御業としか言いようがない。
大粒の涙を流す少女たちに、偉大なる領主は優しく頷く。
「これからお前たちには、俺の屋敷でメイドとして働いてもらおうと思ってる。……だがその前に、まずはリハビリが必要だろう。
アリシア、教会で彼女たちの世話をしてやってくれるか?」
「お任せくださいリゼ様。さぁみなさん、これからはわたしのことをお姉ちゃんって呼んでくださいね~っ!」
彼の言葉に応え、美しきシスターが笑顔を向けてくれた。
他の領民たちも、「よかったなぁ嬢ちゃんたちッ!」「これからはベイバロン領の仲間だぜっ!」と、温かな声を投げかけてくれた。その中には、虐げられる立場にあるはずの獣人の姿もあった。
「ありがとうございます……本当にありがとうございます……!」
その光景を前に、少女たちは涙ながらに思う。
地獄のような日々から自分たちを救ってくれたのは、『女神ソフィア』などという無能な偶像などではない。リゼ・ベイバロンという優しき領主の手によってだ。
ゆえに、彼のためにこの命を使おう。この美しき土地を守るためなら、なんだってしよう!
そんな誓いを胸に秘め、奴隷だった少女たちはシスターの後を付いていくのだった。
――なお、少女たちは知らない。
「じゃあアリシア、後はよろしく頼むぞ」
「はぁいリゼ様! しっかりとお世話しちゃいますからねぇ~……!」
リゼ・ベイバロンという死ぬほど考えの浅い男が、“あ、そうだ! 傷病奴隷を買って治したら安く済むじゃん!”という安直すぎる理由で自分たちを買っただけなのだと。
そしてこれから、アリシアというトチ狂った女によって『デミウルゴス教』という邪教に入信させられ、過激派思想を埋め込まれる未来が待っているなんて……!
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