最終回:『底辺領主の勘違い英雄譚』
・テキトーな見通しで「あと二話で終わります」と宣言してからすでに四話くらい経ちました!
このままだと作者の脳みそリゼ・ベイバロンだと罵られてしまうと思い、今回こそ最終回にするために泣きながらいっぱい書きました!
その結果やっぱり後日譚だけは今回で終わらせられなかったけど、終わらせようとした努力だけは褒めて欲しいと思っています!
“俺は……負けたのか……”
――ここは地獄か、あるいは死に逝く意識が見せる刹那の幻覚か。暗く淀んだ闇の世界で、リゼは静かに我が身を恥じた。
ああ、王になろうと息巻いておいて、その結末がこの様だ。
自分のことを信じてくれた民衆たちに合わせる顔がない。
“みんな……ごめん……俺、頑張ったのに勝てなかったよ……! 世界を平和にして見せるってみんなに誓ったのに……!”
闇の中で独り、悔しさに唇を噛み締めるリゼ・ベイバロン。
しかしどれだけ打ちひしがれようが、魔力が切れてしまった魔法使いに出来ることなど何もない。
結局何も成し得ることなく、滅びの光に飲まれて終わる……それがリゼの運命だった。
“ははっ……所詮は最悪の土地・ベイバロン生まれの底辺領主だったってわけか。死んだ親父がよく言っていたように……『何も願わず、希望など持たず、酒に逃げてるのが一番ラクだ』って生き方をしてればよかったのか……”
そうすれば、少なくとも死ぬようなことはなかっただろう。
……そうして苦い後悔と共に、リゼが瞳を閉ざそうとした――その時、
『――諦めるな、リゼ・ベイバロンッ!』
『――貴方は、こんなところで終わる男ではないはずですッ!』
熱く激しい二つの声が、闇の中へと響き渡った――!
突如聞こえたその声に、リゼはハッと頭上を見上げる。
そこには――頭をツルッと光らせた巨漢の男と、針金のように痩せ細った赤いローブの男が立っていた!
“お……お前たちは、ジャイコフ子爵に、スネイル子爵ッ!?”
ああ、見間違えるはずがない。リゼにとって彼らは、民衆の平和を乱した邪悪なる魔法使いたちであった。
だが、記憶の中にある彼らと目の前の男たちはどこか表情が違っていた。……かつて感じていたはずの邪気が、まるでなかったのだ。
思わぬ者たちとの邂逅に狼狽するリゼに、二人は静かに語りかける。
『リゼよ……今や貴様には感謝しておる。我輩が経済破綻させてしまった領地を、貴様は見事に蘇らせてくれたのだからな。
まったく……生前の我輩はとんだ無能領主だったわ。それに比べたら貴様は本当によくやっておるよ』
『ええ、私もジャイコフと同じ思いですよ。……世界征服を企みドラゴンになったことで、私は多くの民衆たちを傷付けてしまった。そんな彼らを貴方は救ってくれたんですから。
もしもやり直せるならば……リゼ殿のような優しい人物になって、今度こそ彼らを導いていきたいと思っていますよ……!』
かつての悪行を恥じながら、苦い笑みを浮かべるジャイコフとスネイル。
彼らは表情を改めると、リゼへと強く吼え叫ぶ――!
『ゆえに、もう一度言わせてもらうぞ。――諦めるな、リゼ・ベイバロンよッ! 我らが認めた最強の魔法使いよッ!』
『その通りですよリゼ殿ッ! 私たちに勝利した日の凛とした姿を、もう一度見せてごらんなさいッ! 私たちは貴方を信じているッ!』
“ッ――お前、たち……!”
かつてのライバルたちからの声援を受け、沈んでいたリゼの心に再び熱が灯り始める。
……そうだ。自分は平和の未来を信じて、彼らの屍を踏み越えながらここまで進んできたのだ。道半ばで諦めてしまえば、ジャイコフとスネイルの死がまったく意味のなかったモノになってしまう。
だったら――たとえ死んでも負けるわけにはいかないじゃないか――ッ!
“俺は……俺はァァァァァアアアアアアアッ!!!”
昏く沈んだ闇の中、リゼは熱き咆哮を張り上げたッ! 二人の宿敵より背中を叩かれ、熱くならない男がどこにいる!? 「信じている」という言葉を貰い、それに応えない『王』がどこにいる――ッ!
その瞬間、底を尽いていたはずの魔力が限界を超えて膨れ上がっていった!
それはあり得ないはずの現象である。魔力の上昇は加齢によってしか起こらないと信じられているこの世界において、リゼの身に起こった異変はまさに荒唐無稽の奇跡であった。
『我らが信じた英雄よ、悪を滅ぼし正義を貫けッ!』
『さぁ征きなさいッ! 本当の闘いはこれからですッ!』
二人の男の想いを受けて、さらに高まっていくリゼの魔力とボルテージッ! 身体から溢れ出した熱気は周囲の闇を浄滅し、空間に罅を入れていく――!
“ありがとう、かつて踏み越えた宿敵たちよッ! お前たちが信じてくれる限り、俺は無敵だァァァァアアッ!!!”
臨界点を超えた魔力を全方位へと解き放ち、ついにリゼは闇の世界を打ち砕いたのだった……!
――なお、彼の前に現れたジャイコフとスネイルは当然ながら『幻覚』であるッ!
本物の彼らはリゼに関わったことを後悔しまくりながら死んでいったし、というかスネイルのほうは無理やり木に変えられて絶賛生き地獄を味わい中であった。さらに言えばジャイコフの領地を経済破綻させたのはリゼがコピー品をバラまいたからだし、スネイルがドラゴンになってしまったのもまたまたリゼのトンチキな愚行によるものだ。
ゆえに、彼らのリゼに対する最終評価は『関わっちゃいけなかったやべー奴』であって、信頼などもちろん絶無なのだが――リゼ・ベイバロンのポジティブすぎるクズ幼児脳は、勝手に被害者たちの幻覚を出して励まされまくって復活するという狂気の現象を巻き起こしたのだった! 最悪であるッ!
……だが、それを指摘できる者はこの世界に誰もいない。
自分のことを正義の英雄だと勘違いし、人々の欲望を全て叶えて周囲の者らの正気を奪い、敵を容赦なく皆殺しにするこの男は、まさに無敵の存在であった。
そう――リゼ・ベイバロンという希望の未来しか見ていない男が、黙したまま敗北など認めるわけがなかったのだ。
追い詰められた現実を『奇跡が起こる前の前触れ』と勝手に自己解釈し、捻じれ狂った脳細胞がさらなる幻覚を生み出していく。
今やリゼの目の前には、ジャイコフやスネイルだけではなく、何億人という見ず知らずの人間たちが視えていた――!
『英雄様ッ、どうか世界に平和をもたらしてください!』
『アナタこそが全国家の王に相応しいッ!』
『リゼ様が星を支配することこそ、全人類の幸福なのです――ッ!』
“ファ~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!”
暴走した自己意識が見せる幻覚たちの気持ち良すぎる言葉の数々により、リゼの脳はさらに幸福で蕩けていった。
もはや自己愛が溢れ出して止まらない。それに伴い空っぽだったはずの魔力がさらにさらにさらにさらに限界知らずに上昇していく。
“ああ、ありがとう、全世界のみんなッ! さぁ待ってろよヤルダバート、そしてまだ見ぬ世界の悪党たちよッ! 信じてくれたみんなのために、俺、どこまでもどこまでもどこまでもどこまでも戦い続けるからッ!!!”
砕け散っていく闇の中、おぞましいほどに輝かしい笑みを浮かべるリゼ・ベイバロン。
臨界点へと達した独善的思考はもう止まらない。誰に願われたわけでもないのに、リゼはひたすら未来に向かってこれからも暴走し続けるだろう。
ああ、彼こそまさしく人間性の破滅的極致。都合の悪い現実を一切認めず、考えず、幸せな夢の中に完結した『全盲白痴なる魔王』として、ついに覚醒の産声を上げる。
“……俺の名前はリゼ・ベイバロンッ! いつか世界を平和に導き、英雄譚を創り上げる男だァァァァアアッ!!!”
――悪夢のごとき『底辺領主の勘違い英雄譚』が、今こそ真に幕を開けるのだった……!
◆ ◇ ◆
「なっ、なんだこれは……どうなって、いるのだ……ッ!?」
破滅の光を放ちながら、ヤルダバートは息を飲んだ。
リゼ・ベイバロン……まさに恐るべき敵であったが、結局は魔力量の差で勝利してしまった。
そんな彼を盛大にあの世に送ってやらんと、周囲の大地が溶岩化するほどの出力で『核融合光』を放ったのだが――いつまでもいつまでも、白き光の中に残る人影が消えないのだ……!
「馬鹿な……これはどういうことなのだ……! 奴は確かに、魔力が完全に切れていたはず!? 仮にわずかに残っていても、儂の魔法を防ぐことなど――ッ!」
そこまで言ったところで、ヤルダバートはさらなる異常に焦ることとなる。
光の中の人影が、自分と同じく真っ直ぐに片手を前に向けるや――最強無敵の核融合光が、轟音を立てて爆散したのであるッ!
「むぅぅううッ!?」
衝撃波によって後方へと弾き飛ばされるヤルダバート。
凄まじい強さの爆風が吹き荒れる中、いったい何が起きたのかと目の前を睨み付けると……、
「――地獄の底より還ってきたぞ。お前を抹殺するためにな……ッ!」
……そこに立っていたリゼの姿に、ヤルダバートは全細胞を恐怖で震え上がらせた。
ああ、見た目だけならまさに半死半生と言ったところだ。身体中の至る所に火傷を負い、よく仕立てられた黒きコートもボロボロに焼け焦げていた。
だが、言ってしまえばそれだけだ。直撃すれば灰さえも残らない核融合光に飲まれながら、リゼは何らかの方法で生還を果たしたのである。
身も凍り付くような殺意の眼光を輝かせ、彼はヤルダバートを真っ直ぐに睨みつける。
そして、何よりも最強の魔法使いを震撼させたのは……!
「何なのだ、リゼ・ベイバロン……回避不能な死を前にして、お前は一体どういう術式を完成させたというのだァァァァアアッ!!?」
リゼの背後に浮かび上がった『漆黒の太陽』を前に、ヤルダバートは生まれて初めて混乱の叫びを張り上げたッ!
生物としての本能が吼え叫ぶ。アレは拙い、アレだけは拙い! 炎魔法による火球だとか雷魔法によるプラズマだとか、そんなレベルでは断じてない!
アレは間違いなく、この世にあってはならない光。百三十年かけて辿り着いた『核融合』の魔法に匹敵する、世界を壊す輝きだったッ!
回復魔法の極致から一転、未知なる属性の魔法を身に付けて帰還した宿敵を前に、ヤルダバートは引き攣った笑みを浮かべる。
「はっ、ははは……ハハハハハハッ! あぁ、流石は儂の宿敵じゃ! 属性も術理も解析不能の魔法を見せてくれるとは、本当に飽きさせない男じゃ!
だが絶対に負けるものかッ! 今度こそ終わりにしてくれるわァァァァアアッ!」
静かに佇むリゼに向かい、ヤルダバートは両手から無数の光弾を打ち放った。
一発一発が100万度の熱量を秘めた絶滅の核融合光である。この世のどんな存在も抵抗できない最強の魔法であるはずだった。
だが、しかし……!
「牛たちよ、今こそ奴に見せてやるがいい。真なる正義の輝きをなぁ――ッ!」
『モォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』
次の瞬間、ヤルダバートはさらなる脅威を味わうこととなる。
リゼの背後に空洞のごとく存在する『漆黒の太陽』より、黒き焔を纏った牛たちが音速で射出されてきたのだ――!
「なっ、なにィッ!?」
異常なのは速度だけではなかった。燃える牛たちは核融合の光弾にブチ当たるや、いとも容易くそれらを相殺してしまったのである。
それも最初のように数億頭で手加減の一発をどうにか防いだのではなく、一頭一頭が本気の連撃を消し去っていったのだ。ヤルダバートは思わず泡を吹きそうになった。
「たっ、ただの家畜が核の光を受け止めただとッ!? そんな馬鹿なことがあるものかッ!?」
「呆けている場合か。――さぁ、まだまだ行くぞォオオオッ!!!」
リゼ・ベイバロンは『漆黒の太陽』を伴いながら空へと浮かび上がると、混乱するヤルダバートに向かって無数の牛たちを射出した。
これは危険すぎると察知し、咄嗟に回避することを選ぶヤルダバート。
ああ、その選択は正しかった。つい先ほどまで彼が立っていた場所には、直径1000キロメートルを超越した大陸プレートを貫通するほどの大穴が開いていたのだから――!
「なっ、何ぃいいいいいいいいいッ!!?」
あまりにも馬鹿げた威力にヤルダバートは震え上がった。そんな彼を抹殺せんと、黒炎を纏った牛たちが流星群のごとく降り注いでいく――!
『モォオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』
「ぐぉおおおおおおおッ!? これはっ、これはぁああッ!?」
風を纏って音速で逃げ回り、時には核融合の光線をぶつけてどうにか牛の突撃をやり過ごしていくヤルダバート。
一撃でも掠ればただでは済まない必殺の乱れ撃ちの中、徐々に彼は天才的な観察眼によりリゼ・ベイバロンの魔法を解き明かしていく。
――だが真実へと近づいていくたび、ヤルダバートの皺がれた顔は真っ青に染まっていった。
「そっ、そんな……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!」
やがて最強の魔法使いは全身を冷や汗で濡らしながら、リゼを見上げて吼え叫ぶ。
「まさかっ、そんな、こんなものがッ、ただの『回復魔法』だと言うのかァァァァアアッ!?」
そう――惑星すらも破壊しかねないほどのこの術式こそ、死の直前にリゼが掴んだ回復魔法の極致だったのだ……!
ヤルダバートは心の底から恐怖し、それと同時に運命を感じた。何故ならリゼ・ベイバロンの術式は、自身が誇る『核融合』の魔法と真逆の在り方をしているのだから。
「ハッ、ハハハハハハハハハハッ、何とも面白い話があったものよ……ッ! 儂の到達した最強の攻撃魔法『核融合』は、魔力によって無数の原子核を支配し、超重の圧力をかけて無理やり融合させることで超熱量を生み出しておる。
だがリゼよ、お前の術式はまさにその逆じゃッ! お前は究めに極めた回復魔法の力によって、牛たちの細胞分裂を何兆億倍もの速さで行わせることで破壊力を生み出しているんじゃなッ!?」
――それが、リゼ・ベイバロンの到達した術式の正体だった。
原子核は急激な勢いで分裂した際に熱を発生させる。それは生物の細胞分裂でも同じことだ。そんな当たり前の現象を、リゼという男は徹底的に突き詰めることで、ついに傷を癒すだけの魔法を究極の破壊攻撃にまで発展させたのである。
牛たちが黒く燃えているのもそのためだった。彼らは今この瞬間にも死滅と再生を繰り返して無限熱量を生み出し続けているのだ。
そして、リゼの背にある『漆黒の太陽』の正体は牛肉の塊である。その超速の細胞分裂によって発生した熱エネルギーの指向性を操ることで、リゼは飛行能力すらも獲得したのだった。
まさに、シンプルにして最凶最悪。恐るべき回復魔法の究極進化系――『核分裂』の力を手にしたリゼは、黒きコートをはためかせながらヤルダバートに向かって告げる。
「あぁ、正解だよヤルダバート。あらゆる属性の攻撃魔法が使えるお前と違って、俺には回復魔法の才能しかないからな。
――だけどな、俺はこの地の領主になってから、そのたった一つだけの力を民衆たちのために使い続けたぞ。何万人もの傷を癒し、肉片から家畜を増やす技術を手にし、みんなの幸福を願って徹底的に使い込んできた。
そうして掴んだのが『この力』だ。人を傷つけるためにしか魔法を使ってこなかったお前に、俺を倒せると思うなよ――ッ!」
圧倒的な殺意と闘志を放つのと同時に、さらなる攻撃が始まった。
リゼの周囲へと六兆匹の核分裂牛が出現し、漆黒の閃光となって放たれる――!
「世界の平和は俺が守るッ!!! 惑星滅却・核分裂ウシレーザー――ッ!」
「うぉおおおおおおおおォオオオオオオオオオオオッ!?」
絶滅の閃光群を前にして、ヤルダバートは絶叫を張り上げた。
全力の速度で飛翔しながら牛の隙間を縫うように回避していくが、直撃するのはもはや時間の問題だ。
空を覆い尽くすほどの超軍勢を前に、いつまでも避け続けることなど出来るものか。原子破壊光線と化した牛たちが大陸プレートを貫通して惑星に穴を開けていく光景を見ながら、ヤルダバートはあまりの恐怖に白目を剥いた。
さらに――!
「散っていった牛たちよ、今こそ逆襲の時は来た! 命の強さを思い知らせてやろうぜぇッ! 生命絶滅・核分裂ウシ爆弾ッ!!!」
「ひぎぃいいいいいいいいいいいいいッ!?」
戦場に散乱した牛たちの死体が大爆発を巻き起こし、ヤルダバートを飲み込んでいった!
何兆ものキノコ雲が咲く冒涜の花園。その中心で、ヤルダバートは風と核融合のバリアを出してどうにか生き延びていた。
――だがしかし、ヤルダバートは次の瞬間、爆発によって死んでいればよかったと後悔する。
なぜなら彼の全臓器は、一瞬にしてステージ4の末期ガンを患ってブクブクと膨張し始めたからだ――!
「ぐがはぁぁあああああああああッ!?」
絶叫と共に、穴という穴から真っ白な鮮血を噴くヤルダバート。
ああ、これこそが『核分裂』のもっとも恐るべき力である。原子核を濃縮することでエネルギーを生み出す『核融合』と違い、原子核を盛大に解放する『核分裂』が行われた際には、生物の遺伝子を徹底的に破壊する毒光――『放射線』が大量にブチ撒かれるのだッ!
その光を受け、ヤルダバートの肉体は一瞬にして死に至った。元々百三十歳を超える老齢の身体である。多臓器不全や白血病という死病を患って、生きていられるわけがなかった。
風の魔法が解除され、空から落ちていくヤルダバート。そこに容赦なく殺到してくる核分裂牛たちを、彼はただただ呆然と見ていた。
(あぁ……リゼ・ベイバロン……なんという恐ろしき男じゃ。儂を殺すために大陸を粉砕するほどの牛の群れを放ち、全ての臓器が腐り果てるような毒を盛大にバラ撒くなど……!)
消えゆく意識の中、ヤルダバートは思った。
リゼ・ベイバロンは危険な男だ。邪魔者を排除するためならばどんなことでも彼はやるだろう。今のように、全生命を破壊光線と猛毒で殺し尽くすことすらも。
そんな最悪すぎる事実を前に、最強の魔法使いは震えながら――、
「――ンホォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!! リゼ・ベイバロンよォオオオオッ!!! お前はどれだけ儂を悦ばせてくれるんじゃあァァアアアアッッッ!!!」
誰よりも素晴らしき宿敵が、惑星や人類の未来よりも自分のことを優先してくれているッ!
それに気付いたヤルダバートは思わず興奮で生き返った! 体内で核融合を起こして全身に出来たガン細胞をレーザー治療で全滅させ、止まってしまった心臓を根性で動かしまくって新鮮な血液を生み出しまくることで死亡から0.2秒で完全復活を遂げたのだった!
「ありがとぉおおおおおおおおお!!! 本当にありがとぉ我が宿敵よッ! 儂、気合で百三十年生きてきて心から良かったッ!
あぁ、儂という最悪の魔王を倒すために世界すら壊そうとするなんて、まさに貴様こそ『正義』の極致ッ! 貴様に出会えて儂は幸せじゃぁああああああああああ!!!」
あそこまで躊躇なく惑星汚染攻撃を行える者など、覚悟を決めた真の英雄か、何も考えてない幼児くらいだッ! 間違いなく前者だとヤルダバートは確信している!!!
ゆえに――ここで終わって堪るかッ! 相手が星をぶっ壊すつもりなら自分だって星を粉砕してやるッ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおッ! お前に相応しい男になるんじゃぁぁぁああああああッッッ!!!」
熱き対抗心を胸に、全方位に向かって核融合の光を放つヤルダバート。滅びの閃光は殺到してきていた牛たちを全滅させ、ついでにリゼが惑星に空けた穴を通って星の中心にある熱核部分を刺激し、全世界でマグニチュード11の超巨大地震が巻き起こって数十億人の命が失われたのだった。最悪である。
ここに迎えた決戦の終盤。大気は放射能によって汚染され、大地が粉々に砕け散っていく中、二人の男は再び空中で睨み合う。
「ヤルダバート……戦いを愛する異常者にして、命の大切さを知らない最悪の暴君よッ、平和のためにお前を殺すッ! 殺すまで俺は戦い続けるッ!
そして俺は世界の支配者になって逆らう奴らを『核』の力で全員殺して平和な社会を創り上げてみせるッ!」
「リゼ・ベイバロンよ、初めての恐怖をありがとう! 初めての昇天をありがとうッ!
儂、頑張るからッ! 最高の貴様に相応しい最悪の魔王となれるように、頑張って人類を絶滅させるからッ!!!」
……あいかわらず何も考えず、引き締まった口から支離滅裂で凶悪すぎる言葉を吐き出すリゼと、もはや相手が何を言ってるのか絶対に理解していないまま『英雄vs魔王』というシチュエーションに興奮しっぱなしのヤルダバート。
欲望のままに暴走する幼児脳と老害脳の持ち主たちは、崩壊していく世界にまったく構うことなく殺意をぶつけ合っていく。
かくして、空気が熱く揺らいでいく中――二人は同時に吼え叫んだッ!
「「お前にだけは、絶対に負けるものかぁぁぁぁあああッ!」」
リゼ・ベイバロンは両手を掲げ、膨大な魔力を拡散させていく。
それに対してヤルダバートは己が胸の前で腕を交差させ、身体中に漲る魔力を極限まで練り上げていった。
「リゼよ、この世界でお前だけが儂に生きている喜びを教えてくれたッ! つまらなかった灰色の人生に色を与えてくれたッ!
ゆえに、この決闘で全てが終わっても構わないッ! 我が肉体と生涯全部をお前のために捧げるぞォオオオオオオッッッ!!!」
ヤルダバートの老いた身体から核融合の光が溢れ、その中で彼は『新生』していく――!
ああ、弱き人体などもういらない。
イメージしろ、『最強の魔法使い』の姿を。
ソレに至るべく血肉を削れ。己をこの場で改造するのだ。
あらゆる魔法を使える才は、この瞬間のためにあったと思えッ!
「うおおおおおおおおおおおおおッ! お前に相応しい姿に儂はなるんじゃぁぁあああああああッッッ!!!」
そして光が砕け散った時――ヤルダバートは完全なる変貌を遂げていた。
「これは……その姿は……ッ!」
雲を突き破るほどの巨大な威容を見上げながら、リゼ・ベイバロンは息を飲んだ。
驚いたのはその大きさだけではない。リゼは、変貌したヤルダバートの姿を知っている。光の輪を頭上に浮かべたその存在を、父に読まされた『聖書』の挿絵で見た記憶があるのだ。
ああ、リゼを含めた世界中の誰もが知っている彼女こそ、貴族たちに魔力を与えたとされる魔法の神――!
「め……『女神ソフィア』だと……ッ!?」
『応ともォオオオッ! さぁ、殺してみせろよ宿敵めぇえええッ!!!』
全属性の魔力を示した五色の長髪を靡かせ、純白のドレスを纏った女神はリゼへと淫らに微笑んだ。
その存在はまさにエネルギーの塊だった。二つの意味で巨大な胸が揺れただけで振動した空気が大地を破砕し、背中より生えた十二枚の光の翼がはためいた瞬間、超乱気流が巻き起こって世界を崩壊させていく。
これこそが、ヤルダバートが到達した魔法使いとしての極致である。
瑞々しき肌は土魔法より生成された超大量の炭素とカルシウムからなる人工表皮で構成され、その体内には火と水の魔法により創造されたマグマの血液が風魔法により駆け巡っていた。
さらに全身には雷の魔法で構成された感度30000倍の疑似神経が張り巡らされ、そして心臓部には光り輝く核融合炉が超熱量を生み出し続けていた。
まさに才能の集大成。最強の魔法使いはリゼ・ベイバロンを全力で殺すべく、魔を極め、人を捨て、ついでに性別もうっかり捨て、神の領域へとたどり着いたのだ――ッ!
『行くぞォオオオオオッッッ!!!』
女神と化したヤルダバートは高らかに腕を掲げ、リゼ目掛けて振り下ろした。
咄嗟に核分裂光を放つリゼだが、ヤルダバートの純白の皮膚はそれを物ともせずに弾き飛ばした。超圧縮された炭素からなる人工表皮は熱光線にもっとも強いダイヤモンドの性質を帯び、核の光を分散してみせたのだ。
『グハハハハハハハッ! 死ぃねぇぇぇぇえええええええッ!!!』
「――」
絶頂の最期を期待して頬を染めるヤルダバート。何千トンあるかもわからない女神の拳が、ついにリゼの頭上へと迫る。
かくして、全てを滅する一撃が彼を押し潰さんとしたその時――、
「――お前たち、俺に力を貸してくれぇええええ!」
「「「当たり前だぁぁぁあああああッッッ!!!」」」
リゼが叫び声を上げた瞬間、数百万人の飛び蹴りが女神の腕に炸裂した!
『なにぃッ!?』
思わぬ攻撃に軌道を逸らされ、振り下ろされた拳はリゼの真横を空振っていった。
そのことに歯噛みするヤルダバート。そんな彼へと、乱入者たちは獣の耳を逆立てながら吼え叫ぶ――!
「――すまんなぁ女神よ。リゼ殿に救われた我らの恩義、ここで返させてもらうぞォオオオッ!!!」
「「「ウォオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」」」
数多くの同胞たちと共に、金の髪を持つ獣人族の姫・イリーナは咆哮を上げたのだった。
窮地に現れた彼女へとリゼは微笑む。
「助かったぞ、イリーナ。どうにか最終決戦に間に合ってくれたみたいだな」
「うむ、待たせたなリゼ殿よッ! ……命令通り、ヤルダバートとの戦いに備えて散り散りになった獣人族の生き残りを集めてきてみれば、女神ソフィアを相手に戦ってたからビックリしたぞ。ヤルダバートはどこいったんだ?」
「何か知らんけど性転換してああなった。たぶん王都の技術だろ」
「おおっ、流石は都会のパワーだなッ!」
……知性ゼロの会話をする幼児脳リゼと人間の成り損ないこと獣人族のイリーナ。
仲睦まじげな雰囲気を出す二人に対して、ヤルダバートがギリッと歯噛みをした瞬間、無数の魔法弾が彼の顔面へと炸裂した――!
『ぬぁッ!? こ、今度は一体、なにが――ッ!?』
「ガハハハハハハッ! 盟友の窮地に駆けつけてみれば、ずいぶんと面白い姿になっているではないかッ! なぁ叔父貴よォッ!」
男臭い胴間声が戦場に響く。ヤルダバートが声のしたほうを睨み付けると、そこには貴族の少年たちを引き連れた赤毛の男・ホーエンハイム公爵が笑っていた!
「来てくれたか、ホーエンハイム公爵!」
「よぉリゼよッ、遅れてすまんな! だがきっちりと言い付けは守り、お前が躾けたガキ共と一緒に周辺諸国を制圧してきたぞッ!
さぁ他国の貴族たちよ、コイツに力を貸してやってくれーーーーーーーー!」
「「「うぉおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」」」
ホーエンハイムの声に応え、異国の衣装を纏った貴族たちが興奮の声を張り上げた。
そう。リゼ・ベイバロンはイリーナと同じく、ホーエンハイムや配下とした少年たちにもこう命令していたのだ。
“周囲の国々を制圧し、グノーシア王国を征服するための援軍として引っ張ってこい”と。
……一国を支配するために数多の国を支配するという狂気じみた作戦。あまりにも無茶苦茶だと思えるが、親類としてヤルダバートの実力をよく知っているホーエンハイムは、忠実にその策を実行してみせた。
最強の魔法使いを相手とするなら、援軍は出来るだけいたほうがいい。そして何より、肉体強化とリゼへの忠誠を促す『竜の因子』を打ち込めば、付け焼刃の援軍でもそれなりに働けるようになるだろうと踏んだからだ。
「ヌハハハハッ! いやぁ、すごいなぁ『竜の因子』とやらは! まさか魔法使いとして落第点だった我輩が、クソ叔父貴に対して多少はダメージを与えられるようになるとは!
……いや、今はあんな見た目だから叔母なのか……? なぁ、どう思うヨハンよ?」
「あッ、あわわわわわわ……クソ父上が……クソ母上に……ッ!?」
ホーエンハイムの問いかけに、グノーシア王国の幼き王子であるヨハンは顔を真っ青にしながら震えていた。
竜の力を得て心身ともに強くなったとはいえ、彼はまだ13歳の少年である。駆けつけてみたら父親が爆乳女神に性転換していたという事実にもはや失神寸前だった。
リゼを助けるべく次々と集まってくる人間たち。その光景を前に、女神と化したヤルダバートは顔を真っ赤に染めながら美しき髪を搔き乱した。
『うがぁあああああああああッ!? 何なのだ貴様たちはッ! ようやく見つけた理想の男と果たし合っているというのに、次から次へと出てきおってぇぇぇええええ!!!』
地上に沸いた数百万の援軍たちを睨み付け、ヤルダバートは超質量の拳を振り下ろした。
だがその一撃は――突如として駆けつけた数十億人の者たちによって止められてしまうッ!
『んなッ、なんだこの数はァアアアアアアッ!!?』
「――うふふふふ……! 残念でしたねぇ、国王様? 信者を増やすことにかけては、シスターとして誰にも負けるものですかァッ!!!」
狼狽するヤルダバートに向かい、銀の髪を靡かせた美しき聖女・アリシアが勝ち誇った笑みで吼え叫んだ!
そう、『デミウルゴス教』のシスターであるアリシアにもまた、リゼから命令が下されていたのだ。
“獣人と貴族たちはイリーナとホーエンハイム公爵に任せる。お前は出来る限りの数、一般の民衆たちを引っ張ってこい”と。
――そう命じられたアリシアは奮起した。肉体を強化する『竜の因子』はもちろん、疲労を吹き飛ばす麻薬の類いをリットル単位で飲み干してまで奮闘した。
理由は一つ……リゼに対する『愛』ゆえだ。
アリシアは元々、ただ異教徒に生まれたというだけの普通の少女である。イリーナのように王族の血筋があるわけでもなく、ホーエンハイムのように魔法が使えるわけでもない。
そんな彼女が、リゼのために役立とうとするならば――ひたすら努力するしか道はなかった。
ゆえにアリシアは全力を尽くした。話術、煽動、恐喝、暗殺誘拐拷問洗脳薬物投与その他諸々、ありとあらゆる手段を使い、わずか数日で大陸全土の全民衆をリゼに忠実な奴隷へと変えてみせたのだ――ッ!
さらにはその全員へと『竜の因子』を投与したことで、無敵の大軍団を創り上げてアリシアは帰還したのだった……!
「さぁ、ご覧くださいリゼ様……これが私の出来る限りの成果です。私、すごく頑張りましたよ? あの日、この世ではじめて私に優しくしてくれた……貴方のために……」
ついに体力の限界を迎え、倒れ込んでいくアリシア。そんな彼女の細い身体を、舞い降りてきたリゼが抱き止めた。
「――よくやったぞ、アリシア。流石は未来のお妃様だな」
「っ、リゼ……様ぁ……!」
大粒の涙を流すアリシアを胸に抱き、リゼ・ベイバロンはゆっくりとヤルダバートを見上げた。
「悪いなぁヤルダバート。お前は俺とのサシの決戦を望んでるようだが……俺にとってはそんなことどうでもいいんだよ。
なぜならお前は、所詮は通過点に過ぎないんだからな……!」
『なッ、通過点だとぉ!? この、世界最強の魔法使いである儂がッ!?』
リゼの言葉にヤルダバートは絶句する。
そんな扱いは受けるのは生まれて初めてだった。世界最高峰の存在として目標とされることは何度もあったというのに。
「あぁそうだ。言っただろう? 人類の平和のために、俺はこの世界を支配すると。
ゆえにヤルダバート――お前は絶対に俺には勝てないさ! この決闘で終わってもいいと言い放った、お前ごときじゃなぁッ!!!」
『きっ、貴様ァァアアアアアアアアアアッッッ!!!』
怒りのままに拳を振るうヤルダバート。しかしリゼはアリシアを抱えたまま空に舞い上がって回避すると、不敵に笑って言い放つ。
「旧き支配者よ、枯れ果てたお前に見せてやろうッ! 数多の人々の期待を背負った、英雄としての力をなァァァァアアアッッッ!!!」
高らかに拳を掲げるや、リゼの背にあった『漆黒の太陽』が天に向かって昇っていき、本物の恒星と見紛うほどの巨大さにまで膨張していった。
その圧倒的な輝きを前に、ヤルダバートは確信する。次なる一撃こそ、リゼ・ベイバロンの全力全開。奴は決着をつける気だと――!
ならば負けるわけにはいかなかった。リゼの指摘した通り、ヤルダバートにとってはこの決戦こそが生涯の全てなのだ。
百三十年待ち続けてきた最高の相手に、通過点だと見下されたまま終わって堪るか――ッ!
『いいだろうッ、我が宿敵よォオオオッ!!! 貴様が未来しか見ていないというのなら、儂は全力で貴様を振り向かせて見せようッ!
たとえ世界が終わることになってもなァァァアアアアアアアッッッ!!!』
咆哮を上げる狂気の女神。彼……あるいは彼女が柔らかな両胸を掴んで押し広げると、そこからはリゼと同じく白き光を放つ球体が姿を現した。
それは女神と化したヤルダバートの心臓部。巨大な身体を動かすためのエネルギー源である核融合炉であった。
天に昇っていく光球に向かってヤルダバートは手を伸ばすと、全ての魔力をつぎ込んで暴走させるッ!
『さぁ見るがいいッ! 我が生涯の全てを懸けた魔法をなァァァアアアアアアッッッ!!!』
熱暴走を起こした光球は留まることなく膨張し続け、ついに惑星と同じ巨大さになり、放たれる熱によって海が急速に干上がっていく。
まさに世界を終わらせる魔法だった。その一撃が放たれた瞬間、この星は宇宙から消え去ることだろう。
――だが、しかし……!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
『なっ、なにィイイイイイイイイイッッッ!!?』
ヤルダバートは絶叫する。この惑星を飲み込むほどの核融合光を生み出した自分に対し、リゼ・ベイバロンの黒き光球は、さらにそれを超えて膨張し続けていたからだ――!
『あっ、ありえない、ありえないありえないありえないッ! 何なのだソレはッ!? 何だというのだ、貴様のその魔力量はッ!?
そんな力、とても人間一人が持つものとは……ッ!』
「いいや、一人じゃないさ。何せ俺には、みんながいるからなぁ――!」
リゼの言葉を受け、ヤルダバートはハッと地上を見下ろした。
そこには……リゼを助けるために集まった者たちが、懸命に彼の勝利を願っていた。
「リゼ殿、どうか女神に勝ってくれ! 獣人族全員の命運を貴殿に託そう!」
「信じておるぞ、我が盟友よ! 一発派手に決めるがいい!」
「リゼお兄様、どうか母上になった父上を終わらせてあげてください……! もうこれ以上ボクは見ていられないッ!」
イリーナやホーエンハイム、そして涙で顔をグチャグチャにしたヨハン王子をはじめとして、数多の人々がリゼを応援し続ける。
それに呼応するかのように、リゼが生み出した漆黒の太陽はさらに巨大さを増していった――!
「信じていますリゼ様! どうか私たちを、希望の明日へと導いてくださいッ!」
「ああ……ありがとうなアリシア、それにみんなも! お前たちの全部は俺が預かったッ!」
数十億の想いを受け――ついにリゼの回復魔法は、『核分裂』という領域すらも突破する!
牛肉に対する細胞分裂速度が数兆倍を超えて京、垓、那由他の域へと到達し、さらにそれすらも超越して無量大数へと至ったのだ――!
それはすなわち光速の世界への入門! 巨大な牛肉の塊が光の速さで燃焼と細胞分裂を繰り返したらどうなるか、そんなことは幼児でもわかる! 次元を飲み込む超重力特異点ッ、ブラックホールが出現したのだッ!
さぁ人々よ祝うがいい! 回復魔法の究極完全超絶最終進化形態、『宇宙崩壊』魔法の誕生であるッ!!!
『なッ、なんだそれはぁあああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?』
「うおぉおおおおおおおおおッ!!! 現れるがいい!!! 世界終焉・ブラックホール牛ィイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!」
リゼの掲げた拳の先――太陽よりも巨大な存在と化した漆黒の牛肉の塊は、数多の惑星を吸い込みながら形を変えていき、やがて一匹の牛の姿となった。
宇宙に爆誕した超銀河級牛は感情のない家畜特有の目で、巨大なはずのヤルダバートをじっと見下ろしてくる。
『あッ、ぁああぁぁ、あああああああぁあぁぁぁぁぁあああ……ッ!?』
ああ、もはや術式のスケールが違う。とても競い合えるレベルではない。
――今まで多くの人間たちにそんな絶望を刻んできた暴君・ヤルダバートは、空いっぱいに広がった牛の眼光を前に、初めて敗者としての気持ちを味わうのだった。
「さぁヤルダバート、ブラックホールの果てに消え去るがいい! 向かう先は宇宙の果てか、あるいは時間の果てかは知らないが、その最果てで命の大切さを学んでくるんだなァ――ッ!!!」
呆然とするヤルダバートに向かって、惑星を舐め転がすほどの巨大な舌が伸びてきた。
それはヤルダバートの巨体をいともたやすく絡めとると、胃袋の中へと飲み込んでいく――!
『ハッ、ハハッ、ハハハハハハハハッ! あぁ、これが力かッ!? これが何者も抵抗できない、真なる最強の力だということかァァアアアアアッ!!?』
半狂乱になりながら空の果てへと吸い込まれていくヤルダバート。
唾液まみれの舌に包まれながら、彼は最後にようやく気付いた。
魔力が加齢によってのみ伸びるという通説――これはとんでもない間違いだった。
リゼ・ベイバロンと彼を信じて集まってきた者たちの姿を見ればよく分かる。
ああ、魔力というどこの臓器からも発生しない、由来不明の力の源――それは、
“自分の強さを強く信じ――そして誰かから信じられることで湧き出すモノだったのか……!”
すなわち魔力とは、人々からの『信仰』によって得られるものだとヤルダバートは確信したのだった。
彼はフッと自嘲する。つまり自分は、最初からリゼ・ベイバロンに負ける定めだったのだから。
『ハハッ……儂の負けだよ、我が宿敵よ。ただ人々を恐れさせてきただけの儂に、お前という男はあまりにも不釣り合いだった――!』
とても敵うわけがなかった。なぜなら相手は、最低の土地・ベイバロンに生まれ、それでも領民を思いやる心を忘れず、絆を紡いできた世界最高の底辺領主なのだから。
そんな男の勝利を心から褒め讃えながら、最強だった魔法使いは時空の果てへと消えていったのだった。
なお、
「――うぉおおおおおおおおおッ! このリゼ・ベイバロンの勝利だぁぁあああああ!!!」
「「「リゼ様バンザァァァイッ!!!」」」
ヤルダバートが最後に見つけた魔力上昇のカラクリ。だが彼は、その最低すぎる『抜け穴』までにはこれっぽっちも気付かなかった!
「アヘッ、アヘヘヘヘッ、リゼしゃまバンザイ、リゼしゃまバンザイッ!」
「信仰します信仰しますリゼ様を信仰しますから拷問はイヤァァアアアッ!!! アリシア様やめてぇえええええええ!?」
「アビャアアアアアアアアアッ! リゼ様を信仰すればオクスリがもらえりゅぅうううううううう!!!」
……明らかに正気を失った様子の、アリシアが掻き集めてきた数十億人の者たち。
そう――心を捻じ曲げて無理やり信仰させてしまえば、絆なんて紡いでなかろうがエネルギー源になるのだッ!
そしてリゼの領民の思いやる心だって怪しいものだ。今は勝手な使命感を燃やし、誰からも頼まれてないのに平和のために暴走しているが、彼は元々「平和で腹いっぱい食える生活をしてぇなぁー」というショボすぎる理由を元に民衆たちに媚を売り始めただけの存在である! というか本当に思いやる心があったら放射能なんてバラ撒くわけがないッ!
実のところ、『竜の因子』を取り込んだ者たちは抵抗力が上がったことで被爆するのを防いでいるが、他の世界中の人間たちはこの最終決戦のおかげで、地震で死ぬわ末期ガンになるわと大変なことになっていた。
そんなわけで、人類の数割はリゼ・ベイバロンの奴隷となり、残りはほとんど死んでしまったことで――、
「――というわけでお前たちッ! 今日からこの俺が、世界の支配者だァァァアアアア!!!」
「「「リゼ様バンザァァァァァァァイッ!!!」」」
……誰からの反対も受けることなく、宇宙を吹き飛ばす力を持った馬鹿は、惑星皇帝に就任してしまうのだった。最悪であるッ!
・リゼの勇気が世界を救うと信じて……ここまでありがとうございました――!
次回、後日譚です! 9月4日に投稿しようと思っています!
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