第三十四話:王様が壊れた!
熱中症になると脳細胞が壊れるそうです。みなさんもリゼくんみたいにならないよう気をつけてください
「――ごめんなさい、リゼお兄様……! ボク……あっけなく負けちゃって……」
「もういい、喋るな。お前はよく頑張った」
旧領主邸の一室に、ヨハンの嗚咽が響き渡る。
(俺の城をぶっ壊しやがった)コイツを治療してから丸三日。全身ミンチだった状態からようやく目を覚ましたヨハンは、俺に何があったかを語ってくれた。
――なんとこの国の王であるヤルダバートは、実の息子であるヨハンをガチで殺そうとしやがったというのだッ!
ってなんだそりゃっ、頭おかしいんじゃねぇのッ!? ちょっと親子喧嘩を挑まれたからって、子供を殺そうとする親がいるかよッ!
父親だったら息子の癇癪くらい笑って受け入れてやるべきだろう……! 少しドラゴンの力を持ったバケモノになって俺の回復魔法と暗黒宗教のマインドコントロールで憎悪が爆発してたとしても、そこらへんは父親パワーでどうにかして丸く収めてやるのが親の務めだろうが! 俺は父親じゃないからどうやるのか知らんけど!
現に俺が洗脳強化した他の少年貴族たちは、『家督がもらえて嬉しいです!』『もう永遠に馬鹿にされることがなくなりました!』『口が悪くてすぐに手を出してきたお父様も、今は静かに僕のことを見守ってくれています!』って、家族と和解したっぽい手紙を送ってきてくれてるからな!
俺が教育してやった子供たち、きっと喧嘩の末にお父さんと仲良くなったんだろうなぁ~。雨降って地固まる。それが理想の親子喧嘩の形ってわけだよ。
だというのにヤルダバートは、幼い子供を傷付けやがってッ! なんて酷いやつなんだ! たとえ教育のつもりだったとしても、やっていいことと悪いことがある! 常識ってやつを知りやがれッ!
――ベッドに横たわったヨハンの頭をそっと撫で、俺は心から強く想う。
『真の王』とは暴力ではなく対話によって道を切り開いていくものだ。モラルが欠如し、命の大切さもわからない馬鹿野郎など、王としても人間としても完全に失格である。そんな野郎が治めている国は近いうちに滅びるか、あるいはもっと最悪なことに、世界の秩序を乱す諸悪の根源となるだろう。
ならばどうする? 決まっているッ!
「俺は決意したぞ。――ヤルダバート王をブチ殺し、俺が新たなる王になるッ!」
それで悪い奴らを皆殺しにしてリゼくんが世界を平和にしてやるんだ!
うおおおおおおお燃えてきたッ! 底辺領主だった俺の手に世界の命運がかかってるなんて最高じゃねぇかッ! きっと親父もあの世で嬉し泣きしてるぜッ! アナタの作った常識的な息子は今から王様をぶっ殺しまーす!
「――と、いうわけだ。お前たちにも付き合ってもらうぞッ!」
『オオオォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!!』
陽光の差し込むテラスの扉を開けると、そこには数十万人にも達する『ベイバロン』の領民たちが詰めかけていた!
その全員が漆黒の鎧に身を包み、領主邸一帯はまるで黒竜の鱗のような凶悪な逆光を放っていた。かつてドラゴンが支配していた鉱山の鉄を全て採取し、ドワーフ族に造らせたものだ。
「リゼ様ッ! 我らに出陣の号令をォオオッ!!!」
「傲慢なる王に裁きをッ! 絢爛たる王都に災いをッ!」
「おおおぉリゼ様ッ! 疎まれ、蔑まれ、辺境へと追放された我らを導いてくれた救世主よッ! 今こそ貴方が王となる時ッ!!!」
激情の叫びを張り上げながら、瞳を黄金色に輝かせる領民たち。ここに集まった数十万全員が、すでに『竜の因子』を含んだスネイルの樹液を摂取済みだった。一部の者は因子に飲まれて本物のドラゴンに変わっちゃったけど、まぁ俺に従順だから別にいいだろう。
俺はテラスに出ると、拳を掲げて領民たちへと謳い上げる。
「――我が誇るべき同胞たちよ、『聖戦』の時はやってきたッ! 邪知暴虐なる魔王の手より、偉大なる王位を奪い返すのだァァアア!」
『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッッッ!!!』
俺の言葉にさらに瞳をギラつかせ、雄叫びを上げる領民たち。そんな彼らを見つめながら俺は思う。
俺は……リゼ・ベイバロンは、純粋にヤルダバート王のことを信じていた。
たとえ最悪の領地・ベイバロン生まれの底辺領主だろうが、心から真剣に国のために奉仕し続ければ、きっと王様はお褒めの言葉をくれると思っていた。
だからこそ、忠誠心を表すために王城のデザインを丸パクリした城を建てたり、努力して緑豊かにした土地を見せるために王様を呼びつけたり、生意気だったヨハン王子を洗脳調教して立派な戦士に仕立て上げたのに――ヤルダバート王は俺の期待を裏切りやがったァァァアアッ!!!
ヨハンのやつをブン投げて、みんなが建ててくれた俺の城をぶっ壊しやがったのだッ! 超従順な忠臣のリゼくんに対してそれはないだろォ!?
はー……改めて考えたらクッソムカついてきた。恩を仇で返すとかマジで人としてどうかと思うよ?
ていうかIQ9999999999の俺をいつまでも底辺領主のままにしておく時点で最低最悪なんですけど? 普通だったらリゼくんが産まれた時点で「あっ、この世にやべー天才が現れた!」って察して俺を王家に迎え入れるのが常識だよね???
というわけで、ヤルダバートの野郎はもう容赦なくぶっ殺してヨシってことだッ!
もはや対話の余地なんてあるもんかよ。『真の王』とは強き殺意と暴力によって道を切り開くものだからなッ!
忠誠心を踏みにじられた俺の怒り……その身を以って思い知るがいいッ!
「――さぁベイバロンの使徒たちよ、俺に力を貸してくれッ! 怨嗟と憎悪の炎を滾らせ、共に栄光を勝ち取ろうッ!
絶対的なる勝利を手にし、この地を新たな『王都』とするのだ――ッ!!!」
『うぉおおおおおおおおおッ! リゼ様万歳ッッッ!!!』
よっしゃぁ、行くぞみんなァ! そして待ってろよ、世界中の人々よッ!
このリゼ・ベイバロンが王様になった暁には、みんなの国も征服して平和にしてやるからなーーーーーーー!!!
ベイバロン領だけじゃなくて世界平和のことまで考えてるとか、リゼくんってば天国行き不可避だねっ!
◆ ◇ ◆
「あぁ、リゼ・ベイバロン……百三十年かけて見つけた儂の宿敵よ。お前は今、何を考えているのか……!」
――ベイバロン領より遠く離れた王都の地にて、ヤルダバート王は熱を帯びた溜め息を吐いた。
長い年月をかけてようやく現れた理想の宿敵。その存在との邂逅を前にして、もはや胸の高鳴りは止まらなかった……!
だが、ここで焦りは禁物だ。最高の男と最高の舞台で果たし合うためには――まずは場を温めるための端役というものが必要になるだろう。
胸を躍らせるヤルダバートに、数多くいる王子の一人が声をかける。
「――我が父王、ヤルダバート様。進撃の準備が整いました」
「うむ」
王子の言葉にゆっくりと頷くヤルダバート。
彼の眼前……崩壊した城の中庭には――白き鎧を纏った数百万の大軍勢が、所狭しと詰めかけていた……!
リゼとの決戦を盛り上げるために、ヤルダバートは風の魔法を応用してリゼ以外の貴族たちへとこう呼びかけたのだ。
『反逆者の軍勢を討ち滅ぼすべく、民衆を率いて我が下に集結せよ。なお三日以内に顔を出さなかった者は、爵位を剥奪して処刑する』――と……!
そんな無茶苦茶な国王の声に応え、国中の貴族たちは血眼になって王都へと集まった。
無理な行軍によって何千頭もの馬が潰れ、何万人もの民衆が体調を崩し、さらには周辺諸国に対する防衛線が完全にがら空きになってしまったが、ヤルダバートはまったく気にしていなかった。
「ふはははッ! よく集まったのぉ、戦士たちよ!」
……息も絶え絶えな人々を前に、どこまでも上機嫌に両手を広げるヤルダバート。
この狂気的な男にとっては、人の命も国自体も、自分を楽しませるための道具でしかないのだ。
(ああ、いよいよじゃッ! リゼ・ベイバロンよ、いよいよお前と会えるのォ!)
ヤルダバートは恋する乙女のような表情で、リゼの人柄を夢想する。
(竜になったスネイルに立ち向かい、民衆たちを助けたという英雄的行動……王を領地に呼び付けるというあからさまな反逆の意思……王子ヨハンを殺人生物に改造して刺客として送り返してくる圧倒的殺意……さらには民衆第一主義の『デミウルゴス教』と結託し、その教えを広めているという話も……!)
ああ、間違いない。それらの情報からヤルダバート王は結論付ける。
――リゼ・ベイバロンという男は、どんな手を使ってでも国を変革すると誓った『正義の使徒』であるとッ!
貴族絶対主義のこの国を変えるためならば、きっとリゼ・ベイバロンは地獄に堕ちても構わないと思っているのだろう! そもそも王に喧嘩を売ってくる者など、覚悟を決めた反逆者か何も考えてない幼児くらいだ。もちろん前者だとヤルダバートは信じている!
そんな相手だからこそ、ヤルダバートの心は燃え上がるッ!
(うぉおおおおおおおおおおッ! リゼくんよォ!!! おじいちゃんといっぱい殺し合おうなぁッッッ!!!)
――かくして、遠く離れた場所で共に戦意を燃やし合うリゼ・ベイバロンとヤルダバート。
何も考えていない幼児並みの頭脳を持つ男と、脳みその腐った超弩級の老害は、数百万の罪なき民衆を巻き込みながらついにぶつかり合おうとしているのだった……! 最悪である。
リゼくん「俺は正義だぞ」
ラスボス「リゼくんは正義だぞッ!」
はい正義決定!!!ありがとうございました!!!!!
というわけであと2話くらいで本編完結です!!!すまねぇ編集、頑張ったけど1話も引き伸ばせなかったわ!でも努力した姿勢だけは褒めてくれ!!!
みなさまのご評価にご感想、お待ちしてます!!!!あとブックマーク!!!




