第三十一話:宗教を壊そう!
「――ま、待つがいい息子よッ! わたっ、私たちは家族だろう!? 話し合おうッ!」
「うるせぇ死ねぇえええええええええええええええッッッ!!!」
「ぎゃぁぁぁあああああああああああッ!?」
絶命の叫びが豪奢なる領主邸に響き渡る。今宵もまた、いくつもの首が千切れ飛び、その数だけ新たなる領主が誕生したのだった。
ベイバロン領で開かれたパーティーより数日――グノーシア王国は荒れに荒れた。
リゼによって洗脳・改造された少年たちは、それぞれの領地に戻るや現領主である父や兄たちを滅殺し、力づくで家督を奪い取っていったのだ。
むろん領主たちはそんな彼らを返り討ちにしようとしたが、『竜の因子』を取り込んだ少年たちは無敵である。筋力と魔力を何倍にも増強され、そしてリゼによって解放された憎悪の想いを燃やした彼らの前には、抵抗も命乞いもまるで無意味。次男以降の子を冷遇してきた結果の、これが当然の末路であった。
こうして、リゼ・ベイバロンの暴虐によって貴族社会が崩壊の兆しを見せていく中、民衆たちの間にも変化があった。
「――人々よ、創造神デミウルゴス様を崇めるのですッ!」
「女神ソフィアなどという存在は、王家の作り出した幻! 真なる神は人の上に人を作らず!」
「魔法の才とは、愛を持って人々を導くためにこそ与えられたものなのです! さぁ皆さま、デミウルゴス神に信仰をッ!」
街頭で声高らかに吼え叫ぶ黒装束の者たち。
“魔法とは貴族だけに与えられた神の力。平民ごときを慰撫するために使うべきにあらず“と謳うソフィア教とは真逆で、“民衆のために魔法を振るってこそ、真の貴族である”と定めた『デミウルゴス教』なる存在が、急速に勢力を広げ始めたのだ。
当然ながら、民衆たちはこれを快く受け入れた。魔法の力で自分たちの生活をよくしてくれるのならば是非もない。元よりソフィア教に対してはあまり関心がなかった民衆たちにとって、デミウルゴス教の教義はとてつもなく魅力的だった。
さらには新領主たちがこぞってデミウルゴス教を支持し、その教義を実践していくと表明しだしたことで、人々は次々に新たなる宗教へと入信していったのだった。
かくして時代は動き始める。
飼い主と家畜のような関係が普通だった貴族と民衆たちが、信仰を同じくすることで心を共にし、結束を固めていくという新たな形が生まれ始めたのだ。
人々は魔法の力で生活を助けてくれる新たなる領主を心から慕い、今まで家族から冷遇され続けてきた少年領主たちはそんな人々の感謝の声に喜びを見出し、各地に笑顔が溢れていく。
まさに両者両得の関係である。デミウルゴス教を中心として、国は地方から変わりつつあった。
当然ながらこの事態に、かつての領主たちから多額の寄付を得ていたソフィア教の上級司祭たちは抗議の声を上げるものの――その直後には謎の失踪を遂げ、デミウルゴス教は何の障害もなく信仰の手を広げていくのだった。
◆ ◇ ◆
「――はっ、放せぇ! ソフィア神の使徒である私たちにこんなことをしてもいいと思っているのかぁ!?」
「神の罰が下るぞッ!」
……ベイバロン領の地下深く。光の届かぬ地の底に造られた礼拝堂に、ソフィア教の司祭たちは囚われていた。
どうにか脱出せんともがくものの、身体を木椅子に縛り付けた荒縄はビクともしない。それどころか動くたびに皮膚を削られ、身に纏った純白のローブに血が滲んでいく。
そんな彼らの怒り狂った有り様に――可憐なる銀髪のシスターが、クスリと小さく微笑んだ。
「うふっ、うふふふふ! はてさて、こうして貴方たちを拉致ってからそこそこ時間が経つというのに、未だに罰は下らないみたいですね~!
ねぇ……一体いつになったらソフィア神さまは助けに現れるのか、このアリシアに教えてくださいな?」
「っ、小娘……キサマぁ……!」
青き瞳に嘲りの念を宿した少女――デミウルゴス教の指導者・アリシアに対し、司祭たちはさらに表情を歪ませていく。
「ええい、調子に乗るなよ邪教徒がッ! デミウルゴス教の存在なら知っておったぞ。各地で追い立てられていた弱小宗教であろうがッ!」
「ここ半年ほどはまったく噂を聞かず、ついに滅びたと思いきや、まだのさばっておったかッ!」
「国教であるソフィア教に属する我らに逆らっていいと思ってるのか!? このような暴挙、ヤルダバート王が許さぬぞッ!」
怒りの言葉を吐き散らす司祭たち。“王家から保護を受けている”という立場が、彼らの心を支えていた。
特にヤルダバート王は熱心にソフィア教を支持し、彼が王になってから百年ほどの間に、ソフィア教の司祭たちは貴族も同等の権力を手にしていたのだ。そんな彼らの肥え太った自尊心が、こんな状況になってなお口を雄弁に動かせる。
「ヤルダバート王は国の安寧を第一に考えた素晴らしきお方だ。すぐにこの異常事態に気付き、我らを救助すべく大量の騎士たちを寄越してくれるだろうッ!」
「そうなれば貴様らデミウルゴス教は終わりだぞッ! さぁ小娘よ、さっさとこの拘束を解くがいい!」
そんな、あくまでも自分たちが優位であると疑わない司祭たちに対し――アリシアは深く溜め息を吐いた。
「……さっきから聞いていれば“神が、王が”と、上位の存在に縋ってばかり。貴方たちは自分じゃ何にも出来ない赤ちゃんなんですかねぇ……」
「な、なんだと貴様ぁぁああッ!?」
アリシアの言葉に激高する司祭たち。だが、そんな彼らの怒声は長くは続かなかった。アリシアの手が一瞬閃くや――司祭たちの喉に、銀色のナイフが突き刺さっていたのだから……!
「がっ、がふぅうううううッ!?」
「ぎぐぃいいいッ!? がぁッ……!?」
ナイフの刺さった傷口から血の泡を吹き、苦しみもがく司祭たち。声にもならない絶叫が地下礼拝堂に響き渡った。
「うふふ……あんまり動いたら傷口が広がって、完全に呼吸が止まっちゃいますよぉ?」
強制的に喋る機能を奪われ、静かになっていく司祭たちに対してアリシアは楽しげに微笑んだ。
彼女はいつの間にか手にしたナイフを弄びながら――死んだ瞳で静かに語る。
「……貴方たちの言う通り、デミウルゴス教は弱小宗教でした。王に保護されたソフィア教とは逆で、まるで毒虫のように国から追い回される始末。殺しの技術の一つや二つも身に付けていなければ、とっくに死んでいましたよ。
ああ……信徒たちにはとても話せないんですけどね、わたしはデミウルゴス教の指導者の娘に生まれたことを後悔していました。わたしを産んでからすぐに殺されてしまった両親を怨み……デミウルゴス神という居るかどうかもわからない存在を憎んでいました」
神の存在への疑い。それは、宗教を統べる者として決して行ってはいけない大罪だった。
国から疎まれる邪教に生まれ、若くして信徒たちを率いなければいけなくなった重圧は、それほどまでに彼女の心を追い詰めていたのだ。
だがしかし、アリシアは今だからこそ断言できる。この世に神はいるのだと!
「でもそんなある日――わたしは出会ったんです! リゼ・ベイバロン様という、優しくて聡明な素晴らしき人に!
彼は貴族の身でありながら、わたしたちデミウルゴス教の存在を受け入れてくれました。教会をくれて、布教の自由をくれて、最高に刺激的で楽しい日々を与えてくれたッ!
だから今は、創造神デミウルゴス様にはとーっても感謝してるんです! だって、神よりも素晴らしきリゼ様をこの世に創り出してくれたんですから! もう信仰心が溢れて止まりませんッッッ!!! 感謝のしるしに全人類をデミウルゴス教に染め上げてみせますよーーーーーーー!!!」
「ッッッ……!?」
死んだ瞳から一転して、狂喜の笑みを浮かべながら語るアリシアに司祭たちは総毛立った。
この女は明らかに心が壊れている。稀に教徒の中にはそんな存在が居たりもするが、指導者たる立場の女が狂気に飲まれているのは不味すぎる――!
司祭たちは冷や汗を流しながら、彼女の語る『リゼ・ベイバロン』という男に戦慄した。
“正気を失った宗教指導者なんてものを支援するなど、いったい何を考えているんだ!?”と。
狂気というものは伝染する。そしてそれは、とりわけ信仰心という思いと極めて相性がいい。
……絶句した司祭たちの脳裏に、布教のために嬉々としてテロ行為を働くデミウルゴス教の者たちの姿がありありと浮かび上がった。
“――ああ、間違いない。リゼという男はこの頭のおかしい女を利用し、国を支配するつもりなのだ!”
そうとしか思えなかった。狂った宗教指導者を支援するなど、テロを考えている大悪人か何も考えていない幼児だけだ。間違いなく前者だと司祭たちは確信していた。
そんな彼らに対してアリシアはニッコリと微笑むと、豊かな胸元から何本もの注射器を取り出した。
「うふっ、うふふふふふッ! さぁさぁこれから手術の時間です! 心に作用すると思われる薬を何十種類か調合してみましたので、全部ブチ込んで良い子さんに生まれ変わりましょうね~?
神様よりも大好きなリゼ様にいーっぱい愛してもらうために、アリシアがんばっちゃいまーす!!!」
「ゃ、ぁ、めッ、やめろォオオオオオオオオオオオッ!!?」
傷付いた声帯を死力で震わせ、絶叫を上げる司祭たち。
だが当然、リゼ・ベイバロンの言葉以外は全く耳に入らないアリシアに対して、その叫びが届くことはなかった。
「うふふふふ! 精神改造薬を作りたいって言ったら何も聞かずにお金を出してくれましたし、リゼ様もこうすることを望んでいるはず! 彼とわたしは心で通じ合っているのですッ!」
かくして――頭がからっぽの支援者を得た頭がおかしい宗教指導者という最悪の存在は、嬉々として人体実験を開始するのだった……!
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