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第二十六話:神話を作ろう!




「だっ、誰か助けてくれぇぇぇえええええッ!!!」


「ガァァァァアアアアアアッ!!! ニクッ、ニクゥウウッ!!!」



 ――それはまさに地獄の光景だった。建物は焼け落ち、路上は血に塗れ、廃墟と化した街を人型のドラゴンどもが彷徨さまよい歩いていた。


 突如として襲来してきた『竜魔人』たちの暴虐により、ジャンゴ領の民衆たちはもはや全滅寸前だった。

 生き残ったわずかな者たちは瓦礫の隙間に身を竦め、ただひたすらに脅威が過ぎ去るのを待ちわびる。


「か、神様……ソフィア様、どうかお助けをォ……!」


「ちくしょう、どうしてこんなことに……!」


 竜魔人どもの力は強大である。人を超えた筋力と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、さらには噛んだ者を同族に変えてしまうという異能の前には、民衆たちは成す術がなかった。


 ……本来ならばこういった事態に陥った時、『魔法』という超常の力を持った領主が全てを解決する役目を担うのだが――、



「――ギギャグヒィイイイイイイイイッ!!! ゴロスゥウウウッ!!! リェベェバォンゴロズゥゥウウッ!!!」



 もはや、民衆たちに希望などなかった。なぜならジャンゴ領の主君であるスネイル本人が、体長百メートルを超えるほどの『人面竜』となって竜魔人どもを率いていたのだから……ッ!


「神様ぁ……あぁ、神様ぁ……ッ!」


 ああ……どうしてこんなことになってしまったのだろうか。人々は憐れに泣き叫び、ただただ神に祈ることしか出来なかった。

 だが――無慈悲なる神は一向に舞い降りる気配を見せず、数万体を超える魔の軍勢は次々と民衆たちを魔性に染め上げていった。


「ギギャァアアアッ!!! ニンゲンッ、喰ウッ!!!」


「ひぃいいっ!? 誰か、誰かぁぁああっ!?」


 この世に神はいないのか。自分たちはこのままモンスターに変えられてしまうしかないのか。

 凄惨すぎる現実を前に、ジャンゴ領の人々が諦めかけていた――その時、



「――そこまでだッ!」



 絶望と慟哭に支配された街に、凛とした声が響き渡った。

 かくして異変は巻き起こる。突如として大地から数千本の大樹が生え、竜魔人の軍勢を吹き飛ばしていったのである――ッ!


 

「グギャヒィイイイッ!!? イダィイイイイッ!!?」


「なっ、いったいこれは……何が起きたんだ……!?」


 突然の現象に驚愕しながら、身を潜めていた人々は声のしたほうを見た。



 はたしてそこには……鋭い瞳に怒りの炎を宿した、一人の男が立っていたのである。



「我が名はリゼ・ベイバロン。悪しき邪竜の軍勢よ……お前たちの暴虐は俺が食い止めるッ!」



 リゼ・ベイバロン――彼がそう名乗った瞬間、竜魔人どもの気配が変わった。

 けたたましい雄叫びを上げながら、一斉にリゼへと襲い掛かっていくッ!


 だがしかし――彼が手をかざすや、地中からさらに大量の大樹が生えていき、スネイルを含めた数万体のモンスターどもを突き上げていった――ッ!



「アギャァァァアッ!?」


「それ以上罪を重ねるな。――いま、俺が助けてやろう」



 民衆たちが呆然と見る中、さらなる奇跡は巻き起こる――!

 その男から白き光が放たれると、周囲に転がって呻いていた竜魔人たちの身体が、徐々に人間へと戻っていたのである……!


 さらに民衆たちは気付いた。必死で逃げ回って擦り傷にまみれていた自分たちの身体が、全快していることに。

 中には竜魔人の吐く炎によって全身を炙られていた者すらも、リゼ・ベイバロンという男は一瞬にして治して見せたのである。

 


「い、いったい何なんだ、あの人は……!?」


「竜魔人たちを人間に戻し、半死半生の者すら治しただと……っ!?」



 民衆たちは戦慄する。

 それは明らかに、魔法の領域を超越した力だった。刹那の内に数百人の傷を癒し、魔性に犯された者すらも救ってみせるなど、まさに奇跡としか呼びようがないだろう……!


 それほどの力を操る存在が助けに来てくれたという事実が、絶望に沈んでいた人々の心を揺れ動かした――!


「ぁっ、あぁぁあああああッ! リゼ・ベイバロン様ッ! どうか我らをお救いくださいッ!」


「モンスターにされてしまった家族を、友人を、どうか助けてやってくださいッ!!!」


 必死に叫ぶ民衆たちに、リゼ・ベイバロンという男もまた力強く頷く。


「安心しろ。――邪悪なる魔法使い・スネイルが起こしてしまったこの事件、同じ貴族である俺が必ずや解決してみせるッ!

 すべての人々に……幸福と平和を与えるためにッ!」

 


 かくして、ここに『神話』は幕開けた。


 数多の魔物たちがどれだけリゼに襲い掛かろうが、その攻撃が通じることはなかった。

 地中から伸びた大量のつたがモンスターたちの四肢を締めあげ、一瞬にして拘束してしまうからだ。

 そうしてリゼの放つ光に飲まれ、人間の姿を取り戻していく。


「ぁ――ありがとう、ございます……ッ! ありがとうございます……!」


「礼ならいいさ。――せっかく助かったその命、決して無駄にはするんじゃないぞ」


 竜魔人どもの爪も、牙も、リゼの進撃を止められなかった。

 彼が一歩を踏み出すたびに、魔に犯された魂が救われ、傷病者たちの痛みは消え去り、焼け焦げた大地は草木の生い茂る草原となっていた。



 ああ、生命の奔流が止まらない。死の空気に満たされていたジャンゴ領の地が、瞬く間に蘇っていく――!



「ありがとう、ありがとう……っ!」


「ありがとうございます……ッ!」


 もはや悲鳴も慟哭もあらず。リゼが歩いた跡に残るのは、感激にむせび泣く人々の感謝の声だけだった。

 ここに民衆たちは確信する。彼こそまさに、この世界の『救世主』だと――!



「よく聞くがいい、民衆たちよ! お前たちをこんな目に遭わせたのは、力を求めて竜の血を取り込んだ大罪人、スネイル・ジャンゴという男だッ! 奴はお前たちをモンスターに変えて支配し、この世界を乗っ取ろうとしていたのだッ!

 これが許せるかッ!? この悪逆をお前たちは許容できるか――ッ!?」


「「「許せないッ! 許せるわけがない!!!」」」


「ならば人々よ、涙を拭って立ち上がれッ! 怒りのままに声を上げろッ! 復讐する権利がお前たちにはあるッ!」



 リゼが拳を突き上げた瞬間、人々の身体に変異が起こった。

 その全身が光に覆われ、爆発しそうなほどの力がみなぎっていったのだ――!


「う、うぉおおおおおおおおおおッ!? 力が溢れるぞォオオオッ!!!」


「す、すげぇッ! これなら何でも出来そうな気がするぜぇえええ!!!」


 数百倍の筋力を得た民衆たちの行動は、至ってシンプルだった。

 彼らは巨大な瓦礫や家を持ち上げると、怒りと憎悪に満ちた瞳で、横たわっている≪邪悪竜・スネイル≫をにらみつける。


「お前のせいで俺たちは辛い目に……ッ!」


「殺してやる、絶対にブチ殺してやるぅううううううううッ!!!」


 激情の咆哮と共に、民衆たちの攻撃は始まった――ッ!

 瓦礫が、岩が、家が、木が、巨大な竜と化したスネイル目掛けて飛んでいくッ! 直撃するたびに激しい衝撃音が響き、スネイルの口から絶叫が響いた!


「グギャァアアアアアアアアッ!!? ギ、ギザマラァァアアッ!?」


「うるせぇ死ねぇ! 世界の平和はオレたちが守る!!!」


 民衆たちに遠慮などない。

 元よりスネイルは、廃鉱山を乗っ取ったドラゴンを鎮めるために人々を生贄に捧げていたのだ。積もり積もった憎しみは莫大である。

 さらに――そのドラゴンの力を取り込んで、世界を乗っ取らんとしていた()()()というなら、慈悲をかける必要など皆無だ。

 民衆たちは怒りと憎悪と正義の心を熱く燃やし、邪竜に向かって家を投擲し続けたッ!



 そんな彼らの反逆に、スネイルの中に残っていた自尊心が爆発した。

 貴族に逆らう愚民どもを滅殺せんと、巨大な腕を人々に向かって振り上げる! だがしかし――、



「させるものか――騎竜部隊、爆撃開始ッ!!!」



 それを許すリゼではなかった。彼の命令に応え、天から降り注いできた無数の『何か』がスネイルの身体を吹き飛ばしたのだッ!

 ドゴォオオオオオオオオッ! という爆発音が街中に響き渡り、そのたびにスネイルは激痛に悶えた。


「なっ……いったい、何が……!?」


「空から何かが落ちてくるたび、スネイルのアホが爆発してやがるぞッ!?」


「なんだよこれは!? なんかの魔法かぁッ!?」



 突然の出来事に、思わず人々は空を見上げ――そして、驚愕した。



 そこには、ジャンゴ領の空を埋め尽くすほどの黒龍の群れがいたのだから――ッ!



 しかもさらに驚くことに、ドラゴンたちの口には手綱付きのくつわが嵌められ、筋骨隆々とした人間たちがまたがっていたのである!



「なななっ、なんだアイツらはぁぁああッ!?」


「人間がドラゴンを従えてるだとぉ!?」



 それはあり得ない光景だった。最強の種族であるドラゴンが人間などに従うわけがないのだ。

 だがしかし、突如として現れた軍団が竜を自在に操って空を駆けているのは事実だった。そうして上から一方的に、スネイルの巨体を爆撃していく――!



「ガギャァアアアアァァァアッ!!?」



 突如として展開された蹂躙劇に、スネイルは為す術がなかった。

 “噛み付くことで相手を同族に変えてしまう異能”――常時回復魔法がかかった細胞を植え付け、対象の肉体を乗っ取ってしまう力は、あくまでも接近戦でのみ有効となるものである。上空からの絨毯爆撃となればまるで意味がない。


 上からは爆撃を受け、正面からは攻撃を再開した民衆たちに家をぶつけられ、スネイルの巨体は瞬く間に傷だらけになっていく。


「グギィイイイイッ!? オノレェ、オノレェエエエッ!!!」


「どうだ、見たかスネイルよ! これが本物の絆の力だッ!」



 まさに神話の一ページのような光景だった。


 リゼ・ベイバロンという男の指揮の下に、人間とドラゴンの群れが力を合わせて邪悪なる魔龍を討たんとしているのである。

 全員の瞳が正義の想いに輝いていた。リゼを筆頭に、“スネイルは悪だ。自分たちは正義だ”と迷いなく決めつけ――完全に状況に酔いしれていた。


「さぁ人々よ、魔龍を殺して世界を救えッ! お前たちこそが英雄になるのだッ!!!」


『オォォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』



 瞳を輝かせながら暴走する者たちを前に、わずかに残ったスネイルの自我が戦慄する。



 “こいつらは一体何なんだ!? というか世界がどうたらと言ってるが、いったい何のことなのだ――!?”



 スネイルはひどく混乱した。……当然である。彼はリゼに復讐しようとしていただけで、世界を乗っ取る気なんてこれっぽっちもなかったからだ。むしろベイバロン領から飛んできた謎のドラゴンに身体を犯された完全なる被害者である。


 だがしかし、リゼの口車に乗せられた人々は、スネイルが世界を支配しようとしている邪悪な存在であると信じ込んでいた。そして何よりもリゼ本人が本気で信じきっていたのだからもはやどうしようもない。


 かくして、リゼのせいで『世界を支配しようとしている大罪人』だと思われていることを感じ取ったスネイルは――心の底からブチ切れたッ!



「ギザマァアアアアアアアアアアッ!!! リゼ・ベイバロンッッッ!!!」


 爆撃の雨を無視し、家を投げつけてくる民衆たちを吹き飛ばしながら、スネイルは猛烈な勢いでリゼに迫っていくッ!

 この鬼畜極まる男を殺さなければいけないッ! ここでこいつを殺さなければ、間違いなく何か悪いことが起こるッ!

 そう確信めいた予感を胸に、ついにスネイルはリゼの眼前へと差し迫った! 大きく口を開け、莫大な熱量の炎をリゼに吐きかけんとする――ッ!


 

 だが、



「殺されてなるものか……この世界は、俺に平和にされることを願っている!!!」


 “願ってねぇよッ!”と思ったスネイルの口の中に、リゼは肉片を投げつけた!

 それは一瞬にして数百体の『牛』となり、スネイルの喉をふさぎきる! 放たれようとした炎が牛の群れによりせき止められ、スネイルの口内が爆発した!


「グゴォオオオオオオオオッ!!?」


「モォ~!」


 こんがりと焼けた牛を吐きながら悶絶するスネイルに、さらなる脅威が襲いかかる!

 リゼが地面へと両手を当てるや、地面から無数の木の根が生えてきてスネイルを突き刺していったのだ! それらは生き物のようにうごめきながら、急激な勢いでスネイルの生命力を吸い上げていった!


「ガギャァァァアアアアアアアアッ!!!?」


「世界を支配しようとした罰だッ! スネイルよ、朽ちず動かぬ存在となり、永遠にこの世界を見守るがいい――ッ!!!」


 リゼの咆哮と共に、無数の木の根がスネイルの全身を覆い尽くした!

 そしてそのままグングンと成長し、ついには無数の民家を吹き飛ばすほどの横幅と雲すらも突き破るほどの高さを誇る、樹高数千メートルの大樹になったのである――ッ!


 莫大な再生力を持ったスネイル(とついでに牛)を取り込んだこの樹は、きっと永遠に世界に存在し続けることだろう。


「すげぇ……スネイル子爵、木になっちまったよ……」


「馬鹿な奴だぜ……世界を支配しようとした当然の報いだな」


「まぁこれからは大人しくオレたちのことを見守っててくれや……ジャンゴ領の名前は、永遠に守っていくからよ!」


 わずかばかりの感傷を胸に、大樹を見上げる民衆たち。

 そんな彼らへと、リゼは静かに口を開いた。



「お前たち――ここに戦いは終結したッ!!! だが、激戦の傷跡はあまりにも大きいッ! あらゆる民家が崩れ去り、もはやこの街は壊滅状態だ!」


 リゼの言葉に民衆たちはうつむいた。

 無事な家屋はほとんどなく、周囲は瓦礫の山となり、すっかり変わり果ててしまった光景がそこにはあった。


 ――“だがしかし”と、リゼは落ち込む民衆たちに言い放つ。


「もう一度言うぞ、民衆たちよ! ――涙を拭って立ち上がれッ!!! どれだけ街が壊れようとも、お前たちが生きているだろう!? だったら俯く必要なんてないッ!

 みんなで力を合わせて、この街を立て直してやろうじゃないか!!!」


「リ、リゼ様……っ!」


「あぁ、リゼ様の言う通りだーッ!!!」


 救世主の言葉に元気を取り戻すジャンゴ領の民衆たち。彼らは目元をこすると、晴れやかな笑顔で前を見た。

 そんな人々の表情にリゼも満足げに頷く。


「よし、お前たちにいい考えがあるぞッ! ――大樹になったスネイルをくり抜いて、みんなで中に住もうじゃないか!!!

 高さも幅も数千メートル以上ある、間違いなく世界一立派なツリーハウスだ! たくさん部屋を作ってみんなで住めば絶対に楽しいぞ!!!」


『お、おぉおおおおおおおおおおおおおッ!?』


 それは確かに楽しそうだと民衆たちは笑った。

 もはやその目に絶望はあらず。危機を退けた彼らの心は、夢と希望と――そしてリゼの“疲労をポンと吹き飛ばす魔法”によって発生した脳を溶かすような多幸感に満ち溢れていたッ!


「よーしお前たち、さっそく作業開始だぁぁぁあああ!!!」


『おーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!』


 リゼと共に拳を振り上げる民衆たち。


 そんな彼らに対し、大樹に取り込まれたスネイルが魂の叫びを張り上げた。



 “やっ、やめろお前たちッ!? 頼むから正気になれぇええええええええええ!!!”



 むろん、その叫びは誰にも届くことはなく……!

 こうしてスネイルは、リゼに関わったおかげで竜になって木になって『集合住宅』になるという、数奇すぎる運命を辿ることになったのだった……!





この物語がたくさんの子供たちの心に届くことを願って――!


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― 新着の感想 ―
[一言] こんなのが子供たちに届いたら気が狂うわ()
[良い点] 字面がひたすら面白くて笑いが止まりません(ノ∀`) [気になる点] >莫大な再生力を持ったスネイル(とついでに牛)を取り込んだこの樹は、きっと永遠に世界に存在し続けることだろう。 死にた…
[一言] 子どもに読ませたらあかんやろww
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