第二十五話:スネイルくんを殺そう!
「――そういえばリゼさん。近ごろ一部の女性たちの間で妙な小説が流行ってるらしいですよ。
クールだけど民衆思いな美少年領主・ロゼに対して、護衛の男・クライスが禁断の恋をするとかいう内容で。そこでさらにヘーベルハイム公爵ってキャラまでもが美少年領主を狙ってきて、男三人で泥沼の関係になるーみたいな」
「よくわからんけどやばいな」
「よくわからないけどやばいっすね」
回復魔法のかけすぎでちょっとよくわからないことになっちゃったドラゴンを放した次の日。俺はクラウスを護衛に付け、元・ボンクレー領の街のほうを視察していた。
有能領主として、民衆の暮らす様はよく知っておかなきゃな。“人々に愛される貴族であれ”ってホーエンハイム公爵も言ってたしね。
……それにしても、
「きゃっ、リゼ様とクラウス様よ!」
「ねぇねぇ、ビェル先生の恋愛小説に出てくるキャラのモチーフって……!」
「しっ! それは言わない約束よ!」
何だか知らないけど、今日はやたらと女の子たちに注目されるなー! はっはっは、いい気分だ!
「クラウス、せっかくだから街でメシでも食っていくか?」
「おっ、いいっすねー。あ、でも城のほうでメイドさんたちが用意してたりしないんですか?」
「ああ、今日はメイドたち全員に休みを出してるからな。たまにはみんなでどこかに出かけさせてやりたいし、特にメイド長のベルは最近忙しいらしくて寝不足みたいだったからな。
というわけで家に誰もいないし、なんなら今日は泊っていくか? 夕飯は俺が作ろう」
「おお、ぜひお願いします! リゼさんのメシ美味いんすよねー! 毎日でも食べたくなるくらいに!」
クラウスとそんな会話をしていると、街の女性たちのテンションがなぜかさらに上がっていった。
うんうん、よくわからんけど元気なのはいいことだ。
ああ……今日もベイバロン領は平和だなぁ。
民衆たちは幸せそうだし、食料は豊富だし、たまに風が運んでくる海の香りは心地いいしな。
本当に、昔に比べたらすごく豊かな土地になったよ。これからもこの地でみんなと一緒に仲良く暮らしていきたいなぁ。
気の合う仲間と街を歩きながら、俺がそう思っていた――その時、
「――だっ、誰か助けてくださぁいッ! ジャンゴ領が……我々の領地がぁぁぁあッ!!!」
突如として、悲痛な叫びが響き渡った。
とっさに声のしたほうを見れば、ボロボロの馬車の側で数名の人たちが泣き崩れていた。
よほど飛ばしてきたのか、馬はぐったりとしていて動かなくなっていたほどだ。
明らかに観光客などではない……異常に気付いた俺とクラウスは、早足で彼らに近づいていく。
「お前たち、何があったんだ」
「あ、あんたは……?」
「この地の領主、リゼ・ベイバロンだ。……ジャンゴ領がどうだとか叫んでたが、よければ何があったか聞かせてくれないか?」
宥めるようにそう問いかけると、彼らは大粒の涙を流しながらゆっくりと語っていった。
「じ、実は昨夜……我々の領地を、人とドラゴンを混ぜ合わせたような不気味なモンスターどもが襲撃してきたんです……!
しかも間の悪いことに、領主であるスネイル様は戦士団を連れてどこかに行っていて、我々一般の民衆はただ逃げ惑うしかなく……っ!!!」
「そうか……そんなことがあったのか。それは大変だったな、よくここまで逃げてきた」
本当に命からがら逃げてきたのだろう。肩に手を置いてやると、語っていた者はさらに嗚咽を激しくさせた。
「そ、そして……聞いてください領主様ッ! あの奇妙なモンスターに噛まれた者もまた、身体がドラゴンのようになってしまうのですッ!
さらにモンスターの群れの中にはひときわデカいやつがいて、そいつの顔がスネイル様そっくりで……ッ!」
「っ、なんだとッ!?」
信じられない情報の数々に俺は驚愕した。
……人型のモンスターというだけならまだ驚きはしない。ゴブリンやトロールのような二足歩行のモンスターは少なくないからだ。
だが、噛まれた人間もまたモンスターになってしまうとはどういうことだ!? しかも、スネイルの顔にそっくりな奴までいただと……ッ!?
――自然に生まれたとは思えない未確認のモンスター。
――そいつらが襲撃してくるタイミングで、なぜか戦える者たちを引き連れて街を出ていたスネイル。
――そして、スネイルとそっくりな顔をしたボスと思えるモンスターの存在。
それらの情報を前に、俺の頭脳がたった一つの真実を導きだしていく。
そうか……そういうことだったのかッ!!! 謎は全て解けたぜッ!
「あぁ、きっとスネイル様もモンスターに噛まれて……」
「――いいや、それは違うぞ。そもそもこの異変を巻き起こしたのは、スネイル本人なんだからなぁッ!」
「えッ!?」
俺の言葉に、ジャンゴ領から逃げてきた者たちは驚愕した。
まぁそれも無理はないか。普通だったら、領主が自分の土地を襲うなんて考えつかないことだからな。
だが、俺の明晰な頭脳はごまかせないぜ
「落ち着いて聞け、ジャンゴ領の民衆たちよ。
……例の噛まれた者をドラゴン化させるモンスターどもだが、そいつらは間違いなく『造られた存在』だ。
よく考えてみろ。もしもそんなモンスターどもが自然にいたら、とっくに世界はそいつらに乗っ取られてるはずだろう?」
「たっ、確かにその通りだ……! ですが、あんな存在を造るだなんて出来るのですか!? 足の速い馬や病気になりにくい麦を掛け合わせるのとはわけが違うッ!」
「ああ、ただの人間には不可能だろうな。だがしかし――超常の力である『魔法』を使える者が関与していたとしたら……?」
「ハッ!!?」
そこまで言ったところで、ようやく民衆たちは答えがわかったらしい。
そう――気付いてしまえば簡単なことだったんだ。
「そうか、そういうことだったのですな、領主殿ッ!? 魔法使いであるスネイル様は、世界を乗っ取れるモンスターを量産し……さらにそいつらを支配下に置くことで、実質的に世界の覇者となろうとしていたということかッ!
だからわざわざ戦士団を領地から引き離し、我々ジャンゴ領の民衆たちをモンスター化させやすくしたと――ッ!」
「その通りだ。そもそもそんな能力を持つモンスターどもが襲い掛かってくるタイミングで領地を離れているなんて、あまりにも露骨すぎるだろうが。
そうしてお前たちをモンスター化させて大軍団を作り上げ、世界征服のための足掛かりにするつもりだったのだろう」
「ぐぅッ……おのれ、スネイルめぇぇぇええッ!」
怒りの声を上げるジャンゴ領の生き残りたち。
ああ、俺も彼らと同じ気持ちだった。……いや、彼ら以上に心の中で怒り狂っていた――ッ!!!
「……スネイル……誇らしげに言ってたじゃないかよ。『私はドラゴンと仲良しなんだ』って……!」
だが、俺はスネイルの嘘に気付いてしまった。
奴にとってドラゴンとは、世界を支配するために必要なただの実験動物だったのだ――ッ!!!
おそらくは自分を慕ってくれるドラゴンの気持ちを利用して、好きなだけ血肉を取っていたのだろう。
それを実験材料として、あの邪悪なる魔法使いはついに『竜化の薬』を作り上げたのだッ!!!
そして……その薬を服用したスネイルは竜の魔人となり、自分の民衆たちを次々とモンスター化させていき……チクショウがぁぁあああああああああッ!!!
俺は手のひらの肉が抉れるほどに拳を握り固めると、傍らにいたクラウスに命令するッ!
「クラウスッ、今すぐに戦える者たちを集めろッ! ジャンゴ領の者たちを救出するぞッ!」
「はッ!」
「そして――スネイルの顔をしたドラゴンを命懸けで探し出せ。あの邪悪なる存在は、俺自身の手で断罪してやるッ!!!」
ああ、ここまで激怒したのは初めてだ……! 何としてでもスネイルの野郎を抹殺しなければ気が済まないッ!
欲望のままに自分を慕ってくれるドラゴンを利用し、民衆たちの幸福を奪い尽くし、この世界を乗っ取ろうとしてるだなんて……アイツはもはや人間じゃねぇッ!!! 生きてちゃいけないクソ野郎だ! どんな手段を使ってでも駆逐してやるッ!!
「邪悪なる魔法使い、スネイルよ……お前の好きにはさせないぞッ! この世界の平和は、俺が守るッ!!!」
※真犯人はコイツです。
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