第二十一話:毛玉に媚びよう!
「とほほ~……」
ベイバロン領の海岸で釣りをしながら、俺は悲嘆に暮れていた。
だってあれだぜ? ベイバロン領の良さをたくさん伝えようと思いながらパーティーに出たのに、スネイル子爵の奴が突然ぶっ倒れたせいでお開きになっちまったんだからよ。
俺の回復魔法で治してやろうと近づいてったら、老執事に「申し訳ありませんリゼ様ッ! 二度とこんな悪趣味なパーティーは開かぬよう旦那様に言い聞かせますっ! ですからこれ以上はもう許してやってくださいッ!」とか意味わからんこと言われるし、他の貴族連中は逃げるようにして帰っていきやがったし、もう散々だったよ。
まぁアリシアとイリーナにホーエンハイム公爵なんかはすっげぇニコニコしてたから良しとするかぁ。
何気なく「もっと高い酒が飲みたいなぁ」って呟いたら老執事さんがスネイル秘蔵のワインを出してくれたから、四人で楽しく酒盛りしたしよ。
……ちなみに俺が酔い潰れてウトウトしてる間に、ホーエンハイム公爵、“平民のために魔法がある”と謳う『デミウルゴス教』にすっごい興味を持ったらしい。
獣人族の中でもそこそこのお嬢様だったっぽいイリーナともかなり話が合ったんだとか。なんか知らないけどよかったね~。
俺と仲の良い人たちが仲良くなってくれたんなら、あのパーティーに出向いた価値があるってもんだ。
――あ、そうだ!
「……今度は逆に、俺がパーティーを開くのもいいなぁ!」
青い海に釣り糸を垂らしながら、俺はふと閃いた!
そうだ、ベイバロン領の良さをわざわざ口で伝える必要なんてなかったんだ! 豊かになった今の領地をその目で見てもらえばよかったんだよッ!
ホーエンハイム公爵と連名で招待状を出せば、ほとんどの貴族たちは来てくれるだろう。
そうしてベイバロン領の大自然を実際に目の当たりにすれば、マイナスイメージが払拭されること間違いなしッ! 貴族を通して平民たちにも良さが伝わって、観光客がいっぱい来てくれるようになるはずだ!
よっしゃ、それならこうしちゃいられねぇッ!
俺の家をお城みたいに改造して、お客さんたちをビックリさせちゃいましょ~! ちょうど『王城の隠し通路を増築させられたのに、最後には口封じに殺されかけて逃げてきた』っていう城職人さんがいるしね!
街の景観も王都に負けないくらい立派にして、ベイバロン領をこの国一番の名所に発展させてやるぞ!
よーし、それなら大量の木材が必要になるなぁ。
まぁとりあえず――木を一万本くらい生やしてみるか!
俺は木製の釣り竿を地面に置き、その上に手を当てて回復魔法を発動させる。
「――構成物質、増殖・分裂・再生・拡散――ッ!!!」
かくして、木の釣り竿が跡形もなく砕け散り――ドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!! という轟音を立て、俺の目の前に『大樹海』が誕生したのだった……!
よし、俺の回復魔法もずいぶんと便利になったもんだなぁ! 植物の量産だったらこれくらい何の負担にもならねぇや!
――領民たちから『神の使徒』だとか崇められ始めてから、魔力の上昇が止まらないんだよなぁ……!
◆ ◇ ◆
「――はぁ、はぁ、おめぇら頑張れーっ! もう少しで着くだぞぉ!」
「お、お頭ぁ、待ってくれだよぉ!」
ベイバロン領に続く丘の斜面を、毛玉のような容姿をした男たちが駆け上っていた。
彼らの名前は『ドワーフ族』。厚い脂肪と濃い体毛が特徴的な、亜人種族の一種である。
元々は遥か南の寒い地帯に住んでいたドワーフたちであったが――数十年前、人間たちによって国が襲撃され、彼らのような一部の者たちが奴隷として拉致されてしまったのだった。
「なぁお頭……本当に逃げてきちまってよかっただか? ……それにベイバロン領といや、枯れ果てた最悪の領地として有名だのに……」
「うっせぇぞ! 何があったかは知らねぇが、スネイルの野郎がぶっ倒れて領地が混乱してる今しか逃げるチャンスはねぇだッ! ……たとえ向かう先が地獄だろうが、クソ領主に虐げられる日々よりはマシだぁ……!」
懸命に丘を登りながら、ドワーフ族のリーダーである男は過去を振り返る。
……奴隷として連れられてきた彼らであったが、見た目に反して非常に優れた製鉄技術を持つことから、各所でそれなりに重宝されていた。
大鉱山のあるジャンゴ領でもドワーフたちは活躍し、当時の領主からも信頼を得ていた。
だがしかし――ジャンゴ領の鉱山が凶悪な『ドラゴン』によって支配され、領主がドラゴンと戦って死亡してからこのドワーフたちの運命は変わった。
鉄がほとんど取れなくなってしまった以上、ドワーフたちはただの無能な毛玉である。
新たなる領主・スネイルはそんな彼らを毛嫌いし、だからといって気まぐれなドラゴンが飛び去って行ってくれる可能性を思えば手放すことも出来なかったため、仕方なく飼い続けてきたのだった。
――無論、その扱いは最悪のものであったが。特にリーダーは何度もスネイルに文句を言い、身体の半分以上を魔法の炎で炙られていた。
「チクショウっ、スネイルの奴め……いつかぶっ殺してやるだよ……ッ!」
「っ、ああ……そうだなお頭! そのために、ベイバロン領で体力を付け直すだ!」
「みんな一緒なら、最悪の領地だろうが何とかなるっぺ!」
故郷の方言が混じった言葉で、互いを鼓舞し合うドワーフたち。
かくして彼らが、必死で丘を登り切った――その瞬間、
「――なっ……なんじゃこりゃぁぁぁぁあああああッ!?」
ドワーフたちの目の前に、見たこともないような『大都市』が姿を現したのだ――!
まるで貴族が住んでいるような巨大な館が何軒も存在し、その中心部には立派な城が高速で組み上がっている最中だった!
「えっ、えっ!? なんだこれっ!? なんだこれー!?」
「ま、真ん中の城、一秒ごとに出来上がっていってるんだけどどうなってんだかッ!?」
意味の分からない光景に混乱するドワーフたち。
枯れ果てた領地ベイバロンはどこに行ってしまったのか、数秒で一階ずつ積みあがっていくあの城はなんなのかと、頭が疑問符でいっぱいになる。
だが驚くにはまだ早い。そんな彼らのもとに、巨大なドラゴンに乗った細マッチョが舞い降りてきたのだから――ッ!
「よぉアンタたち、傷だらけだなぁ! もしかしてどっかの領地から逃げてきたのかぁ?」
「あ、ああそうだっぺ……って、えええええええええええええ!? なんでドラゴンがここにィイイイッ!!?」
「ああ、こいつはベイバロン領のペットだ」
「ペットッ!?」
漆黒の鱗を輝かせた竜を前に、ドワーフたちは震え上がる。
――間違いない。こいつは鉱山を占拠したドラゴンと同種のものだ! ていうか見た目が怖いくらいにそっくりだ!
「ァ、アンタ、早くそいつから降りるっぺッ! そいつは危険な存在で……ッ!」
「大丈夫大丈夫、我らが領主様が脳みそいじってあるから平気だって! もしものときは、牛肉叩き付ければ大人しくなるしな!
まぁそれよりも、アンタらも乗ってけよ! 街までひとっ飛びで連れて行ってやるからよォ!」
「え、えええええっ!?」
男に引っ張られ、ポイポイとドラゴンの頭上に乗せられていくドワーフたち。
抵抗しようとしても無駄だった。極限まで絞り上げられた鋼の筋肉の前には、ドワーフたちなど無力な毛玉でしかなかった。
「よし、全員乗ったな! じゃあドラゴン、街に向かって飛んでくれ!」
「グガァァァアアアーッ!」
「……」
――竜の咆哮を耳にしながら、ドワーフたちは完全に放心状態になっていた。
思考が現実に追い付かない。丘を登り、ベイバロン領に踏み入った瞬間から、全ての出来事がまるで嘘のようだった。
「お……オラたちは、夢でも見てるんだかぁ……?」
「ああ……夢に決まってる、夢に決まってるっぺ! なのに――なんでヒゲを撫でる風の感触が、こんなに現実的なんだっぺかッ!?」
恐るべきドラゴンの背に乗せられて、気付けばドワーフたちは城の真上にまで来ていた。
呆然と下を見てみれば、竜の操り手である男と同じくらいの細マッチョたちが、人間離れしたスピードで作業しているのがわかった。
「な、なんだぁアイツら……デカい石や木をお手玉みたいに持ち運んでるっぺ……ッ! ありゃ絶対に人間じゃねぇッ! オラたちいつの間にか、『神の国』にでもきちまったんだか!?」
混乱のあまり、ドワーフの一人があり得もしない妄言を吐いた。
だがしかし――その言葉に、竜を操っている男が愉快げに呟く。
「ひっ……ひひ……! あぁそうさ。オレたちはなぁ、『神の使徒』様が支配する領地に住んでんだよ……ッ!」
そうして振り向いた男の顔を見て、ドワーフたちの背筋が凍り付く。
男の口元には、正気を失った狂信者の笑みが張り付けられていたのだから――!
「ひぃッ!? な、なんだぁおめぇはッ!?」
「――我らが領主様は、オレたち虐げられてきた者に全てを与えてくれたッ! あらゆる病魔を消し飛ばし、無限の食料を分け与え、恐るべきドラゴンすらも手懐けてみせたのだッ!!!」
困惑するドワーフたちを無視し、彼は徐々にヒートアップしていく。
竜の背の上に危うげなく立ち、両手を広げて至福の笑みを浮かべる……!
「あのお方のおかげで、やせ衰えていたオレたち領民は鋼の肉体を手にすることが出来たッ! 平民の身でありながら魔法使いに立ち向かい、勝利を手に入れることが出来たッ!!!
あぁ、まさに至福の喜びよッ! あの方のおかげで――『リゼ・ベイバロン』様のおかげで、我らは自信を掴むことが出来たのだァアアアア!!!」
完全なる異常者である。
涎を撒き散らしながら咆哮を上げる男の姿は、それ以外の何者でもなかった。
だが……ドワーフたちは不思議と目をそらすことが出来なかった。
男の輝く両目には、狂気と同時に確かな『希望』の光が宿っていたのだから。
ああ……もしもこの男の言葉通り、リゼ・ベイバロンという者が奇跡の存在であったなら、自分たちにも手を差し伸べてくれるだろうか?
「なぁ、おぬしよ……そのリゼという者は、」
「リゼ様な。殺すぞ」
「ひっ!? ――その、リゼ様とやらは……我らのような亜人種にも力を貸してくれるだろうか?」
「もちろんだとも」
恐る恐る問うドワーフに、細マッチョの男は力強く頷いた。
一秒たりとも迷わずに答えた様子から、リゼに対する絶対的な信頼が見て取れた。
「リゼ様は慈悲深いお方だ。アンタたちのような逃亡者はもちろん、病気持ちの追放者だろうが優しく受け入れてくれる。
そう――あの人こそまさに正義の化身よッ! あの人に従い続ければ、我らは永遠に間違うことはないのだッ!!!」
「お、おぉぉ……!」
力強く放たれた男の言葉に、ドワーフたちも淡い希望を抱き始める。
かくしてこの後、実際にドワーフたちをリゼ・ベイバロンに受け入れられ、火傷まみれの身体を治してもらって感激することになるのだが――それゆえにまったく気付かない。
リゼという男が、正義感もクソもなく『優しくしてやるから言うこと聞けよなぁ~!』という浅すぎる理由の元に人を救っていることなんてッ!!!
こうして――思い付きで行動する考えなしの領主のところに、またもや思考停止した信者が追加されることになったのだった……!
まさに地獄である。
「緒方」さまと冒険モノを書いている「ばとめんばー」さまよりレビューをいただきました! この調子で小学生に読ませたいです。
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