第二十話:スネイルくんに媚びない!
・6/13日の夕方5時ごろ、前回のラストあたりを少しマイルドに修正しました。10文字くらい修正しました。
「――アリシアが婚約者宣言をしてくるのはまぁわかってたしいいんだが、イリーナの恋人発言には驚いたぞ。もしかしてアリシアに合わせてやったのか?」
「うっ、うむ! そうだぞリゼ殿! あの場でただの友人と言うのも、少し不自然な気がしたからなっ!」
「あ、あれ、リゼ様、今ちゃっかりとわたしのことを婚約者でいいって認めてくれませんでした!? あの、ちょっと!?」
月明かりの照らす大庭園にて、俺たちはパーティーを楽しんでいた。
といっても他の貴族連中はどうにもテンションが低いんだよなぁ。ベイバロンの領民たちと宴会をやる時には、みんなで朝までどんちゃん騒ぎだってのにさぁ。
ま、とにかく俺のやることは変わらないな! ここで友達をたくさん作って、ベイバロン領の良さを広めてやるぜッ!
というわけでアリシアとイリーナを引き連れて、主催者のスネイルくんに近づいていきましょうー!
「スネイル子爵」
「っ!? こ、これはリゼ男爵と…………平民と汚らしい獣人の…………ああ、いや、パートナーがたではありませんか! いったい私に何用ですかな……?」
あれ、普通に話しかけただけなのになんかプルプルしてるんですけど。
うーん、さっきも「子爵のほうが格上だ!」って言った直後に「格の違いを見せつけようとしてるのかー!?」とか意味わからんこと言ってきたし、やっぱり気分が悪いのかな?
「いやなに、仲良く談笑でもしようと思って来たのだが……やはり子爵は疲れているように見えるな。もう帰ったらどうだ?」
「なぁッ!? き、貴様っ、この場を完全に乗っ取るつもりか!? これは私が開いたパーティーだぞッ!」
は? 何言ってんだこの人? 主催者が子爵だってことくらいは別に知ってるんですけど。リゼくん舐めんな。
おいおい何だよコイツ……俺がせっかく体調を気遣ってやったのに、なんで突然ブチキレてくるんだよ。友好って言葉を知らないのかな?
――あっ、もしかして俺が『子爵』と『男爵』の偉さを間違えちゃったことをまだ根に持ってるのかな!?
うわぁ……器ちっちぇなぁ。でも俺は大人だから重ねて謝ってあげますかぁ。
「ふむ、もしも爵位の件について怒っているのなら謝ろう。
まぁあれだ。男爵と伯爵の偉さを間違うような者はいないが、男爵と子爵だったらどちらが偉いか迷ってしまう者もいるだろう?」
「そっ――そんな間違いをするのは無知な平民のガキくらいだァァァアアッ!!! 貴様わざと言っているだろうッ!?」
はぁぁぁぁああッ!? 俺普通に間違えちゃってたんですけどッ!? それを無知な平民のガキ扱いしてくるとか酷くないッ!? こいつ礼儀ってもんを知らねぇのかよッ! ばーかばーかッ!
“こいつやべー奴なんじゃねぇの?”って顔でアリシアとイリーナのほうを見ると、二人とも何やら愉快そうにクスクスと笑っていた。可愛い。
残念だけど顔は綺麗な二人の笑顔にほっこりとしていると、スネイルくんがさらにブチキレてくる。
「え、ええぃ女どもッ! 私を笑うなっ! わっ、我が領には最強のモンスターである『ドラゴン』を飼っているのだぞッ!? あまり馬鹿にすると食わせるぞッ!」
「俺も飼ってるぞ」
「って平気で嘘を吐くなッ!?」
ええー……嘘じゃないんですけど。本当に失礼な奴だなぁ
ていうかスネイルくんが飼ってるドラゴンってのは、あの廃鉱山にいたアイツのことかな?
それなら俺がぶっ殺しちゃったんですけど……ってうわぁどうしようッ!? 俺、人のペットを殺しちゃってたよ! 放し飼いに見えたから野良ドラゴンだと思ってたよ! スネイルくんごめんなさい!
「……スネイル子爵、そのドラゴンというのは貴殿に懐いているのか?」
「あ、当たり前だっ! 先代の領主がアレと契約をし、この地を守ってくれているのだ!」
へーそうだったんだ! 廃鉱山のある近隣の村にちらっと立ち寄ったら、「ドラゴンの生贄は嫌だ、生贄は嫌だ……!」って言ってた人がいたから、逆に領地を支配されちゃってたのかと思ったよ!
そっかそっか、あのドラゴンはスネイルくんに懐いてたのかぁ。それは可哀想なことをしちゃったなぁ。
――よしわかった! じゃあ今度、元々のドラゴンよりもさらに大きいのを作ってこっそり返しておこっと!
そしたらスネイルくん、「わぁっ! ペットのドラ太郎が急に大きくなっちゃったぞ~!?」って大声を上げて喜んでくれるだろうなぁッ! それで機嫌もよくなって、ゴミみたいな性格も少しは良くなるかもしれない! おいおい俺ってば頭良すぎかよ!
「非礼を詫びよう、スネイル子爵。隣の領地に住む者同士、貴殿とは仲良くしたいものだ」
「むっ……ふ、ふふふ……! おやおやリゼ男爵、ドラゴンの話をされるや急に大人しくなったじゃぁありませぬか!
まぁ分かればいいのですよ、分かれば! これからはきちんと私の偉大さを理解し、恩を売るように努めなさい」
「わかった。――ところで俺に魔法をぶつけようとした件だが、ホーエンハイム公爵の署名を持って高等法院に訴えれば、貴殿を重罪に追い込むことも出来るらしいな? まぁ俺は優しいから許してやろう」
「貴様ああああああああああああああああああああああッッッ!!!?」
ってうわぁまたまた怒った!? あっ……そしてそのままぶっ倒れたッ!
「しっ、子爵様が倒れたぞー!」
「医務室にお運びしろ!」
「頭の血管が切れてるかもしれない! 慎重に運べっ!」
……大慌てする使用人たちに抱えられ、パーティー会場から消えていくスネイル子爵。
スーツと同じく神経質そうな顔面も真っ赤になっていて、なんかこの前釣ったタコみたいになっていた。
うーん、恩を売れって言ってきたから盛大に売ってやったのになんで怒ってきたのかなぁ? やっぱアイツ頭おかしいわ~。少しは常識的なリゼくんを見習おうね!
◆ ◇ ◆
「――ワ、ワハハハハハハハハハッッッ!!!」
スネイルが医務室に運ばれていく姿に、ホーエンハイム公爵は腹を抱えて大爆笑した――!
あの男が影で散々自分の悪口を言い散らかしていたことは知っているのだ。同情の余地などあるわけがない。
当初、スネイルが開くというパーティーにリゼから誘われた時には思い悩んだものだ。
リゼとはいくらでも話していたいが、スネイルやその取り巻きたちとは顔を合わせたくもない。
それでも自分が行けば驚かせることくらいは出来るだろうと思い、ホーエンハイムは出席を決意したのである。
そして、いざ出向いてみれば――リゼ・ベイバロンという男は最高のショーを見せてくれたッ!
絶世の美を誇る平民と獣人を引き連れて貴族たちを圧倒し、鬼畜極まる皮肉と挑発のオンパレードでスネイルを憤死寸前にまで追いやってみせたのだ!
あそこまで的確に人を怒らせられるものなど、天才的な策士か人間失格の鬼畜野郎くらいだろう。間違いなく前者だとホーエンハイムは確信している。
ああ、本当に胸がすくような思いだった。ホーエンハイム公爵は改めてリゼと盟友になれたことを喜ぶ。
「はははっ……リゼよ! ずいぶんとやってくれたなぁ!」
「ホーエンハイム公爵。いやぁ、彼は一体どうしたんでしょうね? やはり体調が悪かったのかもしれません」
「ふははっ、まだ言うかこやつめ! ……もしや、我輩のためにしてくれたのか?」
「はて、なんのことやら」
あくまでも惚け続けるリゼに対し、ホーエンハイムの機嫌は良くなっていく一方だった。
決して誇るような真似はしないリゼの謙虚さが心地よい。ホーエンハイムは笑いながらグラスを掲げ、彼の前へと差し出す。
「お前に乾杯だ、リゼ・ベイバロン! 我輩はお前に会えて本当に良かった!」
「ありがとうございます、ホーエンハイム公爵。これからも『平和』を目指して頑張りましょう」
美しき夜の庭園に、グラスを鳴らし合う音がキィンと響く。
かくしてホーエンハイムは、どうすればいいのか分からずに右往左往するスネイルの取り巻きたちを肴に、人生最高の美酒を楽しむのだった。
飲み干していくワインの色と同じく――貴族社会が真っ赤に染め上がるのを期待しながら……ッ!
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