第二話:農民に媚びよう!
平民たちに媚を売り始めてから一か月。『ベイバロン』領の雰囲気は明らかに良くなった。
町外れの農地を視察しに行けば、農民たちが笑顔で手を振ってきてくれる。
「リゼ様ぁ! ピカピカの鍬ぁ買ってくれてありがとなぁ!」
「領主として当然のことだ。これからも仕事に励んでくれよ」
喜んでくれているようで何よりだ。なけなしの貯蓄で新品の鉄製農具を取り揃えてやった甲斐があった。
なぜか死んだ両親は、農民たちに木の農具を与えてたからなぁ。
ウチの領地は土が硬いんだから、そんなもんじゃまともに畑いじりできねーだろ。馬鹿じゃねーの?
あいつら何を考えてたんだろうと思っていると、農民たちのまとめ役らしい奴が気まずそうに声をかけてきた。
「お、おーいリゼ様ぁ! オレんとこのバカ息子が、鉄の農具をいじって怪我しちまった……! まぁ大怪我ってほどじゃないんだが……その、」
「ああ、治してやるから遠慮するな。どんなに些細な傷だろうが、領民の傷は俺の傷でもあるんだからな」
「ぁ、ありがとうごぜぇます、リゼ様ッ!」
適当にいいことっぽいことを言ってやると、まとめ役の男は大げさに頭を下げてくるのだった。
ふふふ……この調子で少しでも食糧事情を改善してくれよ? 俺に美味いものを食べさせるためになぁッ!
◆ ◇ ◆
――鉄の農具を与えられた時、農民たちは喜ぶよりも先に戸惑った。“この年若い領主は何を考えているのだろう”と。
鉄の農具は、いざとなれば反逆の武器にもなり得る。
ゆえに、ほとんどの領地では領主からよほどの信頼を得ている農家でない限り、所有することは許されない物だった。
特に、攻撃魔法の才能に乏しい領主が治めている土地となればなおさらだ。
だというのに――回復魔法しか使えないという新しき主君は、土埃にまみれた農地に嫌な顔もせず現れて、鉄製農具を十分な数置いていったのである。
「そんなボロボロの農具では仕事もはかどらないだろう。ぜひともこちらを使ってくれ」
そう、平坦ながらも優しさを感じさせる声色で告げながら。
ああ――それだけならばまだよかった。農民たちは戸惑いつつも、まぁくれるならと素直に受け取って穏便に終わった事だろう。
だがここで、一つの事件が起きてしまう。
「チッ、チクショウッ! この貴族野郎めっ! またオイラたちをいじめにきたんだな!」
なんと農民たちのまとめ役である男の息子が、領主に向かって泥団子を投げたのだ――ッ!
彼の横顔にビチャリと泥がついた瞬間、場の空気が凍り付いた。
そして数秒後……農民たちは思い至る。このままでは、あの子供が殺されてしまうと!
そんなことはさせてなるものか。ゆえに彼らは貰ったばかりの農具を手に取り、年若い領主を襲おうとしたのだが――しかし、
「そうか……たしかこの辺の農民たちは、酷い領主の元から逃げてきたんだったな。驚かせてしまって済まなかったな、少年」
「なっ……なんでアンタがオイラに謝るんだよっ!? 顔に泥団子をぶつけてやったのに……!」
「なに、それだけ元気が有り余ってたってことだろう? だったらむしろ、領主として喜ばしいことだ。――これからはその元気を、ご両親の手伝いのために使ってくれよ?」
そう言って彼は、困惑する子供の頭をくしゃくしゃと優しく撫でたのだった。
「……」
その光景に農民たちは毒気を抜かれ――そして、新たなる領主を前に一斉に膝をついた。
「オ、オレのバカ息子がすまねぇッ! オレ、アンタのために必死で働くよ!!!」
「信じられんねぇ……アンタみたいな優しい貴族様がいるなんて……っ!」
「アンタがくれた農具に誓うよ! オレたち、頑張ってこの土地を大農園にして見せるって!」
中には涙さえも浮かべる者がいるほどに、リゼ・ベイバロンの取った行動は衝撃的だった。
薄汚い子供の暴挙を許し、まるで兄のように諭してやるなど……貴族にゴミ虫扱いされてきた農民たちにとっては、信じられないことだった。
ああ、今ならば理解できる。彼は自分たち領民のことを心から信頼し、鉄の農具を与えてくれたのだと!
こうして、農民たちはあっさりとリゼに心酔し――それと同時に、こう思ったのだった。
“もしもこの国の王様が彼のような人物だったら、一体どれだけ素敵だろうか……ッ!”と。
ご評価にご感想、お待ちしてます