第十九話:パーティーを壊そう!
「――きっ……きききっ、来たぁぁぁぁぁああああッッッ!!!」
海が見えるようになった素敵な領主邸の一室にて、俺は一通の手紙を手にガッツポーズした!
なんと最悪の領地・ベイバロンの領主として貴族社会からハブられてた可哀想な俺に、『パーティー』のお誘いが来たのだ!!!
誘ってくれたのは、前に廃鉱山に遊びに行った隣の領地の子爵『スネイル・ジャンゴ』くんだ! ありがとーありがとー!!!
「ふふふ……ついに俺の頑張りが認められてきたってことか……!」
やっぱアレかなぁ。最近は元・ボンクレー領の街のほうに観光客がいっぱい来てくれてるからかな?
俺が作物や家畜を量産しまくったおかげで、食料品が異常に安く買える場所として有名になってきてるらしい。まあ、本拠地であるベイバロンの街のほうには相変わらず誰も来てくれないんだけどさ。ちぇっ。
まぁいいや! パーティーで目立ってたくさんお友達を作って、俺の人柄の良さとベイバロン領の魅力をいっぱい伝えよう!
頭おかしい奴らはちょいちょいいるけど、緑豊かで海まである素晴らしい場所だってことを教えてやるんだ!
そんな想いを胸に手紙を読み進めていくと、パートナーや知り合いの同伴も許可と書いてあった。
「うーん、知り合いはともかくパートナーかぁ。俺……恋人とか許嫁なんていないんだけど、でも一人で行って馬鹿にされたくないしなぁ~……」
手紙を手に思い悩む。
どうせベイバロン領以外の貴族たちはモテモテだろうから、恋人の十人くらい侍らせてるだろ。そこにぼっちで行ったらまーたハブられること確定だ。
よし、ここは見栄えだけはいい『あの二人』を連れて行こう! 知り合いには俺のケツを持ってくれている『あの人』を誘ってみようかな!
ドレスのほうも、王族と揉めて追放されてきた高級服職人さんに作ってもらおう! 全部の指を切断されて廃人になってたところを治してやったら、死ぬほど感謝されたからなぁ。きっと気合を込めて作ってくれるだろ!
よーし、ベイバロン領の平和な発展を目指して頑張ろう! えいえいおーッ!
◆ ◇ ◆
「――フフフ……なぁ諸君、ベイバロン領の跡取り息子は本当に来るだろうか?」
「一応、出席の予定にはなっているそうですよ。ああそうだ! 彼がどれだけ安物のスーツを着てくるか、みなさんで予想してみませんか!?」
「うふふ、どうせ許嫁もいなければ恋人もいないんでしょうね。急場しのぎでどんなブサイクを引き連れてくるか楽しみですわ」
……月明かりに照らされた夜の大庭園に、幾人もの正装の貴族たちが集まっていた。
だが優雅さなど見栄えだけだ。テーブルに並べられた酒や料理を楽しみながら、彼らは一人の男が到着するのを嘲りに満ちた笑みで待ち構えていた。
――そう。これは最悪の領地・ベイバロン領の主君を馬鹿にするためだけに開かれた、世にも醜悪な大宴会であったのだ。
グラスを弄びながら、今か今かと彼らは待ち続ける。『リゼ・ベイバロン』という生贄の豚が、どんな面白い醜態を見せてくれるのかを。
「――おっとみなさん、趣味の悪い予想はしないようにしましょう。リゼくんが可哀想じゃぁありませんか」
リゼへの悪口で場が温まってきていたその時、真っ赤なスーツの男が貴族たちを諫めた。
だが彼らは気分を悪くするどころか、愉快げに笑ってその男を見る。
「おやおや、これはスネイル子爵! このパーティーの主催者殿が何を言いますかっ!」
「はははは! おっと、そういえばこんな悪趣味なパーティーを開いたのは私でしたなぁ!」
いかにもわざとらしい口調でふざけるスネイルに、貴族たちはドッと笑うのだった。
彼こそがこの地の領主にして、悪辣なパーティーを開いた張本人『スネイル・ジャンゴ』である。
彼はグラスを高らかに掲げ、キザな笑みを浮かべて言い放つ。
「さぁさぁみなさん、そろそろリゼくんが到着する時間です。可哀想な彼に見せてあげましょう……本当の貴族たちの『美しさ』と、圧倒的な『格』の違いというものを――ッ!」
スネイルがそう言った瞬間――庭園の扉が押し開かれた。
貴族たちは「ついに来たッ!」と期待に胸を膨らませ、嘲りの笑みを浮かべながらそちらを見る。
そして――、
「――ふむ、どうやら俺たちが最後だったらしいな」
そして……貴族たちは、真の『美しさ』と『格』の違いというものを叩き付けられるのだった――ッ!
「なっ、彼が……リゼ・ベイバロン……? あの卑しいベイバロン領の、跡取りだと……?」
――どうせ平民まがいの猿みたいな容姿に決まっている。そんな貴族たちの予想は、一瞬にして吹き飛ばされた。
例えるならば漆黒の華だ。感情を感じさせないリゼの鋭い瞳に見られた瞬間、貴族の男たちはウッと息詰まり、女たちは未知の感覚に背筋が震えた。
さらに彼が纏っているスーツの出来栄えも素晴らしい……いや、あまりにも素晴らしすぎる!
黒を基調としたシンプルなデザインだというのに、その材質や細かな意匠は王族のパーティーに出ても失礼ではないほどに完成され尽くしていたッ!
むしろ一部の貴族たちは、異国の王子でも入ってきたのかと一瞬思いこんでしまったくらいだ。
それほどまでに、正装したリゼの姿は圧倒的なオーラを放っていた。
……さらに注目を集めたのは、彼の両脇にいる二人の女性たちである。
「――リゼ・ベイバロンの婚約者、アリシアです。今はまだ平民の身ですが、どうかみなさまお見知りおきを」
「――リゼ・ベイバロンの……恋人、イリーナだ。……リゼ殿以外の貴族どもが、いやらしい目で私を見るな」
彼女たちの姿に貴族たちはまたも驚愕した。
一体どんな不細工を連れてくるのかと思いきや、そのどちらもが見たこともないほど美しい容姿をしていたのだから。
例えるならば、月の女神と太陽の女神か。
デザインの似た白いドレスを纏っていながらも、二人への印象は対照的だった。
銀色の髪にふわりとした笑みを浮かべたアリシアを前に、全ての男は恋に堕ち――金色の髪に不機嫌そうな顔をしているイリーナを前に、全ての男は跪きたくなった。
パートナーを二人も連れてくるなど常識外れだとか、そもそも平民と獣人を連れてくるなどありえないだとか、そんな不満すらも口から出ない。
女神たちが放つ残酷なまでの美しさに圧倒され、誰もが完全に言葉をなくしていた。
「えっ、えぇぇえええぇぇぇ、えーーーーーっ……!?」
……困惑している貴族たちの中でも、このパーティーの主催者であるスネイルの動揺は特に大きかった。
リゼとその同伴者たちを盛大に馬鹿にしてやろうと思いきや、彼らが登場した瞬間に場の空気が全て持っていかれてしまったのである。
リゼの容姿も、スーツの出来栄えも、パートナーたちの美しさも、全てが別次元だった。
罵倒したくて堪らないというのに、彼らの前に立つだけで、自分が虫けらに見えてしまうようで恐ろしかった。
そんなスネイルの思いなど知らず、リゼ・ベイバロンはずけずけと近づいてきて、無表情で挨拶してくる。
「貴殿がスネイル子爵か。俺がリゼ・ベイバロンだ。パーティーのお誘い、感謝するぞ」
「ッ!?」
リゼの口調に、スネイルのこめかみに青筋が走った。
彼は男爵の身でありながら、その上の位であるスネイルに『タメ口』で話しかけてきたのだから……ッ!
「ぉ、おまっ、お前、リゼ男爵ッ! 子爵である私に対し、その偉そうな口調はなんだッ!? 私のほうが格上なのだぞッ!」
「むっ? ……ああ、そういえば男爵よりも子爵のほうが偉いんだったか。いやすまない、長らく貴族社会から仲間外れにされていたのでなぁ。名前的に、子爵よりも男爵のほうが偉そうだと思ってしまったよ」
「なにぃぃッ!?」
――そんな子供みたいな理由で、男爵と子爵の偉さを間違える馬鹿がいるわけがないッ!
あまりにも挑発的な皮肉を言ってくるリゼに、スネイルは激怒した。
そして……それと同時に理解する。リゼ・ベイバロンという男は、このパーティーの趣旨を理解しながらやってきたのだと。
「くっ……生意気な男めッ! 逆に我々に『格』の違いを見せてやろうと思い、そんなスーツや女たちまで用意してきたというわけかッ! 自分のほうが上だとわからせようとッ!」
「は? 何を言ってるんだ、スネイル子爵? 子爵殿のほうが格上なんじゃなかったのか? 自分で言ったことを忘れてしまうとは、どうやら子爵殿は疲れているようだ」
「きっ――貴様ァァァァアアアアッッッ!!!」
悪びれもなく皮肉を言い続けるリゼを前に、ついにスネイルの怒りが爆発したッ!
彼は手のひらに『炎』を出現させ、リゼに向かって投げつけんとする――!
だが、しかし。
「――そこまでだ、スネイル」
獣じみた重低音の声と共に、スネイルの肩に手が置かれた。
彼が血走った目で後ろを振り向くと……、
「誰だ貴様はッ……って、な、ななっ、ホーエンハイム公爵どのォオオオオオッ!!?」
「うむ、我輩だ!」
その偉丈夫の姿を見た瞬間、スネイルをはじめとした貴族たちが一斉に震え上がった――ッ!
彼こそはこの地方の大領主、ホーエンハイム公爵である。魔法がほとんど使えない身であれど、その権力は絶対的なものだ。
なぜなら『公爵』とは貴族社会の最高位。王族の分家だけが引き継ぐことを許されるクラスであるのだから。
「……なぁおいスネイルよ。いくら口論が熱くなり過ぎたからといって、宴会の場で人に向かって魔法を放とうとするとは何事だッ! 下手をすれば投獄すらもあり得る不祥事だぞ!」
「も、申し訳ありませんッ! 申し訳ありませんッッッ! 今のはほんの戯れだったのですッッッ!!!」
もはや怒りもプライドも忘れ、スネイルは必死で頭を下げた。
いかに陰では馬鹿にしている存在であろうが、口ごたえでもして無礼と判断されようものなら、『死罪』にだってされかねないほどの相手なのだ。
そんな男に対し、スネイルは震えながら問いかける。
「あ、あのあのあのっ、どうしてホーエンハイム殿が、こんな、その、ショボい夜会においでになっているのです……っ?」
「ああ、リゼの奴に知り合いの枠で呼ばれてなぁ。こやつとは少し前から関係を深くしているのだ。なぁ、我が愛しき盟友よ?」
「ええ、ホーエンハイム殿にはお世話になりっぱなしですよ。以前は優秀な文官を派遣していただきありがとうございました」
「ワハハハハッ! なぁに、お前のケツは我輩のモノだッ!」
……大公爵と親しげに話すリゼを前に、スネイルと取り巻きの貴族たちは押し黙るしかなかった。
もはやリゼを馬鹿にしようとする気など絶無だ。見栄えでも、女でも、交友関係でも、圧倒的な格差を見せつけられてしまったのだから。
沈黙している彼らをよそに、リゼとその同伴者たちだけは上機嫌にグラスを掲げる。
「さぁみなさん、今宵は食べて飲んで騒ぎましょう。俺とみなさんの出会いを祝って、乾杯ーッ!」
『かっ、乾杯――――――ッッッ!!!』
主催者であるスネイルを差し置き、底辺領主のリゼに合わせてグラスを掲げる貴族たち。
そのことに文句を言える者など一人もいなかった。この場の支配者は誰なのか、もはや完全に格付けが出来てしまっているのだから。
「ほぉらみんな、飲んだ飲んだーッ! 忘れられない夜にしようじゃないかッ! はっはっはっはっはッ!!!」
――こうして、邪悪なる貴族たちの心を無自覚に粉砕しながら、リゼたちはパーティーを盛大に楽しむのだった……!
※盛大に絶望をバラまいていく平和主義者。
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