第十五話:おじさんにケツを預けよう!
前回のあらすじ:リゼくんは平和を願いながら、国を奪われた一族と一緒に爆弾を作りました。
――領主邸の応接室にて。俺の目の前で、ダンディな髭のおっさんがくしゃくしゃの手紙を読みながら楽しそうな顔をしていた。
「ガハハハハッ! なるほどなるほど。『領地を滅ぼしてやる』とは、ジャイコフも相当過激なことを書いたものだなッ! それに加えて、貴様に対して『コピー品をばらまき、我が領地を経済崩壊に追い込んだ』という冤罪をかけてきたというわけか!」
かつてジャイコフから届いた手紙を脇に置き、豪快に笑う髭のおっさん。
彼こそはこの地方一帯を管理する『大領主様』、ホーエンハイム公爵である。
両親が急死し、俺が男爵の地位を継ぐときにもこのおっさんの世話になったものだ。色々と書類とかまとめてくれてありがとな、おっさん。
「いやはや……この地方の貴族たちのまとめ役として、ジャイコフから立ち合いの要請を受けて来てみれば、とっくに奴が死んでいたというのだからビックリしたぞ。
だがまぁ、散々悪口を書かれた上に冤罪まで吹っかけられたのなら、日時を無視して戦いに行ってしまった貴様の気持ちもわからなくはないな。……ちなみに聞いておくが、本当に冤罪なんだよなぁ……?」
「ええ、その通りですよ公爵様。ボンクレー領の衛兵長であるクラウスに聞けばわかると思いますが、自分は何も悪いことはしていません。
だというのに――あのジャイコフという男は経済悪化の責任を俺に押し付けッ! さらには我が土地と領民を傷付けると宣言してきたのですよッ!? 民草を守る領主として、これが怒らずにいられますかッ!?」
「うむうむ、わかっておるわかっておる! クラウスとやらを始めとした衛兵たちからも、貴様が無実だという調書はもらっているさ。
……それと、ジャイコフに代わってボンクレー領をしっかりと運営しているという話も聞いておるぞ。民衆の評判もすこぶるいいようだし、どうやら立派にやっているみたいだな」
そう言って、ホーエンハイム公爵は俺に優しく微笑むのだった。
お、おおおおおお……この人はよくわかってる人だぁぁぁあああッ!
そうそうそう、俺ってば全然悪くないんだよッ! ジャイコフとかいう頭のおかしい野郎にいきなり喧嘩ふっかけられた被害者なんだって!
衛兵長のクラウスの奴も、「ご安心を、我が主様。貴方に落ち度がないようしっかりと伝えておきましたので!」って言ってたしね。俺の正義っぷりがそのまんま伝わってくれたようで何よりだ。
「まぁ、我輩の立ち合いもなしに殺し合いをしてしまったのはそれなりに不味いが……ジャイコフがベイバロン領をよく思っていなかったのは把握していたからなぁ。事前に決闘の届け出も出ていたし、遅かれ早かれどちらかが死ぬ運命だったか。
――よし、この結果を正式なものとして認めよう。決闘法に基づき、今日からボンクレー領は貴様のものだ。しっかりと管理するがいい」
「ハッ! この命に代えましてもッ!」
よっしゃぁ~~~~~~~! ボンクレー領、正式にゲットだぜッ!
ああ、やっぱりホーエンハイム公爵は良い人だよなぁ。豪快で男らしくってさぁ。
全部の貴族が俺かこの人みたいな性格だったら世界は平和になるのにね?
そう思ってると、公爵様は笑みを深くして呟いた。
「フフフ、やはり貴様と話すのは心地がいいなぁリゼよ。目を見ればよぉくわかるぞ。……ろくに魔法が使えず、『血筋だけの公爵』と揶揄される我輩に対して、貴様は本気で礼を尽くしておる」
えっ、マジで!? 公爵様ってば軽視されてんの!? えー、ないわー! だってこの人すごく良い人じゃん!
たしか色々な農耕法とか水路の作りとか考えて、平民の暮らしをめちゃくちゃ助けてるって話じゃん?
「……ホーエンハイム公爵、それは周りの見る目がないだけですよ。ジャイコフのような魔法が使えるだけの無能より、民衆のために活躍している貴方のほうがよほど上に立つのに相応しい存在だと俺は思います」
「むっ……ふ、ふはははははッ! ずいぶんと大胆なことを言ってくれたなぁ! その発言、領主としての手腕よりも『魔法使い』としての実力が評価される貴族社会においては、失言もいいところだぞ?」
「罰しますか?」
「――いや、感謝するッ!」
勢いよく立ち上がり、俺の肩をバシバシと叩く公爵様。いてぇ。
まぁ元気が出たみたいだからよしとするか。俺ってばマジで癒し系だね!
「うむうむ、貴様の言う通りだな。やはり上に立つ人間は、下の者たちのことを心から思いやれる者でなくてはいかん。部下たちを家畜や道具と同列に扱っていては、どんな集団もいずれ滅びるというものだ。
よし、この国を守るためにも――我輩は決心がついたぞ……!」
おっ、なんか知らんけど新しい政策とか国防の策とか思いついたの? よかったじゃん。
「フッ。応援してますよ、ホーエンハイム公爵。貴方ならきっとこの国をよくしてくれるでしょう」
「おっと、どうやら貴様には我輩の考えがお見通しのようだな!
……ここに来る途中、豊かになったベイバロンの土地や民衆たちの幸せそうな顔を見て予感しておったわ。リゼよ、貴様は貴族としての醜聞などまるで一切考えず、平民のために魔法すらも使っておるな?」
「ええ。民の幸せを願うのであれば、使えるものは使うべきでしょう?」
「グハハハハハッ! あぁ、その通りだッ! まったくもって貴殿は正しいッ! まさに貴殿こそ我が盟友……新たな時代の貴族の鑑よ!」
おおおお……俺の媚びへつらっていくスタイルを馬鹿にするどころか褒めてくれるなんて、やっぱりこの人いい人だー!!!
こんな人格者なら、きっと国を平和な方向に導いてくれるに違いない! 俺ってば一生ついていきますぜッ!
俺もまた立ち上がり、ホーエンハイム公爵と強く手を結びながら誓い合う。
「公爵……共に努力し、平和な国にしていきましょう!」
「うむ、そうだなリゼよ! どれだけ犠牲が出たとしても、必ずや平和な国にしていこうッ!」
うっ、うん? なんかこの人、すっげー不穏なことを言ったような……まぁいっかぁ!
大正義である俺のことを全肯定してくれる超正義なホーエンハイム公爵のことだから、きっとなんかいい感じの策があるんだろうッ!
「さて、そろそろ帰るとしようか! では盟友よ、必要な物や困りごとがあったら何でも我輩に頼るとよいッ! 貴殿のケツは我輩が持ってやろう!」
マ、マジで!? 何でもお願いしていいのー!?
やったぁぁぁああああッ! この人本当にめちゃくちゃ良い人じゃーん!
一緒に平和を目指して頑張ろうね、ホーエンハイムおじさん!!!
◆ ◇ ◆
「――フフフ、本当に有意義な時間を過ごせたものだ……」
揺れる高級馬車の中、ホーエンハイムはにこやかに笑っていた。
ベイバロン領の民衆たちが笑顔で暮らしている様子を窓から覗きながら、彼は心から思う。
これぞまさしく、自分が目指している理想の国家の形だと。
ホーエンハイムは昔から考えていた。なぜ魔法が使える連中は、それを平民のために使ってやらないのか。『ソフィア教』の教えに反するからといって、なぜいつまでも馬鹿みたいに従っているのか。
ああ、たとえ労力を尽くすことになろうとも、民の幸福はいずれ貴族自身の幸福にも繋がるというのに――どうして何の行動も起こさないのかと。
だが、それを訴えたところで“魔法の使えない無能が生意気を言うな”と陰で罵られるだけだ。ゆえにホーエンハイムは様々な農耕法などを必死で考えだし、全ての民衆たちに教え、収益が上がることで自分たちも幸せになると貴族たちに実践してみせたのだが……それでも彼らは動かなかった。
むしろ“土いじりをしてまで民衆の人気を得たいのか”と、見当はずれの陰口が飛び交うだけに終わった。
その結果を受け――ホーエンハイムはキレた。それはそれは盛大にキレた。
今の貴族社会はもう駄目だ。いっそ王族含めて皆殺しにして、国家を一新してしまおうと思いついたのである。
だが、革命を起こすには志を同じくする味方が必要だった。
それをどうやって探そうか思い悩んでいたところで――彼はリゼ・ベイバロンという理想の人物を見つけたのである。
「……あやつの瞳には、正義の炎が燃えていた。一切の迷いすらもない、純粋な光が宿っていた」
悪徳や虚偽を重ねた者は、人間性の歪みや無意識の罪悪感によって自然と瞳が濁っていくものだ。
だがしかし、リゼの瞳はどこまでも真っ直ぐだった。『俺は何も悪いことはしていない。俺こそが正義だ』という意志が、ありありと伝わってきた。
あんなに純粋な目が出来るのは、物語における『英雄』か何も考えてない幼児くらいだろう。間違いなく前者だとホーエンハイムは確信している。
そして『ソフィア教』の教えに真っ向から逆らってまで民衆たちに尽くしているリゼの生き様から、ホーエンハイムは決めたのだった。彼こそが共に反逆を成す同志に相応しいと――!
「我が素晴らしき盟友よ、いずれまた会おう! 全ての悪を滅ぼし尽くし、血塗れの手で平和を掴もうぞッ!」
――こうして、ホーエンハイム公爵は高笑いを上げながら、ベイバロン領を後にしていくのだった。
なお……彼は当然気付いていない。
その素晴らしき盟友ことリゼ・ベイバロンという男が、媚を売るために平民に尽くし始めただけだということに……!
何も考えてない幼児並みに思考が浅い、ただの倫理に欠けた独善野郎だということに――!
かくして、クーデターを考えている大権力者と考えなしで反乱分子を領地に集めているアホという、色々とギリギリすぎるコンビが誕生してしまったのだった……!
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