第十二話:(自作自演で)英雄になろう!
「――出てきてくださいジャイコフ様! どうしてこんなことになったんですかぁッ!?」
「コピー品を大量にばらまかれ、ついに長年続けてきた店が潰れましたッ! なぜいつまでも犯人を放置しているのですかぁっ!」
「この無能領主がぁぁぁあああッ!」
……もはやボンクレー領は荒みきっていた。
衛兵たちの制止も無視して、千人を超える民衆たちが領主邸の門を叩き、必死な形相で吼え叫んでいた。
こうなったのには理由がある。
今から数時間前、スラムの者たちが突如として抗議行進を開始したのだ。
「景気が悪くなっちまったのは、全部ジャイコフのせいだぁーッ!」
「「「そうだそうだぁーッ!」」」
息を揃えて不満の声を上げる多くの人々。
普段ならば貴族に――恐るべき『魔法使い』に平民たちが抗議するなど滅多にありえないのだが、スラムの者たちが作り上げた反乱の空気と圧倒的な数の利が、民衆たちの正気を失わせていた。
けたたましい声が響く中、ジャイコフは憎々しげに呻く。
「黙れぇ……黙れぇ……!」
半壊した領主邸の一室で、シーツに包まり耳を抑え続けるジャイコフ。
だが民衆たちの不満の声は激しさを増していくばかりで、一向に収まることはなかった。
ああ、どうしてこんなことになっているのか。
悪いのは全てリゼ・ベイバロンという男のはずなのに、どうして自分が責められているのか。
いっそ魔法で蹴散らしてやろうかと思ったが、流石にあれだけ多くの相手を攻撃するのは不味すぎると、最後の理性が押しとどめる。
数十人程度を殺したところで散ってくれれば幸いだが、自棄になって特攻でもしてきたら最悪だ。それだけの『家畜』を皆殺しにしてしまえば領の経営にも影響が出てしまう。貴族社会からも無能な虐殺者のレッテルを張られかねない。
そう……まるで百獣の王のごとく畏れられ、生かさず殺さず優雅に恐怖政治を行うのが、模範的な貴族のスタイルなのだ。
だが、しかし――。
「オラァァアアッ! 出てこいジャイコフッ!」
民衆の一人が投げ放った石が、部屋の窓を突き破ってジャイコフへと直撃した。
大した痛みはなかったものの、その『意味』は甚大だった。
“……貴族であり、魔法使いである自分に、薄汚い平民が痛みを与えた……?”
それを理解した瞬間――ついにジャイコフは、ブチ切れたッ!
「クッ……クソがぁぁぁあああああッ! 我を舐めるなぁぁああああ!!!」
顔面を真っ赤にしながら表へと出るジャイコフ。
彼は立ち並んだ民衆たちを睨み付け、積もり積もった怒りを爆発させる――!
「貴様ら全員皆殺しにしてくれるわァッ! ――現れるがいい、ゴーレムゥウウウウウッ!!!」
殺意に満ちた叫びと共に、ついにジャイコフは魔力を解放させる。
彼を中心として地面がボコボコと盛り上がり、何十体もの『岩石の巨人』が姿を現した――!
『ゴガァァァアアアアッッッ!!!』
「ひっ、ひぃいいッ!?」
咆哮を上げる巨人どもに民衆たちは恐れおののく。
これぞ上位の土魔法使い、ジャイコフの実力である。その気になれば一瞬にして超質量の兵団を生み出すことが出来るのだ。
ジャイコフは凄惨な笑みを浮かべると、躊躇なくゴーレムに命令する。
「やれぇ、ゴーレムたちよッ! 薄汚い平民どもを皆殺しにしろォオオオッ!!!」
『ガァァアアア――――ッ!!!』
もはやジャイコフに理性などなかった。
元より、経済を破壊されたことで彼の精神は限界に来ていたのだ。それに加えて、なぜか突然にスラムの者らを中心とした暴動が起こったことで、ついに感情が振り切れてしまったのである。
たとえ人々から虐殺者と罵られようがもう知った事か。一度解放されてしまった暴力性は、そう簡単には止まらない。
「グハハハハハッ! 命を散らせぇ家畜共がぁぁあッ! 貴様らは我ら貴族を楽しませるためだけに生まれてきたのだァッ!」
かくして、巨大なゴーレムたちが恐怖に怯える民衆たちを蹂躙せんとした――その時!
「――そこまでだ、邪悪なる領主めッ!」
雄々しき声が、突如としてボンクレー領に響き渡った――!
震えていた領民たちは一斉に後ろを見る。
するとそこには、大通りを颯爽と駆け抜けてくる黒馬に跨った若者の姿があった。
「我が名はリゼ・ベイバロン! 悪しき魔法使いジャイコフよ、人々の平和は俺が守るッ!」
その凛とした声に、その勇敢なる姿に、ボンクレー領の民衆たちは言葉をなくした。
ああ……まさに彼こそ、物語における『英雄』のようではないか――!
邪悪なる敵を討ち倒しにきた、『救世主』そのものではないか――ッ!
あまりにも出来過ぎたタイミングで現れた男の姿を、ボンクレーの領民たちは恐怖を忘れて見つめるのだった。
そして……、
「なっ……なんだとぉおおッ!?」
恍惚とする領民たちとは違い、ジャイコフは大量の汗を流しながら瞠目していた。
怨敵であるリゼが『決闘』の日時を完全に無視して現れたことはもちろん、驚くべきはその後ろの光景である。
先陣を切るリゼの背後には――二万人を超える人々の姿があった!
それはあまりにも奇妙な軍団だった。シスターがいて、メイドがいて、農民がいて、獣人までいて、さらには子供の姿までもがあった。
しかも輪をかけて奇妙なことに……その全員が、まったく同じ身体付きをした上等な黒馬に跨っていたのである――!
「はっ、はぁぁあ!? 何が起きているのだッ!? ぉ、おいリゼ・ベイバロンッ! こいつらは一体何なんだぁぁあ!?」
かかってこいとは手紙に書いたが、『戦争』なんて仕掛けてこいとは言ってない――!
ドドドドドドドドドドドッ! という地響きを鳴らしながら二万人の人間が二万頭の馬と共に突撃してくる光景に、ジャイコフは眩暈がする思いだった。
だがジャイコフの容体などまったく無視して、彼らは凄絶な殺意を放ちながらさらにスピードを速めていく!
「死ねぇぇぇぇええジャイコフッッッッ!!!」
「オレたちのベイバロン領を滅ぼされてなるものかァァアアアッ!!!」
そう――彼らベイバロン領の民衆たちにとって、“領地を滅ぼす”という言葉は絶対に使ってはいけないものだった……!
彼らは誰もが敗北者である。ある者は邪悪な領主の暴力から逃げ出し、ある者は奇病を患って追放され、またある者は国すらも失ってベイバロン領に流れ着いたのだ。
そして……その地で彼らは出会ったのである。リゼ・ベイバロンという、敬愛すべき最高の主人に。
そんな主人と共に育て上げてきた領地を、滅ぼすだと? ようやくたどり着いた安楽の地を滅するだと!?
それだけは、死んでも許してなるものか――ッ!!!
「殺してやるゥウウウウウウウッ!!! 絶対にブチ殺してやるゥウウウウウウウウッ!!!!」
「ひっ、ひぃいいぃいいッ!!?」
徐々に迫ってくる悪鬼のごとき軍勢を前に、思わず悲鳴を上げてしまうジャイコフ。
そこで彼は気付いた。これほどの大軍が領内に入っていたというのに、なぜ衛兵は知らせに来てくれなかったのか!?
「ぉっ、おいクソ衛兵どもッ! そこら中に検問を敷いていたであろうッ!? お、おいっ!」
暴動を起こした民衆らを必死で止めようとしていた衛兵たちに声をかける。
だが、しかし――!
「あ、すいませんクソ領主様! 自分たち、衛兵長のクラウスさんに誘われて『ベイバロン』領に転職することになったんで! それじゃっ!」
「はっ……はぁぁぁあああああああああああッ!!!?」
ここにきて、衛兵たちが一斉にジャイコフを裏切ったのである――!
彼らはボンクレー領の領民を引き連れ、さっさと領主邸から避難していってしまったのだった……!
そして……一人になったジャイコフは、ようやく気付いた。
「ま、まさか……まさかまさかまさかまさか……ッ!」
経済侵略を行ってきたことはもちろん、スラムの者たちが示し合わせたように暴動を開始したのも、衛兵たちがこうして裏切ったのも――!
「まさかッ、貴様のせいなのかぁぁぁあああッ!? リゼ・ベイバロンッ!!!」
怒りの咆哮を上げるジャイコフ。彼はゴーレムの軍勢を操り、リゼに向かって突撃させる!
だが、それを許すベイバロン領の者たちではなかった。彼らは馬から豪快に飛び上がると、巨大なゴーレムの身体に組み付いていったのだ――!
「死ねぇデカブツゥッ! オレたちのリゼ様を傷付けさせるかぁあああッ!!!」
『ゴガァアアッ!?』
それは狂気的な光景だった。岩石で出来たゴーレムに対し、数多くの人間たちが拳どころか歯まで使って攻撃しているのだ……!
しかも、振り飛ばされても叩き落とされてもお構いなしだった。彼らは傷付くことを一切恐れずに、血塗れになりながらゴーレムを粉砕していったのである――ッ!
「リゼ様ぁぁああああッ! オレたちやったぜぇえええッ!」
「ああ、流石だお前たち! 今治してやろう!」
リゼが応えるや、傷だらけの者はもちろん、踏み潰されて内臓が飛び出していたような者までもが一瞬にして再生していった。
そして彼らは次なるゴーレムに向かって、肉食魚の群れのように突撃していったのであった!
「ひぃいいいいいいいッ!? 何なのだ貴様らはぁぁあああッ!!?」
平民たちが頑強なる魔法生物を噛み砕いていく姿を前に、ジャイコフは失神寸前だった。
彼らは明らかに何かがおかしくなっている。死すら恐れずに歯向かってくる姿は、ジャイコフの理解を超えていた。
ああ、そうさせているのは間違いなく――リゼ・ベイバロンという男だッ!
「リゼぇぇぇえええええええ!!!」
ジャイコフは咆哮を上げると、すでに目と鼻の先にまで迫っていたリゼに特大の石弾を射出した!
当たれば間違いなく即死の一撃だ。むしろ死んでくれなければ困るッ!
だが、しかし――!
「ジャイコフッ! お前を殺し、絶対に俺は平和を掴んで見せるッ!」
リゼは迫りくる岩石に向かって、無数の『肉片』を投げたのだ。
何するものぞとジャイコフが嘲った瞬間、怪異は巻き起こった! 投げられた肉片が白き光に包まれ、一瞬にして無数の『牛』の群れへと化したのである――!
『モォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
「なっ、なにぃいいいいいいいッ!!!?」
『命の創造』という奇跡を前に、ジャイコフは絶叫する。
ああ、無機物のゴーレムを生み出すのとはわけが違う。もはやそれは、回復魔法を超えた別の何かだった! 神の領域を蹂躙する禁忌の力だったッ!
かくして、目の前を埋め尽くした牛の軍勢は石弾をあっさりと粉砕してジャイコフへと殺到。
彼の身体を吹き飛ばし、踏み潰し、一瞬にして原形を留めない肉塊へと変えてしまったのだった……!
「見たかジャイコフ。――これが正義の力だぁぁあああッ!!!」
『モォオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
生後三秒の牛たちと共に勝利の咆哮を上げるリゼ・ベイバロン。
……無数の命を無理やり作り出してぶつけてくるという正義もクソもない攻撃をしてきた彼に、ジャイコフは死に際に思った。
“もしも生まれ変わったら、今度はもう少し命を大切にしてあげよう”と――!
【超絶朗報!】英雄リゼ様大勝利ッ! 邪悪な貴族を改心させてしまう!【まさに英雄!】
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