第一話:チンピラに媚びよう!
――結論から言おう。俺の領地『ベイバロン』は最悪の場所だった。
土地がやせ細っている上に害獣も多く、作物なんてろくに採れやしない。
さらに領民もやべー奴らばかりだ。どっかの土地から逃げてきた犯罪者どもに、追い払われてきた病人に亜人種に異教徒たちだ。
問題が起きなかった日なんて一日たりともなく、貴族とは思えないほど貧しくて殺伐とした環境の中で俺の表情筋は見事に死亡。いつしか無表情がデフォルトになり、ついでに両親はストレスを忘れるためにヤケ酒しまくってアルコール中毒で先日死にやがった。チクショウ、逃げるな。
そんなわけで、俺は十代も半ばにして家督を継ぎ、下級男爵『リゼ・ベイバロン』として領民たちを治めていかなければならなくなったのだが――ぶっちゃけ、無理だろ。
死んだ両親はそこそこの威力の攻撃魔法が使えたから害されることはなかったが、俺は回復魔法しか使えないのだ。このままでは凶悪な領民たちに遊び半分に殺されるに決まってる。
となれば……俺の領主としての振る舞い方は、一つだけだった。
「よーし、領民たちに媚びへつらうかぁ!」
傷付いている奴がいたらすぐに治してやって、要求があれば出来る限り叶えていこう!
“魔法は貴族と王族のみに与えられた神の力だ。下賤な平民たちを畏怖させ、使役させるためのものだ”とか大昔から伝えられてるけど、そんなもん知るかッ! このままだと間違いなく殺されるんだよォ!
……生きるためなら、神聖なる力だろうが野良犬にだって振る舞ってやるわ。
せっかく貴族に生まれたってのに、一度も贅沢もせずに死んで堪るかオラァッ!!!
「たとえ平民の足を舐めることになったってかまわねぇ。生きて生きて生き足掻いて、せめて死ぬ前に一度……腹いっぱいステーキを喰ってやるッ!」
そう決意した俺は、勢いのままに屋敷の外へと飛び出していったのだった。
◆ ◇ ◆
――なんだ、この男は……!
それが、突如現れた新領主に対する、ベイバロン領の荒くれ者たちの印象だった。
彼らにとって貴族とは、魔法という恐ろしい力を笠に暴力を振りかざす最悪の存在であった。
特にこのベイバロン領は、貴族の暴虐に耐え切れずに故郷を逃げ出した者や、無理やり追い出された者が大勢集まる場所だった。
ゆえに貴族への恨みは骨身にしみている。前領主が死亡し、まだ年若い子息が後を継ぐとわかった日には、全員でリンチしてこの土地を乗っ取ってやろうと画策していたほどだ。
そうして寂れた酒場に集まり、計画を練っていた時に――彼は突然現れ、こう言い放ってきたのである。
「――お前たちの痛みと傷は、全てこの俺が癒してやろう」
……最初、荒くれ者たちはその言葉の意味が分からなかった。
その意味を吟味するよりも先に、胸の中の復讐心が一気に燃え上がるッ!
「ぉ……お前たち貴族のせいで、オレは片腕をォオオオッ!!!」
一人の男が咆哮を上げる。
かつて彼は庭師を務めていたものの、ふとしたことから領主の機嫌を損なってしまい、面白半分で片腕を切り落とされてしまったのだ。
そうして失職に追い込まれた日の怒りと悲しみを思い出しながら、男は貴族の少年に殴りかからんとした!
だが、しかし。
「なるほど、お前は片腕がないのか。では生やしてやろう」
「えっ?」
――その瞬間、奇跡は起きた。
少年が一言呪文を唱えるや、まばゆい光が寂れた酒場に溢れかえったのだ。
誰もがギュっと目を閉じ、やがて恐る恐る開いていくと……、
「あっ、あぁ、ああぁあぁあああッ!!? オレの、オレの腕が生えてるぅうううッ!?」
そこには、驚愕の声を上げる片腕だった男がいた――!
生えたばかりの白い腕を何度も何度も触り、動かし、やがて彼は震えながらその場に膝をつく。
「ぁ、ありが、とう……本当に、ありがとう……ッ!」
「いいさ、領主として当然の務めだ」
むせび泣く男の肩を、少年は優しく手で叩いた。
そんな光景に呆然とする荒くれ者たちに、彼は悠然と歩み寄りながらこう告げる。
「片目がない者、片足がない者、明らかに病んでいる者と……なるほど、傷病人のオンパレードだな。いいだろう、全員治してやる」
かくしてこの日――荒れ果てたベイバロン領に幾度もの奇跡が巻き起こり、その数だけ喜びの涙が地面を濡らした。
「オっ、オレの目が見えるようになったぁあああッ!?」
「また歩けるようになるなんて……ッ! あ、ありがとう、領主様……ッ!」
「本当にありがとう……我らが領主、リゼ様ぁッ!」
感動に打ち震える領民たち。
だがしかし――彼らは知らなかった。恩人である年若い領主が、ただ保身のためだけに善行を働いているだけだなんて……!
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