勝ち得た自由の先に
これにてロレンス編は完結となります、短めです。
「本当にもう帰るのか」
「あぁ。そもそも俺もラグナも部外者だからな」
崩れたヤンビャンの中心駅で、オールム達オトポールの面々が3人の男女を見送っていた。ペイルとラグナ、そしてアルツだ。
「残って新国家の手伝いをして欲しい所なんだがな」
「何回目だその話…俺だって元居た馬車屋が心配なんだがな」
「首になってたら顧問官待遇で雇ってやるよ」
「勘弁してくれ、性に合わない」
冗談とも本気ともつかない口調でペイルとオールムが喋っている横では、リルケーがメルズに付き添われながらラグナとアルツの手をぶんぶん振って別れを惜しんでいる。
「うえぇぇ寂しくなるなぁ、アルツも行っちゃうなんて…」
「すみません。でも僕も、外の世界が知りたいんです」
アルツは戦争が終わると同時に一つの決意を固めていた。ラグナの護衛として働いたわずか数日間で、知識欲の塊みたいなラグナにすっかり感化されたアルツはイグナス連邦に行こうと決意していたのだ。
「分かってるって。でも時々は顔を見せに帰ってきてね」
「お前は親か」
「親みたいなものですー!」
メルズにからかわれてもリルケーはこんな調子だ。
「だが俺も、そのうちイグナス連邦には行ってみたいものだ」
「メルズさんもですか?」
意外な言葉にアルツが聞き返した。
「旧プラセンでは数少ない魔法師だったからな。是非とも魔法を日常的に使っている、イグナスには行ってみたい」
「えーじゃ私も連れてってよー」
「はいはい。落ち着いたらな」
リルケーとのやり取りをラグナとアルツはジト目で見守っていた。
「ラグナさん、僕たちは何を見せつけられているんでしょうね」
「ほんとにね」
「あなた達も大概よ?二人きりの時なんかまぁ…」
「わーわーわー!見てたんですか!?」
「だからくっつきすぎは良くないって…」
ラグナ達もあんまり人の事は笑えない。だがそうして一緒に慌てたり笑ったりする瞬間が堪らなく幸せで、ウィルとメルを羨む一方で自分がそんな幸福を手に入れることは無いだろうと漠然と思っていたラグナは、人生の不思議さと運命に内心で深く感謝していた。
「ラグナ、アルツ、行くぞー」
「はーい!」
「今行きます!」
ペイルに呼ばれて慌てて後を追う。イグナスまでまた長い山道になるが、行きに比べて足取りは軽い。結局、村を離れて半年が経つのだ。偵察だけの予定が思いがけず話が大きくなってしまったが、それでも得られた物は大きい筈だ。
プラセンに入国した際に通ったクルストまでは、今日復旧したばかりの鉄道で。その先は再び歩きとなる。
村に戻ったら報告する事が山ほどあるし、イグナスまで行ったらまずはメル達に掛け合ってアルツがしばらく住む場所を探さなければならない。どうせなら自分も一緒に住んでしまおうか、なんて事を考えたら頬が緩みそうだったので慌てて表情を引き締めた。
クルスト行きの汽車の汽笛が鳴る。それは色んな人の新生活の始まりを告げる音にも聞こえた。
*
終戦の報せは近隣諸国へ瞬く間に広がっていった。プラセン共和国もマレス-ナト民国にも貿易をしている国はあるわけで、戦争となれば当然貿易どころでは無い。しかもどちらの国に肩入れするにしても普通は行われる武器弾薬の輸出もこの戦争に限ってはほぼ無く、交易国にとっては経済的な意味で待望の報せでもあったのだ。
当然ソトール海を挟んだ大国、リハルト公国にもこの報せは伝わった。待ってましたとばかりに海に面する北の港町から出て行く交易船に混ざって、1隻の特命を帯びた船がリハルトの地を離れて行く。
「当然の帰結ですな」
「全くだ。やはり戦争はプラセン共和国の勝ち。当初の予定ではオレウムの権益は半分を貰う事になってはいたが、ナトとの戦争で多少なりとも疲弊しているプラセンになら武力をちらつかせればもう1、2割ぐらい取れるかもしれないな」
「逆に戦争の勝利に浮かれて、向こうが当初の約束を反故にするかもしれませんぞ」
「確かに。だがそうなったらそうなったで、本国に軍艦を数隻派遣してもらえばいいだけだ。党首のゲルナという男、随分と享楽的な生活を送ってきたようだからな。付け入る隙はいくらでもある」
船の中で話していたのは、かつてプラセンとナトに武器を供与し両国の衝突を誘発したマセドとその部下であった。
リハルトが策定していた計画では、両国を戦わせ勝った方と貿易を行い、最終的にはオレウムを完全に自国の支配下に置くのが最終目的だった。リハルトは軍事では世界最強を自負するが故に、いくら大海を越えた先で輸送に難があるとは言え、小国に負ける筈が無いという絶対の自信がこの暴挙とも取れる計画を作り上げたのだ。
「しかし交渉場所を最初の場所とは変えてきたのが気になる所だ」
「首都のヤンビャンではないそうですな」
「そうだ。なんでもヤンビャンも多少なりとも被害が出ているとかで、復旧するまでは沿岸の町に今は仮の政府を置いているらしい。私はプラセンの圧勝かと思っていたが、思ったほかナトも奮戦していたようだな」
「オレウムを巡る戦いでは無かったのですか。領土戦になっているとは思いませんでした」
首都まで攻撃されるという事は、単に一つの場所を巡る戦いという事では無くお互いがお互いの領土を侵略しながら戦った事になる。確かにマセドもそこは気になった所だが今は結果が重要だ。
「ま、その辺りは色々あったのだろうな。だが我々には関係の無い事だ」
数日の船旅を終えると、そこはかつて上陸したプラセン共和国の地だ。この街は戦火を逃れたらしく、破壊の跡は見受けられない。スァナイム(5月)の中旬の北の大陸は、南の大陸にあるリハルトに比べてまだ涼しい。
「お待ちしておりました、マセド様」
船から降り立つと案内人らしき女性が恭しく頭を下げる。マセドは一つ頷くと、港の奥へ向かって歩き出した。この時点で港に立つ国旗がプラセン共和国のそれで無い事に気付いていれば、あるいはまだ逃げられたのかもしれない。しかしプラセンをただの資源国としか見ていないマセドが、国旗など覚えている筈も無かった。
案内された建物に入るとまずは携行している武器をプラセン側の人に預ける。これは敵対する意思が無い事を示すもので、どこの国に行っても当たり前の事だ。
話し合いの場所として指定された部屋に入ると、そこにいたのは前回の話し合いの際に出てきた労働者党の党首ゲルナでは無く、見知らぬ人物だった。
「今日はゲルナ殿では無いんですな」
「えぇ。彼は忙しいようで、本日は私、クィルツ・サーランドが務めさせていただきます」
クィルツは軍人上がりかと思わせる程の身体をしており、顔には生傷がいくつかあるような男であった。正直国の貿易に関わる仕事をしていたとは思えない。
だがそれすらマセドには関係の無い事。ここには交渉をしに来たのではなく、リハルト側の条件を一方的に伝え言う事を聞かせに来たのだ。元より相手の弁など聞く気は無い。
「では早速ですが、リハルトとしての見解を申し上げます。最初に提示したこの権益の5割を頂くという案ですが、これを8割に引き上げたい」
さて相手はどう出るか。どうせ約束が違うだのと怒るに違いない。そう考えていたマセドは、クィルツがとった行動に思わず呆気に取られた。
クィルツはマセドの話を聞くなり大笑いしたのである。
「8割か!ナトに吹っかけた条件を越えて来るとは思わなかった。いや、全て持って行くと言わなかっただけまだマシと言うべきか」
マセドは自分の血がスーッと引いていくのを感じた。何故プラセンの人間がそれを知っている?二重外交の事が露見しているのであれば、外交政策は大きく転換しなければいけなくなる。
だがまだ手はある。僅か数年前までは戦争では無敗の国であったリハルトなのだ。イグナス連邦とか言う国相手に負けを喫し無敗は破れたが、それでもイグナスより遥かに小国であるプラセンなど力でどうにでもなる。
「…どこでそれを知ったのか知らぬが、我々としての要求は変わらない。オレウムの権利はプラセン共和国が2割、リハルト公国が8割だ。これ以上は譲ることは出来ん」
「そうか、では我が国としての見解を示しておこう。オレウムで採掘された油はあくまで我が国が所有し、内需で余った分を国外へと輸出する。その際には当方で定める公示価格を基に諸外国は買い付けという形を取り、当方は採掘した油を船に乗せるまでの責を負い後は買い付けた国が輸送を行う。これが今後のオレウム産の油の輸出に関する基本方針だ。あぁ、勿論貴国も貿易協定を結び金を払うのであれば油を輸出する事も吝かではない」
マセドは奥歯を噛み締める。いくら相手が勝った気でいようと、ここまで見下された内容は恥辱でしかない。小国は大国であるリハルトに黙って資源を差し出せばよいのだ。
「…受け入れられないな。リハルトとしては貴国の勝利の為に供与した武器の分も含めて、しっかりプラセン共和国にはその分を清算してもらわねばならない」
「ではそのプラセン共和国が存在しないとしたら?」
「は?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまったが、クィルツは続ける。
「オレウムにおける戦争に勝ったのはマレス‐ナト民国、プラセン共和国の党首ゲルナは捕縛されその他の高官も裁判待ちの身である」
「何だと!?」
マセドは信じられない思いで席を立つと、外に見える筈の湾口を見た。そこには見慣れない国旗がはためき、今しがた乗って来た船は同じ国旗を付けた船に臨検を受けている様子だった。
「リハルトに送った公文書のみ、他国とは違う内容で送らせてもらった。大国であるが故に、諸外国と情報の突合せを怠ったか?驕ったものだ」
「…国として発信する公文書の意図的な改竄は協約違反だ」
「その事については諸外国から了承済みだ。我が国が交易国とする他の数国は、ほぼ二つ返事で許可してくれたそうだ。
そして貴国がプラセン共和国とマレス‐ナト民国に仕掛けた二重外交。及びソトール海沿岸国貿易協定、燃料資源交易法第2条、第5条の違反については既にイグナス連邦やユラントス王国を含む交易国に通告済みであり、遠からず制裁があるだろう」
クィルツが一気に言い終わるや否や、会議室に数人の男が入って来てマセドを拘束した。
「何をするか!私はリハルト公国から全権を委任された…」
「リハルト公国の代士、マセド・ラーレン。あなたはこの国、プラティリア国の法律で裁かれる事となる。もっとも外交交渉で本国送還となる可能性は高いだろうがな。連れて行け!」
負け惜しみを垂れながらマセドは連行されていく。今頃は一緒に来ていたマセドの部下も連行されている筈だ。
これでこの国の因縁の一つは消えたとプラティリア国外交省の補佐官となったクィルツ・サーランドは、安堵した気持ちで見送った。
国が併合してから1か月が経ち、ヤンビャンの復興も道筋が見えてきている。同時にヤンビャンの食糧庫とナトに備蓄してあった食糧を一気に旧プラセン共和国の農村地帯に放出し、飢餓に苦しんでいたマルカラーノ達の救済にも入った。
マルカラーノ達の農地は徴税の為の無茶な農業で荒れ気味ではあったが、そこにも新しい農薬を散布したりして効率を上げる予定である。それにもう食料の徴発は無く、余った食糧は適正価格で買い取りとなる。それだけで農民達は大いに盛り上がり新生プラティリア国を支持するようになった。
オレウムで産出される油を有効に利用できるほどプラティリアの工業は発展していなかったが、いち早く国交の樹立を宣言したイグナスやユラントスなど周辺諸国から技術の供与を受け、戦禍の復興を推し進める予定だ。
オトポールはその存在意義を失い解体されたが、希望した兵士達はそのままプラティリア国軍へと編入され一つの国の防衛に当たる事となる。オールムはそのまま暫定的なプラティリアの副元首に収まり、他の3人の小隊長も旧ナトを支えた高官達と共に重職に就く事となった。
金で国民を支配した国の歴史は民衆の力で終わりを告げ、新たな国の歴史が始まる。再建は始まったばかりだが、行く道はどこまでも明るい。
19時に後書きを更新します、良ければ読んでいってください。
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