民は黙し、為政者は嗤う〈前編〉
ここでは"黙し"と書いて「もだし」と読みます。
大統領府に入ったオールム達は迅速に内部の兵士達を制圧していく。一度来た場所という事もあり、どこに行けば上に行く階段があるかなども判っているし、オールム達は知る由も無かったが建物内部の兵士達の大半はリンゼンとの攻防戦で疲れているのも幸いした。
先に入ったオールム達が地階にいる敵を制圧し、後から来たペイル達と合流すると前にも通った階段を一気に登り始めた。平民街ではとうとう正規軍が投入され反乱軍が押されているとの報告があったばかり。オレウムに進軍している軍が引き返してこないとも限らず、まさに時間との勝負だった。
「急げ、とにかく党首のゲルナを押さえれば俺達の勝ちだ」
そう言いながらオールムは切りかかってきた敵兵を躱し、たたらを踏んだ敵を他の味方が仕留めていく。階段の上から下から敵兵が湧いて出てきて何度か挟撃されそうになるものの、上はラグナの防御魔法で守り下は数が少ないので盾を駆使して守っていた。
そうして進むうちに、突然前に侵入したときには見なかった階段を塞ぐ壁が現れた。
「おい!こんなものあったか!?」
「いや、無かったぞ!」
その壁もリンゼンが上の階に逃げた事を踏まえ、階下へ戻れなくして追い詰めるつもりで設置された大統領府の防衛機構の一つだったが当然知る由も無い。
「じゃこいつを試してみるか」
そう言ってペイルはリルケー達から預かった銃を構え、特に一点を狙うでも無く連射した。するとすぐに向こうで待ち構えていた敵ごと壁を吹き飛ばす。
「何という…」
「こんな代物が平民街で使われているのか。尚の事さっさとケリを付けないと、平民街が制圧される」
平民街にいるカラン達他の隊長や味方達が制圧されれば、必然的に貴族街にいる自分達は孤立する。そうなればもはや全滅は避けられず、その意味でも早く決着を付けなければならない。
*
敵が大統領府に侵入してきたという報せは、すぐにゲルナやスィミルの耳にも入った。リンゼンに大統領室に入られ、しかも党の最高機密まで見られた後のこの報告に、流石の2人も焦りの表情を浮かべる。
「一体ここの防衛体制はどうなってるんだ!」
「申し訳ございません。この騒ぎが終わったら、直ちに大統領府の兵士は全員配転させます」
「ならば早くこの騒ぎを収束させよ!このまま奴らの侵入を二度も許すようでは、労働者党の体裁も何もあったものでは無かろう!」
ゲルナは怒りに任せてそう怒鳴りつけると、ずかずかと自らの執務室へと戻っていった。
「全く、老人は気が短い…」
スィミルはそうぽつりと呟くと、すぐに脇に控える部下にある指示をした。それを聞いた部下は一気に青ざめる。
「スィミル中佐、それはかかる外敵に対しての緊急事態時を想定したもので…」
「オトポールの連中にこの大統領府にまで乗りこまれている状況で、君はまだ非常事態には当たらないとでも言うつもりか」
「い、いえ。しかし…」
「なんだ!何か意見があるなら言ってみろ」
尚も渋る部下に、スィミルは苛立ちを隠そうともしない。
「で、ではお言葉ですが…その命令は本来大将や中将で無ければ指令できないものです」
スィミルは一瞬驚きの顔を浮かべ、すぐに呆れたように溜息を吐いた。
「出世したいのならばもう少し政治を勉強し給え。今年初めの党大会で、作戦参謀長も現場の状況次第で命令を出す事が許可されているぞ」
そう言われてしまっては部下はもはや従う他無い。一礼すると部下は出ていった、命令を実行する為に。
そうしてすこし経つと、窓の外に独特の色の信号弾が4回上がった。それを見てスィミルは口角を吊り上げる。
「よし、後は平民街を完全に平定されるのを待つだけ。そうすれば貴族街に入りこんだ害虫などすぐに駆除してくれる…」
スィミルは自らの命令が実行され、満足げにそう言った。
だがスィミルもゲルナも他の高官達も、その慢心ゆえに大事な事を失念していた。
大統領府の地階から入られたという事は、もしそこが制圧されれば孤立するのは高層階にいる自分達であるという事を。そして地階は既に、寝返った暗隊の手によって制圧されていた。
*
その謎の命令が指示された頃、オールム達は懸命に上へ上へと目指して階段を上がっていた。想定していたより敵の数が多く手間取ってはいるものの、徐々に徐々に上へと歩みを進めていた。
やがて前に来た時には針金で錠を開けた、4階の扉へと辿り着いた。流石に扉を守る兵士達はこれまでの兵士と装備が違い、より強力そうな武器を携行している。
階段の踊り場から扉の様子を伺おうとすると、間髪入れずに銃弾が飛ぶ。これまでの階と同様に銃だけ差し出して乱射してみても敵に損害を与えられた様子は無い。
「しっかりした盾を持ってるみたいだ。ペイル、その銃でどうにか出来ないか」
「いや、出来ればこの銃はあの壁をぶち抜く時に使いたい。案外装填できる弾が少なくてな、無駄打ちして大事な時に使えないのは困る」
リルケー達の持って来た銃は確かに竜の魔法の力によって尋常ではない力を有していたが、その為の改造ゆえか通常の突撃銃と比べて装填できる球数が少なかったのだ。しかも銃弾の口径も他の敵兵が持っている物と違う規格である為に、鹵獲した銃から銃弾を頂戴することも出来ない。
「ラグナ、任せられるか」
「相手が見えない事には範囲魔法でやるしか無いですし、場所も考えると手っ取り早く炎波で大丈夫ですか?」
「問題無い。扉がどうにかなってもコレで吹っ飛ばす」
「わかりました」
そう言うなりラグナはすぐに手先に火の玉を作っていく。既にこれまでの戦闘でも防御魔法を中心に魔法を連発しているのだが、それでも魔力切れを起こさないのはコルナーの任を預かるだけあるという事だ。
やがて一定の火の玉を生み出すと、呪文を呟きながら踊り場の壁越しに相手の方に投げる。
突如階下から現れた火の玉に、敵は対処を迷った。上層階を守るのはプラセン軍の中でも選りすぐりの精鋭であるとは言え、それでも魔法が使えるわけではない。あくまでプラセン共和国で魔法を使えるのは暗隊だけなのである。
火の玉はゆっくりと近づいていく。すると兵士の1人が「何だか分からないが火には水だろ」と言って、携行していた水筒の水を一気にその火の玉にぶちまけた。
瞬間、大量の煙が階段を覆った。
「何だ!」
「どうした!」
お互いの兵士達の喧騒が飛ぶ中、突如として銃撃戦が始まる。
「ラグナ!」
「はい!」
ペイルの指示が飛ぶより早く、ラグナは素早く防御魔法を展開する。だが魔法に銃弾が当たる感触はほとんど感じられない。お互いが突然の状況変化に焦って銃を乱射しているだけで、せいぜいその跳弾が当たるぐらいだけだったのだ。
「何が起こったんだ」
「あの魔法は火を高度に圧縮させて、何かにぶつかった瞬間に小規模な爆発を起こすものです。ですがああやって煙が出たという事は、誰かが水をかけたのでしょう。この火魔法に水魔法を組み合わせて煙幕を張るのは私達もよくやる事ですが、まさか敵がやるとは思いませんでした」
「偶然だろう。そうでなければ敵はこの隙を狙って一気に攻めて来る筈だ」
ペイルの言葉通りまだ煙は晴れないが、敵が階段を下りてくる気配も感じられない。ならばむしろ今が好機だ。
「オールム、今を逃すとまた膠着状態だ。今のうちに行くぞ」
「しかしこの煙が晴れない事には…」
「いや、さっきまでやっていた戦法が今でも最初だけなら通じる」
その言葉にオールムがハッとした表情を浮かべ、次の瞬間には自らも銃を手にしながら部下に命令を飛ばす。そして先ほどまでやっていた戦法、壁越しに銃を乱射して敵を殲滅するという古典的にしてわかりやすい方法を実施した。一通り撃った後に足元の薬莢を掻き分けて覗き見れば、狙い通り壁の前の敵は全滅している。
「よし、行け!行け!」
その壁を突破すれば上層階だ。はやる気持ちをなるべく抑えつつ、オールム達は駆け足で階段を上がっていく。階ごとに壁はあったが、それらは下層階の階段にあった壁と同じで柔い物。守る兵士さえ倒してしまえばどうという事は無い。
やがて前に侵入した時に来た階を通り過ぎる。前回は見逃していたが建物はまだ上に伸びており、党首や大統領がいるとすれば最上階と考えるのが自然だ。そうしてもう一つ階を上がると、倒された兵士の呻き声が耳に留まった。
「も、もう無駄だ。高官の方々は安全な場所に避難している…貴様たちは終わりだ…」
床に倒れ血を吐きながらも、敵の兵士は気丈にもペイル達を睨み付ける。
「ほう、では死ぬ前の土産に教えてくれ。その高官はどこだ」
「そんな事、教えるわけが…」
「だろうな」
ペイルはそう言うとおもむろに兵士の脇に屈みこみ、首筋に不思議な魔法陣を描き始めた。現代魔法では魔法陣は巨大な魔法を使う時にしか使用しない為、ラグナも訝しげな顔で見ている。
「何を、する気だ」
「貴様の身体を使って一つ、魔法ってやつを発動しようと思ってな」
ペイルが大真面目な顔でそう言うと、敵兵は面白そうに顔を歪める。
「魔法だと?…ふん、この国において魔法など、邪悪極まりない。それに…」
「それに、なんだ」
「この国で魔法が使われれば…必ず暗隊が始末しに来る。そう言う風になっている」
最期の悪足搔きにも似たその言葉にペイルは思わず苦笑した。
そもそも魔法で敵を索敵する方法は一つしか無い。常時薄い魔法を索敵したい範囲に広げ、魔法源からの反射で距離や大きさを知る方法だ。だがそれには膨大な魔力が要るし、常時展開出来る物でもない。
「貴様は状況が分かっていないようだな。まぁいい。俺はちょっと、黒魔法ってやつも齧っててな。今お前の首筋に書いた魔法陣は、お前の体そのものを巨大な爆弾にしてしまう物だ。俺達は防御魔法でどうにでもなるようにちゃんと調整しているが、それでも爆発すればこの建物ごと吹き飛ばせるだけの威力を持つ。当然党首だろうが誰だろうが死ぬ」
ペイルが努めて表情を変えずにそう言うと、見る間に敵兵の顔は強張っていった。
「理解できたか?もう一度言う、高官はどこだ。まだ隠すようなら、建物ごとお前の身体を使って吹き飛ばさせてもらうぞ」
「う、上だ…!大統領室にいる!」
「そうか。では貴様は用済みだ」
聞きたい事は聞けたとばかりに、敵兵の腹に強烈な拳を加える。兵士は何が起こったか分からないうちに気絶した。あるいはそれが止めだったかもしれないが、関係の無い事だ。
「よし。上だそうだ、行くぞ」
「お、おいペイル。その魔法は解除とかしなくて大丈夫なのか…?」
オールムが心底不安そうな表情でそう聞くと、ペイルとラグナは顔を見合わせて笑った。
「なぁ、そんな魔法があったら大変だな」
「そうですね。黒魔法なんて随分前に廃れた物ですし、ちょっと笑っちゃいそうになりました」
2人の言葉にオールムは一瞬唖然とした表情を浮かべたが、すぐに意味を理解した。要するにはったりを仕掛けただけで、多少は魔法に関して見てきた自分でも騙されるのだから見た事も無いであろう敵兵など簡単に騙せると踏んだのだろう。
*
大統領府は4階から上が党や軍の高官の階となる。その防衛線を破られた事はすぐに上層階にいた高官達に伝わり、4階と5階にいた高官の中でも位の低い者を見殺しにして上層部から最上階への避難が始まっていた。
もっとも建物は7階建て、前回侵入した時にオールム達が侵入した作戦参謀室は6階にあるので実際に最上階へと避難できたのはゲルナやスィミルをはじめとした数名だけだ。
「守備兵どもは何をやっておるか!軍総長はおらんのか!?」
「ゲルナ様、落ち着いてください。総長は今は現場の指揮所にて総指揮を取られております」
嘘だ。軍の最高位である総長は、スィミルがある事無い事吹き込んで5階の軍の高官の部屋にいる。その階は捨てられ、今頃は敵に捕まるなりあるいは殺されているかもしれない。この騒ぎを解決しそれに乗じて自らの地位と権力を高めようと考えたスィミルの計略だった。
「そ、そうか。だが侵入した者どもはどうするのだ」
「残念ながら…現状では止める術がありません。ですが、やつらを追い詰める手筈は既に整えております」
スィミルが発した命令は単純なものだ。"如何なる犠牲を払ってでも、敵を殲滅せよ"という事に尽きる。そうして平民街の敵を抑え込んでしまえば、展開していた軍は貴族街の鎮圧に本腰を入れられる。
報告では貴族街やこの大統領府に侵入したオトポールは少数、いくら自分や党首が捕まろうとも数の差が分からない敵ではない筈だ。万が一大統領室で真実を知る事になっても、所詮死者は何も語らない。
「ご安心くださいゲルナ様。もしここまで来ようとも、大統領室の警備兵はプラセン軍の中でも精鋭中の精鋭。なんでも敵方には魔法師がいるとの情報が入っておりますが、しかしここの兵は暗隊との模擬戦でも長時間耐え得るほどの防御魔法を有しております」
プラセン軍とて完全に魔法を完全に蔑ろにしていた訳では無い。魔法戦闘に特化している暗隊の他に、一部の最重要施設を守る兵士の中で魔法を使える片鱗を示した者や、あるいはヤンビャン外の町村から拉致した子供で暗隊になるには力不足と判断された者に防御魔法を徹底的に叩き込み、予想以上の敵が現れた際の最終防衛線としていたのだ。
「いずれにしても奴らはこの戦いで全滅、一緒になった愚かな平民共も一緒に駆除できるのです。新秩序を築くには十分すぎる動機、そして正当な理由があります。この騒ぎが終われば二分していた戦力をオレウムに集中投入できます。さすればナトとの戦いも我々の勝利、莫大な資源を手に入れる事が出来ます。リハルトとの約束などどうでもよろしい、なんだかんだと言っても資源を持っているのは我々ですからな。ゲルナ様は安心して、この騒動の後に訪れる新しいプラセンの王となれるのです」
自分達がかなり危機的状況に陥っているにも関わらず、スィミルのその滔々とした自己陶酔にも似た演説は、よもや自分達が負けるのではないかと考えていたゲルナや他の高級官僚に自信を持たせるのに十分であった。
「そ、そうだ!我が軍は世界最強!」
「偉大なるユールス様の覚えめでたき我が労働者党が!我がプラセン軍が!必ずや憎き敵を撃滅してくれる筈だ!」
高官が口々にそう叫ぶ。それは鼓舞された者らの興奮した叫びとも、あるいは進退窮まった者らの救いを求める声にも聞こえた。
*
「ここだ!ここがユールスの居る部屋だ!」
最上階の部屋の前にある戸に立ちはだかる兵士越しに、大統領室の文字が見えた。ここが戦争の終着点、圧政から民を解放する楔になるのだと思うとオトポールの兵士達の攻撃にも力が入る。
だが部屋の前に立ちはだかる敵兵はおもむろに手を目の前にかざすと、一つの魔法を展開した。
「防御魔法…!それもかなり密度の濃いものです!」
ラグナが顔を歪めながら言うと、オールムも当然反応する。
「何故暗隊でも無い彼らが使えるんだ!?」
「分かりません!ですがあの密度だと、生半可な攻撃では…」
当然魔法である以上攻撃を加え続ければいつかは破壊できるが、今はそんな時間は無い。もたもたしていると階下からの敵兵に挟撃される恐れがある。
「今は時間が無い。これを存分に使わせてもらおう」
ペイルはそう言って改造された銃を構える。敵兵の顔つきが俄かに変わった。
「おい貴様ら、それをどこで…」
敵の1人が慌てた口調でそう言ったが、構わず安全装置を外しその銃口を敵に向けて構える。
「そんな事はどうでもいいだろう。俺は貴様らの敵、貴様らは俺の敵。ならば、持ちうる武器を使って敵を倒す事に何を躊躇う事がある」
プラセン軍兵器局が"竜の力"を組み込んだ銃が火を吹いた。連射で打ち終わるとすぐに次の銃を構え、敵に防御魔法に集中せざるを得ない状況を作る。
「卑怯だぞ!」
脂汗を浮かべながら防御魔法を維持する敵兵の1人が叫んだ。
「戦争に卑怯も何もあるか。あるのは血と硝煙と、拭いきれない憎しみだけだ」
抑揚の無い声で言ったペイルの脳裏には、イグナス軍に従軍していた頃の記憶が蘇る。昔の様に魔法を使った接近戦には無い、誰に向けていいか分からない怨嗟と悲嘆が機械化された戦場にはあった。こうして目の前に敵がおり、何故自分が殺されたのか明確に分かる。それだけで幸せだと思わせるものが、本当の戦場にはあった。
やがて防御魔法が音を立てて割れる。生身になった敵兵に銃弾が突き刺さり、すぐに部屋の前の敵兵は沈黙した。
「…行くぞ」
そう言ってペイルは、どうせかかっているであろう鍵の部分を吹き飛ばす。中から悲鳴のような声が聞こえてきたが、お構い無しに部屋の戸を開けた。
この世界における索敵は、一次レーダーの劣化版みたいなものです。
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