それぞれの思惑
「壁の門が開いたぞ!行け!あいつら《労働者党》に俺達の叫びを聞いてもらうんだ!」
そう言って開けられた"矛盾の壁"の門からまず貴族街に雪崩れ込んだのは、オトポールの兵士ではなく平民街の民衆だった。
もはやオトポールが煽り立てるまでも無く、募りの募った不満をぶちまけんとして平民達は手に手に武器になりそうなものを持って押し掛けたのだ。
もし民衆が思っていた以上に冷静で門を解放しても貴族街に行かないというのであれば、ペイルは兵士を一部ヤンビャン市民に見立てて貴族街に殺到させるつもりでいたのだが、現実はこうして怒れる市民が次々と門を越えていく。ひたすら甘い汁だけを吸わんとして築いた砂上の楼閣はあまりに脆い。
「オールム、今が好機だ。俺達も行くぞ」
「よし、突撃班を集合させろ。決着をつけるぞ!」
ペイルの言葉に呼応してオールムは大統領府を攻め落とす為の隊を呼んだ。すると兵士の中で一人、女の声がした。
「あの!私も行っていいですか!?」
そこには火炎瓶やら手製爆弾を吊り下げた帯革を腰に巻いた、カルスが立っていた。その目は何か確信めいたものを感じさせる。
「カルスか、来てもいいが身の保証は出来ないぞ。だがどうしてだ」
「教化所でペイルさんがクルセって人に頼まれた言葉、どうしても引っかかっていたんです。その言伝を頼んだ人って、党の人なんですよね?」
ペイルは神妙な顔をして頷いた。どんな人か教えて欲しいとの言葉のままに、カルスにクルセの事を教えたのはペイルだ。
「なら私も行きます。私にその言伝を頼んだ人に1人だけ心当たりがあるんです、もう絶対に逢えないと思っていた人なんです!」
カルスの初めて見せる気迫に、オールムもペイルも思わず頷いた。
「私は問答無用なのになぁ」
ラグナがペイルの隣でそう漏らす。
「ラグナは仕方ないだろ、敵がどんな出方をするかわからない以上は貴重な戦力だ」
「冗談ですよ」
「そう言えばナトに行った後に隙を見てはラグナと一緒にいる子、アルツと言ったか。あの子はどうしたんだ?」
「あぁ…アルツも一緒に行くって言ったんですけど、何とか説き伏せてヤンビャン外壁の門を守る隊に付けさせました」
そう言いながらラグナは、自分もラグナさんと大統領府に攻め込むと息巻いていたアルツの姿を思い浮かべた。ラグナさんに何かあったら心配だと言っていたが、ラグナからすればアルツの方が心配だ。だがそうして自分の事を真剣に心配してくれるのは内心ではとても嬉しかった。恥ずかしくてそんなこと言えないが。
*
貴族街に突入すると入れ違いに脱出しようとする貴族街の住人とすれ違った。ペイルは兵士達には逃げる貴族街の住民には手出しをするなと厳命していたが、見れば平民街の住人の中には貴族街の住人を捕まえて暴行を加えるものがいたり、どさくさに紛れて家に侵入しようとする者までいた。
「くれぐれもあんなふうな事はさせるなよ。要らない禍根を生む事になる」
「分かってるさ。だが彼らの気持ちもよく分かる、ずっと抑圧されてきて最近の貴族街と平民街の明らかな差も露見したんだ。何かしてやらなきゃ気が済まないんだろう」
オールムの言葉にペイルは無言で返した。オールムだって内心はもはや暴徒と化した平民街の民衆の様に、貴族街の人々に思う所はある筈なのだ。だがそれを理性で抑え込んでいる。オールムだけではなくカランもクィルツもナレスも、他のオトポールの兵士達皆もだ。その苦しみや悔しさを真に理解できない部外者がこれ以上口を出すべきではない。
少し進むと避難する人混みの隙間から、道いっぱいに敵兵が布陣しているのが見えてきた。
「身を隠せ、ここからが正念場だぞ」
味方の兵士達が素早く身を隠すが、敵も目ざとくこちらを発見するや銃撃を開始した。周りにはまだ逃げている貴族街の住人がいるがお構いなしだ。
「奴ら、貴族街の人達もどうでもいいんですかね」
「さぁな、あいつらの考える事はわからん。とにかく今は、あの防御線を突破する事だ」
そう言いながら味方はめいめいに銃撃の隙間を突いて、敵防衛陣地に爆弾を放り込んでいく。
「まずいな、あまりここで膠着状態にはなりたくないんだが…」
ペイルが自らも銃を手にしながらそうぼやいた。あまり前線で膠着状態が続くと、敵は次々に補給を行い泥沼の様相を呈する事になる。オトポールにとってここは敵地、不利な状況下でそうした戦いをするのは極めて危険だ。
「被弾した…!」
「爆弾が残り少ないです!」
現にこうして隠れた幾つかの場所からは、早くも限界を訴える声が出始めている。
「ラグナ、はったりでもいい。敵を一瞬怯ませたりは出来ないか」
「はったりじゃなくても出来ますよ?」
「いや、それで武器が傷付いたら困る。あくまで脅しだ。いいか、俺が合図したら…」
ペイルはラグナに即席の作戦を伝え、それをオールムにも伝える。焦りの張り付いた表情を隠そうともしないオールムは、作戦を聞くと一も二も無く頷いた。
「力を抜けオールム、隊を率いる者が感情を出していたら率いられる方は不安になるばかりだぞ」
「…そうだな。全く、今になって実戦経験の少なさが嘆かわしいよ」
オールムは自嘲的に薄く笑ったが、すぐに顔を引き締め敵の方を見据えた。離れた他の建物の影に隠れた味方に作戦を説明する事は不可能であり、必然的に自分達とその近くの死角に隠れた少数の味方でやる他無い。失敗すれば負けは確実なのだ。
「火炎瓶を一つ使ってもいいですか?」
「おう、いいぞ持ってけ持ってけ」
「有難う御座います」
近くにいた兵士に断って火炎瓶を一つ手に持つと、砲火が止んだ一瞬を見計らって敵へと投擲した。
それだけなら皆がやっている火炎瓶での攻撃だ。敵の目の前、あるいは陣地の中に投下し小規模な火災を起こし、敵を混乱させて交戦意欲を削ぐ。だがただそれだけである。慣れてしまえばどうということは無く、飛んでくる火炎瓶を盾で守れば損害一つ出ない。
だがラグナの投げた火炎瓶は違った。投擲した瞬間手元で魔法を二つ準備し、その一瞬を待つ。
やがて火炎瓶は敵陣の少し手前で落ちた。火が中の油に引火した瞬間、ラグナは二つの魔法をほぼ同時にその火炎瓶に放つ。
まず純粋な火の魔法が火炎瓶を包み、それまでとは比べ物にならない程大きな炎が発生した。これまでとは違う反応に敵が驚いたのも束の間、すぐに第二の風の魔法によってその火炎は敵の陣地を包み込むように広がった。
一瞬、火が敵陣を撫でただけである。だが効果は絶大だ。
決まり切った攻撃しか出来ないオトポールに敵は完全に油断していたようで、突如襲った火に完全に怯んでしまった。
「行けっ!」
ペイルの鋭い一声と共に、数名に兵士が一斉に敵陣に向けて殺到する。数名軍服に火が付きそちらに気を取られていた敵兵は、完全に迎撃する時機を逸した。防衛陣地に組まれた土嚢の上から覗く機関銃に手をかけた頃には既にオトポールの兵士は土嚢を乗り越えてきており、引き金を引くより早く無力化されていく。
膠着した戦線の突破を図ったその目論見は見事に当たり、最初こそ普通の火炎瓶の爆発ではないそれに驚いていた他の場所に隠れていた味方も、オールム達が防衛陣地を崩しにかかっているのを見て次々と切りこんでいく。
最初のラグナの攻撃から僅か数分で睨み合っていた防衛陣地は完全に制圧され、オトポールは先へ先へと進んでいった。そうして散発的な敵の抵抗を躱しつつ、少し進んだところで遂に大統領府の前へと攻め入る事に成功した。
「防衛陣地はあそこだけだったのか?」
「敵も兵士がいないんだろうな、あるいは突破されると思ってなかったか」
話しながら再び建物の影に身を隠す。大統領府の前にも土嚢と機関銃で構成される防衛陣地があり、ここを突破しなければ侵入は出来ない。再び長い睨み合いが始まる。
*
一応は重要人物として貴族街の邸宅から大統領府に避難していたリンゼンの元に、党から直々に"竜を使って暴徒を鎮圧しろ"との命令が来たのは、オトポールが目抜き通りの防衛陣地で睨み合いをしている頃だった。
「断る、だと?貴様、自分の立場を分かっているのか」
立場上間違いなく協力すると踏んでいた党幹部の男は、リンゼンのにべもない返事に思わず聞き返した。
「分かっている。だが断る」
「我々はユールス様とゲルナ様の大いなる慈悲によって貴様の身柄を受け入れた、と言った筈だ。それとも貴様らの如き蛮族は受けた恩を仇で返すのを是とするのか」
党幹部の徴発とも恫喝とも取れる言葉にも、リンゼンは表情一つ変えない。
「自尊心を擽り冷静さを失わせ、自らに有利に進むように会話の主導権を握る。お前達は皆そうだな。それともお前達の謳う高潔なる思想は、所詮その程度だという事か?」
「貴様…!黙って言わせておけばつけあがりおって!いいから貴様は竜を使い、あの邪悪な暴徒どもを鎮めよ!さすれば金も美女も宛がおうと言っているのだ、それを何故断るか!?」
狂ったように喚く党幹部を見て、リンゼンは溜息を吐いた。誰のせいだとでも言いたげに。
「私が亡命を望んだ時、まず身ぐるみ剥がされて身体検査をされた。その時お前はその場にいたか」
突然の話に党幹部の男は眼を瞬かせると、少し考えて首を振った。
「そうか。お前達は簡単に竜を呼べ竜を呼べと言ってくれるがな、その為には身ぐるみ剥がされた時に持って行かれた石が必要なのだ。まずはその石を持ってこい、話はそれからだ」
相手が唖然としているのをよそに、リンゼンは再び溜息を吐くと足を組み替える。
「大体、私は私の知り得る竜の情報を提供するとは言ったが、竜を直接出すなどと約束した覚えは無い」
リンゼンの言葉に党幹部の男は不意に懐から銃を取り出し、躊躇いも無くリンゼンの頭を掠める様に銃弾を放った。
「恐らく貴様のその石とやらは、大統領府の押収品倉庫にある筈だ。付いて来い、そして貴様がその石を探し竜を呼ぶのだ。従わなければ、次は当てる」
硝煙の微かに匂う部屋に撃鉄が上がる音が響いた。するとリンゼンは観念したように席を立つ。
「ふん、最初からこうすれば良かった」
リンゼンは背中に銃口の感触を感じながら、部屋を後にした。
*
大統領府の地下には、国外から来た者が何か不都合な物を持っていたりした時にそれを押収し保管しておく倉庫がある。
党幹部の男はリンゼンの背中に銃を突きつけたまま、倉庫の電気を点けた。ヤンビャンの電気は50年以上前の動力革命の際に作られた旧式の水力発電機に依存しており、ヤンビャン以外には供給されず勿論平民街にでさえ街灯や一部の商店ぐらいにしか整備されていない。
貴族街でも倉庫に電気を使っている場所は稀だが、大統領府はその点でもあらゆる面で優遇されているのだった。
「貴様が来た辺りの押収物は…これだ。後は自分で探せ」
リンゼンは銃で小突かれながら、示された倉庫の棚を探す。フリをしていた。
元より享楽を求め村から逃げた身だ。竜の神に捧ぐコルナーの誓いはとうの昔に捨て置いて来たし、だからと言って今更プラセン共和国に忠誠を誓うつもりも無い。
そもそも自らの欲望を満たす為なら、プラセン共和国にこだわる必要も無いのだ。噂に聞く海の向こうのリハルト公国でもいいしその途中にあるというユラントス王国でもいい。リンゼンは竜の情報がどれだけ貴重な物か、このプラセンでの待遇を通して知ってしまった。ならばその情報を持ってさえいれば、どこに行っても好待遇が約束されると信じていた。
耳に入る情報はかなり断片的ではあったが、ナトとの戦争が負け戦なのは貴族街に居ても薄々わかる。老木にいつまでも縋っていては自らも折れてしまう。ここらでプラセンを離れるべきだと、リンゼンは考えていた。
だがその一方で、まだ脱出は出来ないとも考えていた。最近になって労働者党に反抗する者らが頑張っているとかで、ヤンビャン全域が緊張感に包まれて見回りの兵士も多くなっている。
自分も監視下に置かれる中で脱出は難しく、身柄の安全確保とかで大統領府に移されてからは尚の事ヤンビャンを出るのは難しくなってしまった。
ならば今できる事はひたすら時間を稼ぎ、脱出の時期を窺う事だ。党は軍を通じて竜の力を用いた新兵器を作ったと盛んに喧伝していたし、これで戦局が再びプラセン側に傾くのであれば重畳。そうでないのであればさっさと逃げれば良しだ。
そんな訳で倉庫を探すフリをしているうちに、まずプラセンでは見る筈の無いものが目に入った。思い返せばこの戦争、勝てばよいとは思ったが耳に入る断片的なその情報は、やれ平民街では徴兵が始まっただの息子が帰ってこないだの。負け戦が濃厚ではないか。ならば、逃げだすのが一番合理的だ。今すぐにでも、これを使って。
「おい、どうしたリンゼン。石とやらはあったのか」
「あったさ。こんなものならな」
リンゼンはそう言うなり、倉庫から引っ張り出したそれを指に嵌めた。
「なんだそれは。指輪か?石はどうした」
「洗練された高度な魔法で行う攻撃は、敵に死を悟らせない程素早く殺せるって事を知っているか?」
「何が言いたい。そもそも我が国は持てる者と持たざる者がいる魔法を排除した理想国家なるぞ。魔法の事など知った事ではないわ。それより早く石とやらで竜を…」
何か言いかけた党幹部の男は、そこで絶命し床に伏した。リンゼンの放った魔法が、的確に男の心臓を貫いたのだ。
「しかし何故これがここにあるのか…これは魔法を増幅させる特殊な指輪、欠陥があるとかで回収されたと聞いたが…まぁいい、いずれにしてもここから脱出するには好都合だ」
何年か前、イグナスに商いの為に行っていたユラフタスの1人がこの指輪を持ち帰ってきたのをリンゼンは思い出していた。
なんでもその指輪は着けるだけで魔法の力が増幅されるらしく、不審な技術が使われていたり、あるいはこれを使ってイグナスが自分達の村を襲撃するような事があったらいけないと高値で取引されていたそれを無理を押して買ってきたのだという。
確かにその指輪は凄いもので、本来は"盟友"の助け無しでは出来ないような強めの魔法や繊細な技術の要る魔法まである程度腕に覚えのある者ならば一人で出来てしまう程のものだった。
村の若い衆の中にはこの指輪を使って再びあの平野を我が物に、などと言う過激派もいたが、リンゼン含めコルナー達はその考えには反対であったしそれは村長たるノーファン様も同じであった。
そのうちにイグナスに行った仲間が、あの指輪に欠陥があって使い物にならなくなったらしいという情報を持ち帰り、欠陥の内容まではわからないにしろ、外つ国の技術を使うのも癪だという意見から村でも指輪は廃棄されたという訳だ。
だがどうしてかその指輪がこのプラセンの大統領府にある、これを僥倖と言わずしてなんと呼ぶか。大方イグナス以外のどこかの国の商人が持ち込み没収されたのであろうが、有難く使わせていただこうという訳だ。
リンゼンは指輪の感触を確かめながら、今私欲の為に殺しを行った事に何の痛痒も感じていない事に今更気付いた。コルナーとして長い間村にいたが、その間実際に竜を駆り敵を屠った事など無かった。せいぜい家畜を屠殺したり害獣を駆除したりした程度で、生身の人間を手に掛ける事など初めての事だった。
それなのに奇妙なほど心は平然としており、大変な事をしたという気持ちにもならない。
「俺は村を捨てた時点で、化物にでも変わったのかな」
そう独り言ち、リンゼンは先ほど下ってきた階段を上がっていった。自由を勝ち取る為ならばどんな犠牲も厭わないという、昏い決意を胸に秘めて。
「リンゼン!貴様何をやっている!竜は…」
地上階に上がると、偶然顔を知っている士官に出くわした。だが今のリンゼンにとっては、党はもはや敵である。
「竜は来ない。それに私も逃げ出そうと思ってな」
「何を言うか貴様!」
銃が突き付けられたが、そんなものは魔法でどうにでもなる。
「貴様を拾ってやった党とユールス様への恩を忘れたか!犬でさえ拾った飼い主への恩は生涯忘れぬというのに!」
「私がいつ、党に恩義を感じていると言った」
それ以上の議論は不要だとばかりに、リンゼンは指輪の力で力を増幅させた火の矢を躊躇いも無く士官へと放った。当然防御魔法など使えない士官は攻撃をまともに喰らい、体に一つ風穴を開け物言わぬ人となる。周りで見ていた党関係者も、その光景にたじろぎ誰も正面から堂々と出ていくリンゼンを止める事が出来なかった。
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