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ハークルへ

 大統領府への侵入の翌日、オトポールの司令部代わりにしている元ブレンデルの家には、部隊長とペイル、ラグナがもう何度目か分からない会議を行っていた。

「平民街の拡張に伴う第1防壁外郭の建造物の取り壊しについて、806年度食糧増産計画、教化所運営方針、労働者党歌の歌詞に党5カ年計画か。こうして見ると何でもアリだな」

 そう言ってカランは机の上に堆く積まれた書類の山を見て溜息をついた。

 オールム隊とカラン隊により盗み出された書類はかなりの数であり、まともに全てに目を通したらラグナを除いて5人がかりでも3日はかかりそうな程だ。


「使えそうなモノも山ほどあるけどね。でもやっぱりオールム達が持ち帰ってきた書類が一番重要なんじゃない?」

 そう言ってナレスは別の机に置かれた封筒を指差した。手に入れた経緯は皆が知っていたが、それよりも中身に皆は驚いた。しかもそれを渡した党側の人間の素性を聞いて更に驚いた。

「しかしこれは俺達の手に余る。ペイルは何かいい案あるか?」

 カランがそう言うとペイルは腕組みして考える。


「これを精査して使えそうな所を抜き出し、ビラにして撒くまでは簡単だ。だがそうした所で党が"これは扇動だ"とでも言えば信じる人も多いだろうし、そもそもビラで民衆の反抗心を煽るのは限界がある」

「ならどうするんだ」

「結局ヤンビャンに住もうと何だろうと皆が生活している以上、まずはその生活基盤を危うくすればいい」

 思わぬ言葉に部隊長達は絶句した。その中でもラグナは平然とした顔で聞いていたのがかえって不思議な程に。

「どういうことだ?」

「今は戦時中だ。ナトが一層攻勢をかければ苦しくなったプラセンはきっと徴兵や、より多くの食糧の徴発を行ってくる。それはヤンビャンに住む人達が間接的なら直接なり戦争に参加する事に等しい。働き手である男が戦争に駆り出されその上で食糧事情も危うくなれば、当然党への不満は高まるはずだ」


 部隊長達は押し黙ってペイルの話を聞いていた。この軍師が紡ぐ奇抜な作戦を一言一句聞き漏らさない為だ。

「平時は党への盲目的信頼から、いくらこの情報をビラにした所で鼻で笑われて終わりかもしれない。だがヤンビャン市民の皆が大なり小なり党への不満を持っている状態なら?自分達から搾取するだけして何も益をもたらしてくれない事に薄々気付き出した頃に、その党が甘い汁を吸っていた事を知ったら?」

「…自ずと民衆蜂起に繋がると言うわけか」

 そう言ってオールムは溜息をつく。


「持ち帰ってきた資料に軍の兵士の損害が書き記されているものもあった。それを昨晩読んだが、思った以上に損害が出ているようだ。おまけに敵前逃亡した者は営倉入り、敵に投降しようとした者は射殺と来た。これじゃ前線の兵士の数は限界の筈だ」

「成る程な。だとすると俺達はまずヤンビャン市民を焚き付けるより先にナトを焚き付けなければならないわけだが、それはどうするんだ?」

「直接ナトに行くしか無かろうな。ナトにとってもこの手の情報は対プラセンの話し合いにおいて重要な切り札に成り得るものだ、それをオトポールの手から渡すということは恩を売るという面でも良いことだ。それに俺とて政治はわからん、その道に長けた人の話を聞いた方がいいとも思うしな」

 そう言われてオールムは考え込むが、この時勢にナトに行くのは解決しなければならない問題だらけである。


「話は分かった、だが行くのが難しい。普段は徒歩でオレウムを横断していくのだが勿論今は不可能だ。そうなると南の海岸沿いから船を出す方法があるが、軍にバレずにナトに行けるかが問題だ」

「行きはどうにかなるだろうな、夜闇に紛れて南の海岸から船で陸伝いにナトへ行く。だが帰りに同じ事が出来るかは微妙だ。ナトに護衛を頼んだ方がいいかもしれん」

 結局行きは船で行く事とし、帰りはナト軍に小規模な護衛船団を出してもらう事となった。鳩便でその旨を伝え、実行は5日後と決まった。


 *


「ここが首都か、何と言うか質素だな」

「どこかの首都と比べると尚更な」

 そんな軽口を叩きながらマレス-ナト民国首都、ハークルへ上陸したのは日もまだ昇らないうちだった。

 戦時中においてどこの物とも分からない船が首都の港に接岸するなど本来あり得ない事だが、鳩便にて船の特徴と目印を伝えるとあっさり入港許可が降りた。そのおかげか未明の着眼にも関わらず、形式的にナト軍の船から臨検を受けただけですぐに入港できたと言うわけだ。


 ナト入りはオールムとクィルツ、ペイルとラグナに護衛の兵士10名だ。残りのナレスとカランは留守の間に万が一があった時の即応要員としてムルザに残している。ハークルには2泊の予定だ。

「俺達は朝イチでナトのお偉方と会談だそうだが、ラグナはどうする?初日ぐらい息抜きしても大丈夫だろうしな」

 ペイルがそう言うとラグナはちょっと考えてこう言った。

「その、青イ目ノ民についての文献を探してきます。なので図書館に…」

「そう言うと思った。まぁハークルにいるうちは安全らしいが、念の為護衛を1人付けたいんだが」

 ペイルがそう言うとオールムは1人の兵士の名を呼んだ。


「アルツだ。ラグナちゃんより少し年下ぐらいだし、こいつもナトは2回目だ。オッサンが護衛に付くよりやりやすかろう」

「アルツ・オラスです。よろしくお願いしますっ」

 オールムに紹介されて明るい茶髪のアルツと言う名の少年は頭を下げた。

「よろしくね、アルツ…くん?」

「はい!よろしくお願いします!その、本当に目が青いんですね」

 そんな初々しいやり取りに苦笑いしつつ、一行は朝餉を済ませに朝からやっているという食堂へ向かった。


 そしてラグナとアルツと別れた後、オールム達はハークルの中心にある民国議事堂を訪れていた。政府の主体である議会や国軍との会談の為だ。

 約束の時間の少し前に議事堂の前に来ると、既に数人の出迎えが待っていた。

「お待ちしておりました。私、案内を務めさせていただくラムセルと申します」

 そう言って出迎えの1人の女性が頭を下げた。

プラセン自由同盟(オトポール)の部隊長、オールムだ。短い間だが宜しく頼む」

 そう言ってオールムも頭を下げた。


 ラムセルの案内で一旦会議を行う議会室の控えの部屋に通され、そこでプラセンの大統領府から持ち出した資料を整理した上でいよいよ会議に臨む。

 会議の前の口上だという祝詞にも似た台詞を議長のフュリアスが誓いの如く言い、最後に「実りのある会議になる事を」と締めくくって会議が始まった。ここからの話し合いで今後の自分達の動きや、プラセンとナトに住む沢山の罪の無い人達の運命が決まる。そう思うとペイルもオールムも、自ずと緊張感が高まってきていた。


 *


「長い塹壕戦で我が軍も疲弊している。ここはやはりこの前の作戦をもう一度…」

「いやあれはもう対策を練られてていい筈だ。それにそう都合よく塹壕の隙間を縫うなどそれこそ自殺行為…」

「敵軍は混乱している、今のうちに畳み掛けるのが最もいい…」

「だが自棄になった敵がどんな動きに出るか分からない以上は…」

 議題は今後の戦線についてだったが案の定会議は紛糾し、オトポールの出る幕も無いほどだった。


 木槌の音が響くと、一気に静まり返った議会室に議長フュリアスの声が響いた。

「まぁ一旦ここは、せっかく来て頂いたオトポールことプラセン自由同盟の方々の話も聞いてみようではありませんか」

 そう言ってオールムに発言するように促す。それに答えて立ったオールムは、議会室に集まった議員達皆が驚く言葉を発した。

「オトポールの部隊長、オールム・カドリアです。まず私がこの場で話せるような事はありません。農民育ちで学が無い私には、そもそも今回の私達が行った作戦など思いつかなかったでしょう。なのでそれらを立案した、別の人に話してもらおうと思います」


 ざわめきが広がる中ペイルが自己紹介とプラセンにいた経緯を話すと、それは更に大きくなった。

「私がここに来た経緯について気になる所はあるとは思いますが、先に私の案について披瀝させていただきます。まずは…」

 そう言ってペイルはオールム達に話した計画をナトの議員や軍高官の前で話した。自分達の軍事力だけで何とかしようと考えていたナト側にとって、やはりペイルの考えたまずヤンビャンで民衆蜂起を起こさせるという案は奇抜そのものらしく、話し終えた後も各々が色んな意見を飛び交わせて議会室は一時騒然となった。


「静粛に!とりあえず私から一つだけ聞きたい」

 そう言って議長であるフュリアスが立ってペイルの方を真っ直ぐに見た。

「ペイル殿はまずヤンビャンの民衆を蜂起させると言ったが、ヤンビャンに住む住民は皆が労働者党の信者と言っても差し支えない。その中で如何してその労働者党へ反旗を翻させるおつもりか」

 聞かれたペイルは不敵に笑う。よくぞ聞いてくれましたとばかりに。

「これです」

 そう言ってペイルは持ち込んだ資料の中から、リハルト公国からプラセン共和国への武器供与を示す書類と、リハルトとの間に交わされた覚書をフュリアスに差し出した。

「それはまさしくリハルト公国、つまり第三国から武器を供与された上で代理戦争をさせられている事になります。貴国軍の活躍によってプラセン軍は苦境に立たされており、他の書類によれば既に一部では徴兵も始まっているとの事です。ここで先ほどの説明通り、一層攻撃を強め民衆にまで戦争の影を落としたうえでこの資料を公開すれば…」


 そこまで話してペイルは言葉を切った。フュリアスが深刻な顔をしてその書類を見入っていたからだ。そして他の議員や軍高官の顔も信じられない事を聞いた、とでも言うような顔色をしていた。

「…一度休憩を挟む、朝から議論続きで疲れたであろう。午後はロム・ペイム(午後4時)から、再びここで再開する。それとペイル殿とオトポールの方々は、一度私の執務室まで来て欲しい。では解散」

 ペイルが何か言う暇も無く、会議はそれで解散となった。壁にかかっていた時計を見やればアム・マルヴァム(12時)を少し回ったところで、昼餉の休憩にしては長すぎる。


 言われるがままにフュリアスの執務室に来たペイル達は、秘書にそのまま隣の応接室に通され座るように促された。ややあってフュリアスが手に一束の書類を持って現れる。

「突然打ち切って申し訳ございません。ただペイル殿達が持ち込まれた資料が問題なのです」

 そう言ってフュリアスは机の上に持参した書類を広げる。その表紙を見てペイルもオールムも顔色が変わるのを自覚した。

「これは…」

 そう呟いてペイルは紙束を取って中身をせわしなく捲る。

「プラセン共和国に提示した条件と似た者を貴国にも提案していたという事か」

 フュリアスは無言で、そして苦々しげに頷いた。


 *


「つまりリハルトは我々を誑かそうとしていたという事か!」

「二重外交だ!最早かの国の提示した条件に従う必要は無い!」

 午後に始まった会議は大荒れの一言に尽きた。ペイル達が持ち込んだ資料は即ち、リハルト公国による二重外交を示す物。リハルトの思惑で自国はプラセンと代理戦争をしていたという事を裏付ける物だ。

「あんな条件は即座に廃棄すべきだ!そうだろう議長殿!」

 誰かの発したその怒声に「そうだそうだ!」の声が続く。あんな条件とはつまり、リハルトからの武器供与の見返りとして提示されたオレウムの権益の7割をリハルトに譲渡するというものだ。しかも同じくプラセンへ提示された条件はリハルトへの権益は5割。小規模な国家である間マレス‐ナトに対して軍事大国であるプラセンの条件の違い、誰が見てもリハルトは足元を見て条件を提示したと分かる。


「勿論この条件は白紙撤回だ。今後リハルトが何を言ってきても、この書類を基に反論するつもりである」

 フュリアスの言葉に再び「そうだそうだ」の声が上がる。だがその流れに居ても立ってもいられなくなり、ペイルは発言の許可を求めた。

「皆さんのお気持ちはわかりますが、ただ懸念もあります。外国のしがない貸し馬車屋の私があまり干渉するのはよろしくないとは思いますが…宜しいでしょうか?」

 静まり返った議会室にフュリアスの「許可しよう」という声が響いた。


「ありがとうございます。まずはこの条件は完全に撤回することはできないかと思います」

 何故だ!という鋭い声が飛んだ。大勢の人に囲まれただ一人立って発言するペイルは、裁判で裁かれる側の気持ちはこんな感じかと場違いなことが思い浮かんだ。

「既に武器の供与を受け、現にそれを使用しているからです。リハルトからの武器無しにオレウムに侵攻しようと考えましたか?勝算はありましたか?せめて条件をもっとこちらに有利なものにするなどで無ければ、まず間違いなくリハルトは首を縦には振りません」

「ならば産出量を粉飾して、表向きには最初の条件通りにリハルトに資源を渡していると見せかければ良いでしょう。産出した油はやはり基本的にはこちらの大陸で利用するのが主体になる筈、遠い海の向こうにまで分からないでしょう」

「不可能です。リハルトが大量の掘削機械と人員を送り込んでくる可能性もありますし、そうでなくても監視役ぐらいは付けるでしょう。その目を誤魔化したとしても限界がありますし、露見した時こそこの国の最後。それこそ大艦隊を送り込まれて袋叩きにしてくるでしょう」

「そのリハルト公国は遠い海の向こうにあると聞くが、そんなことは可能なのか!?」

 質問を投げかけた軍人のほうを向き、ペイルはこれまで以上に確固たる意志を秘めた声で断言した。


「可能です。現にリハルトからの使いはこの海を越えてきてますし、我々の国であるイグナスも侵攻を受けたことがあるからです。今朝がたハークルの港に着いたときに沿岸の施設を軽く見ましたが、現状の海軍でプラセン以上の大国であるリハルトの侵攻を退けられると思いますか」

 軍人はそれきり黙ってしまった。たとえ行った事は無くとも、イグナス連邦がプラセンを挟んで西に聳える白鷺山脈の向こう側にある事ぐらいは知っている。その国が実際に侵攻を受けたとなれば、ナトに来ることも可能なのだろうという事だ。

 するとすかさず他の議員が声を上げた。

「ペイル殿、失礼を承知で申し上げさせていただくが、先ほどから否定的な意見ばかりではないか。何か解決策のようなものは無いのか?」

 それを考えるのが君たちの仕事ではないのか!と言いたくなるのをすんでで堪えたペイルは、自分の考えを語りだす。どこの国の議会にも国を運営するのに不適格と言わざるを得ない人間は少なからずいるものだ。


「そもそもリハルトがこの両国に代理戦争をさせている理由だって色々考えられますでしょう。ただ私が考えるにその大きなところは、自国軍の消耗を避けたいからでしょう。私とて従軍していた頃は海を渡ったのもユラントス王国までで、そこから先は陸軍だった私は行った事はありません。ですがこの広大な海を戦闘配備で渡っていくのは非常に労力の要る事であり、それに自分の故郷から遠く離れた土地で戦う心細さは経験した者にしか分からないでしょう。

 リハルトは複数の国を属国として従えた強大な軍事国家であり、その国軍は多種多様な国と民族から構成されています。いくらリハルトが横暴だったとしても、負担の大きい作戦を決行しあたら兵士を死なせる真似をしてしまえば属国統治にも影響が出る。ならばいがみ合ってるこの両国を焚き付けて戦わせ、勝った方に擦り寄るのがリハルトにとって最も楽なオレウムの資源の手に入れる方法というわけです。そうならば…」

 そう言ってペイルは自らの考えを披歴する。横で聞いていたオールムは改めて、ペイルが何度も言っていた"冷静さを失った者から死ぬ"の意味を噛み締めていた。第三者目線で見れば確かに議会は一時、リハルト許すまじという感情論で支配されかけていた。それをペイルが言葉一つでひっくり返したのだ。


 結局その会議はそれでおしまいになった。翌日は喫緊の課題である対プラセンについてだ。

「ペイル殿、オールム殿。本日はありがとうございました」

 そう言ってフュリアスは頭を下げる。それに合わせてペイルとオールムも頭を下げた。

「いえいえ、本当に大変なのはこれからです。今日は簡単に話しただけの次の攻勢を本格的に話し合わなければなりませんので」

「それについてですがペイル殿、オールム殿。こんな事を仮とは言えこの国の最高責任者である私が言ってはいけないのでしょうが、もしプラセンと再び一つの国になれたとしてこの国はどうなっていくのでしょうか」

「目下、リハルトからの貸しさえ返せれば安泰でしょう。でもその貸しが大きすぎる、となればやはり当面はあの書類を武器に条件を緩和してもらう他無いでしょう。二重外交は国家の体面に関わる重大な事です、これを近隣諸国に教えるぞ、今後こちら側で貴国を信用する国は無くなるぞと暗に脅していくしか無いでしょうな」

 分かりました、と一言だけ言ってフュリアスは自らの執務室に戻っていった。その後ろ姿に一国家の元首たる風格は無く、ただ愛する人達をどうすれば守れるかという難題を前に項垂れる老人のそれだった。

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