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秘密文書

 門の向こうに聳えるこれまた白一色の大統領府に入ると、外気より僅かに暖かい空気が隊を包んだ。

「ここからは班ごとに散開だ。各自訓練通りに様々な部屋を物色し、めぼしい書類は片っ端から持ち帰って来い。班長に渡した砂時計の砂が落ち切ったら何が何でも脱出し、平民街の集合地点まで戻れ。アム・グラシム(午前2時)になったら信号弾を打ち上げる。その時間を経過しても戻ってこない班については、その場で単独での帰還を試みろ。いいな」

 オールムが今回の作戦を改めて説明し、各班が散開していく。それに続いてオールムの率いる班も上の階を目指して近くの階段を昇り始めた。勿論ペイルとラグナも一緒だ。


「内部の地図とかは無いのか?」

 ペイルの問いにオールムは首を振る。

「さすがにそこまではな、だから全員手探りだ。もしかしたら多数の捕虜も出るかもしれん。そうなればほぼ間違いなく、良くて教化所送りかそうでなければ即刻殺されるだろう。俺達もな。だからこそ、何としてでも有効な証拠となるものを誰かが持ち帰らなけりゃならないんだ」

 そう確固たる決意の下に言いながら、どんどんと歩みを進めていく。

 途中で何度か哨戒の守衛を発見したが、その都度色々な影に隠れてやり過ごしていた。どこかの班が見つかりでもすれば一気に建物内の警戒は厳しくなる筈なので、そうなれば他の班も危なくなる。作戦自体綱渡りもいい所だ。


「しかし国の重要施設の割に夜間哨戒が少ないな。やはり外の陽動が効いてるのか?」

「そうだろうな。さっきやり過ごした守衛も、やれ外の火事がどうだこうだと言ってたぞ」

 オールムの言葉にペイルはそう言って、壁の向こうのナレス隊とクィルツ隊が嫌がらせよろしくあちこちで騒ぎを起こしているのを思った。2つの隊は平民街の広範囲で散発的に騒ぎを起こすように指示してある、公務官や兵士の目をそちらに向けさせる為だ。そして小規模でかつ、公務官や兵士が出張って来なければならないような事、つまりボヤ騒ぎのようなものを大量に起こして消火に駆り出そうというわけだ。


 ヤンビャンの街に滞在していた最初の数日間、ペイルはヤンビャンの上水道の整備の遅れを感じていた。

 飲食店などではしっかり水道が整備されてるように見えたが、それ以外の普通の民家の住人などは時々大きな水瓶を持って公共井戸に水を汲みに行く様子が見受けられた。飲食店を開きたいという人達の会話の中から漏れ聞こえてきた、"水道整備費"や"改築"という言葉にも引っかかった。つまり上水道を引くにはそれなりの工事と金が要るわけで、少なくとも平民街ではまだまだ一般的ではないという事だ。

 すると防火用水などもあるにしろ当然雨水頼りな所もあり量が少ないわけで、その状態を鑑みて沢山の場所で一斉に街を焼かない程度のボヤを起こせば、公務官や兵士達はそちらの対応で精一杯になり貴族街には目が向かないのではないかと考えたのだ。


 オールム達は他の班とは違い、真っ先に党首の部屋かもしくは党幹部の執務室から侵入しようと考えていた。少なくともペイルとラグナという強い味方もいるし、何より隊長たるもの先陣を切って奥深くまで侵入すべきという信念もあった。そして1階ずつ簡単に物色しながら上の階に行っていると、4階から上に行く階段に軒並み扉が設置されていた。

「ここから上層階、不要な者立ち入るべからず。か、怪しさ満点だな」

「全くだ。これまでの階に幹部の部屋らしきものは無かったし、あるならこの上だろう」


 そんな事を言っているうちに兵士の1人が針金を手に鍵に取り付く。兵士の中で手先の器用な者にはこうして、針金のみで鍵を開ける技術なんかも練習させていたので余程のものでない限りは何でも解錠してしまう。案の定、ものの数分で鍵を開けてしまった。

「いやに単純だな。普通こういう所の鍵はもっと特殊な鍵だったり、最低でも暗証番号付きのものを使うんだけどな」

「ここまで私達が来るとは思ってないんでしょうね。それかここが戦場になると考えてないのか」

「そうだとしたら間抜けも良いところだな。時代や思想で権力なんて簡単に移ろうものなのに」

「モロス皇子みたいに、ですか?」

「アレは時代云々以前にただのバカだろうな」

 そんな事を言って小さく笑いながら、兵士達に続いてペイルとラグナも開けられた扉を潜った。


 上の階に行くと、まず違ったのは床だ。それまでの階は普通の床だったものが敷物が敷いてあるものになった。また部屋の扉も重厚な雰囲気のものとなり、よくよく見てみれば細かく模様が彫られているものもあった。

「政治将校室、政党施策室、書記室。重要な書類があるとすればこの辺りだな」

「党首の部屋とかあれば最高なんだが、取り敢えずは書記の部屋にでも…っと見回りだ、隠れろ」

 そう言って陰に隠れて見回りの目をやり過ごす。敷物の上を殆ど音を出さず、見回りの守衛が歩いて行った。

「やはりここは多いな。とにかく上に行って物色して、早いとこ抜け出さなきゃな」

 そう言って砂時計を見ると、既に半分弱が落ちている。あまり猶予も無い。


 下層階より増えた見回りをやり過ごしつつさらに上の階に行くと、ある部屋の前に守衛が扉の横の壁にもたれかかるように座っていた。

「あの部屋は何だ」

「作戦参謀室…守衛がわざわざいる程重要な部屋ってわけだ」

「何で寝てるのかは知らんがな。中を物色してみたい気持ちもあるが、人の気配はあるか?」

 兵士が一人、扉に接近して確認する。

「この守衛は完全に寝ています。部屋の隙間から明かりが漏れているわけでも無いので、中は無人だと思います」

「よし、鍵はどうだ」

 オールムがそう言うと、兵士は扉の隙間に針金を差し込み上下へ動かす。

「掛かっていません」


 ペイルは一瞬罠ではないかと疑ったが、そうであればもっと誘い込みやすくしてあってもおかしくは無かった。どのみちここまでも十分綱渡り、今更何が変わるわけでも無いと自分を納得させた。

「開けます…!」

 兵士が取っ手を持ち、ゆっくりと扉を開いていく。その瞬間、炎の矢のようなものが兵士の顔をめがけて一直線に飛んできた。

「危ない!」

 ラグナが咄嗟に防御魔法を兵士の前に展開し矢を弾く。

「誰だ!誰かいるのか!」

 オールムが小さく闇に向かって誰何すると、その闇の中から人影が現れた。

「誰、とはこっちが聞きたい。特にそこの娘にな」

 その人影は男の声でそう言った。


「答える義理は無いな」

 ペイルがラグナを庇いつつそう言うと男は薄く笑った。

「そうだろうな。貴様らはオトポールだろう、こんな夜更けにこんな事をしているとすればそれ以外に思いつかない」

「だったらどうだと言うんだ」

 オールムが苛ついた声色で返事すると、再び男は笑った。

「どうもしないさ。ただよくここまで来れたというのと、先ほどの攻撃を何故防げたのかが気になってな」

「貴様は何者だ」

「それこそ名乗る義理も無い、むしろ問うた方からまず名乗るのが礼儀だと思うが。ただムルザの長に手紙を送った人物と言えば多少はわかると思うが?」


 オールムはそれを聞くと僅かに顔色を変え、全員に武器を下げさせた。

「…オールム・カドリア、プラセン自由同盟(オトポール)の部隊長だ。貴様の名は?」

「クルセ・ニガルス。プラセン軍の暗隊と呼ばれる、魔法戦闘隊の第2小隊長だ」

 プラセン軍の魔法戦闘隊という言葉にも驚いたが、それよりオールムもペイルもこのクルセと名乗る男を信用していいのかどうか決めあぐねていた。


 *


 冷静さを保ちながらクルセもまた、内心では驚いていた。魔法により強化されており地下深くまで基礎が作ってある第2防壁を、まさかオトポールが超えてくるとは思ってもいなかったからだ。


 確かにプラセン共和国において産まれながらにして魔法が使える子供は5歳になるまでに党に拉致される。それは真実であり自分がそういう境遇なら、周りの暗隊の隊員も全員そうだからだ。

 それが出来るのはおよそ3年に1度、暗隊の誰かが徴税に同行してその村を隅々まで回って魔法が使える子供が産まれていないかを確認しているからだ。魔法が使える者は他の魔法が使える者がわかる事が多い。それを利用し予めそういった子供を探し出し、出生届を利用して5歳になった時点で攫いに行くと言うわけだ。


 それ故にプラセン共和国には自分達を除いて魔法を使える者はいない。であるにも関わらず壁を超えてくるし、それどころか先程の魔法攻撃は同じ魔法によって防がれたのだ。

 慌てて相手の方を見ると、この場に似つかわしくない少女が1人、大男に守られるようにして立っていた。感覚を研ぎ澄ます必要も無く、その少女からは魔力が溢れていた。暗隊として育て上げれば超一流と言ってもいい程だ。


「初めに言っておくが」

 そう言ってクルセは両手をあげる。

「俺はお前らと敵対する意思は無い。その娘の正体も気にはなるが、今は何も聞くまい。だがこれだけは答えろ、何をしにここまで来た」

「端的に言えば、上層部の資料を物色する為だ」

 質問にはペイルが答えた。

「党の不正でも暴きに来たか、あるいはそれを元に民衆を焚き付けるか?」

「まぁ、そんなような所だな」

 あえて挑発するような物言いで言うが、ペイルと言う男には全く動じた様子が見られない。暗くてその表情まで見受けられないが、相当な手練れに違いないとクルセは感じていた。


「それで、クルセと言ったな。お前はこんな夜更けに何をしにこの部屋に来ているんだ。お前の部屋ではないだろう?」

 この状況においてそういった質問をするなど、ペイルは手練れな上に相当肝が座っている。そうクルセは改めて思った。元より敵対する気は無かったが、それでも敵にはしたくないと思える程に。

「目的を言ってしまえばお前達と同じだ」

「同じだと?」

「党の不正を暴き、この国を浄化する」


 牙を抜かれたような顔をしたオトポールの顔が面白くて、クルセは声を上げて笑った。それはそうだろう、この大統領府の中で党側の人間からそんな言葉を聞くとは思っても無い筈だ。

「どういう事だ」

「そのままの意味だ。労働者党とて一枚岩では無い、プラセン軍の動きを書いて送っている辺りで察して欲しいものだが」

「成る程な。だとしてもここで侵入者である俺達を見逃す義理まであるのか?」

 ペイルという男がそう聞くと、やはり自分のやっている事がおかしくてクルセは笑った。


「いや済まない。見逃すさ、最初に言った通り敵対するつもりは無いしここで戦うつもりも無い。会ってない事にしてもいい。だがお前達の欲しいような機密書類は、なかなかお前達で見つける事は難しい」

「どういう事だ」

「本当に重要な書類は何重にも特殊な鍵の掛かった場所に保管されている、そしてその鍵を持てる人間はほんのごく僅か。そういう人間は鍵を肌身離さず持っているし、不正な方法で鍵を開けようとするとすぐに警報が鳴るようになっている」

 そこまで言うと先ほどの少女がまた顔を出した。

「魔法ですか…?」

「その通り、俺達暗隊が作る特殊な鍵だ。魔法を使えるらしい嬢ちゃんなら分かると思うが、予め設定された魔力以外のものを感知すると警報装置を作動させるものだ。いくら魔法が使えても、その大元が分からなければ解錠は出来ない」


 そう言うと何やら話し合いをして、オトポール側に落胆したような空気が漂うのを感じられた。

「まぁそう気を落とすな」

 思わずクルセがそう言うとオールムが驚いた表情でクルセの方を向いた。

「仮にも敵に慰められるとはな」

「今は敵でも明日どうなるのか分からないのが戦争だ。元々1人で書類を手に入れて動くつもりだったが、ここでお前達(オトポール)が来てくれたのは好都合だ」

 そう言ってクルセは執務机の上に置いてあった分厚い封筒を手に取ると、おもむろにオールムに突き出した。


「持って行け、お前らが欲しそうなものだ」

 無言でそれを受け取ったオールムが中を見るのに合わせて、クルセは指先に炎を浮かべる。オトポールの兵士達は一瞬たじろいだがオールムは全く意にも介さず、その灯りを頼りに中の紙をペラペラとめくる。

「こういう事はペイルの方が詳しそうだ」

 そう言ってオールムが封筒を手渡し、ペイルも同じように中の紙束をめくる。

「…成る程な。確かに国がひっくり返りそうなものだ。特に"リハルト公国からの武器供与について"か、ここでも関わってくるとは思ってもいなかったが…」

「そこまでは俺はわからない、そのリハルト公国ってのがどこにあるのかも知らない。だが恐らくは、そのリハルトがオレウムの油資源を狙ってこちらに代理戦争をやらせているのだろうな」


 クルセの言葉にオールムは驚いたような表情をしていたが、オールムはそんなに単純な話では無い気がしていた。モロス皇子が起こした皇位簒奪未遂事件の際に利用されたリハルト公国は、逆にそれを利用しイグナスに本格的に侵攻しようとしていた。確かにこの両国の勢力図を見ればプラセン共和国が有利だが、世界的に見て同情できるのはナトの方だ。こんな微妙な関係にあの強かな国が、何も考えずにプラセンに肩入れするだろうか…?


「ペイル、そろそろ時間だ」

 オールムが持っていた砂時計を見てそう言った。ペイルは言われて初めて、クルセと会ってからかなりの時間が経っていたことに気付いた。

「そろそろお別れか、もう少し話したい事もあったが。せいぜい外の兵士に捕まらないよう気を付けるんだな」

 クルセはそう言ってわざとらしく肩を竦める。

「そのようだ。だが最後に一つだけ聞きたい事がある」

「何だ」

「何故お前はカルス・リルケーを知っている」


 奇妙な沈黙が流れた。ペイルはクルセが敵であれ味方であれ、何故オトポールの一員であり今は教化所にいるカルスを知っているかが気になっていたのだ。

「今は…まだ、その質問には答えられない。だがお前達がカルスを教化所から解放できたその時にはこう伝えてくれ。"花飾りを預かってるから取りに来い"とな」

「…わかった。確かに伝えておこう」

 その言葉の意味はペイルにも当然分からない。だがクルセのその目は、決して出まかせや嘘を言っている目ではなかった。


 *


 再び大統領府の地階に降りると、他の班は全員集合していた。

「待たせた、行くぞ」

 号令と共に建物を出ると、一目散に壁の端の隧道の出口まで駆けていく。次にここに侵入する時は文書をもって民衆の感情を煽った時、なので脱出の際に出会った大統領府の守衛は片っ端から無力化していった。他の班もそうだ。お蔭で後ろでは警報が鳴り響いているがそんな事は知ったことではない。

「急げ!こんな場所に長居は不要だ!」

 合流したカランの檄が飛ぶ中、兵士達が次々と隧道に身を滑らせていく。

「これで最後だ」

 そう言ってオールムは信号弾を打ち上げる。作戦終了の合図だ。

「よし、平民街に戻り次第速やかにヤンビャンから脱出。外でナレス隊とクィルツ隊と合流して速やかにムルザに戻るぞ」


 平民街に戻ると、そこでも警報が鳴り響いていた。だがそれが大統領府侵入によるものなのか、それともナレスとクィルツ達による同時多発的なボヤ騒ぎによるものなのかはわからない。

 ブレンデルが間諜としてオトポールの長を務めていた頃に比べて、ヤンビャンの外から平民街に入る秘密隧道は3本増えている。元々あった秘密隧道は何故か埋められず残っていたが、党の罠である可能性が高いとして今回は侵入にも脱出にも使わない。もしこのボヤ騒ぎをオトポールの仕業だと断定したとしても、これ以上間諜がオトポールにいない限りはその隧道は塞がれていないと言うわけだ。

「よし、隧道の入り口は塞がれてない。行くぞ!」

 そうして再びオールム隊とカラン隊は隧道に潜る。ヤンビャンの外に出たら夜闇に乗じて列車を降りた信号所へと向かう手筈だ。


 信号所に無事に到着しナレス隊とクィルツ隊の9割以上の隊員と合流したのは、もう空が白み始める頃だった。数名の兵士が死亡、ないし捕まったが概ね作戦は成功。オトポールの手元には大量の党関係の書類があった。

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