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決起再び

「ナトより鳩便!」

 そう駆け込んできた兵士の言葉に、ちょうど昼餉前の訓練を行っていた部隊長達は色めきだった。

「来たか!」

 そう言ってオールムは部下から手紙を引ったくると、他の部隊長や部下達に聞かせるように声を出して読み始めた。

「まずは先日の情報提供に…ここはいいな。兼ねてより計画していた作戦を遂に決行するに至った。この作戦によりプラセン軍の指揮系統の混乱を図ると共に、防御線の突破を図る。ついてはオトポールの皆様にも…」


「作戦決行だ!」

 途中で手紙を読むのをやめ、オールムはそう叫んだ。その瞬間、飛び跳ねるように訓練中だった兵士達が各々の持ち場に戻っていく。

 作戦に要する粗方の準備は整えていた事もあり、昼餉も忘れて出陣体制を整えてロム・アヴォイム(午後6時)を過ぎた頃には全ての隊の準備が完了していた。

「作戦開始は明朝ロム・スァナイム(午後5時)、既にムルザの駅と車庫の仲間には話を付けてある。普段の小規模の侵入の時と同じく、ヤンビャンの近くまでは列車で行きそこからは徒歩で壁を超える。今夜は十分休んで明日に備えること」

 整隊した兵士達にそう告げ解散させると、オールムはペイルとラグナを自宅に呼んだ。


「いよいよ明日だな」

 ペイルがそう言うとオールムは薄く笑った。

「全く、それもこれもペイルとラグナちゃんのおかげだ。感謝してもしきれないぐらいだ。ありがとう」

「感謝は終わってからにしておけ、油断した時が一番怖い。それに今回はあくまで貴族街へ侵入し、党の不正を裏付ける物を探すのが目的だ。決して必要以上に暴れさせるな」

 ペイルの言葉に一瞬オールムは押し黙ったが、すぐに頷いた。

「そうだな。正直大暴れしたい気もまだあるが、あれだけ言われちゃこっちも納得せざるを得ない」


 今回の作戦は、当初部隊長達は貴族街で大騒動を起こす気でいたのだがそれをペイルが止めた。それではこれまでの騒ぎと本質的に変わらず、結局何も変わらない可能性の方が高い。それよりもまずは少数で侵入し、あくまで"矛盾の壁"を突破出来る事の確認と、今後のより大規模な反抗に出る為の証拠や民衆の支持を集められるような何かを探すべきだと進言したのだ。革命とは民衆が起こすものであり、決して一組織が起こすものでは無いという事も。

「ヤンビャンに住む人は全員何かしらで党に貢献したりした人だという事は、全員が党の貢献を受けているという事だ。これまでに何度もヤンビャンでビラを撒いたところでほとんど動きが無かったのは、こちらとしても党の不正や横暴に説得力が無いからだ。だから直接貴族街に侵入して、何か民衆の心を動かせるような書類や金銭の受け渡しを裏付けるようなものを探せばいい」

「勿論分かってるさ。とにかく部下たちには手当たり次第に書類を持ち帰るように言ってある。"秘密"とか"極秘"とか書いてるものならなお良いとも、な」

「そういう事だ、書類は持ち帰ってから見ればいい。そこで少しでも不正を裏付けるものがあれば、それを元にビラを作り再びヤンビャンで撒けばいい。そうして平民街に住む人達に党への不満を植え付けて、俺達が本格的な反抗に出るのはそれからというわけだ」


 ペイルの説明にオールムは改めて頷くと同時に、つくづく自分の軍師としての才能の無さを恨んだ。ペイルがいたからこそ同士の命を無駄に散華させずに済む。だがその一方でオールムの内心では、早くオトポールのような反抗組織が無くなることを望んでもいた。反抗組織が無くなるという事は、つまりこの国の真の解放を意味する。そしてその糸口はようやく見える所にまで来た。


 *


「ムルザ行き309列車通過っと。さて31番反位、32番反位、31番定位、2番反位、310列車発車ぁ。しかし何で今日の310列車はこんなに長いかなぁ」

 ヤンビャンの近くの鉄道の交換所の職員がいささか怠そうな声で、野ざらしの転轍機や信号てこをガチャガチャと動かす。その胸にはいささか汚れた労働者党の党員証が付いている。労働者党に入党すれば必ずヤンビャンに住めるわけではなく、その職員もヤンビャンの近くの壁の外の街に住んでいた。だが党員である事が理想郷たるヤンビャンに住む為の条件であり、こうして形だけでも入党する人は沢山いたのだ。


 汽笛が鳴り、止まっていたヤンビャン行きの列車が動き出す。そのうち最後尾の3両だけが置いて行かれた事に列車を見送っていた職員はすぐに気付いた。

「あっ、おい大変だ!」

 そう言って慌てて駆け寄ろうとしたところ、ちょうどその職員の上役が詰所から出てきた。

「大変です!さっきの310列車が客車を…」

 そこまで言って言葉が止まった。その上役が胸元から拳銃を見せていたからだ。

「お前は何も見ていない。いいな?」

「は?いえしかし…」

「いいや。お前は何も見ていない。さらに言えばこれから起こる事にも目を瞑ってもらう」


 言っている意味が分からず置いて行かれた客車の方を見ると、中から次々と兵士達が降りてきた。その姿は見覚えのあるものだった。

「オトポール…!」

 上役は沈黙を答えとした。

「軍の動きが不穏だって噂は聞きましたけどまさか…」

 再び上役は沈黙を答えとした。その間にも客車からは次々と兵士達が降りてきて、隊列を組んで指示を待っている。

 それを見た職員は、おもむろに胸の党員証を外した。

「…分かりました。私は何をすれば?」

「話が早くて助かる。まず切り離された車両を非常側線に入れるから手伝ってくれ。それとこれは1件の運行事故として上げておく、走行中に連結器の鎖が破断して解放された客車をここの信号所に臨時で収容したという事だ」

 そう言って上役は詰所に戻っていく。それを呆然と見送っていたが突如聞こえてきた掛け声で我に返ると、その声に合わせて客車を手押しで動かしている所に慌てて加わった。


 ヤンビャン入りを目指して党員になる者は多いが、一向に良くならない生活と何もしてくれない党に既に愛想を尽かしている者も少なくないという事だ。


 *


 ヤンビャン郊外の信号所で列車を降りたオトポールの兵士は、その数およそ百数十名。これを大きく2つの隊に分け、それを陽動する隊と侵入、捜索に当たる隊とに分けた。郊外に即席の野営基地を設けそこで夕餉を済ませると、ヤンビャンの街中に侵入するいくつかの秘密隧道に向かった。


 壁の近くまで来て全員を整列させると、オールムが短く奮励の言葉をかける。

「作戦開始はロム・マルヴァム(午後12時)だ。それまでに各隊は所定の場所に移動しておくこと。部隊長の号令と同時に、一斉に事を起こす。いいな」

 その言葉に全員が一斉に頷き、ナレスとクィルツの率いる2つの隊が別の隧道に向かう。

「俺達も行こう」

 そう短く言うと、残ったオールムとカランの率いる隊も隧道へ入って行った。


 隧道を抜けると寝静まったヤンビャンの街を、"矛盾の壁"まで掘り抜いた他の隧道の入口まで進む。戦争状態に入っているとはいえまだ局地戦だからか、ヤンビャンにはピリピリとした空気は感じられない。

 何事も無くその隧道に入ると、冬の隧道独特の暖かさが隊を包む。少し背を屈めながらその隧道を進むと、土で茶色くなっている矛盾の壁の土台が姿を現した。そこには数ヶ月前に来た時の手拭いもまだ固定されたままだ。

「ここだ、布を固定します」

 先頭を歩いていた兵士が大きな布を取り出すと、それを壁に釘で固定する。人が潜り抜けるには十分な大きさだ。

 兵士と入れ替わりにラグナが前に出て、その布に魔法を移し替える。よくよく観察してみれば魔法もお粗末なもので、魔法を移し替えた後に少しぐらい布が持ち上がっても警報が作動しないものだった。


 再び兵士が前に出ると布をめくって、手にしたツルハシで壁を穿ち始めた。作戦開始まであと40分、それまでに壁を越える算段だ。

 順調に壁を掘りつつ20分もすると壁を貫き、30分経った頃には人が通り抜けるには十分な穴が開いた。

「ここからは作戦開始と同時に動く。すぐに上に向かって掘るが何せどこに出るかわからない。今のうちに後方隊は退路の確保を、先遣隊は武器の点検をしておけ」

 そして全員が固唾を飲んで待つ中、作戦開始時刻であるロム・マルヴァム(午後12時)を迎えた。


「作戦開始だ、行け!」

 その号令がかかるより早く、先遣隊が壁の内側の地中を猛然と掘り進む。とにかく侵入用の隧道を掘りに掘っていたオトポールなだけあってその速度は早く、ペイルとラグナは土の排出の邪魔にならないように端っこに避けて隧道の貫通を待った。

「舗装面に当たりました!」

「よし、破砕具を用意しろ!」

 そんな声が前方から聞こえると、大きめで先端を尖らせた鉄の棒が運び込まれる。道路の舗装を壊す為のものらしい。


 ややあって先遣隊の歓声が聞こえた。遂に貫通したのだ。

「油断するな、まずは表に出て周囲の状況把握と安全確保だ」

 オールムの指示の元で数名の先遣隊が穴から這い出す。

「周囲は安全です、微かに怒号のようなものは聞こえますがこの辺りは人影もありません」

「よし、順番に出ろ。各自散開し、一旦付近の物陰に隠れるんだ」

 そうして次々と兵士達が表に出て行く。退路の確保の為の10名程を残し、最後にペイルとラグナも這い出して全員が貴族街の土を踏んだ。


「運の良いところに出たな」

 カランがそう言ったので振り返ってみると、出たのは壁沿いの道の端にあった花壇だった。冬場であり花も無く草むらのようになっていたので、穴も簡単に埋めてしまえば目立たない。

「しかし…大きい家ばかりですね」

 ラグナの呟く通り、見渡す限り大きな家々が並んでいた。どの家を見ても使用人を雇っているのではないかと思うほどだ。

「だが明かりの点いている家は無いのは幸いだな」

「こんな遅くまで起きてる家なんてそうそう無いさ。だが身を隠せるところがあまりに少ない」


 ペイルの指摘通り、家々が整然と並ぶ街並みは月明かりの下でも綺麗なものだったが、その分平民街にあったような裏路地がほとんどないように見えた。

「ナトからの情報だと、貴族街は中央にある大統領府の複数の門を中心に放射状に通りが伸びてて、その先を環状道路が結んでいるらしい。つまりこの道を真っすぐ行けば大統領府に行けると言うわけだ」

 オールムがそう言うが、それはどう迂回しようと最終的には強固な警備態勢が敷かれているであろう大統領府に、正面から乗り込まなければならないという事だ。

「ま、強行突破しか無かろうな」

「本気で言ってるのか?」

 ペイルの言葉に思わずカランが反論する。

「本気だとも。身を隠せる場所も無い、道を歩く人もいない。それにあんな壁まで作るぐらいだ、敵がここまで進入してくることなどほとんど真剣に考えてない筈だ。ならば堂々と大統領府の近くまで行き、後はそれから考えればいいだろう」


 その言葉にカランは納得できなかったが、かと言って他に妙案があるわけでも無く、素直にその言葉に従った。それからすぐに深夜の貴族街を音と気配を殺して進むオトポールの一群があった。そして数十分の早足での行軍の後、大統領府の近くまでやって来ると隊は散開し、近くの建物の影に身を隠した。

「やはりここは防御が厚いな」

「全くだ。結局あの守衛をどうにかしない事には進入できないと言うわけだ。しかし何でこの夜間に門を開けっ放しにしてるのかは理解に苦しむがな」


 門の両脇に銃を持った守衛が1人ずつ、近くにある詰所には恐らくもう数名の守衛がいる。見た限りの防衛体制はそういったものだった。但し門は開いていた。それが慢心から来る物なのかあるいはサボっているだけなのかは知る由もないが、とにかく開いている事が肝心だ。

「速やかにあの守衛全てを無力化する、それも静かにって所か。弓が一番なのだろうがこの距離を狙えるか?」

 ペイルが近くの兵士に聞いたが、その兵士は「出来なくは無いですが…絶対当てられるかと言えば難しいですね」と言って首を振った。

「だろうな。さてどうしたものか…」


「あの、一つ考えたのですが…」

 そうおずおずとラグナが声を上げた。

「昔の戦争では弓に誘導する魔法を載せて、的確に相手に当てる戦法が採られてた。というのを本で読んだことがあります。私も練習して少しならその魔法が使えるので、1回ぐらいなら確実に矢を狙ったところに着地させる自信もあります。その1回で何とか兵士の気を惹いて、その間に制圧する事とか出来ないでしょうか…?」

「また随分と古い文献を読んでるな、誰の影響だか。ただ発想としては良い、少しは可能性が見えてきたぞ」


 ラグナの言葉にペイルが同調すると、オールムが質問を投げかける。

「1発だけでは1人無力化するのが限度だ。警報装置みたいなものもある筈だろうしどうするんだ?」

「何も当てなくていい。門の向こう側に着地させて気を兵士の気を惹く。その隙に肉迫し、銃以外の武器で無力化すれば良いだけだ。刀1本で敵を音も出さずに制圧するぐらいは訓練でやっただろう?」

 ペイルにそう言われてオールムは頷いた。隊を並べて整然と突撃するような、そんな華々しい戦いを挑むのであれば確実に負けるオトポールにとって、そうした静かに行動し静かに事を起こす訓練はいつも行っていた事だ。


「矢を門の向こうに飛ばすぐらいなら、正確に打ち込んで見せますよ」

 矢を持った兵士がそう言った。

「確実に出来るか?」

「勿論です。人に当たるのは大変ですが、そのぐらい大雑把なら出来ます」

 兵士の言葉にペイルは考えた。それなら1回きりの誘導魔法は別の事に使った方がいい。そう思いながら詰所の方を見やると、詰所から大統領府を囲う壁の方に何かの線が伸びているのが見えた。


「あれだな…門の内側に1発放ったら、合図と共にもう1発同じ方向に放ってくれ」

 その指示に兵士は訝しげな表情をしたが、ペイルに言われて線を見つけると得心したように頷いた。

「ラグナ、2発目の矢を誘導してあの線を切ってくれ。あれは多分電線だ、あれを切れば詰所は孤立する可能性が高い」

「分かりました。あれぐらいなら当ててみせます」

 ラグナも頷いてその線を確認する。頼もしいばかりだ。


 そうして急ごしらえの作戦が始まる。腰に剣を提げた3人の兵士が守衛に見えないギリギリの場所に立つと、もう1人の兵士が弓を持ち空に向かって矢を番える。

 一瞬の緊張のうち発射された矢は、誘導魔法が無くとも風切り音を立てながら見事に門を超え、内側の石畳にその鏃を衝突させた。

 突如門の内側から聞こえたコツンという音に驚いたのか、門の両脇に立っていた守衛が思わずそちらの方を見る。

「今だ、行け!」

 ペイルの一声で3人の兵士が見事に音を殺して兵士に接近する。それと同時に弓兵にもう1発の矢を放たせた。


 守衛の背後を取りその首筋に剣を当て引き抜くのと、詰所から伸びる線が切断されたのはほぼ同時だった。

 声も出せず崩れ落ちる守衛に、まだ詰所の中の兵士は気付いていない。

「よし、続いて行け!そのまま詰所に押し入り無力化しろ!」

 その声と同時に隠れていたもう数名の兵士が守衛の詰所へと押し寄せる。兵士が門を超えた頃に丁度守衛が詰所から様子を見に出てきて鉢合わせとなった。守衛は何が起こったのか一瞬分からない様子だったが、手に剣を持ち明らかに守衛ではない侵入者だと気付いた頃には既にオトポールの兵士の剣がその首を切り裂いていた。


「行け行け!詰所を制圧しろ!」

 そんな声と共に詰所の中に殺到すると、丁度中にいたもう1人の守衛が壁にあった釦を押していた。

「何者か知らんがこれで終わりだ!これで警報が…鳴らない?」

 その声を最後に守衛の胸に剣が突き立てられる。その場にいた守衛は4名、これで制圧が完了した。

「制圧しました!」

 そう兵士が戻って報告するとオールムは頷き、隠れていた全隊に門から突入するよう命じた。


「ここから先は全員間違いなく敵だ。集められるだけの書類を集めて、不要な戦闘は避けつつ速やかに撤退しろ。恐らく敵はここまで俺達は入ってこれないだろうと高を括っている筈だ。意表を突けるのはこれ一回きり、くれぐれも気を付けて行くように」

 兵士達が返事の敬礼をして散開していく。オールム達もそれに続いて大統領府の敷地へ足を踏み入れた。

 門の所には当然、侵入する為に兵士達が殺した守衛の亡骸がある

「ラグナ。あんまり見ない方がいい」

「いえ、これも責任です」

 若い女性には刺激が強すぎるとペイルはそう言ったが、ラグナは決して目を逸らさなかった。

えー、作者はにわか鉄道好きにつき…

単線(線路が1本しかない)の区間において、上りと下りの列車の行き違いを行うだけの場所を信号場(信号所)と呼びます。

31番が分岐器の鎖状装置、32番が分岐器そのもの、2番が出発信号です。32番が反位なのはオトポールが乗り退避していた310列車が副本線に入っている為です。念の為。



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