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オレウム侵攻

今回は少し短めです。

 マルヴァム(12月)のはじめ、オレウム(領土未決定地帯)に侵攻したマレス-ナト国軍はすぐにプラセン共和国に宣戦を布告した。

 だがそれを受託するまでもなくプラセン共和国軍もまた、オレウムを目指し軍を進めていた。プラセン共和国としては当初の作戦だったムルザを前線基地とする事に失敗した為、既に関所としての役目を失って久しいスレト関と棄てられた町を前線基地とする事で侵攻を始めた。


 リハルトの策謀と知ってか知らずか、両軍の力はほぼ均衡していた。当然使用する武器の威力はほぼ同じ、兵員はプラセン共和国軍の方が多かったがムルザ攻撃隊の兵士は全員が謹慎処分となっており戦闘には参加していない。残りの兵士達もマレス-ナトの巧みな戦術に翻弄され、思うように戦線を進められずにいた。

 かかる事態に対してこのような処分となったのは、負け戦である事が明白なムルザ近郊での戦いから党や軍としての体裁を守る為である。


 機関銃の猛攻から身を守りつつ進軍する為に、両軍は必然的に塹壕を掘り始めた。塹壕に身を隠しつつ少しずつ前へ前へ、敵陣の裏への道を、自らの陣を守る為の道を掘り進めていく。

 そうしている間にあっという間に年は変わり、新暦806年のグラシム(2月)の終わりが近づいても戦線は膠着したままであった。


 *


 スィミルは苛立っていた。マレス-ナト国軍など瞬殺出来ると思っていた目論見は外れ、開戦から2ヶ月経った今でも戦線は一進一退を繰り返している。時が経つに連れて負傷兵は銃槍や爆発の破片などによる怪我ではなく、塹壕戦による凍傷や精神疾患によるものが多くなってきていた。

 ある前線基地の司令官が、絶え間ない砲撃や銃声を聞きながら塹壕を守り続けるなど不可能だと泣きついてきた。スィミルは敗北主義者だと断じてその司令官を更迭したが、間違っているとは思っていない。


 ー偉大なるユールス様の御光があると言うのに、我が軍があんな軍などに負ける筈が無いのだ。


 そんな事を考えていると戸が叩かれ、1人の将校が入ってきた。

「失礼します、スィミル中佐。この者が画期的な作戦を考えた、との事で連れてまいりました」

 そう言って1人の男を紹介する。その男は値踏みをするような目で一瞬スィミルを見ると、すぐに姿勢を正した。

「オレウム侵攻軍第3砲兵隊長、イグル・エルヌーイであります!此度は栄光あるプラセン軍の作戦参謀たるスィミル中佐に、画期的な作戦を提案したくやって参りました!」

「ほう?一砲兵隊長に過ぎない貴様が、か。」


 スィミルはわざとそういう物言いをしてイグルを見た。実際膠着した戦線を打開出来るのであれば誰のどんな作戦でも構わないが、今まで何人もの兵士が作戦を提示してきたがどれも使えないものばかりだったのだ。

「そうであります。ですがこの作戦を実施出来れば、3日もしないうちにオレウム全土を制圧出来る事でしょう」

「大した自信だな。さて、話してみよ。その上で実行するかしないかはこちらが決める」

 そう言うとイグルは嬉々として自らの案を語り出した。それは確かに砲兵隊長ならではの自信から来た案であり、成功すれば敵の反撃を許さず一方的に攻撃出来るという画期的な案だった。


 小一時間に渡ってその作戦案について話すと、スィミルは作戦参謀長と言うよりも労働者党の幹部としての権限で言い渡した。

「話は分かった。イグル・エルヌーイ、その作戦を決行するに際して貴様を作戦総責任者に任命する。現時点では仮だが、結果を出せたならば二階級特進と貴族街に居を構える事を正式に約束しよう」

 イグルは顔のニヤつきを抑えようともしない。結局の所、作戦を立案、実行し、成功すれば自らも()()になれる。党に多額の献金が出来る程の金が無い者にとって、功績を上げる事が貴族街に住む事への唯一の方法なのだ。


 その会談から数日後、イグルは仮とはいえ手に入れた権力を行使して作戦に必要な大量の武器弾薬を調達し、従事する兵士にその作戦概要を教え込んだ。

「私の考えた作戦だ、失敗する訳が無かろう」

 そう言って問題点などを挙げてきた部下を徹底的に排除した。

 イグルは絶対の自信を持ってその作戦を決行する心づもりであった。その先のまだ見ぬ栄光を夢見て。


 *


 長引く戦争に徐々に疲弊していたのはマレス-ナト国軍も同じだった。国土はプラセン共和国より狭く、兵站もそれ程確保出来ていない。

 元より農業に力を入れていたナトでは同じ面積の田畑でもプラセンより多く農作物を収穫する事ができ、開戦前に民衆の理解と協力の元で少しずつ準備をしていたのでまだ持つが、それでもこれ以上戦争が続くと厳しい状況なのはそう変わらない。


 マイスもそんな状況に頭を悩ませていた。前線で睨み合う兵士は頻繁に交代させているのであまり負傷者や心を病む兵士がいないのが幸いだが、その都度引き継ぎを行なったりするのは効率が悪いし、何より兵士とて早く家に帰りたい筈なのだ。


 自らの執務室で水を一口飲むと、目の前に座る前線基地の司令官に語る。

「いやしかし、やはり我が軍に一気に相手を畳み込めるだけの力は無い」

「承知しております。しかし、兵士達も限界です。あの薄暗い塹壕の中で、いつ終わるとも知れない戦いを強いるのは…」

 マイスにもその気持ちは痛い程わかっていた。軍部に珍しい兵士叩き上げの総指揮官とあって、部下からの信頼も篤い。それが分かっていて司令官がマイスに言うのは、やはりそれだけ前線が過酷な状況だという事だ。


「恥ずかしい話だが、私は塹壕戦をよく知らぬ」

 そう言ってマイスは司令官を見た。マイスが一兵士だった頃、まだマレス-ナト国軍の戦闘と言えば剣と魔法が主流だった。銃や砲弾も魔法で防ぐ事が出来たが、結局消耗が激しい事や逆に従来の攻撃武器である剣や弓では決定的な打撃を与えられない事から、ナトも機械化兵を持つに至ったのである。

「現場を知らぬ将の考えと思って聞いて欲しい。前線に掘られた塹壕はその全ての場所に兵を置き、全ての場所でしっかりとした守備を行えるものなのか?」

「いえ…全てを完璧に守ると言うのは不可能です。2か月以上にわたる戦闘で、我々も敵も相当な長さの塹壕を掘っています。それらを全て守ると言うのはあまりに人員も費用も掛かりすぎるので…」

「そうか…それは敵も同じと考えていいのか?」


 マイスの言いたい事が司令官にもようやく呑み込めてきた。

「同じ筈です。まさか…」

「そういう事だ。多大な犠牲を払う事になるかもしれんが、出来るか?」

 司令官は返す言葉が見当たらなかった。作戦が成功した際の効果は大きく、戦局を一気に好転させる事も出来るかもしれない。だがそれは綱渡りもいい所で、成功する確率は高いとは言えない。

「成功を確実なものにする為には…空から偵察する必要があります。大体の見当は付けられますが、それでも正確な場所を掴む必要があります」

 それはもっともな意見ではあったが、航空兵力は小規模しか持っておらず、プラセン共和国軍に高射砲が展開されていることも確認している。迂闊に飛行機を飛ばせば狙い撃ちにされかねない。更には飛行機を飛ばすことで作戦そのものが露見しかねない為、敵に悟られずに空から偵察すると言う無理難題をやらねばならない。


「確かにそうだ…なぁ、"青イ目ノ民"の伝記を知っているか?」

「は?いえ、失礼しました。勿論知っております。かつてのプラセン皇国がかの山々を越える際に、途中で勝手に戻ってきたという脱走兵が書いた伝記の事ですよね」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが、気を取り直して聞き返す。

「そうだ。あの伝記に出てくる伝説の生き物、竜とか言うのがいただろう。強力な魔法を使い自由に天を翔け、ひとたび防御魔法を展開すればどんな攻撃も通用しないとかいう。そんな生き物が、我々に味方してくれればいいのだがな」

 そう言ってマイスは笑った。司令官も同じく笑ったが、あまり冗談を言わないフュリアス議長らしくないと驚くと同時に、内心ではマイスも追い詰められているのだと感じていた。


「取り敢えずだ、オトポールにはもう少し待ってもらうように伝えてくれ。…なんならいい意見は無いかと聞いてみてもいいぞ」

 フュリアスのその言葉にマイスは笑みを深めると、一礼して自らの基地に戻っていった。フュリアス議長の考えは悪くない。問題点はあれど、上手くいけば膠着した戦線が動くとの確信をもって。


 *


 レプイム(3月)のはじめ、プラセン軍の中で奇妙な噂が飛んだ。

 "夜になると、大きな鳥が我々の陣地から食料を奪っていく"と言うものだ。

 皆がそんな馬鹿なと笑ったし、実際兵糧が減っているわけでも無い。だが"大きな鳥の影"の目撃証言だけは日に日に増えて行き、中には本当に兵糧が少し目減りしている日もあった。

 最初のうちは緊張した前線の空気を弛緩させる話になりえていたが、3日も経つと段々と不気味さを募らせていった。何せそれは自然界には存在しない程大きな鳥、それが()()()()()()()を飛んでいるのだ。


 しまいには痺れを切らした誰かがその影に向かって発砲したりしたが、当たっているのかいないのか、その影は悠然と部隊の上空を旋回していつもの通り消えていった。

 そして5日程、その影はオレウムに展開するプラセン軍部隊をくまなく回るようにして忽然と姿を消した。軍上層部は箝口令を敷き軍の戒律の維持に務めようとしたが、それでも正体のわからない恐怖は根拠の無い噂を呼び不要な疑念を呼び、そもそもの軍内部の汚職の噂と相まって"党は支持するが軍の上層部の言う事は信用できない"と陰口が飛ぶ有様へと変わっていった。


 遡ること7日前、オトポールの元に一通の鳩便が届いた。

「ナトから鳩便だって?やっと見込みが立ったということか」

 膠着していた戦線は、オトポールにとってはむしろ訓練期間として貴重な時間となった。既に練度は十分であり、後は使える武器を増やそうと隙間の時間で銃の手入れや修理を行ったり、武器弾薬の調達をしていた程だ。

 それだけにナトの一大攻勢に出る時期を知りたかったのだが、中々連絡が来ず部隊長達をやきもきさせていたのだ。


 しかし期待に反して、ナトからの手紙はようやく攻勢の準備段階に入ったものを伝えるものだった。

「ここまで子細な作戦計画まで書いて寄越すってのは、どういうつもりなんだかな」

「ナトはまだブレンデルが敵の間諜だったって事を知らない筈、こちらから発信する時には万が一敵に読まれてもいいような文章で書いてきたが、あちらさんは配慮してなかったって事だろうな」

 手紙を読んだペイルの率直な意見にオールムも同意する。その手紙にはナトが今後行う予定の作戦と、その為に空からの偵察が必要な事が書いてあった。そしてその空からの偵察が困難であり、すぐには実行出来ない事も。


「…だそうだ。せっかくラグナが見出してくれた"矛盾の壁"の突破方法も、これじゃしばらくは使いそうにないな」

 ペイルはムルザでの拠点としている家でラグナにも手紙の事を話していた。ヤンビャンの貴族街に進入する際にラグナの力は必要不可欠であり、作戦の大まかな流れは知らせておかなければならない。

「空から偵察したいけどプラセン軍の高射砲に狙われる恐れもあるし、そうなると作戦自体がバレかねないって事ですか…要するに、敵に見つかっても偵察と思われなければ良いんですね?」


 何となくそういう事を言い出すのではないかと想像はしていたが、やはり来たかとペイルは頭を抱えた。

「まぁ…そういう事だ。敵に悟られずに、塹壕の守備の弱い所を探せという事だ」

「では、私が行きます。その塹壕の弱い所の見分け方を教えてください、フレイヤと飛んで見つけてきます」

 否定の言葉を口にしようとしてペイルは押し黙った。行くなと言う事は簡単だが、しかし他に良い案がある訳でも無い。徴税によって奪われた列車を襲う時は夜襲であり、敵の隙を突いた攻撃が出来る事から大丈夫だと判断したが今回は違う。

 夜間での飛行にはなるだろうが、何せ完全武装の敵陣地の上空を飛ぶのだ。下手すれば撃墜という事も有り得る。


「危険もあるでしょうけど、でも多少の弾ぐらいなら防御魔法でどうにでもなります。それに、この状況では私が行くのが一番現実的ではないでしょうか?」

 そう言われてしまえば返す言葉も無いのがペイルの、そしてオトポールの立場だ。

「…分かった。塹壕戦は俺も訓練しかしてないが、理屈はわかる。だが、くれぐれも気を付けろよ」

 そう言うとラグナは強い決意を秘めた目で頷いた。


「しかし現実的、か」

 ペイルは不意にそう言って笑った。

「どうしました?」

「いや、イグナスならいざ知らず未だ竜を"伝説の生き物"と信じて疑わないこの地で、しかもラグナみたいなユラフタスの人でさえ伝記の中の民族と信じるこの地で、ユラフタスと竜の力を借りるのが"現実的"ってのがどうも可笑しくてな」

 それを聞いたラグナも小さく笑った。


「しかしな、間接的にとは言えユラフタスで言う"盟友"を戦争に使う訳だろ?ノーファンさんに怒られたりしないのか」

 それを聞いたラグナはハッとした表情を一瞬見せ、すぐに笑みを浮かべた。

「確かに帰ったら怒られそうですね。ペイルさん、何かいい言い訳は無いですか?」

 そう言って今度は2人で大笑いした。


 *


 ペイルから直々に塹壕における守備の弱い場所の見分け方を教えてもらったラグナは、早速その夜からフレイヤと共に空を駆った。夜間飛行は慣れているものの、飛ぶのは完全武装した軍隊の上空。念の為強めの防御魔法を使いながら飛ぶ事とした。

 1日、2日と飛びながら貰った地図を頼りに塹壕を線で書き記していく。羽ばたいている時などは上下動が激しいのでフレイヤには尻尾の付け根にある補助翼も駆使しつつ、なるべく滑空飛行をするように指示していた。


 プラセン軍の軍服も記憶にあったが夜間ともなると見分けが付かない。とにかくプラセン軍の陣地側にある、大地に穿たれた川のようにも見える塹壕をひたすらに記録していった。

 篝火の焚かれた敵の天幕の上を飛んだ時などには、食料のような缶詰を持ち出していた兵士に見つかったりもしたが、奇妙なモノを見たと言った表情で見上げていたのでまず大丈夫だろうと判断したりもした。そのうち何回か発砲されたりもしたが、その程度ではフレイヤの防御魔法は撃ち抜けない。


 そうして敵陣の上を飛ぶ危うい飛行を5日続け、大まかな塹壕の位置と守備の弱い所をあらかた記録する事に成功した。

 そしてその記録は目を丸くしてどうやったのかを聞きたがるオールムを何も聞くなと拝み倒し、直ちにナトの陣地へと鳩便で届けられた。


 オトポールに送った『敵の塹壕の弱い所さえ分かればすぐにでも一大攻勢をかけられる』という手紙に、本当に敵の塹壕の弱い所が記されたかなり正確な地図が返事として帰ってきた事にマレス-ナト国軍は色めきだった。

 手紙には『方法については極秘である為、追求は避けて欲しい』『オトポールの長であったブレンデル・シュルツは労働者党から送り込まれた間諜であり、党も我らと貴国との間での伝書鳩を用いた連絡を知っている可能性があるから、今後の文面には注意されたし』という事が書いてあった。しかし手紙を受け取ったマイスはその旨を簡潔に指示したのみで、すぐにフュリアス議長の提案した戦法の実現可能性について会議を開いた。

 膠着した戦線に文字通り穴を開けるこの作戦は、何が何でも成功させなければならないという強い使命感を持って。


 そうして何度目かの会議でようやく作戦の具体的な所が決まった頃、プラセン軍が動いた。

実際の塹壕戦は数年単位に及ぶ事もありますし、砲弾と汚物と死体にまみれた悲惨極まりないものです。そこまで長くすると話が続かないのと書く必要も無いかと思ったので、膠着状態をたかだか2ヶ月ぐらいにしていますが…



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