蜂起と弾圧〈後編〉
ペイルはまず、周囲で他の銃声がしたと同時に狙撃兵に頼んで敵陣の照明を撃ち壊すように命じた。そして全てを壊し暗闇が訪れた途端に、敵の眼前に照明弾を打ち込む。そうすれば急激な目の前の明るさの変動により、照明弾の効果が薄れてもしばらくはまともに目が見えないと踏んだのだ。
しかし実際に照明を撃とうとすると、それは甲高い音と共に弾かれた。何回か試してみるもそれらは全て弾かれ、一向に作戦初段階から進まない。
「多分、魔法です。あちらにもしっかり魔法戦闘に長けている人がいるのだと思います」
ラグナがそう言うと、オールムが「いよいよ見境無くなって来たか」と呟いた。
「オトポール諸君!どんな抵抗をしても無駄だ!我々は新たな技術を用いた壁によって貴様らの隧道を封鎖した。もはや勝ち目など無い、大人しく投降しろ!」
敵陣からそう勝利宣言とも取れる声がする。
「新たな技術ね…しかし、そうなると照明弾も効果があるのか?」
オールムがそう聞くと、ラグナは少し考えてから答えた。
「効果は減りますね、魔法による防御で光も防御する事は出来るので。ただアレかなり魔力を使う…」
「かなり魔力を使う?」
言葉尻を捉えてペイルが聞き返した。
「…そうか。はい、魔法による防御で魔法攻撃はその性質を理解しているから防御できますし、それこそ銃弾でも大砲でも目に見えているモノは"それがそこにある"と認識できるので結構しっかり防御できます」
ラグナはそう言いながら、かつてウィル達やミラムさん達と村に帰る時に襲撃された事を思い出していた。
「ただ強烈な光というのは、防御は出来るのですがそれにかなり多い魔力を使うのです。光というものの理屈が分からないですし実体の無いものなので、魔力で無理やり遮断するしか無いとか何とか…」
「つまりだ、それこそ今の状態で照明弾を打ち込めば相手の魔法士に膨大な魔力を消費させる事が出来るという事だな?」
ペイルの言葉にラグナは頷いた。それを見てペイルもまた、不敵な笑みを浮かべる。
「分かった、ならまだやりようがある。オールム、今から俺の言う通りに兵を動かして欲しいんだが出来るか?」
「今更ペイルの言う事に口を挟む部下などいるまい。どうすればいい?」
*
隧道への入口にオトポールを近づけさせない為の部隊は、新たな技術によって開発されたという防壁によって、仲間たちを散々屠ってきた狙撃が通用しないと知ると一様に安堵の表情を浮かべた。それと同時に党が開発した"新しい技術"に感謝し、より深く忠誠を誓うと言う者までいた。
"防壁を維持するために必要な人"という謎の役割の兵士がいるが、そんな事は再び圧倒的優勢に立てたことに比べれば些末な事だ。そして末端の兵士達には、その技術とやらが党が排除した筈の魔法だと知る者はいない。
「ここで奴らを足止めしておけば、じきに我らの他の部隊がオトポール共を排除する筈だ。我々はここで、この特殊防壁を盾に奴らの惨めな抵抗を見てれば良いだけって事だ」
隊長がそう言うと陣地に笑いが起こる。
突然、プラセン軍の眼前に眩い光が出現した。そして一瞬後にその光が消えた。
「な…んだったんだ?」
兵士が呟きながら反射的に閉じた目を恐る恐る開けると、自分達の陣地を円形に覆うように先程の強烈な光が煌々と輝いていた。
少し経つとその光はだんだんと薄れてきて、やがて完全に消えた。しかし陣地にいた兵士は周囲の異常にすぐ気付いた。
「見えない…?」
辺りは完全に暗闇となっていた。陣地にあった灯りも消えている。幸いにして月夜なので完全な暗闇では無いが、目が暗闇になかなか慣れてくれない。
刹那、突発音と共に誰かが倒れる音がした。その後も立て続けに突発音は聞こえ、やっと暗闇に目が慣れた頃には数名の兵士が地に伏しているのが見えた。
「敵襲だー!砲兵はあの辺の建物に片っ端からぶっ放せ!」
部隊長がそう叫ぶと各員が戦闘体制に入る。しかし2つ目の指令は実行される事は無かった。
「隊長!砲兵隊が…」
大砲を担当する砲兵隊は、既にその全員が事切れているか傷を負っていた。
「クソッ!ならば機関じゅ…」
そこまで言って陣地を守る部隊長は胴体から血を噴き出して倒れた。それと同時に建物の影からオトポールの兵士達が一気に雪崩れ込む。
「応戦だ!機関銃で…」
そう言って機関銃の方を見たと同時に、頼みの機関銃が爆発、炎上する。オトポールの投げた爆弾が直撃したのだ。こうなってしまっては軍としては手持ちの小銃で応戦する他無い。しかし小銃は強化されていない既存の物、そして家一軒守るだけの部隊にはそこまで沢山の人はいない。頼みの強化された大砲や機関銃は役に立たず、人数でもオトポールより少ない。そして撃たれた人がいることから、党の"新技術"を用いた防壁も無い。軍の圧倒的不利だった。
*
ペイルはまずオールム隊の中から、ある程度離れた的に正確に銃撃できる自信のある者を何人か選抜した。カラン隊に指示した程の遠距離攻撃ではないし、そもそもオトポールの兵士達も元を辿れば農民。漁師や狩猟なら仕事で、農家でも害獣を追い払う為。様々な理由で多少の距離のある標的を狙って銃を撃った経験のある者は多い。そしてそれらの兵士に手持ちの銃で予め敵陣地の明かりや大砲の近くにいる兵士、責任者と思しき兵士などに照準を定めさせた。
そして信号弾を敵の眼前に撃ち込ませ、敵の魔法士に反射的にその強烈な光から魔法で守るように仕向けた。こうして膨大な魔力を一気に消費させ、防御魔法を無力化させる。そしてオトポールには照明弾を直接見ないように注意させ、光が消えてからすぐに動けるように準備させておく。
光が消えていくに連れて、まず最初に敵陣の明かりを撃つように命じた。こうする事により強烈な光を見続けた敵は、突然訪れた闇に眼が順応するまでの間に僅かながら致命的な隙を生み出すことになる。そして光が完全に消える前に他を狙っていた兵士達は標的の最終確認を済ませて、闇が訪れると同時に引き金を引く。敵からすれば周囲の状況がわからないまま、突然主力が失われる事になる。
「…つくづくペイルを敵に回さなくてよかったよ。散々言ってる、戦場では冷静さを失った奴から死ぬって事か」
ペイルが作戦を説明した後に、オールムが半分呆れたような声でそう言った。そして実際に戦況はその通りに動いている。
「敵は通常兵器のみだ、一気に押し切れ!」
オールムの掛け声と共にオールム隊の兵士達が敵陣へと殺到する。半ば白兵戦の様相を呈しているその中にいつの間にかカラン隊も合流し、僅か数分で隧道への入り口の前には猿轡を噛ませて手足を縛ったプラセン軍の姿があった。
わざわざ拘束し殺さなかったのもペイルの指示だ。無駄な私刑はさらなる復讐を生みかねず、それこそ次に交戦する際に仲間の仇討ちだなんだと言ってもっと激しい戦いになりかねない。それよりも敵を生かして返し、逆に戦意を喪失させる方を選んだのだ。そうは言っても何人かの兵士を屠ってはいるが、殺されてもおかしくない状況で生かす事が大事だ。もっともこれはイグナス軍に共通する"死に逃げるな、生きて帰れ"の教えに則ったものでありプラセン軍相手に通用するかは分からなかったが、それこそ理解してくれると祈るしか無い。
かくしてオトポールの兵士達は、夜が白んだ頃にはヤンビャン郊外にて待機していた隊と合流した。200名で侵入し生き残ったのは140名程、直接交戦したカラン隊の損耗が激しかったが直接殴り込みをかけた割には想定より遥かに軽微なものだった。
「正直生きて帰ろうとは思っていなかった。ここまでの損耗で済んだのは、やはりペイル、お前のお陰だ。礼を言う、有難う」
ムルザへの帰り際、そう言ってカランは頭を下げた。
「いや、それでも約60名を失った。俺の立案した作戦で60人が死んだんだ。攻められる事こそあっても、何も褒められることなどありはしない。それよりどうだったんだ、やはり向こうは俺達の襲撃を知っていた風だったか?」
そう聞き返すとカランは複雑そうな顔をした。
「…あぁ、あの動きは俺達が来ることを知っての事だと思う。そうなれば、やはりブレンデルが内通者と見て間違いないのだろうな」
「すると、どうするんだ?」
「取り敢えず最初に3000名連れて行ったことを考えたら、あまりに損害が軽微だ。このまま全員引き連れて帰ろうと思うが、それでいいか?」
カランがオールムにそう聞くと、オールムもそれでいいと頷いた。
そして数時間後、他の街に散っていた兵士と合流しムルザに向かって出発した。
*
「3000人で進軍して死者がたった60人?本気で言ってるのか?」
ムルザに戻りヤンビャンに侵入した顛末を話した後の、ブレンデルの第一声がこれであった。
「本気だ。そして俺達の目的も達成できた」
座っているブレンデルに対し、見下ろすようにオールムが答える。
「カルスの救出に成功したのか?そんな報告は受けていないが」
「ほう、誰からの報告だか。そして今作戦において俺達の目的はカルスの救出ではないという事だけ伝えておこう」
「…どういう意味だ。それにカルスを始め、我らの同士を救出せよというのは他でも無い、私からの命令だった筈だが?」
訝しげな顔をしてブレンデルがそう言うと、オールムは鼻で笑った。
「何がおかしい…!」
机を拳で叩いたブレンデルに、しかしオールムも一歩も引かない。
「確かに俺達はヤンビャンへ侵入した。だがそこにはプラセン軍が既に万全の装備で待ち構えていた。これはどういう事だ?」
「内通者がいるのだろう。未だに姿も見えないがな」
「そうだろうな。敵はすっかりこちらが大軍勢で攻めてくるものと思い込んでたらしく、やたら重装備でお出迎えしてくれたぞ。さてこちらがそんな総力戦を仕掛ける事を、オトポールのうち何人が知っていた?」
ブレンデルの顔が一瞬歪んだように見えたが、すぐに普段通りのすまし顔に戻った。
「俺や部隊長を疑っているのかお前は。だがあそこまで大規模な訓練をすれば、末端の兵士だろうと総力戦だという事ぐらいわかるだろう」
「そうだな。だが敵はこちらが立案した作戦に完璧に対応できる布陣だった。それこそヤンビャンの街の主要な場所には敵兵が陣地を組んでいる程にだ」
オールムはカマをかけていた。カランから聞いた話でもそんな事は無かったし、第一それが本当なら死者60人では済まされない。だがすまし顔の中にも焦りを感じていたであろうブレンデルは、まんまとその誘いに乗る。
「馬鹿な、なら何故そこまでの損害の少なさで済むんだ!」
「何故怒る?むしろこの程度で済ませた各部隊長を褒めてやってもいいと思うが?」
そう言うとブレンデルは閉口する。だがオールムは追撃をやめない。
「俺達はヤンビャンに侵入した後、その敵の陣地をことごとく破壊したのさ。案外あっさりと降伏したぞ?」
「そんな訳が無い!あのクナイが率いるプラセン軍が簡単に降伏など…」
「そうだな、降伏などしなかった。なんならヤンビャンの話は全部嘘だ。それで、誰が率いるプラセン軍が何だって?」
*
ブレンデルの家の外では、報告を終えたオールムをカランが待ち構えていた。
「それで、結局有用な情報は無しか」
「その通りだ。"貴様らの捕虜になどなるぐらいなら"とか言って拳銃自殺だ、聞こえただろ」
結局追い詰められたブレンデルは自害した。だがその家には労働者党に関する資料があるかもしれないので、亡骸を運び出した後に家を捜索するつもりでいた。
「それでオールム、そちらの首尾は?」
「上出来だ。ラグナちゃんには感謝してもしきれないほどにな」
オールムがそうニヤッと笑って言うと、つられてカランも笑った。
「遂にあの"矛盾の壁"の内側に行けるわけだ」
「そういう事だ。その作戦についてもペイルの意見を聞きながら組み立てようと思うが、異存は無いか?」
「ある訳が無い。全く、恐ろしい人が味方になったものだ」
「そう言えばあの隧道へと繋がる家を包囲していた敵陣を突破したのも、あれもペイルの案か?」
カランがそう聞くと、オールムはもう聞いてくれるなとばかりに手を上げた。
「そうだ、全く俺の立場が無いよ。ただあそこでカラン隊が援軍に来てくれたのは助かった」
「いや、俺達も急に目の前で信号弾なんて打ち込まれて驚いたぞ。ただ皆が反射的に光から目を背けたんだろうな、暗さに目が慣れた頃には一大攻勢になってたからこれ幸いと援軍させてもらっただけさ。それこそペイルには頭が上がらん」
そう言うとなんだか可笑しくなって、2人して笑った。
「それで、次の作戦はいつ頃にするんだ」
カランがそう聞くと、オールムは俯きがちに口を開いた。
「…徴税の後になりそうだ。数日の準備期間があればすぐにでもまた進軍出来そうだが、もう徴税まで時間が無い。兵士達も一旦村へ返さなければ、その村も乗り切る事が出来ないだろうしな」
「そうか…すると来月の半ば辺りか?」
「そうなるな。作戦より先に、穀物隠しの方をやらねばならないな」
そう言うとカランはまた難しい顔になる。
「確かにそうだが…今回は俺達の兵糧もあるから、例年より多めにやらなきゃだぞ?理解は得られてるのか」
「大丈夫だ。あのヤンビャン侵入だって皆が死ぬ覚悟で故郷を出て、そんな人達がみんな帰ってきている。兵士達もその家族も、分かってくれる筈だ」
「あぁ…そうだな」
そこまで言うと、話はこれまでだとばかりにオールムは自宅へと歩いて行った。
「徴税の季節がやってくる…か」
独り言ちたカランの呟きが、誰かの耳に入る事は無い。
*
損害が思った他軽微だったオトポールに比べて、労働者党率いるプラセン軍の損害は甚大だった。
「あそこまで兵を出しておきながら、みすみす逃がしたと?それでこちらは100名規模で死傷者と来たか。貴様らは何をしに行ったんだ?」
報告に来たクナイに対して、参謀長室の長であるスィミルはそう言った。口角を上げて笑ったような顔をしていたが、目は全く笑っていない。
「は…オトポールの連中、これまでと違って格段に戦闘能力が上がっていました。市街地での遊撃戦や卑怯な遠距離攻撃など、対処のしようが無い方法で攻めてきまして…」
「そんな連中に貴様は負けたのだ。分かっているだろうな」
その言葉にクナイは沈黙するしか無い。
「まぁ良い、兵士など幾らでも補充が効く。それより兵器だ。兵器局からはあの竜の力を用いた魔法兵器は確かに強力だが、なにぶん付与がかなり難しいとかで増産が出来ないと聞く。さて、今回の迎撃でいくつその強化兵器を出してどのくらい損害が出たんだったかな?」
わさとらしくスィミルが聞くと、クナイは俯きながらぼそぼそと答える。
「なんだって?」
「10門の大砲と40挺の機関銃を用いて、うち大砲は2門が焼損、3門が使用不能。機関銃は4挺が敵に鹵獲され、21挺が使用不能です…」
「それだけの事を、あの野蛮なオトポールにやられたと?」
再びクナイは沈黙で答える。
「ふん、まぁいい。今回の件についてはユールス様に報告させてもらった」
スィミルがそう言うと、クナイの顔がみるみる青ざめていった。
「そ、それでユールス様はなんと?」
「公職から追放し、平民街の外郭に移させろ。との事だ」
それを聞くとクナイは小さく震えだした。プラセン軍のヤンビャン守備隊長ともなれば、当然貴族街への居住が認められ待遇も貴族のそれとなる。それこそ贅の限りを尽くした生活をしても問題の無いぐらいの給金が支給され、物価も平民街より遥かに安く高品質の物が揃う。
しかし平民街は所詮は普通の街、プラセン軍の兵士の多くもここに住むが普通の給金で季節や天候によって左右される物価を気にしつつ、倹しくやりくりしながら生きていく場所である。しかも平民街も第2防壁に近い場所ほど所得が高く比較的色々と手に入り易く、第1防壁に近い外郭ほどその反対となる傾向がある。つまり外郭側に住む人は党の支持者でありながら何か問題を持ち、足りない物があるならわざわざ第2防壁の辺りまで行かなければならない生活を送っていた。
つまり貴族街から平民街外郭への転居を命じると言う事は、その人が築いた地位も名誉も地に堕とす事と言っても過言ではなかった。
「ご、御勘弁を…それだけは御勘弁ください…」
クナイは伏してそう言った。それこそ頭と地面を擦り付けるかのように。そしてそれをスィミルは面白そうに見つめる。
「ふっ、必死だな。案ずるな、俺の方からユールス様を説得しておいた。徴税やオールム侵攻を控えたこの時期に、仮にも敗戦の将とは言え失うのは痛いとな」
「ありがとうございます…」
「そこで貴様に処分を言い渡す。クナイ・ルーファン、ヤンビャン守備隊長の任を解き徴税の際にムルザを攻撃、オトポールの中枢機能を破壊せよ。然るのちに年内に行われるオレウム侵攻の際には、その先遣隊を率いる事を命じる。貴族街居住権の剥奪はそれまで無しだ」
それを聞くや、再びクナイは頭を下げる。
「要するに次は無いという事だ。しくじったら、平民街への転居では済まされないかもな」
つまり次はヤンビャンから退去させるぞという脅しだ。ヤンビャンから出て行く事は、即ち労働者党の籍すら剥奪されるという事。それは明日の生活すら困窮する地獄だ。
「わかりました…全身全霊を込めて、必ずやオトポールを壊滅させてみせます」
クナイはもはや、自分を負かしたオトポールに対する怒りと怨みに支配されていた。何故負けたか、戦術的に何が問題だったかなどと省察する考えなど微塵も無い。
なんかめっちゃ長くなったなぁ…
戦術が果たして理に叶っているとかいないとかは分かりません、その辺は素人なので大目に見ていただければ幸いです。
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