もたらされた力
マレス‐ナト民国の首都、ハークル。ヤンビャンとは違い市街地に清潔さがあるかといえば全く無い。古い建物から新しい建物まで混在して建っており、長く雨が降らなかったりすれば砂埃が舞うほどだ。しかしこれもヤンビャンと違って、ハークルはとても活気のある町だった。目抜き通りには市民たちが行き交い、ナトの地方や外国から来た商人達もせわしなさそうに歩いている。
ナトにも貴族もいれば貧しい人もいるが、だからと言って壁で仕切られたりはしない。政府の要である議事堂は街の中心にあり、その周りに要職に就いている人や貴族達の家が並んでいる。だがそれらの大きな家の前にも歩き売りの威勢の掛け声は響き、貴族の邸宅からでさえその声を聞いて買いに出る者がいる。身分差はあれど、それによる差別は無い。まさにナトはヤンビャンとは正反対の国であった。
ナトでは世界の流れとは違い、未だに魔法を多用していた。工業技術も入って来てはいるが、ナトは神聖プラセン皇国の内戦のおりに魔法が使えるものらで作られた国であり、歴史的な背景から魔法を使える人が多い。その為、なかなか生活から魔法が無くならないのだ。
しかしそれでも軍隊は違う。どこの国でも軍は、より良い何かがあるならばそれを採用しようとする。ナトの場合はこれまでの剣や弓矢を用いた魔法戦闘より、工業力を生かした銃や大砲などを使うようになっていた。
オレウムに湧き出る黒い水が油であるという報せは、当然ナトも知っていた。しかしナトには目下その油を大量に必要とする場所が無かったのだ。その為、採掘することができたのならば他国の力を借りてそれを販売し、厳しい国内財政の足しにしようと考えた。
そしてそこに現れたのが、リハルト公国からの使者と名乗るマセド・ラーレンと名乗る男だった。
マセドの言うリハルトからの提案は、ナトにとって実に魅力的だった。オレウムから産み出される権益の7割をリハルトに渡す代わりに、採掘場や精製の為の施設は全て建設し、それらを全てナト側に無償譲渡すると言う。
元よりそう言った金より国民の安寧を願う国だからか、3割でも収支になるのならばと言う事でこのリハルトからの提案を呑んだ。
だがそこで問題なのがプラセン共和国の存在だ。
油だとわかった時点でナトはオレウムの領有権を主張したが、当然プラセンも領有権を主張してきた。そしてそれを知ったマセドは「リハルトから武器を提供しましょう」と言った。つまり武器を持ち、力で占領せよと言う事だ。
そして今、マレス‐ナト民国の国軍の武器庫には、有り余るほどのリハルト製の武器があった。
「フュリアス様、しかしリハルトはこれだけの武器を無償で提供してでもあの土地の油が欲しいのですね」
その武器を前にしてある軍人が言った。隣にいるのはマセドを通してリハルトとの交渉役になったマレス‐ナト議会の議長、フュリアス・ハイルだ。
「そういう事なのだろうな。全く、緊張状態が続いているからと言って国軍の練度だけは高めていたが、こんな風に役立つとは思わなかった」
47年前の新暦757年に勃発した内戦は、神聖プラセン皇国をプラセン共和国とマレス‐ナト民国とに分割した。未だ終結宣言はなされておらず休戦状態である事から、マレス‐ナト国軍は設立当初から再び戦争になった時に備えて厳しい訓練を行っていたのだ。
「しかしフュリアス様、勝機はあるのでしょうか?」
軍人はそうフュリアスに問うた。
「…勝たねばならぬ、それだけだ。だがあくまでも目的はオレウムの領有権の獲得及び、それの既成事実化だ。決してプラセン共和国ごと併合しようというわけでは無いことを忘れるな」
「承知しております。電撃的にオレウムに進出し、可及的速やかにプラセン共和国との国境線付近に陣地を築く。予想される抵抗には大幅に強化された機械化師団と魔法師団で持久戦に持ち込み、その隙に国際的にオレウムの領有と資源の分配を宣言する。こうですね?」
「その通りだ。何も独占したいわけで無く、世界経済の発展の為にというお題目の下に侵攻したとなれば、批判も躱せるだけのものなろう。まぁそこは我々の領分だ、軍はとにかく最前線で命を張って、時間を稼いでもらいたい。そこを宜しく頼む」
そう言ってフュリアスは頭を下げ、軍人は思わず最敬礼で返した。そこに潜むリハルトの思惑など知る由も無い。
―誰が言ったか、"願うだけでは平和は訪れない"とはよく言ったものだな。
そのフュリアスの呟きは一陣の風と共に吹きすぎていった。
*
その男、リンゼン―ロイス―ユラフタスはヤンビャンの"矛盾の壁"の内側の一角に軟禁されていた。待遇としては国賓とまではいかないまでも、国にとって重要人物という事になっている。
リンゼンはイグナスでの皇位簒奪事件の騒動の際に、静かに白露山脈の村を抜け出してプラセン共和国に渡っていた。それも竜に関するあらゆる資料を複写したものを持ち出して。そのまま持ち出してもいいものをわざわざ複写したのはユラフタスとしての良心というものよりも、自らの行いが露見しない為だ。
リンゼンはかねてから、ユラフタスの存在の危うさについて懸念を持っていた。
"盟友"が過去の惨劇のような事に使われない為に、白露山脈の深い森の中からイグナスという国を監視し続ける。確かに"盟友"の力は圧倒的であり、それはコルナーたるリンゼンが最もよく理解していた。しかしそんなユラフタスに未来はあるだろうか?どうせそのうち"盟友"の力は露見し、それこそイグナス軍が大挙して攻めてきてこの村を焼くかもしれない。
そしてそんな中で、森の中で偶然出会ったのがアイヒ・レスツと名乗る男だった。その男は山脈の向こう側にあるプラセン共和国と言うところから来たと言い、イグナスの読売に出た竜についてを調べに来たという。
最初こそ訝しんだリンゼンだったがそこはアイヒも巧みなもので、リンゼンが竜に関する情報を持っていると見るや様々な待遇を用意すると言って言葉巧みに竜の情報を引き出そうとした。
その程度の甘言に惑わされないからこそコルナーなのだが、しかしリンゼンは違った。
リンゼンはあまり街には降りた事は無かったが、だからこそ街での物に溢れた暮らしに羨望を抱いていた。そしてこの、森の中でつましく暮らすことに対して嫌悪感すら覚え出していたのだ。そんな中で目の前に垂らされた餌に喰いつかない筈が無い。
それからというもの、リンゼンとアイヒは度々森の中で密会し、その都度竜についての情報をプラセンへと流していた。そして一通り持ち出した後にアイヒと共にプラセンへと渡った。
リンゼンは満足していた。アイヒの所属する組織、労働者党とやらの情報局は竜の情報をどう使うか何も語らなかったが、そんな事はどうだっていい。このヤンビャンという街を取り囲む壁の外から出るなと言われたが、それもどうだっていい。
大事なのは、今こうして裕福な暮らしが出来ているということだ。竜の力を提供した御礼として使用人付きの家と多額の金をくれたとは言え、店に行けばなんでも格安で買え凶作不作に困る事も無い。飢える事も無い。
リンゼンは満足していた。その裏で何が行われているのかなど、知る由も無く。
*
ヤンビャンの"矛盾の壁"の内側にある貴族街のさらに中心には、大統領府と呼ばれるプラセン共和国の権力の集中している建物がある。ペイルとラグナがムルザに向かったその日、大統領府の地下深くにある総合作戦参謀本部では、竜の力の情報やオレウムへの侵攻など様々な事が話し合われていた。
そして参謀本部の奥にある参謀長室では、その部屋の主であるスィミル・アイクレタスが煙草を燻らせながら日々上がってくる竜についての研究報告書を眺めていた。
「しかしこの竜の魔法や魔力回路というのは、全く参考になるものばかりだ。考えもしなかった理論が多くて有り難いことだ」
「全くです。即効性の高いものだけ掬い上げて既に小火器には応用しているようですが、造兵局は大喜びだそうですよ。この前の小競り合いでも十分すぎる威力があったと報告が上がっています」
スィミルに答えたのは情報局の局員にしてリンゼンをプラセンに引き込んだ張本人、アイヒだった。
「この前の…マルカラーノやオトポールどもの言う所の矛盾の壁、第2防壁の近くであった小競り合いだな。またオトポールの連中が集ってきたと聞いたが」
ヤンビャンにある壁は正式名称を、街の境界線であり平民街と街の外を隔てている壁を第1防壁。平民街と貴族街を隔てている、いわゆる"矛盾の壁"を第2防壁と呼んでいる。
「はい。しかし第2防壁の守備隊が竜の魔法理論に基づいて作られた新型の大砲を、試射も兼ねてオトポールに撃った様です」
「成る程、それで大砲1発で民家2棟が全壊か」
スィミルの言葉にアイヒは頷いた。
あの夜、ラグナが咄嗟に防御魔法を展開しオトポールの人達を逃した後、大砲を撃った守備隊の人間はそのあまりの破壊力に慄き、敵の死亡確認か或いは追撃をするのを失念していた。と言うのも、たかだか大砲1発で民家2棟が全壊し周りの家屋にも被害が及んでいるからだ。
結果的にその守備隊は死亡確認や追撃を怠った事のみ叱責され、平民街の破壊に関してはお咎めなしだった。軍はむしろ大砲を撃った時の感触や弾道などを守備隊や砲撃手に聞いたり、破壊された家屋の被害状況を調べに調べていた。これによりヤンビャンの民間人2人が死亡し、複数の怪我人が出たがそんな事は関係無い。彼らは党の発展の為に死んだのだ。栄誉な事だ。
「俺も造兵局から聞き齧った話だから詳しくは知らないがな、その新たな竜の魔法理論は理屈はわかるが応用が難しいそうだ」
「そうなのですか…するとスィミル様の所で策定しているオレウムやマレス-ナトへの侵攻計画、あれは大丈夫なのですか?」
アイヒがそう聞くと、まさに待ってましたとばかりにスィミルが喋り出す。
「問題無い。と言うのもな、第三国であるリハルト公国が兵器を大量に提供してくれたのだ。これでナトを追い込み、代わりにオレウムの資源を優先的に回してくれとこういうわけだ」
「リハルトがですか?リハルトが何故…嗚呼」
アイヒは少し考えた後に納得したように頷いた。
「リハルトも結局は、こっち側の大陸に野心があるって事なのですね。プラセン共和国軍ならば心配はありませんが、それでもくれぐれも油断なさらないよう」
その言葉にスィミルは小さく笑みを浮かべて頷く。
「流石情報局は飲み込みが早いな。今年頭のリハルトによるイグナス侵攻、あれは何故かリハルトが負けた。イグナスの厳重な情報秘匿のお陰で何があったかは分からんし、リハルトも不思議と黙して語らないから何があったんだかな。
とにかくリハルトにとっては次に領土を広げる先を、海の北に求めたってわけだ。その折にオレウムの黒い水が実は油でしたなんて事が知れたんだ。そりゃ多少貸しを作ってでも欲しがるだろうな」
「して、どの程度の火器を寄越してきたのですか?」
「私と貴様も含めて軍に所属してる人員の2倍もの銃剣類、その他にも重火器から飛行機から選り取り見取りだ」
スィミルの言葉にアイヒは絶句した。正気の沙汰じゃ無いと。武力的な支援をするとは聞いてはいたがここまでだとは思わなかった、と言うのが素直な感想だった。
だが同時にリハルトの国力も多少は知る事が出来る。万が一我が国がリハルトと交戦する事になった際には、情報局の材料にでもさせてもらおう。
だがスィミルもアイヒも知らなかった。正気の沙汰では無い量の武力的な支援が、オレウムを挟んだ向かい側、目下敵国となり得る国にももたらされている事に。
*
「オレウムはどのようにして奪還する予定なのですか?それによっては情報局としても、動かなければならないところがあるのですが」
参謀長室付きの執事が出した茶を飲みながら、そうアイヒが聞いた。
「まぁほぼ確実に、ムルザをその拠点とするだろうな。あそこはオレウムに一番近い街だし、街自体の人口も少ない。建物はそのままで住民だけ追い出すのは容易だろう」
スィミルはムルザの街を武力占拠し、建物や秋の徴税に向けてそこに蓄えられている筈の食糧はそのまま使おうと考えていた。それは仮にも国軍が自国の民に向けてしていい行為ではないが、プラセン共和国にとってヤンビャン以外に住む国民など食料を提供するだけの存在であり、そこらの塵芥としか考えていなかった。
「しかしそうなると、やはりオトポールが邪魔ですね。"駒"からは何も?」
「あぁ、それなんだがな。"駒"からどうもオトポールに魔法を使える奴が来たらしいぞ」
「何ですって!?」
思わずアイヒは叫んだ。万人に平等な力をとかなんとか言っても、しかし魔法は使い続けながらそれでいて民衆から魔法を奪い権力を確立したのが今の労働者党だ。事実オトポールの連中は幾度となく貴族街と平民街とを隔てる第2防壁に攻撃を加えているが、高度な防御魔法を施されているあの防壁に普通の攻撃が通用する筈が無い。万が一破られたとしても、貴族街を守る兵士達は全員が魔法使いとしても機械化兵としても一流であるように訓練している。烏合の衆でしかない連中にこれを破れる筈が無いのだ。
しかし敵対勢力たるオトポールに魔法を使えるものが現れたのなれば、それは排除しなければならない。不確定要素は徹底的に排除する、そういった仕事は情報局の役目だ。
「して、その者の素性は?」
「これは俺も信じられなかったんだがな…どうも"青イ目ノ民"らしい」
そう聞いて再びアイヒは驚いた。青イ目ノ民と言えば、労働者党本部の中にある図書資料室の中でも極秘に分類される書籍の中に出てくる単語だ。およそ500年前、先祖があの白露山脈を越えた地へと向かった際に、現地で抵抗したのが"青イ目ノ民"なのだという。その民は伝説の生き物とされていた竜を従え、強力な魔法を使うらしい。
最近になってこの民から1人、自らの手でこちら側に懐柔させたものがいるが、話によれば極めて閉鎖的でイグナス以外に出ることはまず無いという。それなのに何故オトポールに…?
「しかしそうなると…早急にその者を捉えるなり、何か手を打っておくべきでなないのでしょうか」
「既に手は打ってある。"駒"からの情報によれば、オトポールの連中は来月の徴税の前に事を起こそうと躍起になって訓練しているらしい。だからな、わざと焚きつけてやろうかと思う」
「と言いますと?」
スィミルはにやりと笑った。まるで面白い悪戯を思いついた子供の様に。
「アイヒ、情報局と言うからにはヤンビャンに住んでいる市民の中で1人や2人ぐらい、不穏分子がいる事ぐらいわかっているだろう?」
ヤンビャンに住む人は、つまり労働者党へ忠誠を誓っているも同然。しかし中にはそれはただの隠れ蓑で、裏ではオトポールやナトへ情報を流している者もいる。そしてそういった存在を情報局が看過しているのは、ただその先の情報経路を知り丸ごと潰したいからに他ならない。
「はい、それは勿論ですが…」
「ならば誰でもいい、影響力の少なさそうな者1人を適当に見繕っておけ。そいつには死んでもらう」
「は?」
アイヒはスィミルの言っている意味をすぐには呑み込めなかった。
「わからんか、そいつには死んでもらいそれをオトポールの仕業だと大々的に宣伝する。勿論死んだ者は"労働者党に多大なる恩恵をもたらした忠義者"とか言ってな。そして適当にオトポールの誰かを裁判にかけ、死刑にでもすればよい。どうせ頭の足りない連中の事だ、すぐに大々的に抗議とかなんかでヤンビャンに押し寄せる事だろう。来ないのなら"駒"を使って焚き付ければ良い。そして大勢やってきたところを『正当防衛』の名の下に排除すれば…」
「不穏分子を排除でき、かつオトポールの数減らしにも繋がる。ヤンビャンに残る不穏分子や残りのオトポールにはこれ以上無い警告になり、オレウムへの侵攻も楽になると。成る程、考えましたな」
そう言って2人は薄く笑った。
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