第七バビレーヨ〔マルカラーノと呼ばれる人々〕
訓練の合間、ペイルはオールムに頼んでムルザの街を案内してもらっていた。特に他意は無く自らの見聞を広めたいのとヤンビャン以外の街の状況について知りたいというものであったが、食糧事情が特に酷いというムルザの街はペイルの想像をはるかに超えていたものだった。
ある日、2人はムルザの郊外の畑に来ていた。気候はイグナスの中部と似ており一通りの作物が育てられる環境にあるはずなのだが、そこにあったのはいかにも痩せた作物ばかりだった。
「作物の出来が悪いな。そこまで不作になるような気候だったか?」
ペイルが尋ねるとオールムは複雑そうな表情をした。
「成る程、ペイルにもそう見えるか。ここではこれが普通だ。肥料が堆肥のみで新しい化学肥料なんて入ってこないし、そもそも党の増産指示で無茶苦茶な農業をやったらすっかり土地は瘦せ細っちまったんだ」
そう言われて畑の土をひと掬いしてみれば、指の隙間からパラパラと落ちていく。保水力が無い証だ。
そんな痩せた土でも耕す人がおり、出来た作物を収穫する人がいる。だがそんな農民達も顔色は良くなさそうだ。
「あの人達は"マルカラーノ"と呼ばれている」
不意にオールムが畑にいる農民を見てそう言った。
「マルカラーノ?」
「そうだ。単に貧しい、農民を略しただけのものだが、本人達には絶対に言うなよ。最初は農村部だけでの呼び方だったらしいが、いつの間にかヤンビャンでは蔑称として扱われ始めて、それを本人達も気にしてるからな」
それを聞いたペイルは思わず憤慨せずにはいられなかった。思わず遠くヤンビャン市民に「誰のお陰で飯が食えてると思ってるんだ」と叫びたくなったほどだ。
「彼らはこうして痩せた土地を懸命に耕して作物を作るが、毎年フィソウム(11月)の終わりになると党の役人が来てその大半を"税金だ"とか言って持っていくのさ。そもそもヤンビャン以外の街は税制上でかなり不利であるにもかかわらずな」
オールムが憎々しげに言ったのを聞いて、ペイルは作戦決行を急いだ理由を悟った。
ペイル自身はこの作戦をやるならば少なくとも2か月は集中的に訓練を行い、陽が最も短くなり夜襲にも適しているマルヴァム(12月)の末に決行するべきだと主張したのだ。しかしこれにはオールムが特に反対し、何が何でもフィソウムのうちには決行したいという事になったのだ。
これはつまり党による作物の強奪が行われるより早く首都に混乱を起こし、あわよくば政権を転覆させるところまで持っていき、このムルザをはじめとした農村部の人達の生活を守りたいが為のものだったのだ。
「毎年フィソウムの末になると、プラセン共和国内には耳には聴こえない怨嗟の声が聞こえるんだ」
そう唐突にオールムは語りだした。
「1年かけてじっくり育ててきた、まるで我が子の様に大切な作物を奴らはそれが当然とでもいうように奪っていく。『全ては繁栄の為』『全てはカダル様の為』とか言ってな。奴らはそうして国の上が栄えることによって水が上から下に流れるように、やがてこの農村にも繁栄する時が来る。なんて耳障りのいい事ばかり言うが、そんな事誰も信じちゃいない」
言いたい事はペイルにも痛いほどわかった。ペイル自身、出自はイグナス国内の農村部の生まれであり、イグナス軍に入隊する前は親の手伝いで農作業をよくやっていた。
それだけに農民達の気持ちは痛い程わかる。入隊する数年前からは畑の一角に自分の作物を育てており、親に色々と教わりながら初めて自分の手で作った作物を収穫した時の感動は今でも覚えている。
それをなんだかんだと都合の良いことを言って奪われたりしたら…自分も反逆の狼煙ぐらい上げたくなるだろう。
「そう複雑そうな顔をするな。勿論、それと知らずにヤンビャンに来て飲み食いしたペイルやラグナちゃんに非は無いし、それぐらいで彼らも怒ったりはしないから安心してくれ。悪いのは党だ、皆分かっている」
「しかし…な。俺も生まれが農家だから彼らの苦悩はわかる、その上で何も出来ないと言うのがな」
「何を言ってる。そもそもペイル達が来てくれただけでも希望だ。時間をかけてゆっくりと飼い殺しにされてきた俺達とは違って、お前らは客観的にこの状況を見れている。それだけで奇跡みたいなものだ」
確かにそうなのかもしれない、とペイルは思った。
そもそも国民がこのような飢餓状態に置かれていながら国が何もしないと言うのは、諸外国から非難を受けて然るべきだ。その為にプラセン共和国は国を挙げて、外国人には「良いところ」ばかり見せようとしている。そう言った場所ではなく、こうしたこの国の現実を如実に示す場所を外国の人が見ると言うのは、それだけで大きな希望になるのだろう。
だがそこまで考えて、ふとペイルにある疑問が生まれた。
「しかしな、隣国のマレス-ナト民国と言ったか。あそこは何も言わないのか?」
それならばオレウムを挟んだ隣国、マレス-ナト民国が人道支援をしつつこの窮状を世界に訴えればいい話だ。わざわざオトポールが危険を冒してまで反乱を起こす必要は無い。
「ナトは小国だ、目立った産業も無いし国力も大きくは無い。そういった国がよりによってプラセン共和国なんぞにケンカを売るような真似をしてみろ、結果はわかるだろう?」
オールムの指摘はもっともだった。マレス‐ナト民国の内情まで走らないが、そんな事をしたら恐らくプラセンは軍をけしかけるだろう。
「ただ黙って見ているわけではない、俺達オトポールがこうして活動できるのはナトのお陰でもあるしな。
俺もそう聞いたってだけだから詳しい経緯は知らないが、反体制勢力であるオトポールを作ったのは、最初はナトの政府から依頼を受けた人間だったらしい。それ以後も継続的に支援していて俺達が政府に対して効果的な一撃を加えることができた段階でナトも動き出す、と言った算段のようだ」
そう使命感さえ感じさせるような顔色で言ったオールムを、ペイルはどんな表情をして見ていいかわからなかった。
ー結局、オトポールも国家間の思惑に使われてるだけか。
*
「そう言えば、そのオレウムってのは結局何で領土未決定なんだ?訓練で行った時も、そんな変わった土地には見えなかったが」
街に戻る道すがらペイルはそう尋ねた。オレウムに限らずどこの国の領地か決まっていない場所はあるという。しかし内戦の折に分離した2つの国の間にどちらの国のものか決まっていない土地があるというのは、何かおかしなものを感じたのだ。
「あそこか、あそこは呪われていると言われていたんだ」
「呪い?この科学が世界を闊歩し始めたって時に呪いか」
「そうだ、あの土地からは黒い水が湧くんだ。とても飲めたものじゃなくて使い道も無い。別に人が住めない土地ってわけじゃないんだが、それを気味悪がってあそこは誰も住んでいない…そんな場所だった」
「だった?」
その含みのある言い方に思わず聞き返した。
「そう、それは過去の話だ。これはそれこそナトの情報筋から聞いた話だがその黒い水、どうも油らしい」
「油だって?」
素直にペイルは驚いた。油自体は軍や工場、家庭でも使われるが、それらは植物や動物から採れる油であり量もあまり多いとは言えない。油を使った新しいモノをリメルァールでは開発していると小耳にはさんだこともあるが、そもそも油は日常生活や軍や工場で使う分には問題無いが大量使用には難があるとされている。
それが地面から湧いているという。いわゆる井戸なんかと同じような感覚で考えていいのなら、まさしく革命だ。
「そうだ、油だ。それから両国のオレウムへの見方が変わった。このご時世だ、こんな国のこんなところにいるとわからんが、色んな国で工業が発展して段々と油が足りなくなってきているというじゃないか」
それはペイルも聞いたことがあった。イグナス随一の工業都市であるリメルァールの機械群には、当然ながら安全な動作をさせる為に大量の潤滑油が必要となる。しかしそれが徐々に足りなくなってきているのだという。
そこまで考えてペイルは気付いた。油は既に国際取引されるような立派な商品だ、しかも今後は不足もあって値上がりは間違いない。それをもし、もし大量に保有することが出来たら…
「戦争だな」
そうポツリとペイルは呟いた。
「そうだ。呪われた土地が一気に金の埋まる土地に変わった。さて、この土地はどちらの国のものだ?」
オールムの謎かけにペイルは背筋に寒気を覚えた。本当にただの偵察のつもりが、とんでもない時期に来てしまったのかもしれない。
「だがそれでもプラセンはナトを攻められない。ナトが先手を打って、この土地にあると発表された油は決して不当な価格で売ったりしない。と国際公約として掲げたからだ。そうなれば国際的にはナトを支持するが、ナトとしてもオレウムを領土するならば開戦は必至。だが今のままなら間違いなく負けるから踏み切れずにいる、とそういうわけだ。ナトの情報筋から教えてもらった話だがな」
「成る程な。油を寡占し儲けたいプラセンと、世界の資産として使いましょうというナトが睨み合ってるのか」
「そういうことだ。そしてもし開戦となった場合、真っ先にこのムルザが前線基地として使われるだろう。俺はどうしてもそれを阻止したい。
…俺はこのムルザで生まれた。両親は謂れのない罪で党に殺された…!だから俺は、何が何でもヤンビャンを墜とすんだ」
そう語ったオールムの目は、使命感ではなく怨嗟のような、あるいは後悔のような目だった。
風に乗ってマルカラーノ達の歌が聞こえる。それはペイルの故郷の農村部で歌われる、無事な収穫を感謝する神への捧歌とよく似ていた。
ユラフタスの歴史書を基に考えれば、イグナスを作ったのはこの土地の人達だ。しかしそのイグナスでいう収穫の秋は、彼らマルカラーノにとっては略奪の、そして悲しみの秋なのかもしれない。
本当は「カンパラーノと呼ばれる人々」という題名にしようと思ったのですが、さすがに宮沢賢治感が強いなぁと思ってやめました()
史実では原油は結構昔から使われていましたが、この世界では明かりは魔法で何とかなってたので単なる黒いねばねばした水だったという事です。
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