残っていた物
短めです
ユラフタスの村はそこそこに広い。数百もの人が住めば当然家や畑も沢山あり、それらは点在している。新暦805年のオゥトム(10月)、ユラフタスの村のある家に村長のノーファンをはじめ数人が集まっていた。
「あいつ…随分色々と残していったんだな」
そう集まった内の一人が声を上げた。
その家は皇位簒奪事件の騒動の後に行方不明になった、リンゼン―ロイス―ユラフタスの家だった。
妻帯もせず、コルナーになっても自らの"盟友"と一線を置いたかのように接していたリンゼンは、ほぼ実力だけで認められそれ以外では仲間からも一歩離れたような対応で生活していた。
物盗りもいない平和な村にあって、リンゼンの家には鍵が掛かっていた。騒動の後しばらくは後始末で忙しなかった為に消えたコルナーの事は誰も見向きもしなかったが、漸く身辺を調べ始めて家の鍵の解錠に至ったのだ。
ユラフタスにとっても前代未聞の事であった為に、協力者の知恵も借りて家宅捜索紛いの事をしているが、当然何から手を付けていいかわからずあれこれとひっくり返していた。
そうして大騒ぎしているうちに、ある手帳を見つけたとの報せがあった。
「手帳じゃと?とりあえずここに、中身によっては会議を持たなければならぬ」
ノーファンがそう言うと、早速手帳が届けられた。すぐさま目を細めながら手帳をぱらぱらと捲ると、やはり無視できない単語がいくつか並んでいた。
「…やはり会議を開く必要がありそうじゃ。長老とコルナーを講堂に集めよ、それと…」
そこまで言ってノーファンは一瞬押し黙った。これから言う事は昨年まではまずあり得ない道として考えた事も無く、そして初めて通る道だ。
「それと、サルタンに文を。手帳のあらましを書き留め、ミラムに応援を頼むのじゃ」
指示を受けたユラフタスは一瞬虚をつかれたような顔をしたが、すぐにその意味を理解して走り出した。
かつてのように密かに監視するという任務は今のユラフタスに無く、むしろ今は監視していたイグナスと共に歩んで行こうとしているのだ。
*
ユラフタスからの手紙は数日後、確実にミラムの手元に届いた。
ユラフタスとの仲介役になったミラムの元には、時折村から手紙が届く。それはどこそこの街で不当な扱いを受けたとかいう告発文じみたものからただの季節の便りまで様々であったが、この手紙を読んだミラムは自分で自分の顔つきが変わった事が知覚できた。
「ルフィア、あの白露山脈の向こう側って行った事ある?」
「何よ突然、向こう側って言うとプラセン共和国やマレス-ナト民国がある所よね。行った事は無いけど…もしかしてその手紙に?」
ルフィアがそう言うと、ミラムは読んでいた手紙を無言で手渡した。
「ほら、去年の騒動でいなくなったコルナーがいたって言ってたでしょ。そのコルナーの家から見つかった手帳が問題なんだって」
その声を聞きながら手紙を読んだルフィアは、即座にこの後にしなければならないことを幾つか思い浮かべた。
「これは…確かにユラフタスにとってはまずいわね。でもイグナスにとっては関係の無い話だわ」
ルフィアがそう言うとミラムも神妙な顔をして頷いた、それはもうわかっているのだ。
「えぇ、確かに。この手紙の通り、消えたリンゼンと言う人がプラセン共和国に情報を売ってたとしてもイグナスとしては関係無いわね」
そう言ってミラムは茶を一口啜った。
手紙にはリンゼンの手記の内容も簡潔に書かれていた。それはリンゼンがプラセン共和国に竜を操る技術や生息域、そして昨年の皇位簒奪事件の際のシナークでの"ウヌン"と呼ばれていた竜の強大な力についての情報を売っていた事を示唆するものだった。
「でも、私はユラフタスとの仲介役である以前に友人だわ。だから…」
「だいたい言いたいことはわかるわよ、長い付き合いだからね。あと"私は"じゃなくて"私達は"ね。でも人を送るのなら、そうね…シナークの馬車屋のペイルがいいと思うわ」
ルフィアは自信満々そう答え、ミラムもそれに同意した。
イグナス連邦とプラセン共和国は友好関係にあるわけではない。かと言って敵愾心があるわけでも無いが、要するに間諜よろしく行動しなければならない。助けを求める手紙は無視できないが、ミラム達やユラフタスの人達の知っている人たちは範囲が狭い。その中では元軍属のペイル=サルーンが適役だろうというわけだ。
「しかしあそこの馬車屋、なんか新しい事業を始めたんだっていうけど引き抜いちゃって大丈夫かしら」
ミラムがそう言うと、ルフィアがすかさず「敏腕会計士を雇ったそうだから大丈夫みたいよ」と言った。
その敏腕会計士が誰の事だかよくわかっている2人はそろって破顔し、その会計士と旦那候補筆頭の話に大いに盛り上がると、すぐに関係書類の作成に移った。
ユラフタスに改めて言われるまでも無い。竜のあの圧倒的な力は、人心をいとも簡単に狂わせる。為政者にとっては特にだ。それがモロスでありラミスであり、アルメスであった。
だからこそ竜の力はこれまでひた隠しにされてきたのだが、それも露見してしまった。厳重に情報は封鎖されたが、それでも何処かの国が聞きつけて竜を使おうとなるかもしれない。もしそうなったなら原因を作った一端として、ミラム達は竜の力を使おうとする者らに対して国家を超えて対処しようと決めていた。
「さて、山一つ挟んだだけの隣国か。間諜紛いの人を送り込もうってんだから、片っ端から探れる情報は探っておかなきゃね」
そう言ってミラムは自らの頬を景気付けに叩くと勢いよく立ち上がった。
「どこ行くの?」
「宮殿よ。流石にローランド様に取り次いでおかなきゃマズイでしょ?」
*
ミラムも立場の上ではまだ皇族であり、姓もアルフィールのままだ。貴族に降格させるべきではという声もあったものの、騒ぎの元凶は夫であるモロスが原因であり妻であるミラムが責めを負うものでは無いとされた事。そしてミラム自身も事態収束に向けて動いていた事が勘案されて、地位は据え置きとされたのだ。
そしてそのミラムから相談を受けたローランドは、数ヶ月前にもたらされた機密情報の事を思い出して頭を抱えた。
ープラセン共和国だって?よりによってあのどうにもキナ臭いあの国か…いや、あの国だからと言うべきか…
プラセン共和国とマレス-ナト民国の間にはオレウムと呼ばれる領土未決定地帯があり、そこには石炭に変わると言われる新たな資源、石油と呼ばれる油がある。
正直カルァン石の騒動でローランド自身は"新たな資源"と名の付くものに嫌気がさしていたりもしたのだが、国民の生活を考えればそんな事も言っていられない。
「ミラムもまた面倒な案件を持ってきおったな」
そう呟いたのは、前皇帝のライナスだ。
「プラセン共和国と言えば、マレス-ナト民国との火種がいつまでも消えないあの国か。交易の開始を幾度と無く申し出ても、断り続けているあの国か。
この時期にユラフタスが竜の知識を売り渡していた…かつてのモロスがそうだったように、プラセンも竜を使おうと言うのか?」
それはローランドも真っ先に思い浮かんだ事だった。石油の採掘はまだ商用に出来るほどでは無いと聞く。ならばリメルァールの技術を用いて採掘に関して技術供与や部品の提供をし、その見返りに石油を輸入しようという計画があった。時代は重工業、何にせよ油は欠かせない。
「しかしです、あの機密情報にはどちらの国もどこか第三国からの武器供与を受けたとの報せが…」
そう言い淀んだローランドにも、あくまでライナスは冷静であり為政者だった。
「そうだ。だが所詮はわが国ではない第三国、彼らの問題は彼らで解決するべきだ」
「ですが!」
「あまり深入りしすぎるなよ?ローランド。過度な干渉は内政干渉の誹りを受けるやもしれぬ」
そう言われてしまっては、もはや黙る他無い。
「だが私としても、恩人たるユラフタスに対して手助けするのは吝かではない」
そう言ってライナスは天井を見上げた。
「間諜と言うものは金がかかる。ここはひとつ、ユラフタスが送る間諜に対して金銭的な支援という事でどうだろうな」
成る程とローランドは得心した。現地に赴くのはユラフタス、陰から支えるのは我々。それならば不都合は無い。
「確かに、それならいいかもしれませんね。ミラムにはそう言伝をしておきましょう」
*
その決定はユラフタスにとっても僥倖だった。何しろ勝手のわからない、イグナスのように身を寄せられる場所も無いようなところに人を送るのは初めてであり、勿論費用が嵩む事はわかっていた。これまでも急にまとまった金が必要になった時は白銀鳥の羽根飾りを少し多めに売ったりして急場を凌いでいたが、今回はそれで足りるかもわからない。まして白銀鳥の羽根飾りの出所、即ち竜の羽根だという事だけは未だにイグナスにも秘密にしている。
だが幸か不幸か…この場合は幸いなことに、非公式ながらイグナス皇室から資金援助を得ることができた。これもミラムのお蔭だ。
そんなわけでそのミラムから指名されたペイルは、久方ぶりにユラフタスの村に訪れていた。
「しかしペイルが適任と言われるとは思わなかったぞ」
「全くだな。だが元は軍にいたんだろ?腕っぷしも経験も俺らよりいいだろうよ」
そう言いながらも歓迎しているのはコルナーの人達だ。皆はもうリンゼンの手帳の内容については知っており、その事の重大さも理解している。とは言え誰が偵察に赴き、伝えられてしまったと思しき"盟友"
の情報を消し去るかが問題だったのだ。
「さて、見ての通りミラムからはプラセンに送る人として、シナークの協力者たるペイル=サルーンを推挙された。これについて異存のあるものはおるかの?」
ノーファンのその言葉に、十数名のコルナーは沈黙を肯定として返す。
「ではコルナーの中から1人、ペイルと一緒にプラセンに行ってもらいたいのじゃが…誰か行きたい者はおるか?」
そう言ってノーファンは居並ぶコルナーを見渡した。ペイルは腕っぷしは信頼できるが、それでもイグナス連邦の人間だ。"盟友"の事を深く知っているわけでもない。なのでノーファンは、特に"盟友"の事に詳しく、最悪は自らが縁を結んだ"盟友"を呼ぶ事の出来るコルナーを一緒に行かせようと考えていたのだ。
はたして1人、目を輝かせてノーファンの方を見ているコルナーがいた。
「やはりお主か、他の者は異存はあるか?」
やはり沈黙を肯定として返ってきた。
「わかった。ではラグナ、お主がペイルと共に行け」
「はい!」
目を輝かせていたラグナは元気良く頷いた。
実のところコルナーは基本的には男で、しかも家庭がある。こういった長期に渡りそうな任務に従事できる人はあまりいないのだ。
*
そうと決まった翌日、再びラグナはシナークへと向かっていた。出立は5日後と決まり、長旅に必要な物はペイルが揃えてくれる事になったので、色々と助言をくれそうなウィルの所にお邪魔しに行ったのだ。
「へぇ、マレス山の向こうねぇ。行った事無いなぁ」
「そもそもあの山を越える道なんてあるのかね」
プラセン共和国行きを伝えたウィルとメルの反応は様々だ。いくら隣国とは言え白露山脈を挟んでいるだけで、その心理的距離は海を挟んだ向こう側みたいなものがある。
「船で行くのが簡単らしいけど、正式な使いでもないし難しいんだって。白露山脈にも道が無いわけじゃないみたいだから、そこを歩いていくみたい。もう何十年も使ってない道みたいだけど、まぁいざとなればフレイヤに頼れば行けるかなって」
そう語るラグナは不安よりも期待の方が優っているようで、未知の地に行ける事を心から楽しみにしているようだった。
「しかしそうなるとしばらくラグナには会えないのかぁ」
「うーん…確かにそうだけど、でもそんなに長くはならないんじゃないかな」
残念がるメルに、ラグナはあっけらかんと答えた。
「どうして?」
「多分私とペイルさんは先遣隊みたいなものだからね。本気で何かするなら、ノーファン様もしっかりミラムさんと話し合って動くだろうし」
確かにそうだ、とウィルは思った。そもそも突然プラセンなんぞに行く理由はあらかた聞いたが、それにしても2人は少な過ぎると思ったのだ。事を起こす前に探りを入れる事は大切だ、準備も無しに仕事ができるわけがない。
*
かくして、ちゃっかりそのままウィルとメルの家に泊まっていったラグナは、ペイルと共にプラセン共和国へと旅立っていった。
ウィルもメルも内心は不安に思っていたが、だからと言って止める理由も無い。お互い仕事もあるし、何よりラグナ自身が「これはユラフタスの問題だから」と言っていたのだ。
先遣隊なら、大した危険も無いだろうと…2人はそう思っていた。
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