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Mono mondon regas ~金が世界を支配する~  作者: あまつか飛燕
《アネクドート編》流転
41/87

戦端開かれる

 ウィル達がクラッツを目指して馬車で旅をしていた頃、ソトール海では戦局が大きく動いていた。

 モロスに首根っこを掴まれたも同然だったリハルト公国の大公ヤルト・ハン・ディーロスが、国内の貴族や有識者、何より民草の意見に押される形で、遂にイグナスに対して本格的な攻勢を仕掛けてきたのだ。


 そもそもリハルト公国は戦争によって領土や国力を拡充させてきた軍事国家、領土拡大の為の戦争の前のリハルトの地を本国とし、占領していった国家を属国としている。

 属国はどれだけ生まれが良くても、たとえ貴族や国政を預かる者であっても、何も無しに本国の政治には干渉出来ず、その属国民も本国に比べて重税を課される。

 その代わり、何か本国に対して多大な貢献をすれば、その一族は以後50年に渡り本国民と同じ優遇措置を取ると約束されている。「多大な貢献」の内容は何でもいいが、最も手っ取り早いのが戦争で手柄を立てる事である為に、どんなに中古の武器で戦えと言われようと全力を尽くすのだ。


 そうして膨大な兵と軍資金を持ったリハルトは、大量の兵と武器を同時多発的に様々な場所へと送り込んだ。まさに人海戦術そのものだが、リハルトに比べれば圧倒的に兵員の少ないイグナスからすれば、自ずと手薄になる場所も出てくる。


 そして今、イグナス連邦沿岸の各都市は飛行機の集団と艦砲射撃の嵐に襲われていた。ルーデンバース、シナーク、その他にも海沿いの大きな都市は片っ端にだ。

 海上にてリハルト軍を迎え撃った第一聯隊のお陰で敵の艦船は大分数を減らしていたが、それでも近隣の無人島から飛び立った飛行機はどうしようもない。


 リハルト軍の強みは航空攻撃だ。まずは旧型機と占領した属国軍のみで編成された第一次航空攻撃で、敵の迎撃機や局地戦闘機と戦う。旧型機とは言え戦闘機は戦闘機、しかも乗組員には「手柄を立てればリハルト公国民と同等の権利を約束する」と言ってあるので、死に物狂いで吶喊してくれるわけだ。

 勿論リハルト側の勝利を予期した戦いでは無い、負けて当然の戦いをまず仕掛けるのだ。敵はそんな旧型機との対決で、消耗しつつも緒戦で勝ったという油断が生じる。そこを突いて第二陣が新型機と本国の軍で攻め入り、主要施設を破壊する。その際にほぼ魔法を使わず、純粋な機械化師団で攻める、それがリハルト流の戦い方だった。


 そして今、ルーデンバース軍港は、その第二陣に襲われていた。

「さっきの連中は目眩しか!迎撃機を全部上げろ!オルトゥスは重要施設の防御に回れ!通信隊は近隣の基地へ連絡だ、急げ!」

 基地司令の慌てた声と共に、平穏を取り戻しつつあった軍港は俄かに慌ただしくなる。オルトゥス魔法師団の中でも、援助魔法を得意とする第二聯隊は司令部や他の重要施設に取り付いている。第一聯隊は攻撃魔法を得意とするが、航空攻撃には余程飛距離の出る魔法を使えなければ太刀打ちできない。

 その代わりに、回せー!という声と共に、先程降りてきたばかりで、まだ傷も癒えないロヴェル機甲師団第四聯隊の迎撃機が再び唸りを上げる。第一陣攻撃での迎撃機の損害は一割にも満たない数だったが、それでも乗組員の疲れは短時間では癒えない。慌てて飛び上がった迎撃機だったが、先程とは違い今度はイグナス軍がやられる側だった。


 高射砲隊や飛び上がれた迎撃機が頑張ってはいるが、それでも敵機を墜とすには限界がある。迎撃機や港に碇泊する軍艦は次々と傷付いていき、船の中には擱座してしまうものもあった。

 リハルト軍が巻き起こした嵐が去った後は、ルーデンバース軍港は上へ下への大騒ぎだった。これしきでダメになる軍港ではないが、それでも飛行機や艦船、そして軍人の被害は計り知れないものだった。


 *


「ルーデンバースが空襲を受けただと?」

「はっ、今朝方日の出前に襲われたとのことです!」

 伝令の言葉に、第二皇子であるローランドは頭を抱えた。こうなるとますます皇帝たる父が健在でなければならない。しかし父は相変わらず病に臥せっており、医者の間にも奇妙な噂が流れ始めたせいで治療は一向に進まない。

 有事の際には強力な指示系統が要るにも関わらず、このままだとローランドとモロスで指示系統が二分する恐れがあった。国内が混乱していては、リハルトに勝つ術はない。


 奇妙におとなしかったリハルトが何故最近になって大規模に攻めて来たのかはわからないが、本格的な戦争状態に入ったものとして毅然と対応する必要がある。


「こうなれば父上の病を治す事が先決であるが、どうなっている?」

「あの怪文書のせいで医者が皆逃げ出してまして、とても見込みが立たない状況でして…いっそ医療に長けているという"霧間の民族"にでも頼みますか?」

 どこか投げやりな様子で言った側近の言葉に、普段なら笑い飛ばすローランドが何かを思い出した。

「いや…あながちそれが良いかもしれないぞ?」

 突然何を言い出したのかと怪訝な顔をする側近をよそに、ローランドには密かに探らせていた兄の身辺を纏めた情報を思い浮かべていた。


 *


「私に?ローランド様が?」

「えぇ、至急二の館の執務室まで来られたし、だってさ」

 ミラム達はユラフタスの村から戻ってきて、ちょうどサルタンの邸宅に着いた頃だった。

 旅装を解いてゆっくり休もうとした矢先に早馬が来たと思ったら、急に宮殿に来いとの事だ。しかも仮にも夫の住まう一の館ではなく、その弟のローランド皇子が住む二の館にである。


 余所行きの服装から正装に着替えたミラムは、ほぼ休む間も無くルフィア達を連れて二の館に向かった。

 一の館と二の館は共に広大な宮殿の敷地内にあり、それらは少し離れた場所にある。普段とは違う慣れない道を歩くにつれ、夫であるモロスと義理の弟にあたるローランドの違いがはっきりとわかってきた。

 装飾品などでゴテゴテと飾るのが好きなモロスの一の館に対し、ローランドの二の館はありのままを美しいと感じさせるような、そんな佇まいで建っていた。

「…帰りは普通の馬車にしてね」

「は、畏まりました」

 モロスから送られた、煌びやかな装飾が施された馬車を降りたミラムは、従者にそう告げた。従者もそれを察したのか、ミラム達が降りるとすぐに引き上げていく。


 *


「失礼致します。ローランド様、ミラム様が到着されました」

「通してくれ」

 ローランドがそう言うと執務室の扉がゆっくりと開かれ、薄く青い正装を身に纏ったミラムが入ってきた。

「ミラムで御座います、お呼びと伺い参りました」

「よく参った。まぁ楽にしてくれ」


 そう言って置かれた椅子にミラムが座るのを見るや、ローランドは自らお茶を入れてミラムの前に置いた。そして人払いをし、執務室の中にはローランドとミラムの2人きりになった。余計な意見は排除し、腹を割って話そうということだ。

「いきなり呼び立てて申し訳ない。皇都を離れていたようだな」

「いえ、丁度戻ってきたところでしたので」

 そんな社交辞令を交わすと、すぐにローランドは本題に入った。


「さて、ミラムは皇帝陛下の容態については知っているか?」

「はい。まだ完治する見込みは立たないと伺っておりますが…」

「そうだ、医者達の間に奇妙な噂が広がっているようでな」

 そう言うローランドは、立場の違いではなく真に親を案ずる子の顔をしている。

「そこでだ、ミラムよ。お主、ユラフタスに知り合いがいるそうだな?」

 そう言った瞬間、2人の空気が一気に張り詰めた気がした。


「…でしたら何だと言うのでしょうか?」

 ミラムはあくまで冷静に、ローランドの次の言葉を待っていた。一国の皇子を前にして、本当に平民上がりなのかと思うぐらいの冷静さだ。

「まぁ案ずるな、ユラフタスと知り合いだからと言って罰するような決まりの法があるわけでは無い。それについて詮索する気も無いし、何より今は父上の病の方が先だ。

 "霧間の民族"ことユラフタスとは医術に長けた者が多いと聞いたが、それは本当か?」


 その言葉でミラムにはなんとなく何を頼まれるかが見えてきたが、一応考えるフリをした。実際に医術に長けた者などユラフタスにはいない事は、短期間とはいえ村に滞在して様々な話を聞くうちにわかっていた。ユラフタスはただ山に自生する薬草に詳しいだけであり、それがいつの間にか曲解されただけだ。

 しかし同時に、ここであっさり医術に長けた者などはいないと言ってしまうのも下策だ。

「…薬草の知識に長けている者は多くいます。しかし、皆様が言うような医術に長けている者はおりません」

 そう告げるとローランドは一瞬驚き、そして落ち込むような表情を見せたが、すぐにまた柔らかな笑みを浮かべてミラムに向き合った。

「そうか…だがこの際だ。すぐに連れて来れそうな者がいるなら、この宮殿へと連れてきて欲しいのだ」


 想像はしていたが、いざ面と言われてミラムはとても驚いていた。神聖な宮殿に、ごく一部とはいえ嫌う者もいるユラフタスを招こうと言うのだ。

 しかしローランドの表情を見ると、その眼は真剣に相談していることが見て取れた。そうならばミラムも真剣に話さなければ失礼だ。

 しかしミラムには、都合のいい事を言ってユラフタスを呼び出し、竜に関係する事を聞こうとしているのかという疑念もあった。

 竜騎兵については当然ローランドも知っているだろうし、竜が発見された森は即ちユラフタスの住む森だ。竜とユラフタスの関係まではモロスでさえ知らない筈だが、何か知っていると早合点して無理矢理にでも聞き出したいだけなのかもしれない。


「良いのですか?このイグナス連邦の危機だと言う時に、霧間の民族を宮殿に入れてしまって。皇族に対して害成す存在かもわかりませんのに?」

 ミラムはローランドの真意を汲み出すべく揺さぶりをかけた。それでもローランドが「良い」と言えば、あの歴史書で見た通りのユラフタスとイグナス皇族の大昔の確執を知った上で、それでもユラフタスを招こうという事になる。それは即ち、ユラフタスを何かに利用しようという事になる。

 逆にローランドが取り下げれば、それならそれで良しだ。ローランドはユラフタスの何たるかを知った上で、本当に皇帝陛下を助けたいが為にそう言ってるだけとなる。ならばラグナには申し訳ないが、恩を売る意味でも紹介するのは吝かではない。ミラムは自らの行いが夫の失脚を意味し、それは自分の破滅をも招きかねない事をしっかり理解していた。ならばそうならない為の策だって講じる必要があるのだ。

 しかしローランドから返ってきたのは、意外な言葉だった。


「別にユラフタスを宮殿に入れる事ぐらい問題は無かろう。我が国にとっての良き商いの相手だ、害を成すことは無かろう」

 予想外の言葉にミラムは驚いたが、同じく柔らかな笑みを浮かべて聞き返した。

「…失礼ですが、ローランド様はユラフタスの事について、どの程度ご存知なのですか?」

「私が知っていることなどあまり無いさ。遥か昔からあの白露山脈の麓の森の奥深くに住んでいること、我が国の商業のかなりの割合を支えていること、国民の中に何故か忌み嫌うものがいるということ、それぐらいだ。あとは薬草の知識に長けていることか、今教えてもらった事だがな」

 そう言ってローランドは茶を一口啜った。つられてミラムも暖かい茶を啜りながら、知らずのうちにモロスと同じように見ていた自分に気付いた。


 モロス皇子とローランド皇子は、本当に兄弟なのかと言いたくなるぐらい性格が違う。片や狡猾にして残忍、片や快活にして懇篤(こんとく)。片や自分勝手で横暴、片や家臣にも優しく信頼も厚い。そんなモロスを相手にしていて、知らずのうちに言われる事の全てを疑ってかかっていたのだ。

 しかしローランド皇子ならば、その言葉を信用しても良い気がした。元より正式な皇位継承権はローランド皇子にある。モロスより、人として良いに決まっている。

 同時に、政策の為に身分は違えどラグナを利用しようと一瞬でも考えた自分を恥じた。この身分になってから出来た大切な友だ、自分の立場よりもその関係を大事にしなければならない筈だ。


「…わかりました。ただユラフタスはご存知の通り、森の奥深くに住む民です。来てくれるかは分かりませんし、治せる保証もありませんが、それでも宜しいですか?」

「構わない。この宮殿に招き入れるのは確かに異例な事ではあるが、私が決めた事だ。不測の事態があれば全力をもって事態の収拾に努めよう。何があっても、全て私の責任だ。それはこの場で約束する」

 ローランドは真っ直ぐとそう言い切った。


 その後にミラムは自らの部屋がある一の館に戻ると、ラグナ達に宛てて手紙を書いた。

 その手紙はサルタンの馬車屋である"アルビス馬車"に届けられ確認の後に、鉄道輸送を経てアレイファンへ送られる事になる。


 *


 ミラムが手紙を書いている頃、同じ一の館にいるモロスは苛立ちに苛立っていた。その前には伝令に来た兵士が右腕に血を滴らせながらも、直立不動の姿勢で立っていた。

「もう一度言え、リハルトが何だって?」

「は…昨夜遅くより、沿岸各都市へ攻撃を敢行したとの事です。ルーデンバースなどの主要都市に甚大な被害が出ているところが…」

 兵士が震える声で報告すると、顔を掠めて茶器が飛んで行った。兵士の後ろには少し前に癇癪に任せて投げつけられた物と合わせて、2つ目の茶器の破片が出来ている。1つ目の破片は、つまり伝令の兵士の右腕を穿ったものだ。


「ほう。それで、シナークは?」

「シナーク…ですか?」

 その兵士は思わず聞き返した。海上における国防の要であるルーデンバースが攻撃されたのだ。その兵士は輸送任務に特化した第三聯隊の通信隊の所属だったが、ルーデンバースが主要な軍港であることぐらい知っている。当然ルーデンバース軍港や、併設する飛行場の被害状況を聞かれる者ばかりだと思っていた。

「シナークはどうなったかと聞いているのだ」

「は、はい。シナークはオルトゥスの助けもあり、軍港所属の艦船の一部に被弾、造船所施設は軽度の損傷で済んでいます。しかし隣接する街の方は…」

「あそこには小高い丘があるだろう。そこは?」

 兵士の報告を遮って、モロスが苛立った声色を隠そうともせずにそう聞いた。

「丘…ですか。特にその付近についての被害状況は入っておりません」

「なら良い。下がって良し」

 そう言うなり手元の資料に目を落とした。砲火の飛び交う死線を潜り抜け、はるばる皇都まで報告の為だけに来た兵士に労いの言葉をかけようともしない。


「鬱陶しい癖に使えない報告ばかりだ。もう少し有用な情報を持ち帰れないものなのかね、第三聯隊と言うやつは」

「全くです。我がオルトゥス魔法師団でさえ、ルーデンバースやシナークの主要施設は守り切ったというのに」

 モロスの隣には、オルトゥス魔法師団のアルメス大将がいた。


「して、本日はどういった要件でしょうか」

 アルメスはモロスに呼ばれて、この一の館を訪れていた。しかしモロスが要件を切り出すより早く早馬が来て、先程の報告と相成ったわけだ。

「そうだったな、使えない伝令の所為で忘れておったわ。計画を早める可能性が出てきたのだ、もしかすると年が変わってすぐにでも実行するかもわからぬ。年明けにはいつでも動けるように準備しておけ。そして先鋒を務めるのは貴様だ、最初は汚れ役だが抜かるなよ?」

「勿論でございます、私めは貴方様の忠実な臣下である故」

 先陣を切って国を裏切れというモロスの言葉にも、アルメスは即答だった。


 元々アルメスは士官育成学舎卒の、どこにでもいる士官候補生だった。

 イグナス軍の兵士には、大きく分けて2種類の人がいる。1つは定期的に募集している軍の採用試験の門戸を叩き、新米兵士として入隊する者。もう1つは将来的に軍の指揮官などになる事を前提の、中等・高等士官育成学舎を卒業した者だ。

 どちらの道を歩んでも実力さえあれば軍の中心を担う事も出来るが、普通の兵士が二等兵で入隊するのに対して、士官育成学舎を卒業した者は伍長か軍曹の地位で入隊出来る。昇進も早くいち早く軍高官との繋がりを作る事も出来る為、士官育成学舎は国内有数の難関学舎に数えられていた。

 アルメスは特に非凡な才能があったわけではなく、普通の成績で卒業して軍曹としてオルトゥス魔法師団に入隊した。しかしアルメス自身は元が貴族の家の生まれという事も手伝って、自分の実力を過大評価していた。


 当然入隊してからは目立った功績も無かったのだが、皇帝とその妻の間に2人目の皇子が生まれ、成長してからはその取り巻く環境は変わった。モロスが特に信用の厚い臣下として、当時少佐だったアルメスを自らの庇護下に置いたのだ。

 強力な後ろ盾を得てからと言うもの、着々と権力と財産を増していき、気が付けばモロスに対しては絶対服従と言った関係となっていた。なのでアルメスにとってモロスの計画は、自らの権力欲を加速させこそすれ反対などするわけが無かったのだ。今更それが早まろうと問題などあるはずも無い。

「承知いたしました。私めの方でも賛同者を集めておきましょう、ロヴェルの方にも伝えておきます」

「決行が近くなったらまた呼び出す。それまでに準備しておけ」

「は、畏まりました」

 そう言ってアルメスは執務室から退室し、オルトゥス魔法師団の庁舎にある自らの部屋へと急いだ。やることは山ほどある。


 *


 その頃イグナス連邦からソトール海を挟んだ反対側、リハルト公国の首都アリューセルにある大公府の"統べる者らの間(カピトゥール)"と呼ばれる議場にて、リハルトの政治や軍の高官が集まり会議を行っていた。

「首尾はどうだ?」

 大公であるディーロスがそう言うと、すかさず軍の人間が席を立つ。

「一次攻撃は概ね成功であります。まず敵主要軍港であるルーデンバースは、艦船のうち沈没確認11隻、うち軍艦2隻。大破が8隻、うち軍艦が2隻。近くの飛行場は格納庫と思しき建物を幾つか破壊したとの情報がありますが、こちらは未確認です。他の港は…」

「もう良い、結果的にどうなのだ」

「は、船や飛行機にはかなりの被害を出せましたが、主要施設につきましてはあまり芳しくありません。軍としては可及的速やかに、造船所や兵器廠を攻撃したいと考えております」

 その報告に周りの政官は不満げな声を漏らしていたが、ディーロスはさほど心配していなかった。この調子であればすぐにでも沿岸を強襲し、橋頭保を築く事ができるだろう。そうなればあとはイグナスなど取るに足らない、あの愚かな皇子共々、イグナスの肥えた大地を我が物とするのだ。


 会議が終わった後、カピトゥールにはディーロスとその秘書、ウゼ・イルメだけが残っていた。

「まさか大公が脅されていたとは、とんだ不届き者がいたものです」

「全くだ。その諜報能力だけは認めてやってもいいが、あの不遜な態度だけは許せぬ。私が直接乗り込んで、この手であのモロスとか言う若造の首を討ちたい気分だ」

 ウゼは会議の資料を一通り片付けると、その腕をディーロスの首に回した。

「それで?"海の向こうの豊饒なる国"へは、いつ攻め込むおつもり?」

 その名前はリハルト公国のある大陸に伝わる伝記に出てくる、イグナス連邦側の大陸を指す言葉だった。


「そうだな…年が変わって少ししたらだな。それまでは徐々に攻めて相手の体力を削らせておけ」

「いつもの方法ね?」

 そう言ってウゼは妖艶な笑みを浮かべた。敵国に対して徐々に攻撃を加えて疲弊させ、ある程度の所で総攻撃を敢行する。それはリハルトの戦争の基本方針だったが、それを考え出したのはウゼだ。自らの考えた方法で段取りをし、それだけで大公から莫大な金と寵愛が貰える。それだけで十分だった。

 そして徐々にと言っても、巨大な軍事国家たるリハルトの"徐々に"は、小国が総出で攻撃したぐらいの火力になる。イグナスも小さい国ではないが、そこまで時間をかけずに占領できる段取りだった。


 頭の中でイグナス制圧の計画の草案だけを立てると、ウゼは回した腕を伝って大公の唇に自らのそれを重ね合わせた。

「イルメ…せめて寝室まで待てと言っているだろう?」

「いいじゃない。そういう大公様だって…」

 ウゼとは20歳も離れたディーロスだが、その手はしっかりとウゼの腰にあった。

 イグナスは、そんな2人に占領されようとしているのだ。

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