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Mono mondon regas ~金が世界を支配する~  作者: あまつか飛燕
《アネクドート編》その少女との邂逅
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第一バビレーヨ〔ある領主の家にて〕

バビレーヨとは「お喋り」をエスペラント語に訳したものです


物語の間の小話のような感じでちょくちょく入れます

 ウィルが皇都サルタンからシナークまでの臨時貨物列車に乗る1ヶ月前の話。


 *


「お父様、遂にリハルトとの戦が始まったようです」

 ロムレスが、読売と呼ばれる国内の諸々の出来事を書いた紙を見ながら居間に戻って来た。

「前々から怪しい場所だったしな、ユラントスも軍備を整えているとの話も聞いていたしな。しかしそのユラントスを飛び越えて我がイグナスに宣戦布告か」

 お父様と呼ばれた人の名はアーロック、良質の石炭を産出するアレイファンを擁する氏族領の領主だ。

 このアレイファンは石炭の産出地として、国の中でも最重要防衛拠点とされている。とは言えかなり内陸にあるのであまり海から攻め込まれる心配はなかったのだが、最近になってリハルト公国は飛行機なる内陸まで進入して攻撃できるものを開発したらしい。それが証拠にアレイファンのイグナス軍駐屯地は開戦と同時にずいぶんと慌ただしい。


 だがそれは一領主が深く考えることではない、まずはこちらの軍備にかかわる問題からだ。石炭は軍艦などを動かす燃料、海の向こうの国との戦争なら当然石炭の需要は上がるのだ。

「するとなんだな、採掘ペースを上げなければならないか」

「そうですね…遅かれ早かれ皇都から依頼が来ると思います。他のリコレイやアザートなどの炭鉱もそうなるでしょうし、今のうちからハーグ鉄道の方にも話をつけておかなければなりませんね」

 読売を持って来てアーロックと話していたのが、長男で次期領主のロムレスだ。


「しかしそうなるとやはり…弟から話をつけてもらうのが早そうだな」

 アーロックは自分より3年後に生まれた弟の顔を思い出した。今でも年に数回は帰ってくるが、仕事の中休みらしくあまりゆっくりもせずにすぐに何処かに行ってしまう。


 思えば昔から次男で領主を継がない立場であることをいいことに自由奔放だった。

 次男なら確かに領主にはなれないが、この炭鉱の責任者にはなることができるし、そうでなくても他の重職は約束されている。将来的に諸外国との交易にも参加できるようにと、ソトール交易文字や交戦相手となるリハルト公国のリハルト語、隣国のノータス文字など色々な教養も付けた。


 だがその本人はどうだ、20歳を超えるとすぐに鉄道公団なんぞに入ってしまった。

 その色んな言葉を読み書きできるのも、本人曰く「外国からの荷物の選別に苦労しない」と言っていたので全くの無駄にはならなかったのが幸いだが、やはり宝の持ち腐れなのではないかと思うことが時々ある。


 しかし家を飛び出してから30年弱、それだけ経てば弟もなかなかの発言力と信頼があるらしい。素質はあった子なので、持ち前のカリスマ性を発揮しているのだろうか。なんでも聞くところ、今は運転士をやっているそうだ。

 まだできて50年も経たない会社のベテランなだけに、重役の中には弟に意見を求める者すらいるらしい。みんながみんなそうなのかは知らないが。

 弟宛に何か送ろうとすると、あの人宛ならいいですよと荷送賃をタダにしてくれる時もあった。それは領主の誇りにかけて断ったが、同じ会社の人からもそれだけ頼られているのは少し誇らしかった。


「ロムレス、アレイファン操車場の長に掛け合って石炭輸送の増産の計画を立ててこい。必要なら弟に聞けばより的確な意見を出してもらえるはずだ」

「はい、わかりましたお父様。…やはりお父様も叔父様の事を信頼されてるんですね」

 アーロックは、息子に少し意外なところを突かれて自分でも驚いていた。

 要職と贅沢な暮らしを捨てた弟を哀れんでいたつもりだったが、心の気付かないところでは信頼を置いていたらしい。

「…そうだな、自ら領地を飛び出した弟とは言えユルグ家の者だ。馬鹿ではない。さぁ行け、本格的な交戦が始まる前に決めてしまわないとこちらが損をするぞ」

 そう言うとロムレスは一礼して、必要と思われる書類を持って出かけて行った。


 それを見届けるとアーロックは予想される増産に際しての、労働者の賃金や勤務体系の見直しについてを考え始めた。

 本当は各々の現場責任者が考える話ではあるのだが、賃金の大元は領主家から出るのだし、拝金主義者みたいな人が現場責任者をやっているとその現場の士気や質は目も当てられないような事になる。

 それを監督するのも領主の仕事だ。


 新暦755年の動力革命の頃は、アーロックはまだ子供だった。それを父が一代で石炭の有用性を世に示し、アレイファンを炭鉱都市へと育て上げた。今や石炭は、特に魔法の使えない人々にとっては調理に風呂にと生活に欠かせない燃料だ。最近になって現れた「電気」とやらも石炭を燃料に作るらしい。

 …その折に発足したハーグ鉄道公団に、国中の津々浦々を回る仕事という謳い文句に魅かれて弟は領地を出たわけだが。


 だがアーロックは心配していた。

 8年前のリハルト公国がユラントス王国に攻撃を仕掛けた、ユラントス危機。3年前のリメルァール攻撃。

 いずれも発達してきた鉄道が、兵士や武器の輸送に使われた。

 ユラントス危機の際には石炭を燃料に動く軍艦の為に、ここアレイファンからも沢山の軍用列車が石炭を満載して出て行った。


 ー戦争はそのうち…この鉄道こそが狙われるのではないか…?

 ーもう俺が小さい頃に見た伝記のように、剣と魔法で戦う時代は終わったんだ。この戦、どんな戦いになるか見当もつかん。


 アーロックは窓を開けて外を見た。領主の家は炭鉱で働く人夫街よりも高いところにあったが、それでも土埃が入ってくる。

 アレイファンの街の周りは山に囲まれているが、それでもしっかりと海の方を見て願った。


 ー今どこにいるか知らんが、無事に生きて戻って来いよハーナスト。


 ユルグ=アーロックの心のどこかでは、弟の身に万が一があったらと気が気ではなかった。

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