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フルダイブ技術研究所  作者: 白雲糸
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8、始まらない冒険~導く者~

「そうれで、どうするんだ? 話を聞くか? それとも飯にするか? もちろん飯だったらあんたの奢りだからな」


俺がどれだけ眠っていたのか、ノンの横でまだブツブツとトンが納得できない様子で呟いている。


「腹が、減ったな…… 」

「当たり前だな! よし! 宴だ! エア、好きなもん食えるぞ! 」

「や、やったっ! ホントですか? 」

「あぁ、俺は金持ってるんだよな? 」

「信じられない大金持ってて、信じられない位強いっす…… 」


トンが納得できない様子で素直に答えた。

木造の良い匂いがする部屋に皆の笑い声が響く。

まだ、身体をうまく動かせない俺をキョウが背負い、酒場へと向かった。

先頭を嬉しそうにエアが歩きそのすぐ後ろを俺を背負ったキョウが歩き、その横をノンがついて歩く。

そして、暫く間を開けてトンがトボトボと歩いてついてくる。

その様子を見て、街の人々が何やらボソボソと話をしている様子が見える。


「みんな、あんたの事を噂してんだぜ」

「そ、そうなんです。 本当に凄かったんです! 」


エアの羨望の眼差しが眩しい。

少し化粧でもしたように、さっきまでは少年と思っていた人物を、今ではしっかりと少女として見る事が出来る。


「そう言えば、俺、どれ位寝てたんだ? 」

「心配するな! たったの一週間だ! 」


心配するなと言われても、普通一週間も寝てたと聞けば心配にもなるが、エアの笑顔を見ていたら、そんな事は不思議とどうでも良くなって、今から何を食べに行くのか、そんな事の方が気になった。

宿屋はこの国の一番北に位置する場所にあるという。

南に行けば行くほどに治安が悪くなり、宿代は安くなるが、一番南に位置する場所には宿屋は無いと言う。

治安が悪いと言っても特に怪我を負わされるというような事は“機械人形”のお陰で無いのだと言うが、それ以外の事はたまには起きるという。

どういう事かと訪ねると、やり方の説明にもなり、それらは全て情報として価値があり、この世界では情報は貴重な“E”の源泉なのだという。

なぜ“E”かと言えば、GM達が管理する通貨にして、この世界での絶対的なモノの一つであり、それらはGMの管理によって時には配られ、時には徴収される。通貨に名前をつける時になんだかんだと話が出て、結局“E”と名付けられたという事だった。


「そう言えば、情報は“E(エール)”の源泉だと言うけど、どうして俺にそんなに色々教えてくれるんだ? 」

「あぁ、大丈夫っす、前払いで貰ってるんで」

「バカ! トン! バカ!」

「やめてくれっすよ、そんな叩くと、ほら! “機械人形”が出て来たっすよ」


機械人形は一瞬だけ姿を現し緊張感を俺達に一瞬だけもたらせると、内輪揉めでふざけているだけと認識すると一瞬で消えた。


「着いたぞ! ここだ」


トンとノンの言い合いを遠目に楽しみながら歩いていると、一軒の木造の建物に着いた。

他の石造りの建物に比べて若干貧相に見えるが、さっきの宿と良い、この4人組は敢えてこういう建物を選んでいるのだろうか。

しかし、これはなかなか良い雰囲気で、中からは良い匂いが外に漂ってきている。

ここまでこの世界で過ごして気付いた圧倒的な事がある。

それは、痛みを含む全ての感覚、嗅覚や視覚や聴覚に至るまで全てが必要以上にリアルな事だ。

疲労感にしても、息苦しさにしても、雨の中の匂いに至るまで全てが不要にリアル過ぎる。

不要と表現したのは、ゲームであれば戦闘が多い事は簡単に想像出来るが、たかが藁の人形と戦っただけであれだけの消耗を強いられていてはゲームとして成立しない。

そんな考えをトンの一言が一笑した。


「だってこれは、ほら、市販されてないっすからね」


市販されて無い。つまりは、一般社会に出回っていないという事。

故に、安全ラインは遥か高みに設定されているのである。


「テツヒト、トンが言う事も一理あるんだが、今俺たちが経験している全てがこの世界の限界なんだ」

「それは、どういう…… 」

「まだ、これは、開発段階なんです」


エアが何の獣の肉なのか分からない、やたら野性味を帯びた風味の骨付き肉を容姿に似合わず貪りながら教えてくれた。


「このですね、世界は、痛い思いをすればするほど強くなります。それに、体力を使えば使う程に体力は付きます。ですが、それらを始まりから数値で管理する事は出来ないんです」

「だったらGMの存在はどう説明するんだ? 」


俺は浮かび上がる疑問を即座にぶつけた。


「GMさん達は別格、なのです」

「それだったら言ってる事が矛盾しないか? 」

「確かに、そう思うかもしれませんが、成長過程を、無かった事にすれば、最初から、全てを、備えた、GMが出来上がるんです」

「ごめんな、エア、美味しそうで幸せそうな所悪いんだが、もっと分かりやすくこいつに説明してやってくれ」

「はい、もちろんです。GMは痛みを感じません。GMは味覚を持ってません。GMは風を感じる事が無いです。GMは何かをこの世界で得る事が出来ません」

「つまり、どういう事だ? 」

「ログアウト出来ないこの世界で、極僅かな楽しみだけで過ごさなければならないんです」


直前まで賑やかだった酒場が静まりかえる。

エアに酒場の客の視線が集まる。

何を警戒しているのか、皆が落ち着かない様子で店内を見回して、暫くすると再び酒場は賑やかさを取り戻した。


「ごめんなさい。GMの悪い話をすると、GMによってはその場で良くない事が起きるんで、皆神経質になってるんです」

「俺たちの担当GMは“キラク”だからな、そんなに気にする事は無い」

「そうっすね」


皆が静まりかえっている中、トンだけは楽しそうに食事を一人で続けていた。

本当に気楽なのはこいつなんだと、キョウが極悪な顔を無理矢理に笑ってみせると、エアが余程その表情が気に入ったのか、口の中のモノを全て吹き出して笑った。


「さて、それではそろそろ本題に入らせ貰おうと思うが良いか? 」


楽しい食事の時間はあっという間に流れて、机の上が綺麗に片付けられた頃、ノンが真剣な表情をしてみせた。


「それで、これからあんたはどうするんだ? 」

「それだよ、それ! どうもこうもどんな選択肢があるんだよ」

「そうか、肝心な事を言って無かったな」

「テツヒトは冒険がどうとか言ってたっすけど、実際に冒険してる奴なんかホンの一握りだけっすよ」

「どういう事だ? 」

「簡単な、事です。皆怖いんです」

「怖いって何がだ? エア」

「モンスターっすよ」

「そうだ、皆モンスターが怖くて、そして死ぬのが怖くて街の外に出ようとするモノは殆どいない」

「死ぬと言うか、痛いのもイヤなんだがな」


4人の中で一番身体が大きく、力の強そうなキョウが、その強面を真っ青に染め上げて小刻みに震えている。


「だから、皆この街で生活出来るように仕事についてんだ」

「仕事? 」

「そうだ、仕事だ」

「それで、あんたらは何の仕事をやってるんだ? 」

「俺達はGM公認のコーディネーター」

「つまり、新人にチュートリアルをやってもらって報酬を得てるっす」

「そう、だから、ごめんなさい」


エアに言われて、名前のカードを取り出し金額の所を確認した。

最後に見た時は“20,000,000E”と記載されていたのが、今確認すると“17,800,000E”と減っていた。


「俺達コーディネーターは、新人を一日教育して、仕事を斡旋して、日付が変わる時に持っている額の1/10を報酬として得てるんだ」


つまり、俺が20,000,000E持っていたから、2,000,000Eをこいつらは手に入れたと言う事だった。


「騙したのか? 」

「おいおいおい! 待ってくれよ! そんな暇無く気を失ったのは誰だ? 」

「そうっすよ、本当はあのとき置いて行こうと思ったのに、エアがどうしてもって言ったんすよ」

「そうだぞ! 感謝こそされても、恨まれるような事は何もやってはおらん」


3人が怒って見せ、エアは瞳に涙を浮かべている。


「わ、悪かった…… 」

「分かればいいんすよ」

「そうだな、分かれば良いんだ」

「ご、ごめんなさい」

「エアは悪く無いからな」


本当に…… エアは悪く無い。

少しトンに苛立ちを覚える位の事だ。


「それで、話が逸れたが、これからどうするんだ? 」

「どうするっすか? 」

「俺は冒険がしたい! 」


これで二度目だ。

酒場が静まりかえるのは。


「そ、それは、危険です、やめた方が良いです! 」

「あぁ、おすすめしないね」

「そうっすよ、17,000,000Eもまだあるんすから、この街で、この国で圧倒的有利に生活出来るんすよ」

「そうだな、絶対に冒険なんてやめた方が良い」


4人が皆俺の事を等しく心配してくれるのを理解出来る。

トンだけは、若干俺のカネを充てにしている節はあるが、本当に、皆、俺の事を心配してくれているのが良く分かる。

しかし、そんな事をする為にこの世界にやって来たのでは無い。

絶対にだ。


「君は宝くじの当たる確率を知っているかい? 」



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