6、始まらない物語~得るモノ~
「冒険者って言ってたけど、冒険はしないのか? 」
「だから、ノンさん初心者さんにはそこから説明しなきゃっていつも言ってるじゃ無いですか」
俺の質問に対して、賑やかだった喫茶店がさらに賑やかになった。
「まぁ、しょうがないな、取り合えず説明するよりも、体験した方が早いだろ」
「そうだな」
俺は言われるがまま、成すがままに、男達について歩く。
街には高い建物が立ち並び、通りは比較的広いのに対して、車などの乗り物は通っておらず、それどころか、何か乗り物に乗る様子はまったく見られない。
石畳で、歩きづらい道を皆急いだ様子で慌ただしく行き交っている。
歩きづらさにストレスを抱えながらも、そんな道を暫く4人の男達について進むと一際壁の高い建物の中へと案内された。
「さて、カカシでも叩こうか」
「お、ノンさん優しいですね。 いつもだったら“沼”から行くのに」
「やっぱり“トン”お前はバカだな、俺がついて無いと今ごろ“石積”のままだったろうな」
「それは、言わないで下さいよ。 それで、何でバカなんです? 」
「“ミスリルメイル”を着られた御方だぞ! いつどこでどうなるか分からない。 今から恩を売っておいて損は無いだろ! 」
ノン。 こいつもあまり頭は良く無いらしい。
恩を売りたい相手に対して恩を売ると言って放つのはどうだろうか。
「とりあえず…… そう言えば、あんた名前は何て言うんだ? いや! 良いよ、良いよ。 取り合えず親指を立てて目の前に出るプレートを掴んで俺に投げてくれ」
「これで良いか? 」
俺は言われるがままに親指を立てた。
目の前には、ノンの言う通り紫色の四角のカードが現れた。
そこには、“てつひと”と俺の名前だけが書かれていた。
これだったら別に渡しても問題は無いと思い言われるがままに紫色のカードを投げた。
「て、てつひと…… !? 」
ノンが驚くと、他の3人も驚愕の表情を浮かべている。
「え!? 何でですか? 僕なんかトンですよ! 」
「俺だってノンだよ! 」
「色は紫なんだけど、ミスリルメイルといい、この名前といい、お前実はGMって言う落ちは無いよな? 」
「GM? 違う違う、俺はただの一般人だよ」
そう、俺は一般人だ。それ以外に何の表現もしようが無い。
それをGMと言われても、何か特別な説明を受けた訳でも役割を与えられたわけでも無い。
それを証拠にこいつらがさっきから何を言っているのかまるで分からないのだから。
「わ、分かった、取り合えず一回落ち着こう! 」
「落ち着くのはノンさんですよ! 」
「そ、そうだな、俺達はダイヤの原石、もとい、ミスリルの原石を拾ったのかも知れない」
「別に、それ、ダイヤで良いだろ」
「ちょっと、おたくらの中だけで落ち着かないで、俺にも訳を、意味を教えてくれよ」
「そうだな…… そうだ、そうだな……」
ダメだ、理由は分からないが、こいつらが落ち着くのに暫く時間がかかるらしい。
「おい、おい、おい、こんな所にミスリルメイル着てるド素人が居るぞ! 」
「こっち来てみろよ! おい! 」
ダメそうな4人組が混乱してる所に、また別の男達が現れた。
こいつらも、4人組だった。
確実に違うのが、俺に対して明らかに敵意を剥き出しにしている所だった。
「しまった、ノンさんがモタモタしてるから! 」
「違うよ、こいつのミスリルメイルが目立ち過ぎたんだ! 」
「どっちでも良い! そんな事よりも早くこの場を離れなければ! 」
言い合いをしている、トンとノンを置き去りにして他の二人が俺の手を引いて、せっかく入った建物から何の説明も無しに飛び出した。
「っチ! 」
大きすぎる舌打ちが建物の中で響き確かに俺の耳に届いた。
「ヤバイ、ヤバイ。 それよりも早くこいつを売ろうぜ! 」
「そうだな」
「てつろうさん、取り合えずここは俺達の事を信じてそれを売ってくれないか? 」
「信じろと言われても、何をどう信じれば良いんだよ」
「そこを何とか頼みます」
「「「頼みます! 」」」
大の大人達が天下の往来で初めて会った俺に頭を下げている様子を見て、そんな詐欺もあるだろう、むしろ詐欺とは相手を信用させる事から始めるんだろうから、さっきいた4人組も仲間かもしれない。
そんな事も考えたけど、それなら、それでなるようになると考え、ノン達が言う通りにミスリルメイルを売却した。
その額“20,000,000E”。
現実世界では見たことも無い額だった。
初めて入る防具屋で、さっきの紫のカードを取り出し店員へ渡すと、目の前に“アイテムリスト”のタイトルと共に、その下に“ミスリルメイル”“普通の服”の文字が現れた。
これが今俺が所持しているアイテムの一覧らしい。
その中から、ノンから説明を受けるままに、ミスリルメイルの文字を指でなぞり、続いて出て来た“売却・保管・強化”の文字から売却を選択した。
次の瞬間に身体を纏っていたミスリルメイルが消え、代わりに、紫のカードの名前の下に所持金“20,000,000”の文字が現れ、それと同時に紫のカードが薄い空の青色に変化した。
これで良かったと聞かれれば、正直分からない。
ただ、初めて会った俺とこんなに真摯に向かい合うこいつらを信じられない自分が嫌なだけだった。
「これで一安心ですね」
「だな…… それにしても20,000,000Eって、予想以上だな」
「宿代が1日200Eだとして、何年分すか? 」
「バカ! オーナーになれる額だよ! 」
今一つピント来ないけど、俺はこの世界での凄まじい額を手に入れたらしい。