2、ログイン~出口の無い入口~
「そのペースで進まれると夜が明けてしまいます、さぁ、早く行きますよ」
鏡の中は、城の造りとは大きく事なり、壁から天井まで灰色のコンクリートに包まれており、さっきまで外の景色が見えていたはずの場所を振り替えると、その場所も同様にコンクリートで塗り固められ、俺が通って来た場所には穴が空いているだけだった。
その奥には微かに先程までの部屋が見えるが、はっきりと見る事は出来ない。
無機質なコンクリートの通路を進むと、無機質な鉄の扉が現れた。
その扉を開けると、ホログラムの意味が理解できた。
鉄の扉の先は、近代的と言うには俺の知識が足りなさすぎて表現が出来ないのだが、見た事も無いような機械が幾つも置かれており、機械が発する熱で部屋が少しだけ暑く感じた。
壁には、何のためだろうか、黒い触ったことも無い感触の素材が角砂糖程の大きさに整えられ張られていた。
中では白衣をまとった人々が機械と機械の間を縫うように行き交い、何やら業務を行っていた。
白衣の人々は、先に入った男をみるなり頭を下げるが誰も挨拶を交わす事なく、ただただ忙しそうに動き回っている。
その白衣の人々が手元に数字を浮かび上がらせ、それを触り空中で変換している様子を見て、ホログラムの意味を理解出来た。
近代的どころの話では無い、近未来、まだ俺の知らない技術がそこにはあった。
立ち止まる俺を振り返り、先を急ぐ男が俺に手招きをする。
その動作とは裏腹に、内心は少し苛立っているのだろう事が分かる。
「まぁ、これだけのモノを突然みたらしょうがないんでしょうが、これから先はまだまだ衝撃的な光景が多数ありますが一々立ち止まっていてはとてもじゃないですが、時間がいくらあっても足りません。 社会見学に来た分けでは無いので、その辺を理解してください」
俺は無言で頷き、男のすぐ後ろをついて歩いた。
扉を通る度に本当に衝撃的な光景が飛び込んで来る。
見た事も無い動物が液体に浸されていたり、その動物の眼球が動き目が合ったり、何もない真っ白な部屋ガラス張りの部屋の中で剣を持った男達が真剣に斬り合い、ガラスには無数の血液が付着していたり、建物の中のハズなのに空があり、夜なはずなのにその空は昼間だったり、建物の中に西洋の街並みが再現されていたり、その街の中で人々が生活を営み、俺達が通りすぎると店先に立つおばさんが普通に話しかけてきたり、分けも分からないままに男の後ろをついて歩いた。
しかし、俺の足はついに立ち止まってしまう。
「まぁ、これはしょうがないですね、むしろ良くここまで何も言わず立ち止まらずついて来てくれました」
最後の扉を開くと、綺麗な青い液体の筒が数百、いや数千、あるいはもっと、それだけの数の筒が並べられていた。
それだけなら、今まで見た光景に比べればたいした事は無いが、その中には裸の人間が、まるで胎児のように体を丸め入れられていた。
「正確には、皆、自ら進んであの中に入ったのですよ」
今まで、ずっと沈黙を貫いていた俺だが、さすがにこの光景には疑問を抱き、男を問いただした回答がそれだ。
最初は、人間を殺しホルマリン漬けにでもしているのかと思ったが、液体の中の人々は皆生きているという事だった。
しかし、生きていると言われても納得出来ない。
首から上には黒い玉が付けられその下は丸裸で生きているかどうかなんて判別出来ない。
それでも、男に言われるがままに観察していると、指や肩に微妙な反応がある事が分かったが、それでも納得出来ない。
そうやって口論を行った上での回答がそれだった。
「それでは、私はこれで失礼するよ」
「まて! その子をどこに連れて行くんだ! 」
その言葉を発した次の瞬間に俺の意識は飛んだ。
目を開けると、蛍光灯の光が眩しかった。
蛍光灯から視線を外すが、暫く蛍光灯の影が視界についてまわり、自分が今いる場所がどこなのか視界で確認する事が出来ない。
「おはようございます、気分は悪くないですか? 」
淡いピンクのメイド服をまとった少女が一人、横たわる俺の傍らに立っていた。
「ここは? どこ……だ? 俺に、何をした? 」
思考が状況に追い付かないとはこう言う事だろう。
「あの、すいません、私はマイと言います、今からあなたのお世話を致しますので、未熟ですがどうかよろしく、お願い、します」
少女は緊張した様子で俺に色々と説明すると行って、まだ力が上手く入らない体を支え起こしてくれると、そのままベットの脇に置かれたテーブルの上に食事を用意してくれた。
――
「と、言うことで、今から“テツヒト様”にはフルダイブリンクシステム構築の為の人体実験に付き合って頂きます」
外から差し込む西日が眩しいが、これらもすべて室内を屋外に見せる為に開発されたホログラムという事だった。
“エデン”それが今から俺が自ら選択して荷担する人体実験のプロジェクト名だ。
この城で極秘裏に進められているのが、フルダイブシステムを構築するという研究らしい。その研究過程で各個人で没頭するフルダイブシステムは完成し、さらにはその先、リンクシステムまでは完成したという事だが、何が不完成かとリンクした状態では、他者の意識に引っ張られてしまい、ログアウト、リンクアウトが出来ないのだと言う。
「つまりフルダイブの世界に入ったら帰って来れないのか? 」
「そうです、そういう事なんですが、それを可能にする、せめてきっかけだけでも探すのが私達の役目なんです」
「私達? 」
「そうです、私はテツヒト様と一緒にフルダイブの世界、エデンへと同行させて頂き、その世界をナビゲートさせて頂きます」
「君も? 帰って来れないんだぞ? 」
「そうですね…… でも、私にもそれなりの理由があるので」
理由がある。そうだな、理由がなければこんなふざけた計画に関わるあけが無いよな。
「よろしくな、マイ! 」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
マイの髪をホログラムの夕日が明るく撫でる。
空腹を満たすと、硝子の筒が並べられた部屋へと向かった。
ガラスの中で青色の液体に満たされた人々の間を縫うように進む。薄暗い部屋はどれだけ広い空間なのか感覚で認識出来ない。ただ、歩いた時間でその部屋がとてつもない広さだと言うことだけは理解出来た。数分間、もしくは数十分の間、気味の悪いガラスの筒の間をぐるぐると、方向感覚が分からなくなるほどに歩いた。その先にたどり着いた場所には、まだ液体が入れられていない二つのガラスの筒が並んで立っていて、それが今から俺達が入る筒なのだと理解出来た。
「お待ちいたしておりました、テツヒト様、マイ様」
白衣の男が数人、筒の周りに立ち俺達を待っていたかのように、マスクで隠れた口許には笑みが溢れているのが分かる。俺はこれから、こいつらの実験の為に意味も分からない器具に繋がれ、明らかに怪しい青色の液体に満たされるのかと考えると、急に怖くなってきた。
少し肌寒い事もあり、身体が急に震えだすと、マイが優しく頬に触れその震えを止めてくれた。
「大丈夫です、一緒に居ますから」
自分よりも遥かに年下の少女がこんな状況にも関わらず、俺の事を気遣ってくれている。
俺は覚悟を決めて一歩前に進んだ。
一歩前に進む目の端で何かがスルリと落ちて行くのが見えた。
反射的に振り替えると、マイがピンクのメイド服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になっていた。
さっきまで、そのメイド服の下に何も着ていなかった事を考えてしまうと自分の鼓動が大きくなるのが分かった。