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フルダイブ技術研究所  作者: 白雲糸
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1、ログイン~出会いの確率~

「君は宝くじが当たる確率を考えた事があるかい?」


目の前に現れたのは、スーツと言うには少し違和感のある、やたらと黒光りする皮のような質感の布を纏い、同じ材質の帽子を被った男だった。

辺りはいつの間にかすっかり暗くなり、歩道に座り込む俺の前を車が行き交っている。


「で? 俺達をどうしたいんだ?」

「話が早くて良いね、君の事を気に入ったよ」


男は不敵に笑う。


「なんだ? あんた俺達に食い物でもくれるのか?」

「君と私が出会う確率は、宝くじが当たる確率よりも遥かに低い、さらに私が用意した20の質問を全て無視して選ばれたんだ、感想位は聞かせて貰おうか?」

「ごめんなさい、俺、空腹で話をする気にもならないんで」

「君の願いを一つだけ叶えてやろう」

「そうか、だったらミツキを生き返らせてくれ」


どうせそんな事は出来るわけ無いだろうけど、叶う事なら叶えて欲しい。

対価は何でも支払う。 俺の命でも良い、何でも良い。 叶うのであれば。 強い思いが溢れてきて、男の質問に間髪入れずに答えた。


「残念ながら、今の私達の技術ではそこまでは出来ない」

「……だったら、もういい、今すぐ消えてくれ」

「本当に、良いのですかね?」


男は帽子を深く被り、クルリと反転して俺に背中を向けて話を続けた。


「その子の命であれば救ってあげる事は出来ますよ? もしくはその子を見捨てて巨万の富を得る事も叶いますが、本当に良いのですかね?」


俺の腕の中で、小さな瞳が輝いていた。

まだ名前も無いこの子は、彼女が最期にこの世界に残した俺の希望だった。

HIDSを発病した彼女が残したこの子も、HIVに感染していた。

希望が無いことを名前も知らない医者に告げられて、途方に暮れ、来た事も無い場所で疲れはてて路上に座っていた所に男が現れた。


「対価は何だ?」

「その前に…… 先程それは無理だと言いましたが、君の頑張り次第ではその願いも叶う事でしょう」

「何をやれば言い!? 何だってやる! だから助けてくれ、こいつを、ミツキを……」


暖かいモノが頬を伝う。

その様子を見て、気付いたのか、腕の中で小さな顔が、俺の事を心配そうに見上げているような気がした。


「では、行きましょうか、夢の世界へ!」


俺は男の差し出す手を躊躇せずに掴んだ。

抗いきれる限り抗ってきたつもりだった。

生まれ落ちてきた事に違和感を覚えていた。

世界が、この世界が俺を受け入れてくれて無いんだと、何もかもを諦めようとした。

どうして生まれて来たのか、理由なんて無いと分かってはいても、存在理由が欲しかった。

彼女を、この子を守れる力が欲しかった。

男の手を取らない理由が見当たらなかった。

俺が求めるモノを手に入れる事が出来る可能性があるのであれば、俺は悪魔にでも魂を売る。

痛みだろうが、苦しみだろうが、不幸だろうが、何だろうが全てを受け入れて、ただ願う。


ミツキと、この子の幸せを。


「では、その子を預からせて貰います」


男は少し進んだ所で俺の腕の中から小さな身体を受け取った。


「こちらに乗ってください」


男に促されるままに、いつの間にか道路に止まっていた黒塗りの車の後部座席へと腰掛ける。

男は小さな身体を抱き抱えたまま、車の前のシートに腰かける。

特に目隠しをされる訳でも無く、暫く走ると真っ暗な森の中へと辿りついた。

車がライトを消すと辺りは漆黒の闇に包まれた。

俺は、覚悟を決めると開かれた車の扉の外へと出た。


「大丈夫ですよ、そんなに心配しなくても、君を殺してここに埋めても私達の何の利益にもなりませんからね」


そう言いながら、男は小さな身体を抱き抱えたままに、闇の中を指差した。


「なんだ、あれは…… 城なのか?」


男が指差す方向には、映画や写真で見たことのある、西洋風の巨大で立派な城が佇んでいた。


「そうです! お城ですよ」

「あそこで何かをやると言うことか?」

「まぁ、気にはなるでしょうが、行けば分かりますよ」


男の腕の中で、小さな身体を小さく丸めて、いつの間にか小さな命は、安らかに眠っていた。


城には5m程の大きな城門があり、そこから入るのかと少しだけ胸が高鳴ったが、横にあった2m程の、それでも俺が入るには十分な無駄に重い鉄の扉を開けて中に入ると、予想通りと言うか、期待通りと言うか、想像の通りに中は薄暗く、ろうそくに照らし出された赤い絨毯に沿って男に言われるがままに奥の部屋へと進んだ。

八畳位だろうか、それまで見てきた城の規模と比べればあまりにも狭い書籍に机が一つ置いてあり、その横に書籍に不釣り合いな鏡がろうそくの灯りに照らされた不気味に光っていた。


「やはり不自然ですよね」


男はそう呟くと、口許に笑みを浮かべそっと鏡に触れるとそのまま鏡の中へと入って行った。


「ホログラムですよ」


壁の向こうから男の声が聞こえる。

言っている意味はなんとなくで理解は出来たが、それがどういう事なのか理解出来るのは、もう少し進んだ後だった。

男に続き恐る恐る鏡に手を触れると、一瞬鏡に映る自分の体が歪んだような気がしたと思ったら、次の瞬間には鏡を手が通りすぎていた。

その手を先に入った男が掴み俺の体を鏡の中に引きずり込む。

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