11、外の世界~静寂の雷雨~
街の外へ行くには、北西か南東の門を抜ける必要がある。
南の治安が良くないという話を聞いていた事と近いという安易な理由で北西の門を選んだ。
門まで行くと、一応門番らしき人物はいたが、俺が外に行きたいと言うと静かに笑い、それ以上に何かを語る事なくゆっくりと門を開いた。
まったく勝算は無かったが、俺は呑気にこの街で一生を終えるつもりも無い。行動に移すんだったら早い方が良いと前の人生で学んだ。とは言っても、死んで人生やり直している分けでは無いが、ノンの話を聞いていたらそんな気分にもなってくる。
宿屋に戻って始めに行った事は、両手を合わせて目の前に出て来る“保存領域”の確認だった。
何があり、何が出来るのか知らなければ何も出来ない。
次に行ったのは、この世界の地図を手に入れ、食料を手に入れる事だ。
この世界は便利なモノで、アイテムを販売している商店は24時間営業しているらしく、そこで長期保存が可能な食品、飲み物、それから地図と、簡単な服の購入を行った。
地図の値段は剣よりも高く5,000,000Eも支払ったが、他の防具や武器などの身に付けるモノとは異なり、“保存領域”内のアイテムは死んでも失う事は無いと店員に説明を受けたので安心して購入させて頂いた。
街の外は、中とは異なり寒い。
中が20℃前後で管理されているとして、外は10℃位だろうか。
その情報を商店で得ずに外に出ていたら、服を取りに中へ戻る所だが、門を通る際に通行料金なるものを100,000E払わされたので、戻る時にさらに支払わされて、もう一回出るとなると無駄な事極まりない。
俺は服の材質を確かめるように胸元を握りしめ感謝した。
空は朝だというのに真っ暗で、地面は足跡がはっきり残る位に水分を含んでいる。
雨は上がっているが、またいつ降りだしてもおかしくない。
そんな湿度の高い冷たい風が俺を通り過ぎると、急に不安に包まれ風の音に紛れて聞こえたような気がした足音を慌てて警戒する。
キョウの話では、外に出てすぐにモンスターに襲われるという事だったが、周辺を警戒するがそれらしき影は無く、聞こえたような気がした足音の主も見当たらず、そのまま周囲の警戒を解かずに地図を開いて確認すると、街の中は商店、酒場、色々な施設に至るまでPCで地図を見るように詳細を確認出来て、星で5段階評価があったりコメントが書かれていたりと凄く便利なのだけれども、それで外の情報を確認しようとすると、そこは真っ黒に染められていた。
拡大縮小も出来るが、どこまでいっても真っ黒で、今まで俺が居た街以外の情報は何もない。
つまり、俺が自ら地図を埋めて行くしか無いという事だろう。
今はまったく役にたたない地図を閉じて、キョウ達に教わったように北を目指す。
地図のお陰で方位と自分の場所は常に確認する事が出来る。
店員の話ではフレンド登録や、パーティー、血盟や同盟を組むとさらに多くの情報がこの地図で確認出来るという事だから、5,000,000Eでも高くは無いのだろうかと考えながら、ゆっくりと周囲を警戒しながら水分を含み滑り易く、歩き難い地面を踏みしめ進む。
しかし、どこまで行ってもモンスターの姿を視界に入れる事はおろか、その気配を感じる事は無い。
街の周辺は黒い砂と砂利が混ざった地面がどこまで広がり、3mから8m位の黒い岩がその存在感を放ち、その影からいつモンスターが出て来るか分からないという恐怖で必要以上に体力を削られる。
ノン達の話から、HPやMPのようなモノがある事は理解出来たが、この体力というモノは攻撃力や防御力とは異なり数値では表せないのであろうか、どういう仕組みになっているのか今度誰かに出会ったら聞いてみようと思ったのは、暫く歩いていると空腹を感じ、疲れを感じ、これでは現実世界と何も変わらないと感じたからだ。
ゲームと思ったのは俺の勝手なイメージだが、成る程、これが人体実験だという事を思い出す。
この人体実験の果てにログアウト技術が確立されるとして、この体力面や空腹面もどうにかして欲しい。
そんな事を考えながら、黒い大地を暫く歩いて来た。
ここまで数時間は歩いたがキョウの話と異なり一向にモンスターと出会う事は無い。それどころか生き物の気配を感じない。
しかし、岩の数は増えて遠くまで見えていた景色は近くの岩に覆われ視界はどんどん狭くなっていた。
本来であれば緊張感は高まるハズなのだろうけど、これだけモンスターと出会わないと空腹や疲労が優り、岩の側にゆっくりと腰をかけて休憩をとる事にした。
空腹を満たすと緊張して夜もあまり寝れなかった事もあり、眠気が俺を誘う。
瞳を閉じれば寝てしまいそうな誘惑に耐え、それらを振り払うように立ち上がると、それと同時に雨が降りだした。
雨はその勢いを増して、稲光が空を照らし、轟音が鳴り響く。
モンスターにここまで出会わなかった異常な状態も重なり言い様の無い感情が腹の奥底から浮き上がる。
ここから元の街に帰る事も考えたが、それ以上にこのまま次の街へと行けるのでは無いかという誘惑にも似た期待が歩みを急がせた。
地面は雨で泥濘となり、歩みを進める度に今まで以上に体力を削るが、それでも歩みを早める事が出来たのは次の街への期待だった。
根拠は無い。
人は根拠が無い事の方が案外信じられるのかも知れない。
数値や実績で示されるよりも、実際に信用する人から大丈夫だと言われる方が安心出来るし、何より自分自身がこれで大丈夫だと思ってしまうと、それを心から信じてしまう。
しかしその安心が、期待が、根拠の無いモノだと一瞬にしてその期待は崩れ去る事にもなる。
一際大きい岩をぐるりと周回して、その先へと行こうとした時。
それは目の前に現れた。
音もなく、稲光を纏うその姿に吸い寄せられるように見とれてしまいそうになるのを、自らの頬を叩き意識をかろうじて保ち、慌ててストレージを開くとそのまま剣を取り出し、震える足を柄で叩き目の前のそれに全神経を無理矢理に集中させた。