10、外の世界~踏み出す理由~
トンとノンはかかしの試練で痛みを知り、死の恐怖を、外を経験した人々の話を聞き冒険なんてするものでは無いと悟ったという事だった。
キョウは、大切な目的の為に何度も外に出たという事だか、一番近くの街に着く事も出来ずに、それどころか、まだこの街の外壁が見える所で最初に出会ったモンスターに殺されたという事だった。
それも、何度も、何度も。
その内にキョウは悟ったらしい。
自分の力ではこの街の外に出る事は出来ないと。
だから、ずっと待っていたという事だった。
外の世界に連れ出してくれる人を、冒険者と呼ばれる人を。
しかし、この街を、この国を管理するのはキラク。
いつの日か、新人が送り込まれる事は無くなり、辺境の地であり、しかもキラクの管理する国の一番端にあたるこの街を訪れる冒険者は皆無だと言う現実がキョウの心を完全に叩き折ったという事だった。
あと少し、俺がキョウ達に出会うのが早ければ、皆で次の街を目指すという選択肢もあったかもしれない。
しかし、もっと早く出会っていればなどと都合の良い話は、いかにここがゲームの中だと言ってもあり得ない話だった。
俺は、4人組がキラク公認のコーディネーターになるまでの経緯を聞いた。
色々と苦労があったらしいが、最初に得た20,000,000Eが大きく、今の俺にも同様の可能性があり、この街で死ぬまで贅沢して好きに過ごす事が出来ると何度も説明を受けたが、俺はそんな事をやるためにこの世界に来たのでは無い。
絶対にそれだけは違う。
たとえ死ぬ事になっても、仮に何度死んでも心が折れなければ、心が砕けなければ死なないというのであれば、絶対に俺は死なない。
なぜなら絶対にやらなければならない事があるからだ。
「そう言う事だ、俺は明日外の世界に出る」
「絶対に、絶対ですか? 」
エアの瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。
酒場に居た名前も知らない人々が、気付けば皆俺の心配をしている。
「ここは、良い、所だな…… 」
「だったら、お願いです、私達と、この街を、より良くして行きましょう! 」
エアの大きい声を、この時始めて聞いた。
それでも俺の気持ちは変わらない。
「ノン、キョウ、外の事を教えてくれ」
「俺は、聞いた話しか知らないぜ? 」
「俺も、敵の強さと、死んだ時の“デスペナルティ”の事位しか…… 」
「あぁ、それで十分だ! 」
この街は常に空を雲が覆っていて、晴れ間が出るのは年に一度位の事だと言う。そして、週の半分は雨が降っているという事だが、それはエリアボスの存在があるからという事だった。
そのエリアボスを守るように、周囲には強力なモンスターが徘徊しており、そいつらと出会ったら逃げる事も出来ずに殺されるという事だった。
ノンは、偶然得た“スクロール”でその情報を得たという事だが、実際に目にした事は当然無いと言う事で、何だか少し申し訳なさそうだった。
キョウが殺されたのは、恐らくこの世界でも、もっとも弱いレベル帯のモンスターで見た目は木材で出来ているだけで“かかし”と大差無いと言う事だが、一度として勝てた事は無いらしい。
それで初回で“かかし”を倒した俺を勇者でも現れたように担ぎ上げ宿まで運んだという事だった。
それでも、かかしであればキョウも何度か倒した事があるが、木材人形は木剣では無く、銅の剣を持っていて攻撃力が段違いに上がっているという事だった。
しかも、それを一体倒したからと言って、次から次にモンスターは現れるだろうし、エリアボスも次の街を目指すなら避けては通れないだろうという事で、当面は街の外壁に沿って歩き、木材人形を倒し経験値を上げレベルを上げる事から始めようとキョウが提案してきた。
もちろん、どうしても皆の制止を降りきって行くのであればという事が前提なのだが、それでもキョウの瞳は輝いているように見えた。
銅の剣に対抗するには、銅の剣を手に入れる必要があるが、1,000,000Eで購入する事が出来るらしく、さらに上位武器の鉄の剣も5,000,000Eで購入する事が出来るらしい。
しかしそこから上位の剣を購入しようと思えば、この街から出て王都へと向かう必要があるらしく、この街で手に入る武器は“鉄”止まりだという事を教えて貰った。
今、持っている“E”で余裕で鉄の剣が買える事から迷わずに酒場を出てすぐに鉄の剣を購入したが、購入したあとにキョウから“エスペナルティ”について教わった。
どうやら、死ぬとその場で全てのアイテムを失うらしい。
それでキョウも初回で揃えた全ての武器と防具を失い、それが悪循環の切っ掛けとなったと…… せめて買う前に教えて欲しかった。
鎧は、ミスリルメイルが販売される鎧の中では最上級だという事だった。
しかし、実際に身に付けていても、元が弱ければ死んで失って終わりだという事くらいこの世界の常識と言う事で、無理矢理売らされたと一瞬恨みはしたが、直後に心から感謝しなおしたが、鎧を売った店の前を通ったら2,400,000,000Eの値段がついてて思わず笑ってしまった。
どういう事だとノンに詰め寄るがその答えは直後に、この街に不釣り合いなカラフルな鎧を纏った御一考がその店を訪れサクッと購入して去って行く時に教えてくれたが、どうやら“メイドインキラク”の鎧は貴重でそんな額でも即売らしい。
そして、そんな鎧をサクッと買って行ける冒険者達の各の違いを見せつけられた俺の闘争本能に本格的に炎が宿った。
「冒険者! 居ただろ! 今!! 見ただろ! 俺達でも絶対に出来る」
「あの人達は別格なんです、というか、生まれ落ちた場所が良かったんだです」
「どういう事だよ」
「キラクは全てを諦めてんだよ」
「GMの中には本気でログアウトする為に冒険差を育てている方々もいて、今見た冒険者はそんなGMの街に運良く出会えたんだろう」
「それでも、可能性があるなら、って言うかあいつらだって痛みを受けるのは同じなんだろ? 」
「だったら聞くけど、あんただったらもし街から閉め出されたらどうする? 」
ノンの言葉を受けて、俺は最初にあの城に言った時の事を思い出した。
人体実験だと。
きっと、本気のGMは何としてもログアウトの方法を探すんだろう。
手段を選ばずに。
その手段の中に、俺達の死ぬ回数など、死ぬ恐怖など、死の痛みなど気にも止めずに覚醒を促すんだろう。
だったら、それに耐えきれなかった奴等は…… 心が壊れた奴等がどれだけいるのかを、ノンの言葉を受けて考えていた。
俺の表情を見て、その事を悟ったのだろう。
ノンはそれ以上に何も言うことは無かった。
「私達は幸せなんだよ…… 」
不意に出た、エアの一言に俺の心が震えた。
(上を見たらキリがない、下を見てもキリが無い。私達は幸せなんだよ……)それが、ミツキが残した最期の一言だった。
胸の奥が、瞳の奥が熱くなり、今にも何かが溢れ落ちそうだったけど、ここでそれを溢すと外の世界に行けなくなる気がして必死に堪えた。
それを、何らかのシステムが理解してくれたのか、何かは溢れ落ちる事無く耐えてくれた。
それを見過ごした見返りと言わんばかりに、空から大粒の雨が降り注いだ。
相変わらず雨に濡れる事は無い。
「雨はまずい! 」
キョウが突然に慌てだした。
「雨の日は、エリアボスが活発に動き出す。もしくは活発に動き出すから雨が降るのか、どちらにしても雨の日に外に出る事だけはお勧めしない」
「だ、そうだがどうする? 」
「もう一度、かかしを叩きに行こうと思ってる」
「かかしを叩いたってレベルは上がらないぜ? 」
「だったら、どうしてあんな場所があるんだ? 」
「それは…… 」
「それは、単に戦闘の勘を培うためっすよ、多分すね」
それは違うと皆の表情が語っている。
そんな空気を感じて、申し訳なさそうにノンが口を開く。
「テツヒト、本当は俺達も冒険者として成功した奴を知っているんだ」
「どういう事だよ? 」
雨音と雷の轟音がノンの言葉に重なる。
「そいつは、元の世界で剣術の達人だったという男で、この街に来たかと思うと、俺達の話なんか聞かずにそのまま“修練場”に行って複数のかかしを木剣で簡単に斬ってしまったんだ…… 」
「そう言えばそんな奴居たっすね、何て名前でしたっけ? 」
「トン、名前は見てないから知らないんだよ」
「そうだったすか? まぁ、どっちでも良いすけど」
トンとノンのやり取りはどうでも良いが、その男の事は気になる。
基本的に同じレベルであれば、攻撃力や防御力は変わらないという説明を受けたのだが、それだと説明がつかない。
ノンやトンはかかしを全く相手に出来ないが、キョウは何回か戦う内に倒す事が出来るようになったらしい。
俺は、最初から一体倒す事が出来たが、その代償が一週間の睡眠だった。
きっとその男は、俺とは、俺達とは根本的に何かが違ったんだろう。
モンスターを倒せるとしたらその差を埋めるしか無い。
「どうする?もう一度かかしでも叩くか? 」
それも良いだろうが、今は一刻も早く実践したい。
「どちらにしても、雨では無理だ。その剣士も雨が止むのを待って出た位だからな」
キョウの話を聞いて、急ぐ気持ちを落ち着かせてエアの方に視線を送ると、微笑み返してくれた。
不安な気持ちを抑えて俺の門出を祝ってくれようとしているのが分かる。
間も無くして夜が訪れ、俺達は宿屋へと戻り、それぞれに部屋に入り、明け方雨が上がるのを待って、誰にも何も言わずに街の外へと出た。