9、始まらない冒険~ある男の結末~
そいつは、突然俺の前に現れた。
「なんだ、あんた、どこから現れた! 」
「人を害虫みたいに言うのはやめて頂きたいのですが」
黒光りした革のスーツを着た男がまるで自分をゴキブリと呼ぶんじゃ無いと言わんばかりに俺を睨みつける。
「それで、知っているのか、考えた事があるのかと聞いている」
「そんなの、当たれば良いけど、そんなモンにカネをを回す余裕は…… あんたもしかして借金取りか? 」
目線をそらし、頭にその考えが浮かぶと同時に男に背中を向けて走り出していた。
そのハズなのに、既に周りは数人のスーツを着た男達に取り囲まれていた。
俺はその瞬間に人生を諦めた。
思えば俺の人生いつもそんなモンだった。
必死に頑張っても、結局自分の甘さが全面に出て美味しい所は誰かに持って行かれ、しょうがなく余ったモンに手を出すと、腐っているか、毒が入っている。結局この借金だって背負いたくて背負った分けじゃ無い。
強いて言えば、借金が出来た時に必死に働いて返していれば、こんな結末にはならなかったかもしれない。
でも、俺は逃げ出した。
だってそうだろ?
背負いたくも無いものを無理矢理背負わされて、その重さに耐えきれなければ、置いて逃げたくもなる。
だが、それが頑張って背負っていればいつしか軽くなって消えて行くと気付いたのはそこから暫くの時を得てからだった。
「新しい人生を手に入れたく無いか? 」
「あぁ」
「君に大切な人はいるかい? 」
「いない」
「痛みは耐えがたいが、それを乗り越えても人生を変えたいと思うかい? 」
「あんた、俺に何をやらせようって言うんだ? 」
「簡単な事だよ、君がこれから先も死に物狂いで逃げたいというのであれば、そんな環境を用意しよう」
「何を言ってるんだ? 」
「ただ、逃げれば良いという分けでは無いが、君がもしかしたら世界を変えるかもしれない」
そこから先の男とのやり取りは良く覚えていない。
もうかなり昔の話だ。
質問は全部で20問あったと、この世界に来て誰かに聞いた。
俺もこの世界に来る時は、何かが変わる気がした。
しかし変わったのは名前位だった。
来てみれば、あまりにも現実世界と変わらない場所だった。
“冒険”にも“依頼”にも“魔法”にも縁が無い。
俺は、この世界で運良く与えられた“コーディネーター”という仕事を淡々とこなしていた。
新人が来て、一日教えて得られる額は平均“1,000E”程度だった。
それでも俺達が食いつなぐ事が出来たのは、エアがこの世界に来たからだ。
ある日突然に現れた少女は、一糸纏わない格好で俺の前に現れた。
それはただの偶然だった。
その日までこの世界に“コーディネーター”という仕事は無かった。
何の仕事にもつかずに、最初にキラクから持たされた所持金を全て失うまで延命して来た俺は、所持金を全て失い空腹に堪えきれず新人を襲って最初の所持金を奪おうと考えていた。
当然“安全域”でそんな事をやれば一瞬で“機械人形”の餌食になる。
そんな事をしたらこの世界では生きて行けない。
だから、俺は、俺がやられたように新人を嵌めようと考えていた。
簡単な事だ。
“安全域”の外、つまり“修練場”へと連れて行けば合法的に新人を襲える。
その頃、そんな手法がこの街では横行していた。
本来モンスターを倒して得るだろう“E”は、モンスターを倒せない俺達には仕事をするか、他人を騙す事しか、それを得る手段は無かった。
と、言うか、他人を騙せば簡単に“E”を得る事が出来た。
実際には、騙せば騙すほどに、自身も騙されるリスクを負い、どんどん深入りして行くんだが、その時はそんな事を考えていなかった。
ただ、俺は神殿に現れる新人を真っ先に騙すのが一番簡単だろうという気楽な考えで神殿を訪れた。
そこに現れたのがエアだった。
本来であれば、女性は専用の国にGMに導かれるという事だった。
それはGM達の倫理観というモノによる所らしい。
しかし、俺の目の前に現れたのは今にも崩れ落ちてしまいそうな少女だった。
本来GMに暴言を吐くのは絶対禁止だった。
GMにも序列があるとその時には知っていた。
酒場で聞いたか、広場で聞いたかは覚えていないが、誰かが話しているのが耳に入っただけだが、その時には確かにその知識を持ち合わせていた。
そして“キラク”がこの世界でのかなり上位の序列に位置するという事も知っていた。
誤算があるとすれば、その名前の由来だ。
「おい! キラク!! こいつは女だ! 確かに胸は小さいというよりは、殆ど無に近いが、間違いなく女だ! それを裸で男達の巣窟になげだすとは、あんたそれでもGMかよ! この世界を管理する気があるのか! あるんだったら服でも何でも出しやがれ! 」
俺の声が神殿に響く。
正直この時は死んでも良いと思ってはいたが、神殿に響いた声が遠退き、静寂に包まれると、急に怖くなって身体が震えだした。
次の瞬間に光の霧が立ち込めて、木造の扉が現れ直後に開いた。
俺の恐怖はピークに達していたが、その時、再びエアの姿が目に入った。
さっきまで恐怖に怯えていたエアの瞳は、俺の身を案じてくれていた。
その瞳と視線を交わすと急に身体に何かが沸き上がり、木造の扉に手をかけると、中から出てくる誰かを避けて扉の中に入っていた。
…………
「口だけじゃ無いところを証明しやがれ! 」
扉の先の事は良く覚えていない。
気付くと、エアの服を手に木造の扉から再び生きてこの世界に帰る事が出来た。
その時心の底から安堵して、膝が崩れ落ちたのを覚えている。
そして、その時俺の身体を支えてくれたエアの身体の冷たさを覚えている。
エア用に受け取った服は、魔力を自動回復させると言うなり特殊なローブで、その日の内に鑑定して売却した。
その額は“ミスリルメイル”と同じ“20,000,000E”だった。
そのカネを元手に俺達は新人の為に、そしてこの街の治安を良くする為に“コーディネーター”の仕事を始めた。
キラクとの連絡の手段も得た。
得たと言うか、元々“GMコール”というモノが存在していたのだが、その使用方法の情報を得た。
そして、暫くの活動を得て、キラクの正式な承認を得て“公認コーディネーター”としてこの街の顔役となった。
ちなみに、あの時、木造の扉ですれ違ったのがトンだった。
トンは、俺の行動に全てついて来ただけだが、以外と俺達が気付かない事に気付くので、その気付きには助けられている。
“GMコール”もこいつの存在のお陰で気付く事が出来た様なモノだ。
エアは、最初のきっかけを与えてくれた。
そして“自称コーディネーター”をやっていた頃に色々と揉め事に巻き込まれ、その都度助けてくれていた“冒険者経験”を有するキョウが自然といつからか仲間になり今の4人組になった。
思い返せば、色々な奴がいた。
全員が全員この街で仕事に付いた分けじゃない。
俺達の制止を振りほどいて冒険に出たモノも多かった。
しかし、結末は殆ど一緒だ。
最初に遭遇したモンスターに殺されて、神殿に帰って来て、大人しく何かしら仕事につくことになる。
俺達の話を聞くべきだったと、たった一回の死の体験を得てこの街の住人となる。
しかし、死んでからでは遅い事もある。
この世界では、死んでも神殿で生き返る事が出来る。
しかし、死の経験が強烈過ぎて、痛みと苦しみで、身体に心が帰って来ない事が少なくない。
心の所在がどこにあるのかとGMに訪ねた事があるが、それは今でも研究中であり、ログアウトの方法と同様に現在でも解明していないという。
しかし、心というか、人の意思というモノは確実にある。
それが、死の体験で砕け散ると身体も同様に砕け散ってしまう。
そして一度砕け散ると、GM曰く二度とは戻って来れないと言う事だった。
実際に何人ものそんな姿を見てきた。
しかし、こいつは何だ?
何なんだ?
俺達の制止を、エアの涙を越えて冒険に行くと言ってこの街を出て行き、再び神殿に現れたという事は、間違い無く死を経験している。
しかし、この男の心は、精神は、魂は砕けるどころか、今まで見たどんな奴よりも熱く輝いている。
触れたら火傷してしまいそうな程に。
一体何があったというんだ?
空は今日も黒い雲に覆われ雨が降っている。