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崩れる私の世界

 安原くんの声が頭の中でゆっくりと幾度も繰り返し再生された。


 ――天宮さ、俺の記憶覗いただろ。


 乾いた薄い唇が言葉を型取り、息に押し出された文章。


 ――天宮さ、俺の記憶覗いただろ。


 脳はパニックを起こし、心臓がどきんと強く脈打つ。

 早くなった脈が全身を駆け巡り体温を上げる。

 手や足が小刻みに震える。

 どうして知っているの。

 いつから知っていたの。

 どうしてバレたの。

 全身の毛穴から汗が吹き出し、下着や制服は汗を吸っていく。

 表情筋がうまく動かず、私の顔は固まっていた。


「天宮、聞いてるの?」


 安原くんは、ずれたメガネを人差し指で押し戻し、私の顔を覗き込む。鼻筋が通っていて、意外と整った顔をしているのだと思った。今までちゃんと顔を見たことがなかったから。

 私は息を吸い、声を絞り出す。


「きいてる」


 オルゴールが止まる直前のようにぎこちない返事になってしまった。


「俺の記憶、覗いたよね?」


 安原くんはもう一度同じ質問を私にした。

 ここで嘘をついても意味はないに違いない。しかし、覗いたとつもりはなくて見えただけで……。そんな言い訳が通じるかわからないし、そもそもそなんで安原くんはそれを知っているのかが分からない。

 様々な言い訳が湧き、脳内を巡ると全て消えてしまった。

 私は、頭を縦に振り「ごめんなさい」と俯く。

 今日は雨のせいか、いつもよりクラスメイトの登校が遅い。

 誰でもいいから早く来て。この雰囲気で二人きりは気まずい。

 安原くんは、頭を掻くと視線を外へやりボソッと呟いた。


「謝んなよ、別にお前のこと嫌いじゃないから嫌じゃないし」


 一瞬、雨の音が聞こえなくなった。

 え、なにそれ。遠回しの告白ですか。どちらにせよ、嫌われてないことが分かって、肩の力が抜けた。口の端から息が漏れる。


「ねえ、どうして私が安原くんの記憶を覗いたってわかったの?」


 安原くんは黙って外を指さした。

 雨。

 外は大粒の雨が降り注いでいた。色々な誰かの記憶が映されては消えてゆく。幸せな記憶、辛い記憶、楽しい記憶、誰かの記憶が現れては消え、現れては消えを繰り返す。

 他の人には見えない、私だけが見える世界。

 数字や文字に色がついている共感覚という能力とも違う、私だけの能力。共感覚より使い所のない無意味な能力。

 安原くんは視線を外に固定したまま、言葉を漏らした。


「俺も、見えるんだよ。そして、記憶を見られると心がくすぐったくなるんだ。だからわかった」


 私だけだと思っていたのに。

 こんな身近にいたなんて。

 同じ能力を持った人がいる。

 こんな近くにいる。

 私の目の前にいる。

 私だけの世界は明るい音を立てて崩れていった。


「天宮、なんで泣いて……」


 安原くんは、ポケットからティッシュを取り出した。ティッシュを受け取り、涙を拭く。

 安原くんに言われるまで泣いていたことがわからなかった。

 ただ嬉しくて。

 私だけじゃないってことが嬉しくて。

 誰かと世界を共有できることが嬉しくて。


「嬉しかった……」


 暗く閉鎖的だった世界に光が差し込み、その光が世界を満たして、高くそびえていた壁を溶かしてくれたよう。

 涙声でそう答えると、安原くんは困ったように微笑んだ。眉をハの字に下げているが、目は優しく、口元はほころんでいる。

 あれ、安原くん。笑ってる。

 私は泣き止むと、歯を見せて思いっきり笑顔を作った。もう大丈夫、泣いてないよと証明するように。


「安原くんの笑ったところ初めてみた」


 私がそう言うと、安原くんはいつもとむすっとした顔に戻った。でも、その目には嬉しさが滲んでいた。

 私がどれだけ笑わせようとしたか。女子ということを捨てて変顔をしたり、面白い絵を描いたり、試行錯誤を繰り返したのに。私が安原くんを笑わせたのは私の涙だった。


「おっはよーやっすん!」


 野太い声が聞こえ、安原くんがそっちをみる。安原くんと友達の野畑くんだ。

 私と安原くんは体の方向を変え、二人の時間は終わりを告げた。



 それから雨はやむことはなく、本日最後の授業を終えようとしていた。


「プリント、次までにやってこいよ」


 教卓に立つ先生が、プリントを掲げている。

 先生が縦の列の人数を数えると、プリントを取り分けた。安原くんが受け取り、自分の分を取る。腕を後ろに動かし、プリントが回ってきた。

 プリントと共に「天宮」と書かれた折り畳まれたノートのページを持っていた。

 プリントとそれを受け取って、残りのプリントを後ろへ回す。折り畳まれたノートのページを開けると、読みやすくきれいな字で、

「放課後、教室に残って」と書かれていた。

 私は文面と安原くんの背中を交互に見て、なんとなく窓を見ると、横目で窓越しに私の様子を伺っていた安原くんと目が合った。

 顔に火が灯ったように熱くなり、視線をずらす。

 そして、頭上で授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

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