私と未知の探検への下準備
灯台でトゥリから聞いた言葉は新しい興味の発信源として、私とリアに届いていた。
彼女の言葉を思い出す。
『家がある森に、アルが言うところの、マギアスペースみたいなものを発見した』
マギアスペース。それは私が勝手に命名した名前ではあるが、人間が生活している地域に存在している魔女図書館と近い性質を持った建物、空間のことをそう呼称している。
そんなマギアスペースらしき空間がトゥリの家がある森の中で発見されたらしい。
トゥリが暮らしている森は、昔は魔女の拠点の一つとして利用されていた経歴があり、構造上迷いやすい性質を持っている。常人が入れば迷子になり、そうでない魔女の私が入っても迷子になるような独特な森だ。
そんな場所に新しくマギアスペースらしきものが現れた。これにはなにか理由があるに違いない。そう思った私たちは、後日にすぐ、その場所の探索に向かうことになった。
……が、その前に不安なことがいくつかあった。
魔女図書館の『自室』にある寝室。横になりながら、ぼんやり考え事をする。そこでは、明日の不安が私の頭を過っていた。
「……リア、暑いの大丈夫かな」
白銀世界の魔女、と呼ばれているのが伊達ではないというのはわかるし、冷たいのは得意というのは伝わってくる。が、それとは別に暑さに対しては極端に辛そうな印象を感じる。
ほんの少し外の熱気に当てられた後、すぐさま涼しい場所まで移動する彼女の姿を確認している。夏の日差しや熱気、様々な暑いものは駄目そうだ。
明日は外を歩く。
森という環境は日光を妨げるが、それでも熱気は押し寄せてくるだろう。彼女は対策をするといっていたが、本当に大丈夫なのだろうか。
「……そもそも、トゥリと一緒で緊張とかしないかなぁ」
これは間違いなく私の考えすぎなような気がする。……が、やっぱり気になってしまう。
トゥリの独特なマイペースさに対して変に気負いとかしてしまったら心配だ。
友達、という気さくな距離で話ができたりしたならばベストだとは思うけれども。
……実際、どうなのだろうか。私が色々考えるべき問題ではないのはわかっている。けれども、どうしても気にしてしまう。
「あぁもうっ、私の悪い癖」
暇があると考えて、色々なことを頭に浮かべて、考えすぎてしまう。私の悪いところだ。
こういうことは大抵当日になったら何とかなるものだ。だから気にしすぎるのはよくないだろう。
私も私なりに準備をした。
きっとトゥリも、リアも同じように準備しているはずだ。
その中で大切なのは、私が私らしくいつも通り頑張ることだろう。
気負いせず、のんびり、私らしく。
受け止めるべき出来事をひとつひとつ大切にして、新しい自分発見に繋げる。それを意識していこう。
そんな風に、考えるべきことを一つだけに絞ったら、うまく眠ることができた。
翌日。適度にちょうどよい時間に目を覚ます。
目覚めそのものは悪くない感じだ。身体の疲れも解消できている。
寝起きの水分補給を忘れず、今日も一日頑張ろう。
大きく伸びをして、リアに会いに行く準備をする。
朝食べようと考えていたパンを実際に口にしてみると、味がなかなかに美味で、一日を乗り切るエネルギーを貰えたような感じがあった。どんな時でも、美味しいものをしっかり美味しいと思えるというのは幸せなものなのだ。
寝惚け眼には、冷たい飲み物が効果的だ。朝はココアではなく、麦茶をなるべく飲むようにしている。一日よく頑張りました、というノルマを達成した感覚で飲むココアは至高のものだ。だから、あえて我慢している。それに、朝に飲む麦茶というのもさっぱりしていて美味しいのだ。
適度に食事を堪能して、次は洋服の準備。
最近は暑い日が続いているので、なるべく涼しめな格好になることを意識している。
袖がないワンピースなんかがいいかもしれない。白いものだったら、清潔感も与えていいだろう。今日はこれでいってみるか。
寝間着からぱぱっと着替えて、鏡を利用して確認。
ちょっと可愛い感じにポーズをとったりして、おしゃれかどうかを確認する。
……うん、大丈夫。ばっちりだ。
我ながら笑顔などもうまくできているだろう。少し伸ばしている髪に合う、ふわふわなワンピースだとも感じる。夏の暑さに負けない服装だ。
「さてと、そろそろ準備完了かな?」
忘れないように、前日の間に用意しておいたトートバックを手にし、荷物確認。
……これも問題ない、完璧だ。念のために冷たいタオルだって持っている。
「ケラヒヨラビトっ!」
すべての用意が整った。
そう思った私は、早速行動することにした。
まずは、トゥリの家に行く前にリアと合流する。彼女はトゥリの家の場所を知らないから、私が直接案内するのだ。一応扉の魔法は、知らない場所を指定するのもできなくはないけれども、それをすると変な場所に移動してしまうことだってありえるから、今回ばかりはそれを避けたい。
リアが普段から暮らしている、彼女の『自室』にある城の……寝室あたりを目標に、扉の呪文を詠唱。召喚された扉を開くことにした。
「……お、おはようございますっ」
扉の先、リアヴィリアのお城では寝惚け眼をこすっているリアが待っていた。
うとうとした様子ではあるものの、準備はちゃんとしていたらしい。服装はいつものように肩が出ているゆったりとしたロングドレスだ。
「……リア、その恰好暑くないの?」
「いえ、大丈夫です。対策していきますので」
気になったので聞いてしまったが、暑さ対策も完璧なようだ。声の調子から、対策するという言葉には力が宿っているように感じる。
リアの服そのものは、露出しているところを除くと、しっとりとした服装となっている。ふわふわとした触感の衣類で、汗を流したりしたら、直接肌に伝わってくるような構造をしているだろう。だからこそ私は心配に考えていたのだけれども、自信を持った表情のリアを見ていると、そんな心配も杞憂だったかもしれない。
「でも……慣れない土地だから緊張はするかもしれません」
「誰だってはじめはそうだと思うから、そう気にしすぎなくてもいいんじゃないかな」
「いつも通り、ゆったりとしていくような……そんな感じでしょうか?」
「そうそう、そんな感じ。身構えすぎちゃうと逆に疲れちゃうから、適当に肩の力を抜くとかそういうのがいいかも」
頷きながら、答える。
それは、リアに同意する言葉であると同時に、自分に対しても向けた言葉だった。
私は緊張みたいなものとはそんなに関わりがないけれども、身構えすぎるというのはある。あえて、自分にも言い聞かせるように肩の力を抜くことをお勧めしたのだ。考えすぎると頭が暴走してしまいがちだからこそ、気を付けたい。
二人、しっかりと準備が揃ったので、そろそろトゥリの家まで行くべきかと思った。けれどもその前に、ちょっとしたことに気が付いた。
「……リア、すこし胸元はだけてる」
本人が気がついていなかったかもしれないことを考慮して、言葉にする。
……私よりも当然のことながらリアは胸が大きい。だからこそ、胸元あたりがはだけているととても目立つのである。それをトゥリに突っ込まれると私が指摘するよりも顔を赤くしてしまうかもしれない。そう思った私は、あらかじめそれを指摘した。
寝起きなのもあってか、注意力が散漫気味なのだろう。ぼんやりとした様子で服装を確認して……すぐに、リアは顔を赤くした。
「あっ、その、これは、ふしだらでいたいからこういう風になってるわけじゃないですっ、はいっ」
「大丈夫、それはちゃんとわかってるからね」
「そ、それなら安心です……」
そわそわしながら、リアは急いで服装を元に戻していく。
顔は赤くなっているけれども、挙動不審になるくらい慌てている様子ではなかった。
……トゥリに指摘される前に言葉にできてよかったと思う。本当に、今のものより数段慌て方が違うものになってそうだったから。
「……服のことを気にして思ったのですが、結構涼しげな服装ですよね」
「私? まぁ、夏だからこういう薄着もいいのかなって思って」
服装に注目がいったのが嬉しくて、つい、にやっとしてしまう。
「さっぱりとした可愛らしさみたいなのがあって、いいと思います」
「ありがとう」
褒められると、その言葉以上に嬉しくなるもので、心の中ではしてやった感で私がはしゃいでいた。狙い通りの評価を貰えるというのは、やっぱりいい。きちっと準備した意味があったというものだ。
「……わかりやすく、嬉しいって顔に出てる気がします」
「え、やっぱりそう?」
「はい、私でもわかるくらいには」
色々な相手に言われていることではあるが、どうにも私は感情が表情に出やすいみたいだ。なんだか気恥ずかしい。けれども、それもそれでいいのかもとは思った。まっすぐに感情を、顔からでも伝えられる。それは、素直な私らしさに違いないからだ。
そんな私を見つめながら、リアは控え目ながらも笑っていた。
それはトゥリの家、そしてマギアスペースに行く前の緊張をほぐす役割があったと思いたい。
適度な会話を済ましたのち、私とリアは扉の魔法でトゥリの家に向かうことにした。
「少し、待ってた」
「お、おはようございます」
「おはよう。待たせてたなら申し訳ないかも」
「ワクワクしながら待ってたから、長く感じただけ」
トゥリの家の客室に移動した瞬間、トゥリが出迎えてくれた。シックな雰囲気が漂う木製の家は、魔法による冷たい風によって、ひんやりとした空気が流れていた。
リアは物珍しそうに部屋を見ていたが、彼女に声をかけられてすぐに反応していた。
私は心配だったからトゥリに質問してみたけれども、そんなに彼女は気にしていない様子だった。集まる時間までに余裕を持たせていたとはいえ、待ってたと聞いて少し不安だったから、一安心。
「なんだか、こっちも涼しげ……?」
「ん、服装が気になる?」
「はい。少し大胆さがあるものの、それでも可愛い感じです」
「大胆……ふともものこと?」
「そ、そうかもです」
「もっと見る?」
そういうと、トゥリは短めのスカートを下着がギリギリ見えないくらいまで上げていた。リアはそういう行為に弱いので、見てはいけないと思って、顔を赤くしながら背けていた。
……トゥリの服装はクールビスな感じに短めのワイシャツとスカートという姿だ。当然のことながらミニスカートで、二ーソックスとの絶対領域は夏服っぽい状態でも存在していた。スカートをたくし上げると、なんだかいかがわしい雰囲気を感じるのは、トゥリがトゥリだからに違いない。自分で言っててよくわからないけど。
「ん、アルはもっと見るの?」
「見たいというわけじゃないけど、そろそろ慣れてきたかも」
「そう? じゃあ下着まで……」
「それはよくな……」
「だめですっ! そんな、はしたないことはぜったいだめですっ!」
やんわりと断ろうとしたら、隣から凄まじい勢いでリアが断ってきた。なんていうか、凄まじい剣幕だ。そんなことされたら爆発してしまうと言いそうなくらい。
「ん、じゃあ、リアに免じて、下着は見せない」
「よ、よかったです……」
むしろ、自分から見せるのに抵抗はないのかと思ってしまったけれども、トゥリならば見られてもいいと思っているのだろう。きっと。
「アルならば見られても構わないって思ってるけど、まぁ、それはそれだから」
「私に見られてもいい理由は裸を見られたからでしょ?」
「流石。ただ、アルならば見ても変なことしないとかそういうのわかるから、からかう楽しみもあってやってる」
「トゥリらしい」
「誉め言葉?」
「そう受け止めていいよ」
ある種の潔さも感じる。
そこがトゥリのいいところなのかもしれないし、変に大胆すぎるところなのかもしれない。
……裸という言葉でやっぱり顔を赤くしていたリアとは、そういうところではやっぱり相性が悪いのかもしれない。一日一緒の部屋にいたりしたら色々大変そうだ。
「え、えと、そろそろ出発って形で大丈夫でしょうか……」
話を切り替えようとしたのはリアだった。
提案の言葉を口にしてくれたのはありがたい。
「ん。私は大丈夫」
「こっちも平気かな。目標地点がわからないけど……」
「それは私が案内するから大丈夫」
「ありがたいです……」
トゥリは森の迷子の案内をしているのもあって、そういうのは得意なのだろう。彼女らしからぬキリっとした表情が頼もしい。
「ただ、すぐ到達できる保証はないから、食べ物とか欲しい」
「軽く前日に作ってきたから、大丈夫ですっ」
「私もまぁ、適当にサンドイッチとか作ったから平気かな」
「ん、問題ない。じゃあ、一緒に出発で」
「行こっか」
「はいっ!」
新しい出会い、経験に向けての第一歩。それはみんなの笑顔と今日を楽しみたいという気持ちから始まっていく。無理をするわけでもなく、こつこつと、ゆっくりと、自分のペースで進んでいくことによって見えてくるなにかを大切にしていきたい。
……今日の最初のメモはこういう風に書いておこうか。
『準備をしたなら挑戦してみるの精神を持つ! ただ、それで自分に負担をかけないように気を付ける!』
頑張らないといけない、一生懸命にならないといけない、楽しまなくてはいけない。そういう感情は持つべきではあるけれども、それが重圧になってしまったら元も子もないだろう。なるようになる、というのを信じて前を向いて、ゆっくりとやってみるというのが大切だろう。
私には大切な友達がいる。だからきっと大丈夫。
未知な体験への期待に胸を膨らませながら、私たちは外への扉を開いた。




