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アル・フィアータの魔女物語  作者: 宿木ミル
私の魔女物語編
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私と魔法少女、そして魔女について

「今さっきは見苦しいところを見せてしまい申し訳ございませんでした……」


 全力の追いかけっこで流石に疲れたのか、息もたどたどしく、すみれが謝ってきた。

 私が座っていた席の向かい合わせにすみれとリフィーが座っている。


「いや、それは気にしてないから大丈夫」

「だよね、ちょっと優雅にココア飲んでたし」

「優雅だったかな」


 私はというと、庭園の風景を楽しみながら椅子に座ってアイスココアを飲んでいたため、特に気にしてはいなかった。色んな出来事が繰り返し発生するのも楽しくはあるけど、少し疲労も貯まってしまう。だから息抜きの時間も大切だ。

 ……はしゃげるだけの体力がいっぱいというのは、ちょっとうらやましく思うけど。


「にしても、本当に魔女……なんですか? 私には魔法少女のように見えるのですが……」

「魔女でもおしゃれすることはあるとは思うけど……」


 確かに私の容姿は人間っぽい印象を与えやすいし、魔女っぽくはないかもしれない。


「なんだか魔女っていうと、ひっひっひって笑いそうな印象が強くって……」

「それは……わからないでもないかも」


 いないわけではないのだ。魔女図書館に、怪しい薬を調合しているような古典的な魔女は。

 ただ、それだけが魔女というわけでもないので、なかなか難しい。


「まぁ、どうしてもイメージっていうのはあるよね。昔ながらの魔女っていうのを想像しちゃうと、どうしても童話に登場してくるようなやつ想像しちゃうし。アルちゃんって雰囲気が魔法少女っぽいからね」

「そうだとだとしても、私は魔女なんだけどね……」


 何回も魔法少女じゃないの? と言われると、自分の立ち位置が少し不安になる。まるで、自分が魔女なのに魔女じゃないような感覚だ。


「でも、魔女って言うのなら悪いことしてきたんですよね。ピンポンダッシュとか、チェーンメール送信とか」

「……ピンポン、ダッシュ? チェーン、メール?」


 すみれが口にしている悪いことについて、首を傾げる。

 ……カタカナなことは理解できたけど、それ以上が把握しきれない。

 ピンポン玉を持ってダッシュすることと、鎖が付いた手紙を送ることなのだろうか。後者は地味に嫌がらせっぽい。


「端的に説明するけど、前者はリングアンドラン。つまり、ドアの前で呼び出しして即座に逃げる行為。後者は……まぁ、怪しい内容の手紙を多くの人に伝達させちゃう行為かな。電子機器の携帯電話とかのメールで送信されたりすることもある」

「不幸のメールみたいな感じで届けられるものです。だれかに渡さないと不幸が襲う、みたいな……」

「それなら伝わるかも」


 一定の文化で広まった言葉にはどうにも疎い。だから、翻訳ではないけれど、すっきり解説してもらえたのはありがたかった。


「……でも、それを聞くとなかなか意地の悪い悪戯だよね。両方とも」


 前者については私もやられたらちょっとむっとしそうだ。

 後者は人の不安を掻き立てて、情報を伝達させていくというやり方がなんていうかいやらしい。


「最近、私が見た魔法少女のアニメの中で、そういうことやってる魔女がいたんですよ!」

「それは悪い魔女かも」


 ちょっと制裁されても罰は当たらないだろう。

 やっていることはちょっとみみっちい部分もあるけど、人の嫌がることを率先してやるのはよくない。


「……だから、本物の魔女だって悪戯してるんじゃないかなって……」

「私はしないかな」

「え?」


 否定した瞬間、すみれの目が宙を浮いた。

 想定してない答えだったのだろうか。

 もう一回、しっかり伝えよう。


「他の魔女がどうかは知らないけど、私はしないよ。そういう悪戯は」

「……その、魔女って悪いことするんじゃないんですか?」

「しない魔女もいるよ」

「そうなんですか?」

「そう」


 理解できないような、理解したような。そんなあいまいな表情でですみれが私を見つめてくる。新しいことに触れて、混乱しているようのかもしれない。


「それだとなんだか妙です。師匠は魔女は悪い奴が多いって言ってましたけど……」

「昔はそうかもしれないけど、結構変化してると思うかな」


 人間のことは好きではないと明言する魔女もいるけれど、かつての悪い魔女がいっぱいだった時期に比べるとそれなりに落ち着いてきている頃だとは思う。本で見たような極端なことをしようというとする魔女なんかは存在見かけないし。


「そういうものでしょうか?」

「そういうもの。私はすみれの師匠のことが気になるんだけどね」

「師匠のこと……」


 私の口から師匠の言葉が出てきた瞬間、すみれの目の色が変わった。ほんわかした態度から、ちょっと真面目な雰囲気になった、というべきだろうか。


「昔から悪い奴をやっつけるために戦っている正義の魔法少女……みたいなところが強いよね、すみれ」

「あってる。世界を問わず、悪事行う存在を裁く、正義の魔法少女。それが師匠」

「魔女も多くの人数が裁かれたの?」

「師匠の話を聞いた限りだと、そうみたいです。魔法を使って人体実験じみたことをしていた魔女を撃退したなんて話も聞かされたことがあります」

「うげぇ……それの話は初耳だったかも。アルちゃん、そういう魔女の知り合いとかっていたりする?」

「いないかな。似たような話は本で読んだことがあるけど、度が過ぎた魔女は追放されるって話も聞いたことがあるから、多分今は目立って悪事を働くような魔女は隔離されてると思う」


 噂でしか聞いたことはないけれど、世界規模の事件を起こした存在や道徳性を欠如しているとされた魔女は、魔女図書館から追放され、どこかしらの地に封印されるということはあるらしい。私はそのどちらにも引っかかっていないし、関わろうとしていないから別の世界の話のようにも聞こえるけれど、事実として存在することだ。

 ……きっとそういう、悪い魔女と戦っている人かもしれない。すみれの師匠は。


「……やっぱり、魔女は一人じゃないんですよね」

「まぁ、そうね。たくさんいると思う」

「……正直な話、悪いことする前に、倒しちゃったほうがいいんじゃないかなって、思うんです」

「どういうこと?」

「師匠が言っていたように、悪い魔女を見つけたら有無を言わさず倒すべきだって……」


 すみれが静かに、けれども強い意志を持った目で私を見つめてくる。確固たる意志を持った瞳なのもあって、緊張が走る。


「私を今、やっつける?」

「それは、しません。特別悪いことをしているわけでもないので……」

「よかった……」

「……でも、戸惑っています。色々と」


 難しそうな表情のまま考え込む。

 うまく言葉が続かないのだろう。


「具体的に、どういうことが?」


 だから、私から尋ねてみた。


「……アルさんって、本当に魔女っぽくないなって」

「やっぱり、そうなのかな」

「それ、なんとなく解るかも。アルちゃんは魔女っていうより魔法少女っぽい雰囲気がある気がする」


 リフィーの言葉に首を傾げる。


「魔女っぽさとか、そもそも魔女ってどういう風に認識されてるんだろうね」


 私が魔女らしいかどうかは置いておくとして、どういう性質があれば魔女っぽい存在だと思われるのだろうか。純粋にそれが気になった。


「それっぽさで言うのなら、おどろおどろしさとかじゃないの?」


 リフィーが腕を組みながら返答する。


「おどろおどろしさ……」

「うん。やっぱり大鍋で怪しい薬とか調合してるイメージは強いし、三角帽子とか箒みたいなアイテムが結構多い印象があるかな」

「なるほどね、それは一理あるかも」


 リフィーが言ってきている内容にはそれとなく納得できる。

 特別な魔力を秘めた薬の作り方なんかは魔女図書館にある本に色々載っていたりするし、そもそも調合用の部屋なんかも用意されている。


「……ただ、私はあんまし調合とか得意じゃないんだよね……」

「えっ、そうなの?」


 意外そうな表情でリフィーが見つめてくる。


「料理とかおやつ作りはまぁまぁ心得はあるんだけど、魔法の薬作りだと勝手が違ってね。通常ではやらないような温度で熱したりとかする都合があるからなかなか慣れなくて……」

「そういうの、あるんですね……」

「効力が強い薬なんかは作るまでに時間が掛かったり、素材にかかる費用が多かったりで、私はあんまし触れられてない部分が多くって」


 質のいいものを作る為には、しっかりとした材料が必要なのはどんなことでも大切だろう。調合技術に長けた魔女なら、こういうののやりくりも得意なんだろうけれど、未熟な私はうなくできない。


「……でも、ちょっとした飲み物くらいなら材料さえあれば作れるよ。ちょっと魔力の回復を早めるみたいみたいなね」

「なんだかゲームっぽい!」

「……やってることはお茶を煎じてるのと大体同じだけどね」


 近未来的なことを言われたような気がするので、やんわりと突っ込みを入れる。

 ハーブティーくらいの感覚で用意できるものなら、なんとかなる。


「調合にも色んな種類があるんですね……」

「なんだかんだで歴史が深いからね。魔女の中でも色んな技術派生があると思う」

「なるほど……」


 すみれが深々と頷く。

 こうやって話してみても、魔女の文化はわりと多種多様なように思えてくる。魔女である私自身がそれを実感している。


「すみれはさ、こういうの魔女っぽいなーっていうのはないの?」

「え、私?」

「うん。だって、一番気になってるのはすみれじゃない?」

「それはそうだけど……」

「言っちゃいなよ。こういうのはディスカッションが大切だからさ、きっと」


 控え目に会話を聞いていたすみれに対して、リフィーが背中を押していた。

 物理的なことではない。

 気軽に話せるように会話を促した、という印象だ。


「私がどう思っているか……」


 じっくり悩んで、言葉を思い浮かべている。

 目を瞑ったりしているのもあって、真剣さが伝わってくる。


「師匠の昔の話を聞いていると、魔女は悪いものばかりだって思い込んでました。けど、それだけじゃないのかなとも感じてきています」

「というと」

「悪い人がいて、逆にいい人もいるみたいに、魔女だってそういういい魔女、悪い魔女がいるって……そんな感じで」

「全部ごっちゃにして考えるのはやめようみたいな?」

「うん。でも、やっぱり魔女らしさっていうのを考えると黒魔術みたいなのもイメージとして湧いちゃって、どうにもアルさんと結びつかなくって、頭がぐるぐるしてる……」

「なるほどね」


 古典的な魔女の印象と、私から感じる印象が違うのもあって、少し混乱しているというのはあるだろう。


「……黒魔術はそれなりに調べたことはあるけど、呪い系のものに手を伸ばしたなんてことはないかな」

「そちらもなんですか?」

「うん。家電代わりとして使えるような呪文や魔法はいつでも扱えるようにはしてるけど、人に危害を加えることだけに特化したものはあんまり覚えようって気にはなれなくてね」

「優しそうだしね、アルちゃんって」

「優しいからなのかな。私自身の性質的な部分も大きいとは思うけど……」


 こうやって魔女とはなにか、ということをひとつひとつ探っていくと、自覚出来てしまう問題があることに気が付いた。


「……こうやって、魔女のことを考えていったりするとやっぱり私って魔女っぽくないのかも」

「不思議ですよね……」

「うん、自分でもちょっとびっくりしてる」


 正直なところ、私が魔女らしいことをしているかどうかを考えると、首を傾げてしまうような部分が多い。超常的な魔法を扱えたりするわけでもないし、怪しい実験とかをするわけでもない。私はそれとなく魔法を使って日常を過ごしているだけだ。

 なんていうか、これが魔女、と言えるようなものがない気がする。


「存在としては魔女。だけど、雰囲気は魔女じゃない……」

「だから、こっち寄りなんだよね。なんていうか平和系な感じがさ」

「うーん……」


 なんだかこうして自分の境遇を考えたりすると、なかなか頭を悩ませてしまう。

 別に自分が嫌になったとかそういうのは、ないけれど、魔女っぽさについては正直足りてないのかもしれない。


「ちょっと複雑かも」


 私は私。それはそれでいいのかもしれない。

 でも、魔女として考えるなら、ちょっとなんとも言えない問題だ。

 物語に登場する悪い魔女のように黒魔術を使えるわけでもない。

 勇者とか、そういう人を手助けする魔女のように、特別な魔法で手助けしたりできるわけでもない。

 私は甘いものを食べたり、研究に没頭している存在にすぎないのではないか。そういうことを考えると、少し不安になってしまう。

 ……なんて言えばいいんだろうか。孤独感なのだろうか。そういう、寂しさを覚える。


「魔女ってやっぱり特別な存在で、私みたいなのは魔女としてふさわしくなかったり、なんてこともあるのかな」

「それは……」


 すみれの顔が曇る。彼女の困惑は私にも伝わってくる。昔話に登場するような魔女には、私のような存在はいない。きっと師匠から聞かされた物騒な魔女の話の中にも登場していないだろう。

 だからこそ、考えてしまう。私は魔女と名乗っていいのか。私は本当の意味で魔女であるのか。


「別に、案外そういうのは気にしなくってもいいと思うよ?」

「気にしない?」

「うん。だってぶっちゃけちゃうと私もザ・魔法少女って感じの存在じゃないからさ」


 気さくに笑いながら、リフィーは私の悩みに対して返答をしてくれた。

 考えすぎなくてもいい。言葉にはしていないけれど、そう語り掛けているように思える。


「変身だってできるわけじゃない。魔法の力は使えるけど、しっかりとした魔法少女の衣装を着るには作らないといけない。なんだったら、すみれだって魔法少女って言うにはちょっと違う存在かもしれないし」

「え、そうかな」


 急に指摘されたすみれが素っ頓狂な声をあげた。


「結構私生活も修行いっぱいだし」

「……格闘家とかそういうのって見てる?」

「ちょっとね。まぁ、私も付き合ったりしてるから、わかるんだけどね。まぁでも、すみれもれっきとした魔法少女だよ。友達の私が言うんだから間違いない」

「うぅ……」


 なんとも言い難い表情ですみれはリフィーを見つめていた。

 軽いフットワークの会話がなんだか心を軽くしてくれる。


「……こんな感じで、元々あった枠組みに定義されてないと、名乗っちゃいけないっていう決まりはないはずだからね。ここ、魔法少女カフェで働いてるスタッフさんだって色んな魔法少女の見方を持ってるし、そういう考え方ってわりかし自由でもいいと思うんだ」

「なるほど……」

「私はペペロンチーノを食べて笑顔になって、ココアを飲んで極上だと微笑む。そんな魔女であるアルちゃんのこと、好きだしね!」


 爽やかな表情でそう言葉にしていくものだから、安心感すら感じさせる。

 そこまで思い悩む必要はなかったのかもしれない。


「私だからこそ、みたいなことはそこまで気にしなくってよかったのかも」


 自分の存在理由とかを考えすぎてしまうと、ずぶずぶ難しいことを頭に思い浮かべてしまいそうになる。こういうのはフラットさが大事だ。


「そうそう、そんなに重く考えなくたっていいんだって。私はなぜ生きているのか、みたいなことを考えるのは気持ちに余裕がある時くらいがちょうどいいからね」

「なんだか哲学者っぽい考え方だからね……」

「うん。自由に考えちゃっていいと思う!」

「自由な考え方かぁ」


 はっきりと言葉を伝えられて、自分の考えを見直してみる。

 ……今までの私は魔女であることに少し、固執しすぎていたのかもしれない。魔女として、やるべきことは何か。使命は何か。そういうことばかり考えていた。漠然と、魔女として実在している自分の存在意義なんかを求めて、動き回っていたような気もする。悩んだり、考えたりしながら。

 よく思い直してみると、私の悩みはシンプルなものだ。『私の存在意義はなんだ』という、シンプルな悩み。昔話を見てばかり読んでいたのも、過去の魔女から、魔女の私とはなにかを発見したかったからに違いない。

 単純で、でも難しい問題で悩んでいたんだなと、笑いたくなった。言われてみれば、自分の存在意義を見つめるなんて行為は哲学的だ。すぐに答えが見つかるようなものでもない。もっと気軽に考えてよかったのだ。


「ありがとう、リフィー。なんだかすっきりしちゃった」

「まぁ、私も思ったことを言っただけなんだけどね」

「その言葉がありがたかったから」


 喋れないというわけではないけど、他者と関わることは少なかった。だからこそ、こういう会話して色々考えるという機会がいい薬になったんだと思う。


「それならよかった。他人と会話した方が気持ちが纏まるっていうのは結構多いからね。すみれもそう思うでしょ?」

「え、ま、まぁ、うん。そう思う、かな」

「……すみれ、どうかしたの?」


 リフィーの言葉に対して、ちょっと曖昧な返答するすみれを見て、何が引っかかっていたか気になったのだ。

 色々悩み相談をしてもらった後だし、今度は悩みを聞く立場として話を聞きたかったというのもある。

 私の問いかけに対して、少し考えたのちにすみれがゆっくりと口を開いた。


「私も、なんとなくアルさんと同じような気持ちだったかもしれないなって」

「私と同じ?」

「そうですね。私自身、本当に魔法少女を名乗っていいのかなって考えることはしょっちゅうありました」

「師匠が近くにいるから?」

「それもあります。強くて偉大な師匠を見てると、私はこのままでいいのかなって思ってばかりで」

「あれ、でもそれって解決したんじゃなかったっけ」

「うん。解決はしてる。けど、なんていうか、凝り固まっちゃった考えっていうのがなかなか抜けなくってね……」

「凝り固まった考えかぁ」


 リフィーの言葉に対して、フレンドリーに、それでも考えるような仕草を取りながらすみれが返答する。


「うん。師匠が倒してきた魔女の話を聞いていると、もっと強くなって正しいことに魔法を使わなきゃなって思ったり、悪いやつは倒さないとって考えたりすることもあって……」

「それで、アルちゃんを見かけた時にやっつけた方がいいってなったのね」

「……結構過激な感じになってたような気がして、ちょっと恥ずかしいかも……」

「でも、師匠は事実を伝えてたんでしょ?」

「それもあってる。ただ、師匠が活発に活動してた時期の魔女の話を聞いて、自分勝手に不安になっちゃったりしたのが、申し訳なくて……ちょっと、アルさんにどう話していけばいいのかもわからなくなっちゃってる」

「そっか。……なかなか難しいよね」

「うん……」


 二人のやり取りを聞いて、私なりに考えを纏めてみる。

 まず、古い風習、文化に従うべきだという考え方だなという感想を私の中で抱いた。偉人が近くにいるのなら、それに従うべきだという発想だ。

 背中を追う人がいるというのは素敵なことだと思う。ただ、影響されて自分なりの考え方が少なくなってしまうのはちょっともったいないな気がした。


「その……すみれの師匠は悪い魔女のことについて、色々教えてくれてたの?」

「は、はい。いざという時の対処方、護身術に行動把握。師匠がしてきたという対策法はしっかりと頭に入ってます」

「日常的な魔法の使い方とかも教わってるか、気になるかも」

「それもしてます。……人の笑顔の為に使うのが魔法だって、師匠はよく話してくれますから」

「……なるほどね」


 まだ緊張した様子で、それでも微笑を浮かべながらすみれが会話を続ける。

 すみれの師匠が過激な発想を押し付けているなんてことがないのは、彼女自身の様子を見ていても感じることができた。

 そうなると、悪い魔女に対しての考え方がそれなりに見えてきたかもしれない。


「想定の話だけど、いいかな」

「は、はい。大丈夫です」

「きっとすみれの師匠は、すみれのことを心配してるんじゃないかなって、私は思った」

「心配って……どういうことですか?」


 いまいちピンと来ていないという表情ですみれが私を見つめてくる。


「あ、わかったかも! すみれの師匠として、弟子はしっかり守り抜きたいっていう意思が護身術とかを教えるきっかけになったってことでしょ?」

「そうそう、そういうのかなって思った」


 クイズに答えるような元気さでリフィーが言いたいことを全部言葉にしてくれた。

 けれど、それだけを説明にするわけにはいかない。ちゃんと自分の言葉でしっかり伝えないと。


「どうして、そう感じたんですか?」

「古典的な魔女物語って読んだことある?」

「え、童話みたいなのですか?」

「うん。概ねそんなの」

「……あんまし、ないです。魔女って言ったらアニメの登場や、師匠の話くらいしか」

「そうだよね」


 まぁ、知名度が無いのは仕方がないだろう。魔女の本をじっくり読むのは私くらいの物好きしかいないだろうし。しかし、その知識を会話に利用できるはずだ。今の状況なら。


「昔々の物語のフレーズから始まるお話って、教訓話が多いんだよね」

「一人で森に行っちゃダメとか?」

「悪い魔女に食われちゃうぞ、みたいなのって耳にしたことはあるよね」

「あ、聞いたことがあるかも。お菓子の家の魔女とか」

「その手の魔女はまず撃退されるんだけど、結構悪いものの象徴にされることって多いし、危ない存在だって認識されてることが多いの」


 脱線しすぎないように気をつけながら、話を展開していく。


「で、魔女に会ったら危ないから、そうならないように生きていこうっていうことが多いの」

「……師匠が会って来たのはそういう魔女だったのかな……」

「可能性はあると思うよ。魔女の間でも、そういう童話にいた魔女は実在していたっていう風に考えることは多いし、事実、悪事を働く魔女も少なくはなかったらしいから」

「あれ、じゃあ今そんなに悪い奴が見つからないのってもしかして過去の魔法少女が頑張ったから?」

「人間と魔女の敵対関係が強かった時期に、多くの魔女が撃退されたっていうのはあるのかもしれないって思ってる。落ち着いた時期に私が活動してるから、私自身そんなに実感はないけど……争いあってた時期はあったみたいだから」


 今、私がここに立っているのも色々落ち着いてきたからだ。

 魔法少女とこうして会話できているのも、状況が昔と変わってきているからに違いない。こういう幸運は大切にしたいと思った。


「つまり、師匠は昔ながらの危ない魔女の警戒を促していたと……」

「悪い魔女が現代に現れないなんて確証は、取りにくいからね。もしかしたら、日常を壊しにやってくるかもしれない。そういう危機的状況に対してどう動くべきか、師匠としての立場としてしっかり伝えたかったんだと思う」


 私の言葉を受けて、すみれが考え込んだ。心当たりがあるのかもしれない。


「結構難しい言葉を並べたりするから、アルちゃんってこってりしてる印象」

「そ、そう?」

「うん。もっと簡単に言ってもいいと思うっ」


 リフィーがちんぷんかんぷんだと、目で訴えかけてくる。そんなに難しいこと言ったかな。スマートさが大切なら、もう少し軽めの言葉を繋げてみる。


「私の考えだけどさ、自分の弟子であるすみれに、生きていてほしいから悪い魔女の対策のことを教えてたんだと思う」

「じゃあ、師匠は魔女が悪いものだって言いたいから教えてたっていうわけではないんですね……?」

「何か、物事を成し遂げる前に大怪我を負っちゃうっていうのを避けたかったのかも。まぁ、私は当の本人じゃないからわからないけど、あえて危険なものを口酸っぱく言ってたのは、すみれを守りたいからだってじゃなきかな」

「……じゃあ、魔女のことを無理に悪いものと考えなくてもいいのでしょうか?」


 う、それは私が言う言葉じゃない。取り消して貰わないと。


「それは貴女自身が考えることじゃないかな。私が言ったら魔女の告げ口よ」

「……それもそうですねっ」

「魔女の一撃じゃないの?」

「それはぎっくり腰」

「知らなかった……」


 ありがたいことに、リフィーもすみれも私のジョークで笑ってくれた。

 ……こういうことは自分の目や耳で感じたことから考えるべきだ。私はそう思う。

 それにしても、これくらいの距離感は悪くない。個人的に凄く好きだ。無理に遠く感じなくてもいい、近くに感じなくてもいい。ほどよい距離感を持って寄り添う。そんな、友達のような距離がたまらなく心地よい。


「自分らしくという気持ちを貫かせるために、あえて厳しく接する! いい師匠だよね! すみれ!」

「色々、考えていてくれてたのかなって考えると、少し照れくさいかも……」


 確かにすみれの顔は真っ赤だ。師匠のことを褒められて、自分のことのように、嬉しく思っているのかもしれない。素敵な師弟関係だ。


「師匠の背中を見るだけじゃなくてもいいんだよね」

「当然当然っ! 魔法少女の色なんて自分で決めちゃえばいいし、生き方も自分らしくぱーって決めちゃえばいいんだよ!」

「改めて思うけど、そのリフィーの豪快な意見、結構好きかも」

「アルちゃん褒めてくれてありがとっ。すみれも難しいこと気にしなくっていいんだよー、師匠とか魔女の体格のことについて考えてた時みたいに変な話に花を咲かせちゃってもいいんだからっ」

「ちょ、リフィー! その話盛り返さないで!」

「ごめんごめんっ」


 場に笑いがあふれる。当然私も笑っている。

 ここには文化も歴史もない。あるのは、今を生きている魔法少女と魔女の存在だけだ。それがなんだかとてもロマンチックに思えた。

 ……私は、こういう魔女になりたかったのかもしれない。魔女として凝り固まった世界ではなく、もっと広い視野で世界を見る。悪い魔女、良い魔女であるべきだという考え方から逸脱して、もっとストレートに自分の感じるままに世界を堪能する。そんなあったかくて素敵な魔女。

 ……もしかしたら、これが私、アル・フィアータという魔女の生き方なのかもしれない。


「今度、もし良かったらアニメ鑑賞会しない? ほら、新しくやる魔法少女アニメのさ!」

「いいかも! ……アルさんはどうですか?」

「見てみたいけど……いいの? 一緒にいて、友達でもないのに……」


 そう、友達としての距離っぽくはあったけれど、友達とは言っていなかった。

 だから、少し気になったのだ。

 私はリフィーとすみれのように友達関係じゃ……


「え? もう友達じゃないの?」


 なくなかったみたいだ。

 けろっとした表情でリフィーが逆に質問を返してきた。


「……えっ、友達ってそんな気軽になっていいものなの?」

「友達になってほしいって言葉にしなきゃいけないなんてルールはないし、いいんじゃないかなっ」

「えっと……」


 ひとりで頭の中で不安に思っていたのが抜け落ちていく。

 そっか。これくらい気軽に交友を増やしていけばいいんだ。

 気軽に、自分らしく話していけば友達は増えていく。


「……うん、友達としてこれからもよろしくね。リフィー、すみれ」

「はいっ、こちらこそよろしくお願いしますっ!」

「仲良くしようね、これからもっ!」


 なんだか改まった形になったけど、これでいい。

 魔女と魔法少女が友達同士になる。いや、私とすみれとリフィーが友達になった。この事実が大切なのだから。

 メモとして残すなら、こんな形になるかもしれない。


『私らしく会話を進めていって、交友をいっぱい増やしたい!』


 話したら楽しくなれる相手はいっぱいいるはずだ。

 もっと、色んな相手と話してみたいし、相談とかもしてみたいと思った。


「鑑賞会はいつやってもいいよ。なんだったら、すぐにやっちゃってもいいからね!」

「プロモーションビデオくらいなら、気軽に見れるよね」

「そういうこと」

「気になるかも」

「よしっ、ちょっとパパって準備して見せちゃう!」

「一話の鑑賞もできる?」

「それもいけるはず! 明日の朝だから、集まってリアルタイムで見れるのは問題ない! アルちゃんの都合があえば!」

「私なら大丈夫。……そうだ、クッキーでも焼いていこうかな」

「クッキー作れるの? 食べてみたい!」

「じゃあ、帰ったら準備しておくね」


 魔法少女に誘われるというのも初めての経験だ。今日は、新しいことがいっぱいで嬉しい。自分のことも深く知ることができた。この今日の出来事はしっかり記憶していきたい。さっき書いたメモのつけ足しで、もっとしっかり書き記しておこう。


『魔法少女には物語があって、魔女にも物語がある。私たちは、根本は違うかもしれないけど、魔法を使う存在として共通しているところがある。昔にとらわれないで、自分らしく生きてみるっていうのも素敵かもしれない』


 今日感じたことの全てをこの文章に込める。これからも私が私らしくまっすぐ生きていけるように。

 そっとメモ帳を閉じて、私はふたりの魔法少女に微笑んでみた。するとふたりは、すぐに微笑み返してくれた。その些細なやり取りに、心が暖まる。

 ……この関係が、いつまでも続きますように。心の中でしっかりと、お願いしてみた。


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